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【地球が進化する日】 〜地球の夢を見る少女と、地球の声を聴く少年。ふたりが出会ったとき、世界は次のページをめくる〜  作者: 真野真名
【地球がクラスチェンジする朝に、君と出会った】

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第十三話 白亜紀のバトンと、引き継ぐ勇気




 その夜の夢は、いつもと「入り口」からして違っていた。


 普段なら、まどろみの中で徐々にピントが合っていくように過去の地球がスクリーンに映し出される。だが、今夜は違った。ベッドで目を閉じて意識が落ちた、まさにそのコンマ一秒後には――もう、私は『そこ』にいた。



 ***



 見渡す限りの草原だった。


 夕暮れだった。


 現代の私たちが知っている夕暮れの色じゃない。

 空気が今よりずっと濃くて、ゼリーのようにぶ厚い。

 光の屈折率が違うせいで、地平線のあたりがオレンジ色ではなく、黄金色にドロドロと燃えたぎっているように見えた。


 そして――私は、とてつもなく大きかった。


 信じられないくらい、巨大な肉体を持っていた。

 ちょっと首を動かすだけで大地がズシンと振動し、一回深呼吸をするだけで、周囲に生い茂る巨大なシダ植物の葉がバサバサと大きく揺れる。


 自分が「恐竜」だという事実に、私は全く驚かなかった。


 むしろ、この規格外の巨体の中に意識が収まっていることが、ごく自然で、パジャマを着て自分のベッドで寝ている状態よりもずっと「正しい」ように感じられた。


 仲間がいた。


 遠くの黄金色の地平線に向かって、私と同じくらい巨大な影がいくつも並んでいた。

 みんな、判で押したように同じ方向――夕日の沈む西を向いていた。


 聞こえた。


 耳の鼓膜ではなく、太い骨で、大地を踏みしめる足の裏で。

 何トンもある体全体で、それを受信していた。


 蒼が「地球の音」と呼んでいる極低周波。その強烈な原型が、ここにあった。

 低く、深く、全方向から迫り来る圧倒的な振動。


 だが、今夜のそれはいつもと違った。


 終わりの音だった。


 この時代を、この生態系を、今すぐここで強制終了させますよという、地球からの静かな、しかし絶対的なアナウンス。


 でも――ちっとも、怖くなかった。


 なぜだろう、と夢の中で巨大な脳みそを揺らして考えた。

 こんなに巨大で、これほどまでに世界を謳歌していた自分たちが、今まさに終わろうとしているのに。

 ハリウッドのパニック映画みたいに、隕石から逃げ惑って絶叫しなくていいのか?


 数秒後、スッと腑に落ちた。


 ああ、そうか。


 続くからだ。

 続くから、ちっとも怖くないんだ。


 私たちがここで終わっても――この足元の土が続く。

 このぶ厚い空気が続く。

 私たちがこの大地を力強く踏みしめ、草を食み、生きたという事実そのものが、地層の奥深くに保存されて続く。


 形は変わる。

 でも、何かが確実に次の時代へと『引き継がれる』。


 それが、細胞の隅々まで、理屈ではなく本能でわかっていたからだ。


 仲間たちが、次々に、大地に向かってゆっくりと伏していった。


 天に向かって吠えたりしていなかった。隕石の炎から逃げ惑うことも、死の恐怖に泣き叫ぶこともなかった。


 ただ――静かに、大地に額をこすりつけた。


 次の時代への重たい扉を、自分たちの巨大な体で、そっと押し開けるように。


 私も、ゆっくりと膝を折り、大地に身を横たえた。


 巨大な掌に、冷たくて湿った草の感触があった。


 むせ返るような、強烈な命の匂いがした。


 生きてる。


 ――私たちが今日まで生きてきたからこそ、次の奴らに、この星を渡してやれるんだ。



 ***



 弾かれたように目が覚めた。


 自室の天井が見えた。心臓が早鐘を打っている。

 右手のひらを握り込むと、そこにはあの白亜紀の草の感触が、まだはっきりと残っていた。いつもなら数分で消えてしまうその感触は、今日に限ってはなかなか消えようとしなかった。


 私は起き上がり、自分の手のひらをじっと見つめた。

 そこには、ただの女子高生の真っ白な手があるだけだった。古代の泥も草もついていない。


 でも――あった。

 昨日まで霧島きりしまつかさの正論の前に揺らいでいた私の心の中に、『確信』が、たしかにそこにあった。



 朝が来て、私はパジャマのままスマホを引っ掴み、あおいにメッセージを送った。


『今日、会える? 話したいことがある』


 休日の早朝だというのに、返信は一瞬で来た。


『今から行く』


 相変わらず、無駄を削ぎ落とした日本刀みたいな文面だ。



 一時間後、誰もいない日曜日のガイア知性研究所で、私たちはパイプ椅子を向かい合わせて座っていた。宇津木博士はどこかをほっつき歩いているらしく、不在だった。


 私は、夢の話を全部した。


 自分が恐竜の体だったこと。地球の「終わりの音」が全く怖くなかったこと。この星が続くから怖くなかったこと。彼らが大地に額をつけた瞬間の、あの卒業式のような静けさのこと。


 蒼は、私が話している間、途中で一度も口を挟まなかった。ただ、私の顔をじっと見つめ、一つ一つの言葉を自分の中のデータベースと照らし合わせるように聞いていた。


 私が話し終えると――彼は少し長い間を置いてから、静かに言った。


「それ……今まで俺がずっと聴いてきた音の、『意味』だと思う」


「音の、意味?」


「地球の低周波は、ずーっと底の方で鳴り続けてる。でも今回のクラスチェンジの前兆音には、今まで俺が聴いたことのないパターンが混じってるんだ。なんていうか……訴えかけてくる、とでも言うかな。俺たちに何かを伝えようとしてる感じ」


「何を?」


 蒼は少し目を閉じ、遠くで鳴っているであろうその音を、もう一度脳内で聴き直しているような間を取った。


「……『大丈夫だ』、という感じ」


 埃っぽい部屋が、シンと静まり返った。


「大丈夫だ――って、地球が言ってるの?」


「日本語で言ってるわけじゃないから、言語的な意味はわからない。でも……そういう周波数なんだ。敵意も、排除の意思もない。ただ、引き継ぐから大丈夫だと」


 私は、本の山で半分塞がれた窓の外を見た。今にも降り出しそうな、重たい灰色の曇り空だった。


「……蒼くん」


「なに」


「私、昨日まで答えがなかったんだ。アルゴスの司さんの言う完璧な論理に、どう反論していいかわからなかった。でも、今は違う」


 私は、小さく息を吸い込んだ。


「地球は、人類を切り捨てようとしてるんじゃない。次のステージへ連れて行こうとしてるんだって、今は確信してる。根拠は、私が見た変な夢だけだけど」


「それで十分だ」


 蒼は、一切の迷いなく言った。


「俺が音で確信してることと、君が夢で確信してることは――たぶん、同じことだから」


 違う感覚器で、同じ真実を受け取っている。あの日の夕暮れの美術室で起きた「一致」が、今、より強固な確信という形で繰り返されていた。



 しばらく、心地よい沈黙が続いた。


 やがて、蒼が膝の上で両手を組み、ぽつりと言った。


「俺が、こんな面倒くさい地球の音を聴ける体質に生まれたのは――たぶん、こういう時のためなんだと思う」


 独り言みたいな、小さな声だった。でも、まっすぐ私に向けて言っていた。


「地球のシステムを止めるためじゃなくて――『引き受けるため』に」


「引き受ける、って?」


「クラスチェンジを強引に起こす側に立つ。兄貴たちがやろうとしているみたいに逆位相の波をぶつけて打ち消すんじゃなくて、地球の音と一緒に鳴るんだ。音楽で言えば――ノイズを消すんじゃなく、音を重ねて『ハーモニーを作る』みたいな感じ」


 私はしばらく、その言葉のスケールの大きさを頭の中で反芻した。


「それって、お兄さんのやろうとしていることと、完全に真逆のベクトルだね」


「そうだ」


「……それ、怖くないの?」


 蒼は、少しだけ視線を床に落とした。


「怖い」と彼は言った。「怖いのは、世界のルールや音が変わることじゃない。引き受けた後の新しい世界に……『今の俺』がいられるかどうかが、わからないのが怖い」


「今の俺、って」


「聴器というバグを持った、白瀬蒼として――いられるかどうか」


 白瀬蒼。母親の旧姓を使った偽名だと知っている。でも今は、その名前が彼の大切な輪郭であり、私と彼を繋ぐアイデンティティだった。


「……いるよ」


 私は、彼の顔を真っ直ぐに見て言った。


 蒼が、ハッとして私を見た。


「世界が変わっても、蒼くんは蒼くんだよ。ゆいの感覚が変容しても、ゆいが私の親友であることに変わりがないように」


「……君はそれを、本気で信じてる?」


「信じてる」


 ほんの少し、空気が止まった。


「根拠は?」


「私が見た白亜紀の夢。と――今の、蒼くんの顔」


 蒼は、サッと目を逸らした。

 照れていた。


 以前のように「俺のキャラじゃなかった」というAI的なエラー顔や後悔じゃなく、年相応の男子高校生として、ちゃんと、人間らしく照れているように見えた。




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