第4話「夢と望み、叶った願い」
夜を渡っていたら遅くなりました。すみません
椎名と駅で別れ、菊梨と家路に着く。やたらそわそわする菊莉を宥めながら、自分は家の扉を開ける。
「ただいま〜」
中に入ると、ドタドタと騒がしい足音が鳴る。
「おかえり〜!」
出迎えがてら、姿が見えるなり抱きついてくる姉貴。自分は嬉しいんだが気にしなくていいのかね、妹の友達の前だろうに。
隣の菊梨の反応を伺うように、自分は視線を横へ流す。隣の彼女はというと、妙な顔で固まっていた。少なくとも仲のいい姉妹を見て困惑している様ではない。目線は姉貴へと注がれていた。
「あら、あなたが柏の友だ……ち……」
ようやく菊梨の姿を捉えたと思えば、姉貴も姉貴でフリーズする。固まるのは構わんが、一旦離れてくれんかね。動けないんだわ。
「……はい、私は七条菊梨。柏からは良き友人として、お世話になっております」
ひと呼吸おいて冷静に持ち直し、丁寧な所作で菊梨は自己紹介を行う。
「いいのよ、そんなに畏まらないで。私は雨月桃花、柏の姉よ。同じ学校に入学してるって噂だったけど、まさか柏と友達なんて思わなかったわ」
自分から離れ、完璧なお姉ちゃんとしての仮面を被る姉貴。普段と変わらないはずの姉貴の顔だが、僅かながらに違和感を抱く。遠い昔を懐かしむような、心ここに在らずといった浮つきを感じる。
「さ、上がって上がって」
玄関で立ち話ってのも疲れるしね、早く上がって部屋に行こう。
「あれ、親父と母さんは?」
土日なら普段リビングでテレビ見るなり昼寝してるなりでぐでーっとしてる両親だが、今日は何故かいない。買い物だろうか。
「今日明日旅行よ。聞いてなかったの?」
「ま?初耳なんだけど」
姉貴に言われてスマホのメッセージを見るが、やはり伝えられてない。
「知らん知らん、なんも聞いてねぇ」
姉貴が頭を抱え、あの二人は……とボヤく。
「まあ居ねぇなら居ねえでいいや。どうせやること変わんないんだし」
むしろ平日の帰りが遅い分、居ない方が日常茶飯事である。働くモチベがあるのか、単純に労働時間に拘束されている弊害なのか分かり兼ねるところだ。
「じゃ、部屋行くか」
「ふふっ、待ちに待った部屋のお披露目だね。見せてもらおうじゃないか」
つい先程まで色んな感情が混ざった顔を浮かべていた菊梨だが、今の一声で我に返ったらしい。単純かよ。
「柏、その前にちょっとだけいい?」
「おん?」
リビングを介した階段を上がろうとしたところで姉貴から声をかけられる。その視線はやはりというか、菊梨の方へと向けられていた。
「先に菊梨ちゃんとお話してもいいかな?聞きたいことがあるの」
と、珍しく自分じゃない人間に用を告白した。稀有な例というか、初めて見た反応だ。
「だとさ。どうするよ」
何が何だかさっぱりな自分に訊かないでほしい。最初から本人に確認するべきだろう。
当の本人はというと、どの選択肢を取るべきか決めあぐねている様相だ。
「……迷うくらいなら応じとけ。後で引きずられても困る」
迷えば敗れる、何事も。大抵後でやらなかったこと、買わなかったことを後悔するんだから迷った段階で即決するが吉だと自分は考えている。
「……すまない、背中を押してもらって。でもありがとう」
囁くように例を告げ、菊梨は姉貴の方に向き直る。
「はい、構いませんよ」
彼女は踏ん切りをつけたようにスッキリした表情を浮かべ、短く言葉を返していた。
この空間に自分は邪魔そうだ。部屋に帰って少し休んでおこう。
***
「立ち話ってのもあれだし、ソファどうぞ」
桃花さんは私に座るよう、微笑んで促してくれた。では失礼して、と私は甘えてソファに座り込んだ。彼女も私の隣に腰を下ろす。
「会って早々ごめんなさいね。菊梨ちゃんがどうしても昔会った子に似てたものだから気になっちゃって」
その言葉を聞いて、私の心拍数が上がっていくことを自覚する。雨月桃花、彼女はあまりにもにも恩人に酷似しすぎていた。目元の泣き黒子、透き通るようでいながらも力強く光を反射する白い髪の毛。そして極めつけに、陽の光のように明るい橙色の綺麗な目。本当にあの頃の彼女じゃないかと錯覚してしまう。
「気にしないでください。私も、桃花さんに確かめたいことがあるので」
彼女が同一人物だったらという希望と人違いだったら嫌だという不安の狭間で揺れる心を抑え、努めて平静を装う。
「そっか。……早速なんだけど菊梨ちゃんって、小さい頃川に落ちそうになった経験ない?」
あぁ、やはり彼女が私の恩人だったのかと今の問いで確信した。あの日私を焦がした太陽と再び見えることが出来たのだ。じゃあ、ダメ押しにこちらからも訊ねておこう。
「はい、あります。それと桃花さんはその子の手を引いて助けたことがありますか?」
みっともないくらい声を震わせながら、私は問いかける。最後の確信を得たいが為の、わがままを込めて。
「ええ。あるし、その光景も勿論覚えてるわ。久しぶりね、菊梨ちゃん」
包み込むような柔らかな笑みを向けられ、濁流のように感情の波が溢れてくる。
「うぅ……あ、あぁ……ずっとお会いしたかった!私は貴方みたいに、みんなを照らせるような人になりたくて、それで今まで……!」
彼女は見てくれると約束した。けれどもその声が聞こえてくるはずもなく、日々猜疑心が募るばかりだった。彼女に誇れる私であるためにとは誓ったものの、不安は拭えない。もしも彼女が約束を破っていたらと考えるだけで、体がやけに強張って震える。月日が流れるにつれて、心の弱さが蝕んでくるのだ。
「うん、ちゃんと見てた。ドラマだって見てたし、歌だって聴いてたもの。物語の王子様みたいにかっこよく輝いて、眩しいくらいだったわよ。時々元気をもらったこともあるし……とにかく、あなたの姿はちゃんと見てたわ。だからもう、怯えて不安がらなくていいのよ」
ふんわり柔らかな感触に包まれ、抱き寄せられたことを時間差で認識する。見透かされたような言葉をかけられたことが追い打ちとなり、目元から涙が流れていく。
「貴方が約束してくれたから、頑張れたんです!貴方に誇れるように、胸を張ってまたいつか会えたらって、そう思いながら今まで演技も歌も全部やって、それで、それで……!」
思いが言葉として、とめどなく溢れてくる。嗚咽混じりの、抱えたものを全て吐き出すような感情の濁流が止まらない。
「そこまで一途に思ってくれてたのは予想してなかったけれど、今まで約束を糧にしてくれたなら嬉しいわ。実際に活躍もしちゃってるわけだし、立派だと思う。だけどね、今から伝えることは胸に留めておいてほしいの。少しだけお節介焼かせてもらうけど、気にせず聞いてちょうだいな」
窘めながらも諭すような口調で彼女は続ける。
「約束を果たすこと、守ることは人の道理として大切なことよ。でも、あなた自身を縛る理由にはならない。足枷にしていい契約じゃないこと、これだけはちゃんと覚えておいてくれるかしら」
「は、はい……?」
何を当たり前のことを、と私は暫し困り果てる。桃花さんとの約束が私の枷になったことなど、今までの一度たりともありえないのに。
心中呟いていると、髪を梳くように撫でられる。いつぶりだろうか、人に頭を撫でられる経験は。手の温もりを味わったことは、いつぶりだったろうか。
「無自覚みたいだから言いますけど、まるで私との約束が全てでした!みたいな言い方だったじゃない。だから個人的にね、約束が重荷になってたんじゃないかって心配しちゃったのよ。違ったなら流してくれても構わないけれど、もし昔の約束に苦しめられていたなら本意じゃないって言いたかったの」
「苦しんだことなんて、私は……」
無い、とは答えられなかった。実際眠りのない夜を過ごした日があるほどに、悩みの種だったのだ。そしていつからか、誇れる私で在りたいことと彼女に見てもらうこと、目標と望みの綯い交ぜになっていたように思う。
虚勢を張って無かったことにできるほど、私は強くなかった。自身の弱さに嫌気がさす。
「いいのよ、ちゃんと全部受け止めるから」
結局、彼女の善意に甘えるほかできそうにない。だが約束は、苦しみの前に糧だ。私の生きる理由として充分なもの。苦しみだけで塗り固めてしまうのは、私の在り方そのものを否定しうることと同義。それを自身で定めようとしたのだから、甘い毒に踊らされたものだと呆れてしまう。優しさに任せて私自身の人生を、自分の口から否定するところだった。我ながら弱いものだ。
「……桃花さん、大丈夫です。確かに苦しいこともありました。だけど、頑張れたこともまた事実です。苦しかっただけでは終わらせたくない。気持ちは嬉しいですが、甘える訳にはいきません」
胸の中で埋もれながらという説得力の欠片も無い状況だが、私は確固たる意思で表明した。
「……そう、聞けてよかった。依存してる訳じゃなくて安心したわ」
安堵のような溜息をつきながら、桃花さんは零した。
「それとごめんなさい。一時でも苦しめたことは事実なんだから、謝罪はさせて欲しいの」
「いいんです。全部胸に抱えてきたからこそ、今の私がいるんですから」
彼女の謝罪は受け取らないでおく。私が私であるために。
「ふふっ、野暮だったかしら」
「いえ、気持ちだけ貰っておきます。……では、私はそろそろ柏の部屋に」
思いがけない再会から、つい長話をしてしまった。待たせてしまった分、後で埋め合わせをしよう。
「うん、もう大丈夫?」
包み込む姿勢から直しながら、彼女は問いかけてくる。
少しだけ名残惜しいが、いつまでも彼女の温もりに甘え続ける訳にもいかない。それに、またいつでも会えるのだ。今離れたところで苦でもないし、何より柏が居る。
「はい、お陰様で。お見苦しいところを見せましたが、改めて。もう一度会えてよかった」
「私も同じ気持ちよ。元気にしてるみたいで良かったわ。妹をよろしくね」
「勿論です」
言われるまでもない。彼女は私を一人の人間として見てくれる、貴重な友人だ。大切じゃない理由がない。
立ち上がって彼女に踵を返し、階段を上がって柏の部屋へ向かうのだった。
……あれ、彼女の部屋はどこだい?
***
ゲームのアカウントの準備をしていたところで、ノシノシと階段の木材が軋む音を耳にする。どうやら話は済んだらしい。そういや菊莉に部屋教えてないし、迎えに行ってやるか。
凝り固まった肩を回し、よいしょの掛け声で腰を上げる。ドアノブに手をかけ、回して扉を開くと菊梨がキョロキョロと廊下で迷っていた。
「おう、こっちだこっち」
声をかければ、呼びかけられた犬のごとく小走りしてくる。忙しないやつだな。
「すまない、待たせたかな?」
泣き腫らしたあとの残りか、涙声混じりでいつもの表情を取り繕っている。ところどころ赤いが、清々しい印象を覚える。得るものがあったのだろう、ならば触れまいよ。
「んや、ちょうどいい頃合いだな。まあ入れ」
「お、お邪魔します……!」
貴公、落ち着きたまえよ。浮かれているぞ。
2度目に見る彼女の童貞ムーブを尻目に、自分はつけっぱなしだったモニターの画面に視線を移す。無事に事前準備が完了したことを確認する。
「こうなっているのか、君の部屋は!」
フィギュアやプラモデルが飾られたガラスケースや、本とゲームで埋め尽くされている本棚とスチールラックへと視線を行ったり来たり。壁にかかっているタペストリーにも興味津々な様子。見るものが全て新鮮といった反応を示してくれる。
「これらは君が作ったものなのかい?」
目を輝かせながら、菊梨はフィギュアの方に指を指す。
「そっちのフィギュアは元々の完成形。作ったのは右側の方。プラモデルってわかるか?」
美プラも混ざっているけど、ややこしくなるからいいや。今は置いておこう。
「目にしたことはないが、聞いたことならあるよ。プラスチックの小さなパーツから組み立てて形にしていく、立体パズルのようなものだろう?」
あながち間違っちゃいないが、こちらは説明書がある分勝手が違う。とはいえ漠然とした知識があったのは意外なところだ。
「イメージはそれで合ってる。自分の場合は完成させたものにプラスして塗装したり溝掘ったりパーツくっつけたり、色々と手を加えてるんだよ」
製作技術に関しては親父に教わったことを基礎として、動画や雑誌を漁ってトライアンドエラーの繰り返しで得たものだ。引きこもってた時期に作り続けた努力の賜物である。
特に自分の推し機体は、ディティールとガタイに拘ったものだ。マッシブすぎず細すぎずのバランスが難しい。塗装も下地と成形色で何層も重ねがけて色の深みを極めた逸品だ。現時点での最高到達点と言える。
「ふむ、私の知らない拘りがあるんだね。プラモデルとやらに興味が湧いたよ」
「そうかい。んじゃ、何かビジュアル面で気に入ったものはあるか?作品ごとおすすめするよ」
聞けば待ってましたと言わんばかりに鼻を鳴らしては、輝かしい笑顔を浮かべて答える菊梨。
「ああ、ちょうど一目惚れしたものがあるんだ。この胸元の金から背に伸びた金色のV字と、頭の飾りとのバランスが美しいロボットなんだ。背中から青白い光の翼のようなものが広がっているのもまた味わい深くてね。一体どんな作品のものなんだい?」
ごめん、答えるのはちょっと難しい。あらゆる意味でお勧めしがたい作品なのだ。紹介したい気持ちは山々だし、個人的には好きな部類の作品ではあるんだがね。単純に4クール分+αと長いし、話が鬱屈としていて苦しいところがある。特に母親の首が飛ぶシーンなんて、耐性が無けりゃ吐いてもおかしくないだろう。
諸々の意味で初心者にお勧めしたくないところだが、勧めると言い出した手前どうするべきか決めあぐめてしまう。菊梨の純粋無垢な眼差しが自分をさらに迷わせてくる。
もうどうなってもいいや、興味を持った自己責任ってことにしよう。
短い葛藤の末、作品名と大雑把な内容だけ伝えたのだが「私が評判程度で怖気ずくとでも?」と自信満々で返され、帰ったら見るとの宣言も受けてしまった。止めても無駄だと悟った自分はせめてもの情けで、苦しくなったらその時点でやめとけとだけ忠告しておいた。
「あとはこの全身パールホワイトのロボットも惹かれるな。清廉でありながら、威圧感と神々しさをも兼ね備えた気品を感じる。これが出てくる作品も教えてほしいな」
しかしさっきから何だこいつ、見る目あるな。オタクとして本能的に刺激されるチョイスをしやがる。堪らぬセンスで誘うものだ。素晴らしいじゃあないか。
「ああ、こいつはゲーム作品オリジナルの機体だな。えっと確かここに……ほら、あった。この作品に出てくるんだよ」
スチールラックから一つのパッケージを取り出し、表紙絵を見せる。ちょうど菊梨が見ていた同機体の背面が映っているジャケットだ。
企業勢力による抗争を描いたメカアクションのゲームだ。昔見た大学のCMでこのゲームのOPムービーが起用されたのだが、映像の中では白い機体が巨大兵器に対して暴れ回るといった内容。当時はビジュアルと振る舞いから、底知れぬ恐怖と威圧感を覚えたものだ。それでいて美しい。小学生の頃に魅入られ虜になった自分は、以降シリーズのファンになってしまった。しかしファンの母数が少ないのが悩みの種で、故に布教の機会があるのなら逃すつもりはない。
「どうせならちょっとやってみるか?」
「是非ともやらせてほしい!」
よし、食いついた。鉄は熱いうちに打てと言う。今この際に脳を焼かれるがいい。
「返事は聞いた、暫し待たれよ」
手早くモニターの接続機器を切り替え、端末を用意する。久しぶりだな、3世代目を出してやるのも。久しく起動するゲーム機は褪せることなく、無事に画面を映した。
「そういや、菊莉はゲームやったことあるか?」
「ううん、これが初めてだよ。思えば君には私の初めてを捧げてばかりだな」
頬を紅く染め、艶かしい顔色で意味深にほざいている。ははは、戯言を。
「知らん世界に触れてるんだから、当然のことだろうに。あと色っぽく言ったって、動揺を誘うのは通じねぇからな」
「中々硬いね。だが、ますます崩してみたくなったよ。君の可愛い顔を見れる日が楽しみだ」
勝てると思うな小娘。予め公開して、浅ましい欲望を生涯抱けないようにしてやろう。
「可愛い顔なら既に見せた相手がいるよ。ついでに体重ねるのも初めてじゃないけど、需要あるんか?」
「…………………………うん?」
背景に宇宙が生えた猫の如く、菊梨は長いフリーズを経てから間の抜けた返事を口にしていた。ビルゲンワースよ、宇宙は其処にある。空じゃなかったかもしれねぇ。
「分かりにくいならもっかい言うけど、女の子としての初めては貰われてるぞ」
「ぐふっ!?」
受け止めきれない現実にショックを受け、無様にのたうち回っている。
「ま、まさか椎名といつの間に体を重ねて……!?」
押し倒されたという意味じゃ間違いでは無いのだが、行為に至った訳じゃないから除外する。
「いや、椎名じゃなくて姉貴に」
「ヴァカな!?」
やけに発音のいい「馬鹿な」を初めて聞いたな。にしてもさっきからずっとダメージを受けている気がする。姉妹で処女捨てることくらい、当たり前じゃないのか?
「き、君たち姉妹は本当に……私にとってつくづく例外的がすぎる」
「……ははっ」
イレギュラー。それはそれは勿体ないほどに、自分を喜ばせるには充分な言葉だ。自然と口角が上がってしまう。他にも例外、変数、人間風情、レイブン、ドミナント等々色々あるけども、これらはいつだって血を騒がせる。敵対してる人間に言われたなら尚ポイントが高い。今回は困惑の際に言われたことだけが残念だね。
「喜ぶところかい?」
「すまん、病的なものだから気にしないでくれ。それよかOPムービー始まるぞ」
言われて菊梨は姿勢を正し、画面を注視する。過去の端末とゲームなだけあってロードは長いが、遊べるだけまだマシというものだろう。
そして始まったOPのムービー。内容も動きもコマ送りしてまで何度も繰り返し見た映像。しかし、いつ見ても色褪せないものだ。好きな味が変わらないラーメンを食べに行く感覚に近いものがある。
2人して見入った後、タイトルロゴの画面に移った辺りで自分はふっと緊張の糸が抜けた。対して隣の彼女は、空いた口が塞がっていない模様。
「と、これがこのゲームのOPムービーだよ」
「……初めての感覚だ。なにやら言い知れない様々な感情が湧いて来るよ。白い機体の動きの滑らかさや得体の知れない圧力が、心の何かを掻き立ててくるね。BGMの緩急も秀逸だし、何よりCGで実写のようなクオリティに驚かされたよ」
魅入られたのか、興奮気味に息絶え絶えになりながら菊莉は感想をまくし立てる。この反応は刺さった手応えだ。
「じゃあ、もっと驚く情報をやろう」
「これ以上まだ何かあるのかい!?」
くわっとのめり込んでくる彼女へ、追い打つように自分は一言。
「ああ。これ7年前のゲームなんだよ」
「?????????」
再び目を点にして固まる。7年前って言ったら小学校の頃の話だもんな。当時からこのグラフィックでクオリティなのは日本じゃ稀有な方だったろう。ましてやゲーム内のムービーとはいえ、2000年代の技術としては変態的だ。流石フ〇ム・ソフトウェア、人を喜ばせて楽しいか?楽しいだろうなぁ。
「そう……か……ゲームの世界も、尖ったものはあるんだね」
「この企業が変態なだけだよ。プレイしていて楽しいから、金があるならプレステ買ってやってみるといい。一つだけ注意するなら、時間が無限に溶けることだがね」
よく言えばコスパが良い。1度買えば世界観に没頭して長く遊べるし、小ネタの探索なんか始めたら何日あっても足りやしないほどだ。ニッチでコアなファンを喜ばせるコンテンツではあるが、悪く言えば時間泥棒ということ。
「とりま今日は体験版だと思ってやってみてくれ」
家にゲームはそれなりにある。布教するには事足りるぞ。
「ああ、わかったのだが……コントローラーの持ち方はこれで合っているかい?」
初見にしては普通に持てている。持ち手を掌で包むようにして、ボタンのところに指を置いていた。
「それでいい。×ボタンを押したら開始だぞ」
まもなく始まったゲームのチュートリアルという名の操作説明。初めての割には、着々と操作に慣れていく。そんな感じで序盤のひと区切りまで菊梨は進んでいき、自分は隣で眺めつつも上達速度に息を飲んでいた。
天才肌と言うべきか、初見の物事の吸収が早い。今後の成長が楽しみなところである。
そんな具合で数時間ゲームをしたり、休憩がてら部屋の中にあるものを紹介したり、菊梨に推した作品について語り合ったりと有意義な時間を過ごしたものだ。
気が付けば時刻はすでに18時を回っており、そろそろ夕飯の準備に取り掛かる頃合いになっていた。菊梨も「これ以上は泊りになってしまう」とのことで、程よい時間で切り上げる。家を出る前に姉貴と何やら話していたが、気に留めることはしなかった。
「じゃ姉貴、菊梨を駅まで送ってくるからご飯2合炊いといてくれよ」
「はーい、気を付けてね」
姉貴に見送られ、自分たちは家を後にする。遊んだ後の余韻に浸りながら、改めて今日の出来事を振り返って語り合う。友だちとするごく普通のやり取りを、随分久しぶりにしたものだ。中学の頃にまともな人間関係を築けなかった分の揺り戻しとでも言うべきか、駅までの道中の会話は心地よく感じるものだった。
楽しい時間は過ぎ去るのも早いとはよく言ったもので、会話に夢中になっていると気付けば駅に着いていた。
「今日の最後に、わがままに付き合ってくれてありがとう」
「気にすんな、ダチだろうに。また気軽に言ってくれたら歓迎するぜ」
「そうだね、その時はまた甘えさせてもらうよ」
柔らかな笑みを浮かべて、肯定の意を返す彼女。そしてすぐさま、真剣な面持ちで自分に向き直る。
「別れる前に一つだけ、君に伝えておきたいことがあるんだ」
「どうした、改まって」
妙な態度に、らしくないなと思いながら彼女の顔を見つめる。
「ああ、君に改めて礼を言いたいんだ。君と出会えたこの縁に、改めて感謝する。本当にありがとう」
最敬礼での謝辞に自分は少々困惑しながらも、どこか察しが付く。
「どういたしましての前に確認するぞ。例の恩人とやらは、うちの姉貴だったか?」
問いに対して、菊梨は躊躇わずに答えを返す。
「うん、君の姉君で間違いなかった。彼女との再会は偶然ではあったけれど、君との縁があったからこそ成し得たものだ。ずっと会いたかった想いを、間接的とはいえ君が叶えてくれたことに等しい。今のこの礼は、私と彼女を巡り合わせてくれた君への感謝だよ。本当に、君たち姉妹には大きな借りばかりができてしまうね」
顔を上げ、むず痒いのか頬を掻きながら照れる菊梨。その脇に、自身の不甲斐なさを悔いているような翳りを覚える。言い分はわかるが、自分はその礼を受け取るつもりは毛頭なかった。
「馬鹿言うな。姉貴が菊梨のこと覚えてたのは、今まで折れずにお前が体張って表に立ってたからだろうが。途中でやめて表舞台から消えてたら、今頃姉貴の記憶のどっかに消えてる。逆に今の今まで覚えてて、お互い再会できたのは菊梨の努力あってこその結果だろ。何一つとして無駄じゃなかったんだから、素直に喜んどけよ」
努力は必ずしも報われるわけじゃない。しかし、積み上げた経験や時間が無駄になるわけでもない。遠回りをして、存外関係のないところで活きてくるものだ。努力が叶うことなんて学力テストとか資格取得とか、実に結ぶものだけだけだろう。
夢を目標とする努力が叶うことこそまさに運ゲーの域だ。実際今回叶ったわけだから、報われたことを喜んでもいいんじゃないかと自分は思う。実感が湧かないなら、単純に時間が必要なだけだしね。
「……だが、いいのだろうか。ここまで上手くいってしまうと、なんだか実感が湧かないんだ。こんなに早く救われていいのかとつい思ってしまう。我ながら面倒くさいと自覚しているんだけどね」
踏ん切りの付かない苦笑を浮かべる菊梨の頭に、ぽんぽんと手をのせる。
「そうさね、迷っているなら代わりに言ってやる。いいんだよ、報われたって。自分と椎名みたいに、菊梨だってその権利はあるんだ。というか、この出来事を否定するなら過去の自身を否定するのと同義だしな。ま、長年積もることはあるだろうけど、一時の喜びくらい噛み締めようぜ」
胸元に抱き寄せ、顔を周囲に見せないように包み込む。彼女の長い髪を、なぞるように撫でおろしていく。思わぬ再会があったからこそ、自分は言えたんだと思う。当時の面影を重ねたからという傲慢な理由ではあるが、彼女に届けるには十分たりえる筈だ。
「……そうだね、今この時くらいは走させてもらうよ。このまま暫く胸を貸してくれるかい?」
「ああ、好きなだけ貸すよ」
夕暮れを背に、腕の中で嗚咽を漏らす彼女の頭を撫で続ける。節々にありがとうと、小さい声で呟いていることだけはっきりと聞こえてきた。
***
「ありがとう、また私のわがままに応えてくれて」
かくして泣き腫らした彼女は、迷いが吹っ切れたように笑顔を咲かせる。
「気にすんな、気心知れた友達だろ」
今更何をと呆れながらに自分は返す。不器用なところも完璧じゃないところも、意外と強欲でわがままな一面もこの1週間で見せつけてきたくせに。
「返す言葉もないけれど、君だからこそ頼れるんだ。柏が最初の友達で本当によかった」
「自分も今は菊梨が友達でよかったと思ってるよ。可愛い一面がどんどん見えてくるから楽しいんでね」
「むぅ……意地が悪いね。君は少々、言葉選びが狡い時があるな」
頬を赤く染めながら照れをごまかすように強がっている。
「狡賢いのが自分の売りなんだ。褒め言葉として受け取るね」
ニヒルに笑ってドヤる自分。揶揄いがいのあるやつにはついやってしまう悪癖だが、楽しいからなんでもいいか。
「君はつくづく罪作りだな」
「なんだ、惚れたか?」
「少なくとも君の掴みどころのなさや人柄には惚れているよ」
「ははっ、そりゃ嬉しい」
真正面から言われると面映ゆいが、嬉しいのは事実。無意識に笑いが零れてしまう。
「崩せないな、君は」
不満げに膨れっ面。何だね、今日の仕草はやけに幼いぞ。
「慣れてるからな」
「挑発として受け取っていいのかい?」
「お好きに」
一方的に弱みを見られたのが気に食わないのだろう。負けず嫌いなのかね。
「わかった、ならば宣戦布告だ。君の可愛い顔を必ず目にして見せる」
不敵に笑う彼女に釣られて、挑発的な笑みを浮かべて自分は返す。
「どっかの誰かさん曰く、自分は常に可愛いからな。既に見せてるつもりだよ」
「確かに普段も可愛い顔立ちだが、もっと女の顔にしてみせる。その宣言だよ」
「そうかい」
雌の顔は最初に捧げた奴がいるから、別に誰に見られてもいいっちゃいいんだけどな。勝負したいって言うなら乗ってやるか。その方が面白いだろう。
「ま、せいぜい頑張れ」
「言われなくとも。では、また学校で会おう」
「ああ、気をつけて帰れよ」
駅の改札へと消えていく彼女を見送り、自分は踵を返して帰路を辿る。
濃密で楽しい一日だったな。
ほんの少し前までは、青春なんかクソ喰らえって思ってたっけ。どうせ高校でも灰色の冬みたいなからっきしの時間を徒労に終わるだけだと思ってた。だけど、今はそうは思わない。入って早々友達はできたし、集まることがデフォルトになりつつある。人生出会いか再会か、どこかしら回ってくるもんだね。
青臭い詩的な言い回しを浮かべながら、ゆっくりと歩を進めるのだった。
キャラプロフィール
名前:七条菊梨
性別:女
身長:166cm
年齢:15歳
誕生日:7月9日
髪の色:亜麻色
一人称:私
二人称:君
イメージアニマル:ライオン




