4.
お湯を沸かすのも面倒なので、井戸から汲んだ水で濡らした手拭いで土を落とす
鏡で完璧に落ちたのを確認してから、あちこちからピョンピョンと髪の毛が飛び出しボサボサになっていたおさげを解いた
父親譲りの濃茶の髪に日に焼けた健康的な肌。全体的に母親似の姉上と違って、俺はどこからどう見ても父親似だった
母から受け継いだのは緩い癖っ毛と大きなピンクの瞳の2点だけだが、そのどちらもボサボサだったり濁っていたりの残念っぷりだ
姉上と並んでいて、俺たちが血の繋がった姉妹であると一目で看破出来る人間はそうそういないだろうなぁ
「もらわれっ子のユーディット!」
だからこう言う、お馬鹿さんも出てくるんだよな
「フリュー…」
「もらわれっ子のクセに、なれなれしく呼ぶな!」
念のため言及しておくが、俺と姉上は正真正銘の姉妹である。生まれた瞬間から物心ついていた俺が言うんだ間違いない
あ、嫌なこと(血まみれどろどろ誕生時)思い出しちまった…
「な、何だよその目は!」
家族4人で並んで見せれば一目瞭然なんだが、父も母も早い内に亡くしたせいで、俺とは1つしか歳の違わないこの幼馴染の記憶には、姉上と瓜二つな母の記憶しか残っていないんだろう。父、もともと影薄かったしな
さて、ため息と共に嫌な記憶を振り払い、目の前に仁王立ちするお馬鹿さん、もといガキンチョに向き合うことにする
「何か用ですか、フリューゲル」
遠い目をして無心になりながら髪を梳かし、服を着替えてさぁイヤイヤ織屋へ…と思ったところで出くわした少年。お隣さんで幼馴染のフリューゲル君、10歳
うちの姉上に懸想しているのか、彼女がいる前では借りてきた猫のように大人しいのに、俺の前ではいつもこうだ。妹の俺に嫉妬しているのか、上から目線でことある毎にもらわれっ子だの居候だの…
それが彼の勘違いであると分かっている俺からすれば、まぁ可愛らしいモンだがな
「フンッ、お前はあいかわらずイソーローのくせに生意気だな」
「…用が無いなら行っても良いかな。エル姉さんが待ってるから」
「待てよ!」
イソーローちゃうわ
と思っても口には出さない。俺大人
どうやら特に内容の無い、いつものイチャモンだったみたいなので相手にせず脇を素通りしようとすると、それを阻むようにガシリと腕を掴まれた
珍しいな。姉上の名を出すとチクられるのが怖いのか、いつも勢いを緩めるんだが
「今度の狩りに、ついて行って良いって言われたんだ」
「…はぁ」
「まずは見学からだけど、弓は習ってるしナイフももらった」
そう言われて目線を少し下ろすと、フリューゲルのズボンのベルトに、子どもでも扱えそうな小さなナイフが括り付けられていた
お隣のオジさん…つまりフリューゲルの父に習って、彼が子ども用の小弓を練習しているのもまぁ知っている
「ユーディットは女だから狩りにも出られないし、チビだからはたおりもまだできないもんな!」
「…そうだね」
「フンッ、見てろよ。オレはすぐに1人前になってみせるからな!」
あぁ…。要するに、自慢したかったんだなぁ
幼いながらも腕を組んでの全力のドヤ顔だけど、生温い目でしか見られないよ。俺、ショタコンでもなければ特に子ども好きって訳でもないし
それからも、子どもの仕事である畑の手伝いしか出来ない俺のことを馬鹿にしつつ、狩りの大変さだの男らしさだのを子ども特有の聞き齧り、知ったかぶりで語り尽くされたが、俺の気の無い相槌と死んだような目が気に入らなかったようで髪の毛を引っ張られた
だがまぁこれくらいで俺はキレたりしない
毛根の痛みにすこーし耐えていれば、近所のオバさんやジーさまたちが、彼に教育的指導を食らわせてくれると知っているからな
それよりも、織屋で待ちぼうけにさせている姉上のお説教を考えると…気が重いよ……