宇宙の恋人たち(三題噺:宇宙船、手帳、匂い)
佐倉さんの恋人は宇宙飛行士です。
地球はもう随分と住みにくい星になってしまったものですから、他に住める星を探すため宇宙飛行士たちは寝る間も惜しんで働いていました。
佐倉さんの恋人もそんな宇宙飛行士のひとりとして頑張っていたのですが、ある日宇宙船と宇宙服をつなぐロープが切れ、彼は広い広い宇宙に放り出されてしまったのだと、佐倉さんの元に手紙が届きました。寒い冬の夜でした。
手紙を受け取ったとき佐倉さんは、彼は今どんなきもちでこの夜空をただよっているのだろう、きっとひとりでさみしい思いをしているに違いない、と悲しく思いました。
手紙には、彼の愛用の手帳が同封されていました。佐倉さんはその手帳は開けずに机の一番上の引き出しに仕舞いました。
その晩、佐倉さんは夢を見ました。宇宙服を着て、辺り一面星々に囲まれた気の遠くなるような宇宙の中を佐倉さんはひとりでただよっていました。
その時ふと、夢の中だというのに佐倉さんの鼻をなにか良い匂いがくすぐりました。
それは焼きたてのクッキーのようでもありましたし、
祖父母の家の畳のようでもありましたし、
恋人の家のクッションのようでもありました。
夜中ひとり目を覚ました佐倉さんは、はて、どんな匂いだっただろうと思い出そうとしましたが、夢の中のぼんやりとした記憶の扉は、ぴったりと閉じてしまっていました。
佐倉さんはベッドから降りると引き出しに仕舞った彼の手帳を取り出し、1ページ目をそっと開きました。そこには、
「ゆりこ、宇宙はとても良い匂いがします。だからぼくはとても幸せです。」
と書かれていました。
佐倉さんは今でも、あの星空の向こうから彼がふわふわと降ってきやしないだろうかと、毎晩考えるんだそうです。