12.
どうも、ユーディットです。もうすぐ17歳になります。
異世界に招かれたのがちょうど17の時で、3年過ごして死んだから…おぅふ。精神年齢はアラフォーに突入していた。転生するまでの500年はノーカンでお願いします。
村の側の森に魔物が出現したあの事件から早8年。フリューゲルが口裏合わせてくれたおかげで俺の能力については誰にも知られることなくやってこれている。
貧血で気絶していたせいで村の大人たちからは幾つかのお小言を貰うくらいで済んだのだが、目が覚めた時に姉上に泣かれたのは堪えたぜ…。
それから暫く、俺はズタボロになった右手の治療で隣町の医者に通ったり、双子のチビは大人の言うことをよく聞くようになったり。フリューゲルは何を思ったのかオジさんに頼み込んで真剣に剣の手解きを受けていた。
うん。今まで馬鹿にしていたと言うか、下に見ていた俺に助けられたのが悔しかったのかね?
3年程そうして鍛練し、ある日突然騎士になると言って村を飛び出して行ってしまった。まぁ突然と言っても家族とはきっちり話し合っていたそうだが。
王都にある騎士学校に行ったんだと思うが、今頃どうしてるんだか…。
8年前の事件を皮切りに、森には数ヶ月に1度くらいの頻度で魔物が出現している。これは何もこの森に限った話ではなく、世界規模で段々と増えていってるそうだ。
最近じゃああのボアレベルのやつは珍しいものの、弱い小型の魔物は常時生息しているようにまでなった。
おかげで我が村にも最低でも2名の騎士が常駐するようになって、見張りのために村の出入り口に1番近い場所に詰所。地球の日本で言うところの派出所のようなものも出来た。今日の俺の目的地はそこだ。
「ハリーさーん!お昼のお届けですよー!」
騎士と言うのは昔も今もよく食べるものらしい。食べなきゃ力出ないしな。
大きなバスケットを掲げて見せると、ちょうど見回りから帰ってきたところらしい1人の騎士が、振り返ってにこりと笑った。
ハリエストさん。通称ハリーさんはここナバル村に常駐する騎士の1人。
貴族の三男だか四男だからしいけど全くそんな風には見えず、とても気さくで優しい青年だ。
村の皆からも慕われていて、よく相談に乗ってくれたり、たまの休日には畑仕事を手伝ってくれたりもする。
地方に勤務する騎士には任期があり、それを過ぎると王都の騎士団に戻りまた別の仕事に当たるのが普通なんだが、ハリーさんは初めて村にやって来て以来ずっとナバル滞在していた。
数年に1度王都には帰っているようだが、自分で希望して再びこの村に戻ってきているそうだ。
こんな何も無い村をそんなに気に入ってくれたのか、なーんて。
村の人間は誰1人そんな風には思っちゃいない。
「エル姉さんじゃなくてすみませんねハリーさん」
「ぶほっ!!」
ニヤリと笑いながらバスケットをハリーさんに手渡すと、彼は盛大にむせて咳き込みながらそれを受け取った。
何を隠そう、彼の目的は俺の姉上であるエルシー姉さんに他ならない。
誰にでも笑顔で接するハリーさんが、姉上相手の時だけ真っ赤な顔で挙動不審な態度を取れば子どもでも分かるってもの。
姉上と離れ難いばかりに任期が明けるとすぐさま延長の希望を出して村にとって帰ってくるので、ハリーさんはもう6年もの間ナバル村に常駐している。もはや立派な住民だ。
無論、花も恥じらう美少女…もとい美女へと成長した我が姉上。王都でも中々お目にかかれないレベルの美貌に、色目を使う不届き野郎は絶えない。
やってきた騎士共がこぞって姉上に求愛するのを幾度と無く見てきたが、俺のお眼鏡に適ったのはハリーさんだけだ。
まぁ…正確に言うと、俺の(死んだ魚のように濁りきった)目力に耐え切れたのが彼だけだったと言う話なんだが。
姉上に対する態度はあくまで控え目。あまりと言うか全く似ていない妹である俺に対しても優しく親切で、それが打算計算演技といったものじゃない。
そしてこれが1番重要だが、姉上の方もどうやら脈アリな様なんだ。
もうね。合格!君に決めた!ってなるよそりゃ。
姉上の旦那さんはもう君しかいないとまで俺は認めているんだよ。だのに…。
「まったく…いつになったら私はハリーさんの事を兄さんと呼べるようになるんでしょうねぇ?」
「グホッ!ゲホゲフゴフッ!!……ゆ、ユーディット…!」
「姉さんの結婚適齢期が過ぎてしまったら本気で恨みますよ?取り敢えずいびり倒します」
火でも噴くんじゃないかってくらい真っ赤な顔で鯉のように口をパクパクさせてるこのヘタレ。この様子じゃプロポーズはおろかお付き合いの申し込みもまだまだ先だなぁ…。
ハリーさんに昼食の礼を言われ、姉上の手作りだから伝えておくと最後にからかい、朝食のバスケットを預かって詰所を後にした。
朝昼夜と、姉上と交代で騎士の詰所に食事を届ける他、俺は基本的に畑で過ごしている。
成長してもやはり機織りは性に合わなかったようで、織屋に連れて行こうとする姉上を振り切り畑仕事や薪割り、その他村中の細々とした手伝いをするのが俺の1日だ。残念ながら狩りには同行させてもらえてない。
変わり映えも無く平凡な毎日。しかしくそツマンネと思うなかれ。
前世じゃあ学校帰りに急に異世界に飛ばされた挙句、訳も分からず戦闘訓練を受けさせられ、魔王討伐に旅立たされた結果相打ちで死んでるんだこっちは。いくらなんでも怒濤すぎんだろ。
そう、こういう平凡な日々と言うのが本当の平和であり、本当の幸せと言うんだ。
明日も明後日もこの平和が続く事を祈り、さしあたっての願いは姉上の花嫁姿を拝む事であり、早いとこ甥っ子か姪っ子を抱かせてもらう事だな。
しみじみと思いながら夕食までの時間をベッドに転がって過ごす。食事の支度は当番制だ。
扉の向こうから良い匂いが漂ってくるので、自然と鼻がヒクヒクしてグゥーとお腹が鳴った。
そろそろ出来上がる頃だろうと当たりをつけて、食器を並べる手伝いに行くかと上体を起こそうとした。その時。
「は?ちょっ!」
「うおぉぉ!?」
カッと光り輝く魔法陣。
それを目視した次の瞬間にはドサッと大きな音を立ててソレは降ってきた。
ギシギシと木で出来た粗末なベッドが悲鳴をあげる。
「「……………」」
ソレは若い男だった。
初めに目に入ったのは真っ黒い2つの目。サラリと軽く目にかかる髪の毛も黒。そして何故か全裸。
腹の立つ事に顔は中々のイケメン。思わず爆発しろと思ってしまった俺は悪くないハズだ。
その黒髪黒目で全裸のイケメン君が、ベッドの上で四つん這いになり身体の下にいる俺の顔を凝視している。
もう1度言う。全裸だ。ZE・N・RA 。
暫く俺と見つめ合っていたイケメンはハッとして狼狽しだした。何か弁解しようと吃りながら必死に何か言ってる。
が、そんな事はどうでもいい。
何度でも言うがイケメンは全裸なのだ。素っ裸なのだ。一糸纏わぬ生まれたままの姿なのだ。
俺は冷静に、イケメンの急所めがけて渾身の力でもって右足を振り上げた。
何とも言い難い感触。
フハハ。痛いだろう。元男である俺にもよぉく分かるが、死にそうなくらいの痛みがテメェの股間から脳天へ向けて走っているハズだ。
同じ男だったくせに無慈悲だと思うか?冗談ではない。
これがもし俺じゃなくて姉上の上に落ちてきていたらこんなものじゃ済まさなかった。
痛みに呼吸がおかしくなっているイケメンを更にベッドから蹴り落とし、その上に無造作に引っ剥がしたシーツを被せる。決して武士の情けではない。目障りな物を覆っただけだ。
そして俺は、唾でも吐くようにイケメンの頭上に一言だけ吐き捨てた。
俺史上最高に冷たい声が出た。
「 変 態 」
シーツと涙でくぐもった声が誤解だとか不可抗力だとか言っているような気がしたが俺は知らん!!




