10.
「う……ぃっ…てて…」
クッソ…!油断してた。魔物に変異したばかりのくせに、あの大木を折るまでの威力持ってるとか想定以上じゃねぇか
擦り剥けてたり打ち付けてたりして身体中あちこち痛いが、動かせるから折れてはいないだろう
咄嗟に庇うように抱き込んでいたアーリャの無事をまず確認するが、こっちは特に怪我が増えた様子は無い。ただ許容範囲をオーバーするだけの衝撃だったんだろう、気絶してしまっていた
ひとまずこちらは大丈夫か
「エール!フリュー!?」
身体に鞭打って起き上がり、まだ土煙の舞う周囲を見回す
まず目に入ったのはエール。駆け寄って抱き起こすと少し擦り傷が増えていたが概ね大丈夫。ただしこちらも絶賛気絶中だった
さすがに双子を両方担いで帰れるだけの力は無い
「フリュー!フリューゲル!無事ですか!」
無事でいてくれと祈りながら更に耳をすまして目を凝らす。段々と土煙が収まってきて、ようやく倒れた木のすぐ近くに蹲っているフリューゲルの姿を見つけた
まさか下敷きに!?と焦って駆け寄る
「フリュー!」
「………うぅ……」
俺と同じで打ち身と擦り傷だらけの満身創痍だが、幸い倒木の下敷きになるのは免れたようだ
頭を打っている可能性もあるので無闇に触れられず、顔の前で手を叩いたり大声で名前を呼んでいると、小さな呻き声とともに目を開いた
「う……な、にが…?」
「木が倒れてきたんです。エールたちは気絶こそしてますが無事です。立てますか?」
「ああ……」
少しボンヤリしているようだが焦点は合っている。問題は無いだろう
ならばすぐにここから逃げなければとフリューゲルを促して、彼も混乱しながら地面に手をついて立ち上がろうとして
尻餅をついた
「「…………は?」」
何事かと2人で目を丸くしながら視線を移動させる
そこでは無残に折れた大木の幹から伸びる太い枝が、フリューゲルの足首を挟み、地面に縫い付けていた
ザッと血の気が引く
「うそだろ…」そう呟いたのは俺か、それとも彼か
俺はすぐさま枝と地面の狭い隙間に指を突っ込み、フリューゲルは自分の足を両手で掴んで枝に無事だった方の足をかけて踏ん張る
声をかけることもなく自然と合わさった呼吸で同時に力を込めるが、どちらもビクともしない
当たり前だ。俺も、フリューゲルも。まだどうしようもなく非力な子どもなのだから
「ぐ…っ!んぐぐぐぐ…!ぬ、け ろ、ぉお…!」
「ぬうぅう…っ!フ、リュー ゲル、ナイフ で…!」
「お…おう…!」
フリューゲルが足を抜くための僅かな隙間で良いのだが、押しても引いてもまるで動かん
彼が腰に着けていたナイフを思い出し使わせてみるが、子ども用でさして品質が良い訳でもないオモチャじゃあ、表面に傷を付けるのがやっとだった。フリューゲルでコレなら俺じゃもっと駄目だろう
時間があれば何とかなるかもしれないが、このままじゃあ……
ゾワリ、と背筋に悪寒が走った
咄嗟に振り返りながらフリューゲルを庇うように立つと、折れた木の根元から起き上がったボアがゆっくりとこちらに顔を向けようとしているところだった
絶体絶命。そんな四字熟語が脳裏をよぎり、冷や汗が流れる
「……っ!逃げろ!!ユー!!」
「フリューゲル!?」
戦闘中に敵から目を離すなんて自殺行為だが、フリューゲルを見れば真っ青な顔でカチカチと歯を鳴らしていた
震える身体を縮こまらせて、それを抑えようとギュッと自分の腕を掴んでいる
「なっ何諦めてるんですか!」
「ふ…っ、え、エー ル、っと、アーリャをっ、だのむ…!」
「フリュ…」
「グスッ…ッ!にげ ろ!ぁやく…、にげでくれ…!おばえ、だけでも……だのむ がらぁっ!」
カッコつけで生意気なフリューゲルが、涙と鼻水で顔がグチャグチャだ。生まれて初めて遭遇する魔物。生まれて初めて経験した、生命の危機
いっぱいいっぱいで、死にたくないと全身で訴えているのに、弟妹たちを助けて欲しいと願いながら、それも難しいと理解して、俺に逃げろと懇願する。この俺に
「…………何なんですか」
本当に
「………何なんだよ…っ」
のっそりと振り向いたボアが、理性も知性も持たないハズの獣が
こっちを見てニタリと笑ったように見えた
そして、俺はブチ切れる




