1.しずくの夢と現実と
ああ、これは夢だ。直感的にそう悟った。
中学の頃の教室。夕日に照らされながら、三人の見知った顔ぶれたちが笑っている。私はそれを、教室の外からじっと見つめている。
「で、結局、夏晴って生徒会長選挙辞退したん」
「らしいよ。推薦してもらって悪いけど興味無いって」
「えー! まじで勿体ねえ」
夢の中だと分かっているのに、既に夢の中でさえ彼らの名前を想起出来ない程なのに、心臓が荒く音を立てる。すると、じゃあ、と弾かれたように幼なじみが言った。
「てことはしずく確定?」
「だろ」
「そいや雨松さん立候補だもんなー。まあ雨松さんが生徒会長になったからってこの学校が変わるもんじゃないしな」
「うわ。しずくが会長なるの嫌なの」
「いやだって。雨松さん真面目すぎて俺ら系統からは人望ないじゃん」
俺ら系統。その言葉は、彼らと接していてまさにずっと感じていた違和感の正体だった。そもそも彼らは、幼なじみと仲の良い男子たちで、幼なじみがいないとお互い話す努力もしない仲だったことは覚えている。
「まあね。でも、しずくはそれでいいのよ」
どいつもこいつも――そう呟いたのは、夢だけではなかったはずだ。
そして、彼らの口から「会長が夏晴だったらいいのに」という言葉が出た瞬間、場面が一瞬にして現実へと切り替わる。
厳密には、夢の中で精巧に作られた、現在私が住んでいるアパートの一室。水色が好きだからという安直な理由で、水色に統一された部屋に、一際目立つ雑誌の山。無意識にその雑誌の山に手が伸びて、いつの間にか表れた紐でそれらをまとめ、十字結びに縛り上げる。
資源ゴミの日は水曜日。示し合わせたかのように水曜日と表示されたスマホのロック画面。ゴミ捨て場に向かう道中、いつも無意識の内に視界に入れている階段のヒビやシミが、あまりにも精巧に再現されているため、もしかしてこれは現実ではないかと、胸を高鳴らせながら階段を降りた。
しかし、段々とゴミ捨て場に近付くにつれ、心臓の鳴りは治っていく。どくどく、どくどく、とくとく。ゴミ捨て場に着いて荒く雑誌を置き、呟く。
「……ああ、やっぱり」
これは夢だ。
____1.しずくの夢と現実と
はっと目が覚めた瞬間、じっとりとした汗に眉を顰める。ここ最近で一番夢見心地の悪い夢だったと、深い溜め息を溢した。
不意にスマホで時間を確認すると、既に集合時間の一時間前を指していることに気付く。早急に湿ったTシャツを脱ぎ、洗濯カゴに入れた。洗濯機を回している時間はない。
ティアードのフリルショートパンツに、古着屋で購入したブランドのポロシャツを合わせ、シアー素材の靴下を履く。服だけ浮かない程度にメイクを済ませ、茶色い猫毛をお団子にまとめている最中、ふと、数年前から連絡を避けている幼なじみから言われた言葉を思い出す。
「しずくって意外とかわいらしいもの好きだよね」
幼なじみの視線の先には、花柄のシャーペンと水色を基調とした水玉の筆箱。
意地悪と分かっていながらも「意外って?」と尋ねると、幼なじみは少しあたふたしながら「や、全然他意はないけど」と笑って誤魔化された。
そんな幼なじみから、つい最近、中学の時に仲が良かったメンツとその周辺で集まることになったと連絡が来た。勿論、行く気なんてさらさらなかった。
――参加者に海江田夏晴の名前がなければ、幼なじみにすぐさま断りの連絡を入れていたことだろう。
「はあ」
全ての準備を終え、一息吐く。山積みになった雑誌を横目に、不安と高揚感が渦巻く。
今日が、その集まりの日なのだ。海江田はこのような集まりには滅多に顔を出さない。きっと今日は、海江田を目当てに参加する人間が多くいるだろう。そのくらい人を引き寄せる力が海江田にはあるから。
時計を一瞥すると、集合時間の二十分前を指していた。水玉のトートバッグを肩にかけ、スニーカーを履いてアパートを後にした。




