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【地球が進化する日】 〜地球の夢を見る少女と、地球の声を聴く少年。ふたりが出会ったとき、世界は次のページをめくる〜  作者: 真野真名
地球がクラスチェンジする朝に、君と出会った

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第四話 人間気象衛星と、美術室の不審者




 翌朝。

 校門の前に、折り畳み傘をカバンにねじ込んだ私と、黒い長傘を杖のようについて立つ白瀬くんがいた。今日は折り畳みじゃないんだ。大雨確定か。


 頭上には、今日も今日とて憎たらしいほどの青空が広がっている。

 私たちは数メートル離れた場所で立ち止まり、お互いを見て、何も言わなかった。


 でも――白瀬くんが、ほんの数ミリだけ右の眉を上げた。


 文字にすればそれだけのことだが、私にはそれが彼の「おはよう、同類」という挨拶なのだと、なぜかすんなり理解できた。相変わらず変なやつだとは思ったが、なんだか悪い気はしなかった。



 それから一週間が経った。

 白瀬くんとは「話しているようで、実は一言も話していない」という奇妙な関係性が続いた。


 廊下ですれ違えば、一瞬だけ目が合う。でも「よっ」と手を挙げるわけでもなく、会釈をするわけでもない。


 昼休みに、二人して教室の別々の窓から外を眺め、電線にびっしり止まった季節外れの渡り鳥の群れを無言で観察していたこともあった。


 それでも、何も言わなかった。

 えて言葉にする必要がなかった。


「ねえ、ぶっちゃけあの愛想なし転校生とデキてるの?」


 ある日の昼休み、ゆいが唐突にストローを噛みながら尋ねてきた。


「はぁ? デキてない。ていうか、まだまともな会話すら数えるほどしかしてないし」


「えー? でも最近、陽菜ひなも毎日傘持ち歩いてるじゃん。天気予報で降水確率0パーセントの日でも。あれ絶対、白瀬くんの真似でしょ。匂わせ?」


「……気のせい。ただの用心深い女子高生へのアップデートだよ」


「絶対違うね。女の勘、舐めんなよ」


 結はフンと鼻を鳴らしたが、正確には「気のせい」でも「匂わせ」でもなかった。


 私は、白瀬くんの傘を見れば、その日の天気が完璧にわかることに気づいてしまったのだ。


 彼が傘を持っていない日は、絶対に晴れる。

 折り畳み傘をカバンに入れている日は、昼過ぎから怪しい雲行きになる。

 今日みたいに朝から長傘を持っている日は、午後から確実に本降りの雨になる。


 気象衛星ひまわりも真っ青の高精度。スパコン「富岳」より、白瀬くんの左手の方がよっぽど信用できる。彼がいれば、日本の気象庁は明日から全員有給休暇を取っても大丈夫だろう。


 しかし、そんなのんきなことを言っていられる状況は、長くは続かなかった。

 世界で起きている「ちょっと変なこと」の波頭が、徐々に私たちの足元までひたひたと押し寄せてきていたのだ。


 最初は、遠いネットニュースの中だけの話だった。


 どこかの海で季節外れの渡り鳥が乱舞しているとか、ゴルフ場のコース上をカエルが埋め尽くしたとか。あるいは、オーストラリアでクジラが大量に打ち上げられたとか。


 だが、先週の金曜日。ついにうちの学校の「科学部」が騒ぎ始めた。


 彼らが言うには、学校の中庭に植えてある立派なケヤキの木を調査したところ、年輪が「一夜にして二本も増えていた」というのだ。


 年輪というものは、当たり前だが一年に一本しか増えない。地球が太陽の周りを一周するから一本増えるのだ。それが一晩で二本増えたということは、ケヤキの木だけがタイムマシンに乗って二年後の未来から帰ってきたとでも言うのだろうか。


「いくらなんでも機器のエラーか、サンプルの取り間違いだろう。科学的思考を持て」と、顧問の理科教師は鼻で笑って片付けようとした。


 しかし、やたらと声のデカい科学部の部長は「三本の木を特殊な超音波エコーで調べた結果、全部同じ異常が出たんです! これは地球の磁場異常か、宇宙線の影響ですよ!」と、オカルト雑誌の編集長みたいなことを言って譲らなかった。


 その決定打となったのが、翌日の朝だった。


 中庭のケヤキの木の周りに、黒山の人だかりができていた。


「なにこれ、キモっ……」


 野次馬の女子生徒が呟いた。


 ケヤキの木の根元だけ、すっぽりと朝露が消えていたのだ。

 周囲の雑草にも、石畳にも、近くのベンチにも、夏の朝特有のびっしりとした露が降りているというのに――ケヤキの木を中心とした半径一メートルの綺麗な円形だけが、不自然なほどカラカラに乾いていた。


「誰かがイタズラで除草剤でも撒いたんじゃないの?」と、野次馬の一人が言った。


「除草剤で朝露は消えないし、土まで乾かないだろ」


 不意に、少し低い声がして振り返ると、白瀬くんがいた。


 彼は人だかりの最後尾に立ち、誰とも目を合わせず、ただその不自然に乾いた地面とケヤキの木を見下ろしていた。


「……なんか、詳しいね」


 隣に並んだ私が小声で言うと、白瀬くんは視線をケヤキの幹に向けたまま、ぼそりと言った。


「そういう問題じゃない」


「え?」


「……木の成長速度がバグったんじゃなくて、土地そのものがエネルギーを吸い上げてる。だから乾くんだ。彼らは根本的に間違えてる」


 それだけ言うと、彼は「くだらない」とでも言いたげに、足早に校舎の方へ歩き去ってしまった。


 土地がエネルギーを吸い上げている?


 気になったが、その日はそれ以上、彼に話しかけるタイミングを見つけられなかった。




 放課後。

 誰にも邪魔されないはずの聖域である美術室の扉を開けた私は、絶句した。


 そこには、見知らぬ「変な大人」がいた。


 年齢は五十代半ばくらい。皺くちゃのヨレヨレなジャケット。度のキツそうな丸眼鏡は鼻の先までズルズルと下がり、顎には綿埃わたぼこりのような白い無精髭。頭髪に至っては、四方八方に芸術的に跳ね返っていた。


 不審者――どう見ても、不審者だった。


 しかもその不審者は、美術部の棚を勝手に漁り、よりにもよって『私が隠していた過去のスケッチブック』を開いて、フンフンと鼻息荒く熱心に読み耽っていた。


「ちょっと! 何してるんですか!」


 私が思わず怒鳴り声を上げると、その人物はビクッとするでもなく、ゆっくりと振り向いた。

 驚いた顔は一切見せず、まるで「あ、予定通りの時間に帰ってきたね」とでも言わんばかりに、一人で深く頷いた。


「君が、たちばな 陽菜ひなさんだね」


「そうですけど! なんで外部の人が勝手に美術室に入って、人のスケッチブック見てるんですか! 警察呼びますよ!」


「失礼。でも、これは緊急事態なんだ。悠長にアポを取っている暇はなくてね」


 そう言って、彼は悪びれる様子もなくスケッチブックのあるページを指差した。

 それは、私が三年前に描いた、あの「白亜紀末の地平線」の絵だった。


「これ――マーストリヒチアン期の、北アメリカ大陸西部の植生に完全に一致している」


 怒りで前に出ようとした私の足が、ぴたりと床に縫い付けられた。


「……なんですか、それ」


「白亜紀の最終期、約六千六百万年前の特定地域の植生分類だよ」


 男はズレた眼鏡を中指で押し上げながら、興奮気味に早口で捲し立てた。


「君の絵に描いてある草の種類、シダ植物の葉の形状、大気の濁り方から推測される光の屈折率、そして地平線の角度。これらすべてが、最新の古生物学的・地球物理学的な知見とピタリと一致している。専門家が何ヶ月もかけて復元するレベルだ。これは、ただの女子高生が想像で描いたファンタジーじゃない」


 膝から、スッと力が抜ける感覚がした。

 私の夢は。私の見ていたあの景色は。



 頭のおかしい子供の妄想じゃなくて――「本当の記録」だったんだ。




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