11.別視点あり
途中から視点が変わります。
突然だが、前世の俺のように異世界にやってきてしまう人と言うのは、意外なことに結構いる
そんな人たちにも2種類あって、それぞれ“落ちてきた人”と“招かれた者”と呼ばれる
“落ちてきた人”は文字通り、偶々自分の元いた世界とこの世界とが繋がってしまい、開いた穴から落っこちてきてしまった人のこと。つまり事故みたいなモン
その一方で、創世の女神様に召喚されてやってきた人のことを“招かれた者”と呼ぶ。俺はこっちだった
違いは大きく2つ
“落ちてきた人”は事故なので帰る方法が無い(少なくとも俺が呼ばれた時代では無かった)が、基本的に国で保護されることになっており、どう生きていくか選択の自由がある
“招かれた者”は女神からの使命を帯びており、それさえ熟せば女神の力で帰還が許されている。まぁ俺は帰る前に死んじまったんだがな!
もう1つが加護の有無で、”招かれた者”には必ず3つの加護が女神から与えられる
1つ目が言語理解の加護。次に導きの加護。最後が、ランダムに与えられる能力の加護だ
使命を果たすために必要だったり、異世界で生きていくのに役に立つものだったりと色々あるらしいが、俺が手に入れた能力は付加魔法
スカートの裾を裂いて、拳を保護するようにグルグルと右手に巻き付ける
「武器付加:炎」
付加魔法とは、武器や防具に属性を付加させることで攻撃力や防御力を上げたり、敵の弱点を突きやすくする魔法だ
ナックル代わりに巻いた布に魔素が集まり、強い火属性を帯びる
今世では絶対に使わないと決めていた、『魔法剣士』と呼ばれていた頃の力
「魔物風情が村のチビどもに手ェ出しやがってテメェ…。楽に死ねると思うなよ!!」
天に届くほど立ち昇る火柱に、フリューゲルは開いた口が塞がらない
幼馴染の少女が自分のスカートを引き裂き始めたのには気でも狂ってしまったのかと思ったが、事が済んだ後の今でも何が起こったのか上手く理解出来ていなかった
普段はいっそ慇懃無礼な調子に丁寧な言葉遣いをするユーディットが、初めて耳にする乱暴な口調で激しく吼えた次の瞬間
自分の知らないいつの間にかに格闘技でも習ったのだろうか。素人とは思えぬ身のこなしでキレの良いパンチを繰り出し、腰の入ったそれは猪の魔物の鼻っ面を的確に抉った
そして轟音とともに燃え上がった魔物の体。耳を塞ぎたくなるような絶叫に、肉と毛皮の焼ける匂い
すぐには死なない程度に絶妙な火加減に調節され、苦しみもがく魔物をしかし炎の檻は逃さない
やがて力を失い、魔物だった巨大な炭の塊が地面に倒れるまで、その炎は魔物の体以外を焼くことなく消失した
ジッと燃える魔物を見つめていたユーディットが不意に振り返った
困ったように眉を寄せ、唇を尖らせて何とも言えない表情をしていたが、ふと焦げ臭さに混じって濃い血の臭いが鼻につく
「! ゆ、ユーディット!て、手が…!」
「あー…あぁ、うん」
彼女の右手はグシャグシャだった
「おま……い、いたくないのか!?す、スゴくいたそうだぞ…?」
「まぁ…痛いのは痛いけど、我慢出来る程度だし…軽いもんです」
「軽くねぇからな!?」
巻いた布は元の色が分からない程深紅に染まり、そこからチラリと覗く指はあらぬ方へ曲がっている。正直フリューゲルからしてみれば思わず目を逸らすレベルだ
ポタポタと布が含み切れなかった血を垂らしながら、ユーディットは全く頓着せずにやはり微妙な顔をして歩いてくる。とてもじゃないが我慢の一言で片付けて良い怪我じゃないだろうに、フリューゲルの傍までやってくると目線を合わせるようにしゃがみ込み、「そんなことより」と話し出した
「ボアを倒したのは通りすがりの冒険者ってことにしてくれませんか」
「…………………は?」
「ピンチの子どもを助けて名も告げず去っていった的な感じで口裏合わせてくれるととても助かります。ついでに今見たことも全部忘れてくれるとスゴくありがたいですね。この手はフリューゲルを助けるのに木を殴りまくったせいってことでよろしくお願いします」
言われた言葉を上手く咀嚼出来ずポカンとしている間に、怒濤の勢いで喋り続けるユーディット。フリューゲルの足枷となっている太い枝に、証拠捏造のためにゴシゴシと血を擦り付けている
呆然とそれを眺めていたが、ハッとしてその手を掴んでやめさせた。見ていてとても痛い
「な、何でだよ?あんなスゴい魔法使えるんならナイショになんかしないで、魔導師とか冒険者にでもなれば英雄にだって…「英雄じゃねぇし!!」
……!」
突然怒鳴られて息を飲むと、ユーディット自身も戸惑っているようにモゴモゴと何かを言おうと口を動かしているが、言葉にするのに失敗している
彼女はやがてハァ〜ッと大きなため息を吐くと、無事な左手で頭を掻いた
「怒鳴ってごめんなさい。…でもワタシは、化け物と罵られるのも、英雄と讃えられるのも、どっちも嫌なんです」
「そんな!だれもバケモノなんて…!」
「一緒です。ワタシは普通の村人。ナバル村のユーディットでいたい」
真っ直ぐに見つめてくる瞳はいつものようにドロリと濁っていない。彼女の姉であるエルシーと同じ、綺麗に澄んだ紅水晶のような瞳だ
どこか飄々としていて適当な相槌で人の話を聞き流す。不快感を与える自覚があるせいか、基本的には他人と目線を合わせない。そんなユーディットが、悲愴感すら漂わせて頼んでくる
彼女の言い分をフリューゲルは半分くらいしか理解出来なかったが、その真剣さだけは嫌と言う程伝わってきた
そもそも自分は彼女に命を救われたのだ
「…………わかった」
弟妹たちの分も含め、これでチャラになるとは思えないくらい易いお返しだが、それを本人が望んでいるならフリューゲルに否やは無い
絶対に誰にも言わない。通りすがりの冒険者に助けられたと口裏を合わせると約束すると、ユーディットはホッとしたように微笑んだ
「……ありがとう」
そしてぶっ倒れた
「……………は!?えっ、ユーディット!?おい!?」
あまりにも突然に、スイッチが切れたかのように倒れたので反応が遅れたが、慌てて確認すると顔色は悪いものの穏やかな寝息が聞こえる。魔法を使うのには精神力が要るし、魔物と対峙してそもそもすり減っていただろうにこの怪我と出血だ。緊張の糸が切れてしまうのも無理はない
貧血は心配だが、遠くから人の声も聞こえる。あれだけ派手に炎が燃え上がっていたのだから、村の大人たちが気付いて森に入ってきたのかもしれない。もう大丈夫だ
ほぅっ…と知らず詰めていた息を吐き、落ち着いて辺りを見回す
擦り傷だらけで気絶している双子の弟妹。同じく傷だらけで更に利き手をグチャグチャにした幼馴染。炭と化した魔物だったモノ
そして改めて、自分は何も出来なかったと痛感した
精々が大木の下敷きにならにようエールを咄嗟に突き飛ばせたくらいで、後は身動きも取れずユーディットに庇われ守られるまま
「………かっこわる…」
日頃から散々上から目線で接してきたというのにこの体たらく。情けなくて悔しくて、滲んできた涙を握り拳で乱暴に拭い、グッと歯を食いしばって耐えた
絶対に、強くなる
最低でも今日助けてくれた彼女を助けられるだけの力が欲しい。守られるのではなく、守れるだけの強さを。そうでなければ幼馴染として隣に並ぶ資格も無い
子ども特有の漠然とした夢の話ではない、強い決意をしたその日
それは10歳のフリューゲルにとって最も長く、そして最も忘れられない1日になった
そしてこの後、彼は他の3人の分もまとめて村の大人たち皆からしこたま叱られます。
次話から章が変わります。ユーディットたちも成長し、キャラも増え、作者は無い脳ミソ捻ってセンス皆無な名付けに苦しみます。oh…




