1.前世
ハイパー見切り発車で出発致します
「魔王を倒して国に帰ったら、結婚しよう」
場所は魔王城。一歩中に入れば歪められ、外観からは予想出来ない程に広大な空間や、城を守護する魔族たちに行く手を阻まれ、運良くこの最果ての地に辿り着けたとしても生きて帰ること叶わず、謎に包まれていたこの城の最奥。魔王の待つ扉の前で、後に勇者と呼ばれる青年が、傍らに立つ少女の手を握り、真っ直ぐにその目を見つめて告げた
仲間たちが見守る中、瞳を潤ませ頬を染める少女が口を開こうとしたその瞬間
「こんな時に死亡フラグ建ててんじゃねぇよ帰ってからやれ!!」
スパーン!!と、黒髪黒目の青年が手加減無しに勇者の頭をぶっ叩いた
雰囲気ぶち壊しにも程がある
痛みに呻き、愛する少女に治癒魔法をかけてもらった勇者は、涙目になりつつ背後に立つ異世界出身の仲間、親友でもある青年をにらみ返した
「何するんだヨシノリ」
「何するんだ、じゃねぇだろ馬鹿かてめぇ。プロポーズならこんなおどろおどろしい場所じゃなくてもっと相応しい場所でやれ馬鹿」
「だがこれから魔王との戦いなんだぞ?今言っておかないと絶対後悔する…」
「だからフラグ建てんなっつってんだろ馬鹿!魔王ぶっ殺して国に帰るのは決定事項なんだから今言う必要無し!ついでに最後の決意表明なんかも必要無し!今更無駄!これ以上の死亡フラグはいらん!」
魔王の待つ扉の前で始まったいつもの喧嘩に、仲間たちも苦笑いを浮かべながらまぁまぁと取りなす
全くもって緊張感が無いこと甚だしいが、決戦前の昂ぶっていた精神や強張りが幾分か落ち着いたようだ。彼らにそういった意図があったとは誰も思わないが
「ほらほら、じゃあアーウィルがもう1回きちんとプロポーズ出来るようにさっさと終わらせようぜ」
「だからそれもフラグだと言うに…」
「まぁまぁ」
仕切り直すように深呼吸をし、勇者は仲間たち全員とゆっくり目を合わせていき、最後に1つ頷いた
「…行くぞ!!」
「「「「「 おぉ!! 」」」」」
勇者は親友の手を両手で握り締めながら、自身の涙で顔にこびり付いた血の後を洗い流していた
「ヨシノリ…!なんで…っ、どうしてだ!」
世界を脅かす魔王はもういない。長い死闘の末に討ち果たし、その身は既に消滅した
止めを刺され断末魔の叫びを上げた後のほんの一瞬。勝利を確信した瞬間のわずかな油断だった
「ヨシノリぃ…!!」
「はは…、うっせ…」
消えゆく魔王の放った最期の一撃は真っ直ぐに勇者を捉え、咄嗟に庇った親友の身体を貫いた
死闘だった
全員が全力を出し切り、持てる全てを惜しみなく使わざるを得ない、死闘だった
もう薬も薬草の類も何も無い。疲れ切った肉体と精神では碌な魔法も使えない
勇者と同じく泣きじゃくる少女に、魔導師の青年。彼らの手からこぼれる弱々しい癒しの光には、もはや親友の腹部に空いた穴を塞ぐ力は無かった
その場にいた親友以外の全員が、泣いていた
故郷から遠いこの地に放り出され、それでも希望を捨てず、めげず、決して諦めなかった気の良い親友のことを、皆が愛していた
それでも、勇者の親友であった青年に後悔は無かった
故郷である日本、地球に帰れなかったのは未練と言えば未練だが、この地に来たことも、この旅も、勇者を庇い地に伏している現状にも、全くと言っていいほど悔やむ気持ちが湧いてこないのだ
「はー……まっ、たく…悪く ねぇ、じんせぇだ たよ…」
「ヨシノリ!!」
「なくなよ……おひめさん、しあわせに、して…やれ、よ…」
「あぁ!わかってる…!わかってるさ!」
「しあわせに……なれ…よ………………」
「ヨシノリっ?…ヨシノリぃいいいいい!!!!」
それが、後の世で英雄と讃えられることとなる男、ヨシノリ・サイトウ(斎藤由規)の最期だった
そう
最期のハズだった