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剣と魔法とツッコミ魂

ずっとファンタジーを楽しめる方法を考えよう!


なかなかいい案だったと思う。隣人は助けあうべし。どこかの偉い人も言っていたではないか。オレンジ色に染まる教室で約束を交わしたあの日から、俺は中谷と入れ替わったように本を読んでいる。が、冒頭から百ページ以上にわたって民族の歴史の解説で埋め尽くされた本を相手に、俺は早くも話についていけなくなってきていた。まだ主人公の名前すら出てこないとか、これは読者に対する嫌がらせなのだろうか。


「あんた、景子のモノマネでも始めたの?」


似てないし、無理するなと慰めのお言葉をクラスメイトの川中麻衣から頂戴した。ちなみに景子とは中谷のことだ。家が近いというのは、類は友を呼ぶという諺に勝るものらしい。


中谷と川中は何もかもが正反対だ。

色白でサラサラの黒髪、顔立ちから性格までとにかく薄味に仕上がっているので目立たない中谷。川中の方は明日から漁師の嫁になっても違和感が無いほどよく日焼けした快活なやつで、表情はクルクルと入れ替わり、制服も本人はお洒落を追求した結果だと言っていたが、それなりに着崩していた。


黙っていたらいじめっ子といじめられっ子にしか見えないかもしれないが、川中は中谷の親友なのだ。


「お前この本読んだことある?」

「それ映画化されてるでしょ。十冊も文庫読むとかあり得ないね」

「あっそ」

「読まなくても景子にあらすじ聞けばいいじゃん」


うん。そう言うと思った。俺と川中も八年間の付き合いがある。こいつが漫画以外の本を読まないことも、夏休みの読書感想文を中谷にあらすじだけ聞いて済ませていることも十分に承知していた。聞いた俺が馬鹿だった。


ここで内容を聞いてしまったら負けだ。意地を張ってみるも、クーラーの無い九月の教室は読書どころか勉強にも向いておらず、俺は早々に全ての作業を投げ出し、午前中の授業が終わるまで窓から見える海とそこに浮かぶ島々を眺めていた。



中谷はまだ本を読まないでいる。



早く何か手を打たないとこれはかなり重症みたいだな。向かいの席で宇宙と交信しながら給食を食べる彼女を見ながら、俺は今後の展開を考えていた。本を読むのをやめた途端に現実世界が充実するんじゃないかと二割くらいは思っていたのだが、予想は当たらなかったようだ。相変わらず気配を消したかのように大人しく、連日繰り返される運動会の練習でクラスメイトがほんのり日焼けしていく中、こいつだけはいつまでたっても真っ白な肌のままだった。


とりあえず、もう一度機会を作ってじっくり話をしなければなるまい。中谷が廊下に一人でいる時を見計らい声をかける。いくら何でも、

「放課後時間を作ってくれ。お前と話がしたいんだ」

とか、クラスメイトの前で言うのは恥ずかしい。それくらいにはみんな色気付いてきていたし、中谷にだって友達はいるのだ。俺と同じくらいには相手も恥ずかしいと思うだろう。


「今日の放課後、残っててくれ」

相手の返事は頷いただけだった。


授業が終わると鞄をそのままにして隣の校舎の最上階を目指す。空調の効いた図書室で、午前中に降参した例の本を読んで時間を潰そうと思ったのだ。部活が無ければさっさと下校していた俺にとって、放課後の図書室が目新しかったというのもある。一番乗りで図書室へ入り、カウンターから離れた席に座って本を開く。物語がやっと冒険という名の壮大なおつかいの始まりを告げたあたりで、中谷が図書室に入ってきた。


「あの、窓から図書室にいるのが見えたから」

小声でそう言って、中谷は俺の前の席に座った。他の生徒が来るまでなら、教室に戻るよりここで話をした方がいいだろう。何と言っても涼しいし。

「あのさ、前に本読んでて納得できないところがあるって言ってたよな。もうちょっと具体的に言ってくれないと考えるキッカケが掴めないんだ。だから、ヒントをくれ」

「……ヒント?」

首を傾げたことで、肩口で切りそろえられた黒髪が揺れる。

「そう。例えば、こーいうのに違和感があったとか、最近読んだ本の内容とか。そういうの」


中谷は本棚の方へフラフラと歩いていくと、何冊かの本を持ってきてあらすじを説明し始めたので、簡単にメモをとる。




一冊目

空飛ぶ箒に乗った魔法使いが街の困りごとを解決する人情もの。


二冊目

囚われのお姫様を救うために、勇者がドラゴンとガチバトル。


三冊目

森で迷子になった旅人が、その森の妖精と恋に落ちる物語。



我ながら、超がつくほど簡潔にまとめられた。

いつまでもこの妙な達成感に浸っていたいが、唯一読んだことのあった二冊目の本を手に宣言する。


「よし、じゃあ中谷。俺と勝負しようぜ。俺はこの本が好きだ。というか、日本の少年はほぼ例外なくファンタジー冒険ものが大好きだ。だから、中谷の違和感を納得に変えられたら俺の勝ちな?」


小声で言ったのでイマイチ決まらなかったのが残念だが、時間切れでもあった。他の生徒が涼しさを求めて図書室に集まり始めていたからだ。


カウンターで貸し出し手続きをして、俺たちは図書室を後にした。廊下を並んで歩いていると、屋上から吹奏楽部の音出しが聞こえてくる。その音に負けないようにと俺たちは声のボリュームを上げていく。

「勝負するんだよね?討論するの?」

どうやら乗り気になってくれたらしい。ワクワクしているのが雰囲気や足取りから何となく分かる。

「そうだな。中谷が矛盾点あげて、俺がそれに反論するよ。冒険ものはゲームでも定番だから任せとけ」

中谷がいくつかのタイトルを挙げた。

「ゲームとかするんだな。何か意外」

「見てる方が多いけど。弟がいるし、麻衣ちゃんもゲームが好きだから」

「朱に交わった結果ってことか」


言ってみたものの、川中と中谷が一緒に遊ぶなんて想像できん。テンションが天と地ほどに違う二人が一緒にゲームして盛り上がれるのか?


教室に戻ってみたら他の生徒はもういなかった。いよいよ討論が始まる。負ける気は無いが、この勝負の目的は中谷の違和感の正体を探り出すこと。


残暑の厳しい教室で、借りて来た本を挟んで向かい合う。

「じゃあ、まず冒険ものと言えば…突然偉い人に頼まれごとをされる所から始まって」

中谷が手を挙げる。

「偉い人ってそんな簡単に会えますか?」

勇者なんだし、会えるんじゃないのかよ。話が始まらんだろう。

いかん、ツッコミにツッコミで返してどうする。俺は勇者のためにもこの物語を援護しないと。


「住んでる街の一番偉いやつくらいなら、なんとかなるんじゃないか。そこからなら、もっと偉い人に会わせてくれるようお願いするか、問題が深刻なら向こうが取り計らってくれるだろうよ」

ドラゴンと勇者が戦う表紙を指しながら説明する。


「国のお姫様が攫われるってよっぽどの事態なはずです。警備や軍隊や騎士は一体何をしてるのでしょうか」

真剣な眼差しで中谷も表紙を見つめている。

「えーっと、パスでお願いします」

みんな姫のことは心配してるんだろうし、国王をはじめとして国民を守ってるんだろうよ。サラッと能無しみたいに言われたら子供の憧れの職業が台無しだろう。


「じゃあ、主人公についてです。年齢が若すぎるんじゃないかと思います。戦闘経験の浅い若者がドラゴン退治なんてリスクが大きすぎます」

律儀に毎回手を挙げて発言している。

声は穏やかなのに、こいつはこの物語をめった斬りにするつもりか。

「読者の想定年齢考えろよ。脂の乗りきった中年マッチョ勇者の冒険を全国の少年少女は望んでないって」

「……撤回します」

よかった。勇者よ、お前が薄毛でビール腹だったりしたら援護どころじゃなかったぞ。


「この物語で登場する、勇者のみが使えるという剣についてです。相手のドラゴンは明らかに火を吹いています。これに剣で立ち向かうのは無理があるのではないでしょうか」

…伝説の剣をこきおろしやがった。ただ、これは大丈夫。

「魔法使いが一緒に来ているので大丈夫。仲間同士、お互いを信頼して欠点をフォローしながら戦うのがいいところなんじゃないか」


中谷はニッコリと笑った。


終わり…なのか?結局は、ファンタジーなんだから大抵のことは気にせずに勢いだけで読んじゃえよと言えば済む話じゃないか。


俺が討論にもなっていないこの雑談を締め括る前に、中谷が口を開いた。


「では、囚われていた間にお姫様は何をしていたのでしょう」

衣食住とか拷問されたかとかそういう話じゃないよなぁ。子供向けだし。

「普通に軟禁されてたんだと思うけど」


「ドラゴンとお姫様が恋に落ちたりしたら」

「ちょっと待った。それはダメだ」

理由なんて男のロマンが許さないからに決まってるだろう。命からがら助けに行ったらお姫様とドラゴンがデキてて、国王からの依頼通り退治したらお姫様に恨まれるとかバッドエンドにもほどがあるだろう。


動揺して身振り手振りがついつい大きくなる。中谷は汗一つかかないで落ち着いたままだ。


「ドラゴンにも事情があって、軟禁生活の間にお姫様がドラゴンの意見を支持するようになったら」

「いやいや、無いって。万が一そんな事が発覚したら父親が王位追われて革命起きてもおかしくないレベルだろう」


「それじゃあ、もしも物語がドラゴンの視点で書かれていたとしたら」

こえーよ。勇者が地位と名声と報酬に目が眩んだ悪役にしか見えねぇよ。想像したら背中に変な汗が流れてきたし。

「………ギブアップします」

すまん、勇者。俺はお前を守り切れなかった。悪いことは言わない、その冒険に出るのはやめとけ。中谷の考えるIF(もしも)が恐すぎる。



中谷は勝ったのに複雑そうな表情をしていた。多分俺も似たような表情をしているんだろう。遠くで聞こえる吹奏楽部の音楽につられるようにして、無理に明るい声を出した。


「勝負は中谷が勝ったんだし、ジュースでも奢ろうか」

暑い教室の中で喋った上に変な汗までかいたので、正直ノドはカラカラだ。


穏やかな話し声とはいえ、危険発言を連発していた中谷はいつの間にか普段の調子を取り戻したらしい。帰り道の自販機でジュースを買うまで、一言も喋らずに後ろをついて来ていた。


二人分の影を見ながら、距離が離れすぎないように歩く。波の音を聞きながら歩いていると、さっきまでの気分が落ち着いてくるようだった。

きっと中谷も同じだったのだろう。振り返ると、両手でジュースを握ったまま微笑み返してくれた。


だからその後のお願いもすんなり聞いたのかもしれない。それは、



「今度、私と一緒に図書館へ行ってくれませんか?」

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