口八丁で本気のリベンジ
暖かな日の光が入る談話室には、今にもお迎えが来そうなご老人が何人かいた。大丈夫なのだろうか。残念ながら、うたた寝と昏睡の区別はつきそうもない。
俺たちは自動販売機でそれぞれ飲み物を買ってから、向かい合わせに座った。
「中谷が今まで読んだ本ってどれくらいなんだろうな。これだけ読んでたら、正直目新しい本とかもう無さそうなんだけど」
「そんなことないよ。毎日新刊は沢山出てるから。それに、似たような設定でも表現の仕方によって全く違うお話になったりするし、何年か経ってから読み返すと違う面白さを見つけたりもするよ」
「これだけ読んでても、まだまだ先があるのか。読書は一生の趣味になり得るな」
ここまでの本好きが、読まない理屈なんてないだろう。何とか元に戻してやりたい。洋平の家で無理矢理祈らされているロボットも、きっとそう思っているに違いない。
「この前の本の話。あれから考えてみたんだけどさ、ドラゴンがお姫様を攫った理由とか」
「うん」
「ドラゴンが純粋な悪役として世界征服を企んでいたんだとしたら、あまりにも職務怠慢すぎると思わないか」
紙カップに入ったジュースを氷ごと飲み込む。中谷はきちんと俺の目を見て、話を聞いてくれている。
「その気になれば人間なんてあっという間に絶滅させられるだろうし、逆に勇者様御一行で何とかなるくらいのレベルなら、軍隊総動員でお姫様救出のサポートをすると思うんだ」
「分かりやすい悪役がいるとみんなの結束は固まるよね。でも、お話の中で軍隊は特に何もしてないね」
「ああ。だから王様には軍を動かせない事情があった。これなら若い勇者たちが少人数で難易度の高いドラゴン退治とお姫様救出に挑む理屈が出来上がるだろ?」
中谷がちょっと驚いた顔をした。そして、どうやらこの話に乗ってくれるようだ。
「軍隊を動かせない事情っていうと、単純に王室の権威が失墜してるとか、国民が軍隊を動かすことに賛成しないからとかかな」
「王室の権威が失墜してるっていうなら、王様が直々に勇者にお願いしたっていうのでどうかな?城の内部にも協力者とかいないと、ドラゴン単独では誘拐するの難しいだろ。誰が裏切ってるのか分からないから、コッソリ無名の勇者にお願いした。そんで、国民が賛成しないっていうのは、きっと人間側にも非があると思ってるからだ」
「この前言ってたみたいに、ドラゴンにも事情があるっていうこと?住処を奪われたとか」
「そう、石油みたいに人間にとっても必要不可欠なエネルギーがあったとかが原因で。大規模な開発を王室主導でやってて、住処を荒らされて怒ったドラゴンが仕返しにお姫様を誘拐した」
「それなら、国民がドラゴン退治をためらうのも仕方が無いかも」
物語の前提はこれでクリアしたかな。ここからが本題。中谷が思いついた恐ろしいIFに挑まねば。
「ドラゴン側にも事情があったなら、お姫様が言いくるめられるんじゃないかって
前に言ってたよな」
「うん」
「ドラゴンにとっても自分の国民にとっても必要不可欠な物なら、お姫様がどんなにドラゴンの意見に筋が通っていると感じても、全面的な賛成はできないんじゃないか」
「そうだね。それが無いと生きていけない水とかだと譲れないね。逆に技術開発でどうにかなりそうな石油とかだとお姫様の心は揺らぐんじゃないかな」
しまった。自然破壊を伴う開発ならダムとかでもよかったな。
「私は、お姫様が葛藤してくれた方が物語として好きだけど」
中谷がお姫様だったらハラハラするな。王族には国民のためにしっかりした帝王学が必要そうだ。
「まぁ、ドラゴンの要求をバッサリ却下したら自分が殺されそうだしな。今回の話では勇者がドラゴンに勝ったから、勇者が正義になっただけなんだよ」
これで言いたい事は終わりだ。氷が溶けてすっかり水っぽくなったジュースを流し込んで、中谷の返答を待つ。
「すごくたくさん考えてくれたんだね」
「おう。考えて過ぎて、俺ならこう書くっていうオリジナルストーリーまで考えたぞ」
「ありがとう。すごく嬉しい。西森君の話聞いててワクワクしたよ。オリジナルストーリーも聞きたい」
中谷が身を乗り出して続きを催促する。
「いいけど、一つだけ条件がある」
中谷はニコニコしてこっちを見ている。OKなのだろう。
「やっぱり最近何かあったんだろ?話してみろよ。力になるからさ」
嫌だと言われたらどうしよう、とは考えなかった。悩んでいる事は聞いていたが、中谷は時々辛そうな顔もしていたのだ。俺と話したり、図書館で本を眺めたりしている間は楽しそうだった。だったら原因は他にある。
「どうして、そう思うの?」
さっきまでの笑顔が消えた。それは俺の考えが正解だということだろう。
「中谷が、ファンタジーの世界で完璧な理屈を求めてたから。話を分かりやすくするためにあえて書かれていないような所まで理由を考えてただろ。しかも、都合が良すぎるって言ってたよな」
「よく覚えてたね」
「このことばっかり考えてたからな。で、最近何かあって、それがすごく中谷にとって理不尽で、それで本が読めなくなったんだと思ったんだけど」
語尾が少し小さくなる。情けない。
「こうやって聞いてると、西森君の方が理屈っぽく感じるよ?」
「そうかもな。でも、俺はそう思ったんだよ」
「変わらないんだね」
「ああ」
ここまで来て引き下がれるか。
「聞いてほしい話があるの」
やっとここまでたどり着いた。そう思ったのだが、
「でも、それはお昼ご飯を食べてからね」
焦らされた。でも、イタズラ好きの子供のような中谷なんて滅多なことでは見られないだろうから、ここは良しとしておこう。