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Chapter 1

来る人を、必ず幸せにするレストラン。


何度も、何度も、彼は自慢に呟いては笑っていた。


賑やかな街の中心にある、一軒のレストラン。古ぼけた洋風のその建物は、周りのお洒落な店に比べるとどこか違う時間が流れているように見えた。


ドアを開けるとカラン、と音が鳴り響く。暗い木製のテーブルや椅子に、白いテーブルクロスと、高級な雰囲気の店内。ウェイターやウェイトレスは全員白と黒の制服に身を包み、優雅な物腰で客と接している。


「わたしも、幸せになるの?」


幼い自分は、メニューを差し出す男の子に問いかける。まだ若いのに、大人な洋服に身を包んで、まるでおとぎ話の執事のようにふるまっている。私の問いかけに、彼の表情が一瞬曇り、そして私を見て仕方がないように微笑んだ。


「羽月にも、きっと分かる。分かれば、幸せになれるよ」


「本当?」


「うん」


彼の差し出すメニューを幼い手で受け取り、黄ばんだ横書きのページをゆっくりめくる。


「わたし、パフェが食べたい」


小さな指で、ページを指さす。彼は頷くと、メニューを持ちさりレストランの奥へ消えていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あれから、十年がたっている。来る人を幸せにするレストランには、それ以来足を踏み入れていない。十年も前の事だから、もう存在しないのかも知れないし、存在していてもどこにあったのかなんて覚えていない。


覚えているのは、あの日のパフェが人生で一番美味しかったという、特に意味がない記憶と、あの男の子に会いたい、という事だけ。彼は当時、確か九歳だったと思う。私が七歳くらい。なんで彼がそのレストランにいたのか理由は分からない。なぜ私がそのレストランにいたのかもいまいち覚えていない。でも、どうしても彼に会いたくって、私は洋風のレストランを見かけるたびに足を踏み入れるようになった。


「今日も、暑いね」


高校生になった私のレストラン探しに付き合ってくれる同級生、平川和樹が呟いた。夏休みの真っただ中で部活もあるはずなのに、呼び出せば必ず来てくれる良い人だ。彼はクーラーのきいた店内で汗をかくソーダのグラスを前に、Tシャツを扇ぎながら微笑んだ。


「本当。嫌になっちゃう」


私は目の前のパフェの写真を携帯で撮りながら返事をした。大きなメロンがのっかったパフェ。このレストランもパフェも、記憶にあるものとは違うけれど、一応携帯に納めておく。和樹はそんな私を見つめ、ストローを加えながら尋ねる。


「また写真撮るんだね。ブログでも始めれば?羽月のパフェ食べ歩きブログ、なんて」


「そんなの、誰も読んでくれないよ」


携帯を鞄にしまいながら、私は言う。携帯のメモリーには数々のパフェの写真があって、どこで食べたのかも記録してある。なぜだか知らないけれど、記憶のレストランを探すようになってからそうするようになった。二年分の写真がたまった携帯は、買い換えようと思うけれどなかなか手放せない。


「それで、このレストランじゃないんだ?」


「外見は似てるけど、やっぱり違った」


そのまま、私たち二人はソーダとパフェを平らげ、店を後にした。クーラーが利いていた店内とは裏腹に蒸し暑い外に、駅まで歩こうという気が失せる。それでもパフェを食べたんだから、その分は我慢して歩かなくてはいけない。文句を言おうと口を開いたけれど、言葉を発することさえ面倒くさくてあえて口をつぐんだ。


和樹について、駅までの道を歩く。青い空と白い入道雲に、遠くで鳴り響くジリジリというセミの声。少しでも涼しい風が吹いてくれないかと願いながら、和樹の方を見た。


目の前の和樹は汗一つかいていない様子で、余裕に坂道を上っている。短い黒髪は少しも乱れていなくて、時折見える横顔もカッコいい。優しいし優等生な和樹は、特にとりえもない私のやや変な趣味に、嫌な顔一つせず付き合ってくれる。迷惑じゃないかと聞いても、そんなわけないじゃん、と満面の笑みで答えてくれる彼は、多分私の唯一の友達だと思う。


「あ、ねぇ、あれ」


突然に和樹が振り返り、すぐそこの電柱を指さす。私はあわてて目線をそらし、彼が指さしている方を向いた。触ったらやけどしそうなコンクリートの柱には、太陽の光を反射して目がくらむほど眩しい白い紙が貼ってあった。


「なに?」


二人で歩み寄り、紙を眺める。上右側の角には小さな写真が貼ってあり、よくよく見てみると洋風のレストランだった。ただし、白黒でぶれているのでそれ以外はよく分からない。


「アルバイト募集・・・『うみねこレストラン』?」


和樹が読みあげる。手書きのその文字はあわてて書いたのか、汚くて読みづらい。レストランの下には手書きの地図が描かれていて、どうやら近所の駅から歩いて十分程度の所にある様子だった。


「何だ、お祭りかなんかの張り紙かと思った」


和樹が残念そうにつぶやく。


「ごめん。行こうか?」


「あ、うん」


彼が先に歩きだしたのをみて、私もあわてて後を追いかけようと一歩足を踏み出す。でも、なぜかその張り紙が無性に気になって、付いていく前にさっと紙を電柱からむしり取り、ポケットにしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


夕飯を食べ終わりお風呂から出た後、私は自分の部屋で横になって張り紙を見つめていた。『うみねこレストラン』。聞いたことはないし、ぶれた写真からして記憶のレストランとは違うけれど、やっぱり気になる。


「でも、毎日パフェ食べたら太っちゃうんだよ」


枕のそばで丸くなっていた猫のに呟きかける。猫は私の方を興味なさそうに見ると、目を閉じて眠ってしまった。


「それに、和樹に毎回付き合ってもらってるの、なんだか悪いし」


猫が返事をしてくれないのは分かっているものの、ついつい丸まってる生き物の様子をうかがってしまう。


「だから、明日は下見だけすればいいよね。それで、また和樹と行けばいいんだ」


眠っていたと思った猫が、片目だけ開いて私をじっと見る。私が見つめ返すと、どうでもいいや、とでも言うように大きく欠伸をした後、大きく伸びをして部屋を出て行ってしまった。


「よし。明日は、様子を見に行く」


特に誰に言っているわけでもないのに、やや大きな声でそう宣言した後、私は張り紙を大切にたたみ枕の下にしまった。

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