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君が作るファンタジー


約束していた図書館行きは、運動会の後の振替休日に決まった。平日の方が空いているので話がしやすいのだという。ちなみに運動会はその名の通り運動部が活躍するための祭りだ。俺や洋平、川中はともかく、中谷の活躍は一度も無かった。そもそも団体競技以外に出場さえしなかったらしい。


「しかし、遠いな…」

中谷が指定したのは隣町にある大型図書館だった。町の西側に豪快に通されたトンネルを自転車で軽快にとばしながら、ひたすらに出口を目指す。町の流通、進学率などさまざまな方面に影響を与えたこのトンネルは、バブル経済が町に与えた唯一の恩恵だと聞いている。排気ガスの臭いがしようが所どころ電気が消えていようが、外界に繋がるこの道は町の主要道路の役割を立派に果たしている。


トンネルの出口で海から吹く横風にあおられ、俺たちの町よりも幾分賑わった町並みを見渡す。目的地である図書館のドーム状の屋根も見つけることができた。


ここからは下り坂が多いので、ペダルを漕がずに流れに身を任せる。帰り道はエレベータがあるので上り坂を憂うことも無い。バブル経済様々だ。


約束の時間まではまだ余裕があったのだが、中谷はすでに図書館の入口で待っていた。私服姿は新鮮に映るものの、スカートにブラウスではいつもと印象が変わるはずもなく、中谷はやっぱり中谷だと思うに留まった。


「おはよう。早いな」

「おはよう。その、バスが少し早めに着いたから」

バスか。確かに中谷の家からだったらその方が便利でいいのだろう。借りた本が大量だったりしたら大変だろうしな。

「俺、自転車置いてくるからちょっと待ってて」

そう言って駐輪場へ向かってハンドルを切る。


やっぱり学校以外で2人になるのは少し恥ずかしい。そんなことを言ったら、今日もプラモデルを作っているであろう洋平にからかわれるんだろうな。


平常心を自分に言い聞かせてから、入口で固まったまま待っている中谷へ声をかけた。

「図書館もう開いてるみたいだし、行こうか」

頷いた。ちょっとタイムラグがあるような気がするんだが、大丈夫なのだろうか。

「どうかしたのか」

「え?その、私服姿が珍しかったから」

珍しいと言うのなら、せめてこっちをはっきり見ればいいのに。何の変哲もないTシャツとチノパンを褒められても、それはそれで反応に困るが。

「幼稚園の時からずっと制服だからな。俺の姉貴は大学生になってから、毎日何着て学校に行くかで随分悩んでるみたいだぞ」


入口を入ってすぐのカウンターで、図書館の司書に中谷が声をかけられた。本の虫というのは雰囲気が似るものなのだろうか。司書の女の人は少しだけ中谷と似ているような気がした。

「今日は1人じゃないの?珍しいわね」

「はい」

司書のお姉さんの視線が痛い。この人も洋平と同じ事を考えているに違いない。若干ニヤニヤしているので、疑いはすぐに確信に変わった。


「また、取り寄せて欲しい本があったらよろしくね」


妙な言い回しに首をかしげていると、ニヤニヤ笑いのお姉さんが説明してくれた。

「ここの図書館にある児童書の半分はこの子のリクエストに応えたものなのよ。漫画以外なら受け付けるからあなたもどうぞ」

そう言って取り寄せ希望の用紙を手渡してくれる。


今まで中谷がどんな本を読んできたのか気になったので、先に児童書コーナーへ行くことを勝手に決めた。


数分後、中谷の恐ろしさを知ることになるとも知らずにだ。


静かに本を読みたい人に配慮した結果なのだろう、児童書コーナーは他の本棚から離れた位置にあった。小さな机や椅子、ゴム製のマットまである。それらのカラフルな色合いもあって、何だかお菓子の家のような作りだった。


そう、家のようなのだ。つまりそれなりの広さがある。当然蔵書の数も多い。

「中谷、ここの本を半分取り寄せたってマジなの?」

そうだとしたら、少なくともこれだけの本を読破したということか。物語だけじゃなく、理科や歴史、クイズに英語の本まである。中谷の成績が良い理由の片鱗が見えた気がする。

「児童書はもうさすがに読んでないから、それは言いすぎかも」

苦笑しながらそう答える中谷自身もここへ来るのは久しぶりだったようで、懐かしそうに本の背表紙を見て回っている。

「児童書は読んでないってことは…」

「最近は読んでないけど、それまではあっちで普通の本を読んでたよ」

そう言って、一般図書のコーナーを指さす。歯抜けになったベストセラーのコーナーを始めとして、端が見えないほどの本棚が続いていた。


「今までどれくらい本のリクエストしたんだ?」

固まった。計算しているのか、目だけが少し泳いでいる。

「月に30冊くらいだから…」

「分かった。もういい」

年間360冊、10年続けているとしたら3600冊。1冊1000円として…やめよう。考えると眩暈がする。

「隣町の税金を湯水のように使いまくってるな。どうやったらそんなに沢山読みたい本が見つかるんだよ」

「インターネットで欲しい本を探してるの。買うと高いし、自分の部屋に全部置いたら床が抜けちゃう」

これは賢いと褒めた方が正解なんだろうか。というか、行政は本好きに対して妙に親切なんだな。

「じゃあ、俺も読みたい本はここで読むことにするよ。中谷が選んだ本もあるなら、当たりが多そうだ」


中谷が児童書コーナーを出て手招きをする。少し歩いた先にあったのはライトノベルのコーナーだった。

「こういうの、読む?」

すごい数だった。古いタイトルから俺が持っているシリーズまで、ライトノベルのカラフルな背表紙で視界が埋め尽くされるほどだ。

「すごいな。これも中谷が取り寄せてもらったのか?」

「最近のはそう。前にもライトノベルが好きな人がいたみたいで、古いのはその人がリクエストしてたみたい」

多分、これも全部読んでるんだろうな。これだけ読んだらもう十分じゃないのか。


その時、咳払いが聞こえた。顔こそ隠れているが、新聞を読みにきているじいさんから発せられたものだろう。俺と中谷は熱心に経済新聞を読むじいさんの邪魔にならないよう、開架コーナーから談話室まで移動した。

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