piece10:離
満月の夜は静かに終わり、朝が来た。
雪が 降っている。
ひらりひらりと舞う雪は、儚く消えていった。
儚く 消えて。
□■□
大勢の人間が地下牢の入り口に集まった。
不気味なほど静まりかえった地下牢を、僕の隣のレンはじっと睨んでいる。
「開けて大丈夫なのか?」
「しかし開けないわけにはいかないだろう。」
「それもそうだな…。きっとわかってくれるだろう。」
大人たちが話し合い、地下牢の扉に手がかかった。
僕らの世界は 狂い始めた。
もうこの世界が出来たときから、狂っていたのかもしれない。
扉の向こうには、血生臭い光景が広がっていた。
これが昨日まで笑顔で生活していた生き物?
「いけ…ない。」
「え?」
レンがぼそりと呟いて、涙を流した。
すると、地下牢の中にいる吸血鬼達が入り口に集まっていた人間に襲いかかってきた。
一人、二人。次々と人間が息絶えていく。
これは何?夢?
夢なら覚めて。
こんな世界、見たくないから。
「ユトッ!!」
立ち尽くす僕の腕を、レンが強く引いた。
地下牢から無理矢理離される。
「レン!?」
「逃げなきゃ…!!もうここはいつもの世界じゃない!!」
その通りだ。
これは、夢なんかじゃない。
世界が音をたてて崩れているのは、現実。
あぁ、どうして。
その答えは、神様しか知らない。
■□■
目の前で繰り広げられる惨劇。
血まみれの死体がごろごろと転がっていった。
それから、生々しく湯気が上がる。
血が熱いものだと、改めて感じた。
怒り狂った吸血鬼たちは、その怒りを抑えることなく人間たちを虐殺していく。
何が苦しいのか、悲しいのか、その瞳から大粒の涙を流しながら。
怒りに身を任せるその姿は、さながら悪魔。
言い伝え通り、吸血鬼は悪魔へと姿を変えた。ただ、満月の夜じゃなかっただけ。
理由が、満月の光ではなくて、怒りと憎しみだっただけ。
あぁ、滅びてしまう。
すべてが。
「母さん達大丈夫かな…。」
僕と一緒に物陰に身を潜めるレンが不安そうな声をあげた。
レンは僕と違ってちゃんと人間の両親がいる。
すべての人間が襲われるなら、もちろんレンの両親も。
「家まで見に行こう。」
「でもここから出たら危ないよ。」
「隠れてたっていつか見つかるよ。それなら早くレンのお母さん達を助けにいかなきゃ。」
「…うん。」
お互いの手をしっかり握り合って、物陰から人混みへと飛び出す。
走り抜けるその中で、殺戮は止まない。
血しぶきが、雨のように僕とレンに降りかかった。
同時に、味わったことのない吐き気が襲い掛かってくる。
抑えようのない嘔吐感。
吐きそうになるのをぐっと抑え込んで、なるべく周りを見ないようにまっすぐ走った。
後ろを走るレンのすすり泣きが、人々の悲鳴に混じって時折聞こえてくる。
最後の人混みを抜けようとしたとき、人と人に押し潰されてレンと繋いでいた手が離れた。
急にいなくなった熱を探そうと振り向くけれど、そこにレンの姿はもうない。
「ユトォ…!」
微かに聞こえたか弱い声も、悲鳴にかき消された。
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「あーあ。大変大変。凄いことになってるよ。」
「何言ってるんだ。自分がやったくせに。」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる?僕は試してみただけだよ。」
「そんなこと言って、こうなるってわかってたんだろう。」
「うーん、まあね。だけどこれだけ続いたら試してみたくなるじゃない。どうなるのかさ。」
「どうなるのか、なんて、結局はお前が決められることだろう。」
「あははっ!そうだね。僕はカミサマだから。」
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誰か助けて。
誰でもいい。
この世界を元に戻せる人がいるならば。
どうか。
どうか。
僕の命は尽きてもいいから。
お願いします。
神様。
父さん。