第3話「交わす約束、懇親会」(後編)
この時期ってどうしてイベント被るんですかね。許すまじ。あと、長くなりましたが懇親会はこれで終わりです。
「椎名ちゃんのお話、すごかったね」
菊莉ちゃんに共感を求めるように、言葉を漏らす。
あんなに一途に大事な人を思う経験をしたことが無い分、椎名ちゃんが眩しく見えた。
「同感だね。ただ、少し妬けてしまうな。再会できた彼女を羨ましく思ってしまうんだ」
普段のイメージとはかけ離れた、アンニュイな面持ちで目を細める菊莉ちゃん。完璧な王子様には とても似つかわしくない、ただの1人の女の子がそこにいる。そんな彼女にかけるべき言葉を、私は反射的に思案する。けれども「大丈夫、きっと会えるから」とか「どこかで見てくれてるよ」とか、 月並みな言葉しか浮かんでこない。 みんな私を優しいと言ってくれるけど、誰かに寄り添った言葉をかけられるほどの経験があるわけじゃない。耳障りのいい励ましや同情を送ることで精一杯なのだ。 友達の悩みには力になりたいのに、いざって時に何も出来ない力不足さが足を引っ張ってくる。 だからせめて、踏み込まないように。当たり障りのない無難な言葉をかけよう。
「菊莉ちゃんも、羨ましいことってあるんだ。ちょっと意外だったかも」
これまでの1週間で徐々に心を開いてくれた菊莉ちゃんだけど、嫉妬や羨望という感情を見せたことはなかった。いつも堂々としていただけに、湿っぽくて儚げな彼女の一面は意外に思う。
「皆が見ている七条菊莉には映らないようにしているから、当然さ。だけど、君達友人の前ではな るべく本心でありたいからね。こうして胸の内を吐露することもある。失望させてしまったかな?」
苦笑しつつ、彼女は訊ねてくる。
「失望なんてしないよ。私をちゃんと信じてくれてるんだって実感するもん。それに弱いところを見せたり、反対に見栄を張って強がってみたり、そういうのって親しい人の前だからできることなんだって思う。菊莉ちゃんの今の話だって、打ち明けてくれたことがとても嬉しいんだよ」
言い訳のような本心を、私は口にしていた。 私には誰かのためみたいに、焦がれる思いで動いた出来事があるわけじゃない。私以外の人が幸せでいて欲しいと願うくらいの大雑把で博愛的なものだけど、そのための努力なら多少はしてきた。と言っても皆が思ってくれる優しい墨染藤として、等しく思いやるくらいのもの。結局広義的に優しくすることで、 私は精一杯だったのだ。 だから私以外の皆がどこか遠くて、眩しく見えてしまう。子供心が、無い物ねだりで羨ましいと囁いてくる。皆何かを持っているのに、私だけ何も無いから。寄り添えるだけの経験値はまるでない。 結果として本心が月並みな言葉で出力されてしまうのは、浅い人生を歩んできた証と言える。それでも、今の本音だけは最善手だと信じたい。 「ここまで真っ直ぐ言われてしまっては、敵わないな。試す真似をした私が恥ずかしいばかりだよ」
ほんのり顔を赤らめて、菊莉ちゃんは指で頬をなぞる。典型的な照れる動作のはずなのに、彼女がとっている光景は新鮮なものだった。
「まだ1週間なんだから、確かめたくなる気持ちも当たり前だよ。律儀に謝るなんて、菊莉ちゃんって意外と不器用だったりするのかな?」
貴重な現場のはずなのに下手にツボに入って、私は笑いを零しながら訊ねてしまった。
「初めてのことだから、なにぶん勝手が分からないんだ。大目に見てくれるかい?」
「いいんだけど、初めてってどういうこと?菊莉ちゃんは人気者だから友達いっぱいいそうなのに」
すると菊莉ちゃんはしまった、となにやら口を滑らせた様子。完璧な王子様像はどこへやら、仮面が剥がれた途端色々と抜け落ちている気がする。普段どれだけ気を張っているんだろう。少し心配になる。
「……すまない、今のは聞かなかったことにして欲しい。柏との約束なんだ」
ここで柏ちゃんが出てくるなんて思わなかったけれど、何故という疑問はない。あの日の屋上が関係しているのだと想像つくからだ。気になる気持ちは否定しないが、二人の約束があるなら踏み込む権利は私には無い。
「そっか。残念だけど、聞かないでおくね」
「ありがとう。この埋め合わせは何かしらさせてもらうよ」
「菊莉ちゃんが言うなら、期待しちゃおっかな」
「もちろん、約束は果たすさ」
なんて、二人だけのちょっとした小話を交えた。 程よくお皿に盛り付けたあたりで、私たちは柏ちゃん達のいる席へと戻るのだった。 座り、2人にただいまと声をかける。
「おかえり〜、長かったな」
どこか惚ける口調の柏ちゃん。目元が笑っている辺り、見透かされてるような気がする。
「久しぶりのバイキングだから、何食べようか迷っちゃったの」
柏ちゃんの隣にいる椎名ちゃんに視線を移しながら答えた。なんだか艶やかな顔をしている。堪能できた……のかな?とにかく幸せそうでよかった。
「迷うくらいなら全部食う気でいこうぜ。元取らないと勿体ないし」
なんて笑う彼女のお皿は、いつの間にやら空いていた。ご飯はよく食べるって聞いてたけど、一 体あのスタイルのどこに消えていくのか不思議なところだ。
「私はそんなに食べられないよ……大食いの人じゃないんだから」
「ふむ。では柏、よかったら競ってみるかい?本来私もそれなりに食べる性分でね」
意外なところから声が上がった。あんまり沢山食べるイメージはないけど、本来は多めな量を食べるのだろうか?
「そっちに支障がなけりゃ乗るさ。────ついて来れるか?」
「望むところだ。むしろ君の方こそついて来れるかな?」
「上等!」
戻って早々に、菊莉ちゃんと柏ちゃんが火花を散らし出す。幼い子供みたい、なんて傍らで思いながらも興味はある。2人の限界はどれくらいなんだろうか。
「じゃ、自分は皿でも埋めてくるわ」
そう言い残した柏ちゃんは既に席を立っていた。2回目もかなりの量だったが、まだ食べるつもりらしい。見栄じゃない辺り、彼女の素だと伺える。一体どんな食生活をしているのだろう?
「いやぁ……なんか、当たり前といえば当たり前だけどさ、昔よりよく食べるなぁ……」
昔馴染みの椎名ちゃんでも、あからさまに引いていた。少なくとも同じ性別を見る目じゃない。 柏ちゃんが戻ってきた時の盛り付けの量も、先程と変わらない山盛り状態。食べきれるかの心配よりも、この量がどこに消えていくのか不思議でならなかった。
「じゃ、締めの話はよろしく頼むぜ」
「あ、うん。私の番だったね」
食べる量の次元が違う衝撃で、すっかり頭から抜けていた。原因の本人は、自然に食べ進めながら耳を傾けている。突っ込んだら負けかもしれない。
「もう1回言っておきます。すっごいドラマとか、ときめくようなお話はありません」
一言の前置きをしてから気持ちを切り替え、ひと呼吸おいて言葉を載せる。 普通の女の子を証明するかのように、私は今までの経歴を洗いざらい吐き出した。 小学校の時はやんちゃでよく先生に怒られていたこと、中学の頃は生徒会長になって色々と奔走したことや勉強面での高成績の維持を頑張ったこと、テニス部に所属してそれなりに大きい大会に行ってたこと、家ではよく弟や妹と遊んでること。みんなに比べて薄い内容で恥ずかしかったけれど、話せることは伝えたつもりだ。
*** ***
藤の話を食べながら聞いていたものだが、途中から唖然としていた。ここまで模範的な学生をしている人間がいるんだ、という驚きも混じっているがそこじゃない。単純に素のスペックが高ぇ。本人はなんでもないように語っているが、部活と生徒会長と成績上位の3つを成立させている時点で大概おかしい。さも出来て当たり前の如く語るものだから、本人の高スペックは無自覚だと伺える。どこからどこまでが藤の努力か素の能力かは不明だが、どちらにせよこなせた実績があるのが恐ろしいところ。それでいて性格は謙虚で優しくて、見た目も可愛いときた。何だこの完璧天使。天は幾つ物を与えたんだ?
「わァ…………ぁ……」
泣いちゃった!!!とまではいかないが、椎名は椎名で開いた口が塞がらない様子。わかるぜ同志。邪魔しちゃ悪いから突っ込まなかったが、ちょっと待てと言いたくなったよな、うん。 唯一聞き手でダメージがないのは菊莉だけだ。高スぺ人間共がよ。
「確かに普通のことだが、柏と椎名は何を驚いているんだい?」
まるで分からないと首を傾げ、純粋な疑問をこちらにぶつけてくる。やめてくれ菊莉、その問いは自分に効く。
「あのね菊りん、日陰者にとって部活動、ましてや生徒会はハードルが高いの。そこら辺のモブより立場は自然と低いわけ。人間関係を取り持つだけで精一杯になるんだから。かっしーはまぁ……あれだろうけど」
なんか流れ弾がこっちに飛んできた。流し目でなんか諦められたんだが?不服すぎる。
「てめぇこら、なんだアレって」
「かっしーの場合面倒だからやりたくないか、そもそも興味無いのどっちかでしょ」
じとっと細めで睨みながら図星を突いてくる。困った、ぐうの音も出ない。いやまぁ、自分から参加はしなかったよ。何故か書記にぶち込まれたけど、その書記も最低限の仕事だけして殆どサボってたしね。
「それ言われると弱るな。学校でわざわざ仕事したくなかったし」
義理が発生したなら動くが、趣味に関すること以外は基本何もしたくないのである。生徒会の活動がある日は帰るの遅くなるし、本当に苦痛だった。放課後のプライベートの時間削れるし、誰が喜んで参加するものか。少なくとも金よこせっての。ボランティアじゃねぇんだわ。
「とゆーわけでそこのかっしーは世捨て人枠の例外として、陰キャには普通の学生のやっていることへのハードルが非常に高いわけです。さらにその上の立場の経験を、さも当然のことみたいに話す2人が超人に見えるんだよ。だからもうちょい自信持ってもいいんじゃない?って私は思うかな」
と、椎名は真面目に力説する。自分もその点に関しては激しく同意。
藤の話していた内容からすると、立候補してトントンで生徒会長に選ばれた辺り只者じゃない。王の素質でもあるのか。何にせよ、やろうという意思そのものがなかった自分からすれば大抵尊敬に値する。部活動に関しては、なんで学校でまで上下関係を気にせにゃいかんのだと嫌になってやらなかったし。ついでにぼっちを拗らせてたこともあって、中学時代は碌なものじゃなかった。
自分を振り返った後で藤が全ての草鞋を履いてる事を考えると、やはりバケモンだなと実感する。陽キャとはこういう生き物なのだろうか。末恐ろしい。
「うーん……褒められるのは嬉しいけど、やっぱり自信は持てないかな。椎名ちゃんや菊莉ちゃんたいなドラマ性がないから、どうしてもね」
羨望の眼差しを皆に向け、表情を曇らせる藤。こればかりはどっちの立場もどうしようも無い。椎名は能力ステータスで卑屈になってる分コンプレックスを抱いている。一方の藤は能力こそあれど自身の理想に飢えている状態。過去が変えられない分後者の方を重く捉えられるが、比べるべき感情じゃない。
「そうかな?藤の話にも系統こそ違うけれど、趣深い話はあったじゃないか。テニス部の出来事がいい例だろう」
スポーツものによく見るチーム内のトラブルとか切磋琢磨し合う関係性だとか、そういうものだったけど確かに熱くなれるものだった。しかし悲しいかな、藤が求めているそれは毛色が全く違うのだ。
「そういうのとはちょっと違うんだけど……なんて言ったらいいんだろう。確かに熱くなって話しちゃったけど、私が言いたいのはそうじゃなくて……」
上手い言葉が見つからないのか、藤はこめかみを抑えて懊悩している。
「菊りん、藤のんが言いたいことって乙女心を刺激する出来事が欲しかったって意味合いじゃないの?」
「そう、それだよ!」
ニュアンスを察した椎名の出力に、藤は勢いよく食いついた。
「ふむ、つまり恋愛経験をしたかったと?」
「おお、飛ばすなお前」
言おうかどうか迷ってたところで菊梨がぶっ込むもんだから、驚きのあまり言葉が漏れた。外れてたら恥ずかしいどころで済まないぞお前。
「言っちゃえばそうなるの・・・・・かな、うん」
合っていたらしい。頬を赤らめて、藤は菊梨の解釈を肯定した。
言いたいことはわかった。しかし恋愛とはね、なかなか綺麗な世界とは反対の概念に憧れたものだ。しかし、同時に意外なことだ。藤の人柄で経験がなかったとは。
「何か意外だな。告白されて彼氏の1人や2人くらい経験しててもおかしくないと思うんだが」
ぶっちゃけ手を出さない人間がいるわけないだろう。普通の男子だったら話しかけられただけで勘違いするぜ?
「告白されたことあるけど全部お断りしてたの。気持ちは嬉しかったんだけど、私がその人を好きじゃないのに付き合うのも失礼かなって思っちゃって。結局誰とも付き合わなかったの」
存外えげつないことしてるな。一体どれだけの人物の初恋を奪ってきたのだろうか。振られた者達の無念を考えれば、恋に焦がれた亡霊と化していてもおかしくない。成仏してクレメンス。今のは冗談として、せめて彼らが無敵の人へ堕ちないことを祈っておこう。情に狂った人間ほど怖いものはないからね。
ただ一方で、藤が本人の気持に向き合った結果ともいえる。誠実が故に断ったことなのだろう。付き合うのであれば両想いでありたい、そんな意図を感じる。
「告白を断ってたってことはさ、逆に藤のんが好きになった相手がいたらどうしてたん?」
「うーん、考えたことないなぁ。他にその人を好きになった人がいないか調べて、いなかったら告白してみる……と思う」
「おぉ、藤のんらしい」
他人に対する気遣いが選択肢に浮かぶのは人柄の故だろうが、些か病的な雰囲気が垣間見える。理性が肥大化しているというよりは、強迫観念に似た精神性だ。でもまあ、今は突っ込むべきじゃないな。これでちゃんと素だったら申し訳ないし。
「もったいないね。私だったら構わず告白してしまうのだが」
「……まあ、お前さんはそういう質だよな」
なんだかそのうち「最後にこの菊梨の横にいればよい」みたいなこと言いそうで怖いよ。王子様属性通り越して覇王になるんじゃねえかなこの人。
「まだ高校生活始まったばかりなんだし、恋愛は意外とすぐ経験できるんじゃない?昔出来なかったことより、これからできることって考えようよ」
ナイスフォロー椎名。過ぎてしまった過去は変えられないのだから、これからの未来と今につなげばいい。ましてや高校なんて青春のイベント盛りだくさんなんだ、いくらでもフラグは立つだろう。
「……うん、そうだよね。なかったことをわがまま言ってもしょうがないもんね」
椎名の言葉を飲み込み、沈んでいた顔は今や明るく前を向いていた。
「強請るな、勝ち取れ、さすれば与えられん。藤にはこの名言を送るとするさ。得るものが欲しいなら与えられるのを待つんじゃなく、自分で取りに行け。そうすりゃ自ずと手に入る。特に恋の経験なんて、自身の心の問題だしな」
強請るな、勝ち取れ、さすれば与えられん。実在しない英雄の言葉だが、同時に人の根幹に通じる思想だ。大元は何だっけね、マタイによる福音書だったかしら。欲しいものは自分にしかわからないし、取りに行くことも自分しかできない。何事も自分の意思と行動次第だ。多少酷かもしれないが、自分はこの言葉を藤に送りたかった。
「響く言葉だね。誰かからの受け売りかい?」
「身近な人間じゃないが、割と大事にしている言葉だよ」
腐るほどある大事な言葉の中でも、とりわけ強く残っているものだ。何なら行動原理の一つに組み込まれてるといってもいい。
「それ、サマー・オブ・ラブ事件の人だっけ」
「合ってるけど、通じることに驚いたわ」
椎名ってロボアニメ系追ってたっけ?おすすめした覚えは無いんだが、自分で追ってたんだろうか。
「サマー・オブ・ラブ……アメリカの社会現象かい?」
「名前の元はそれだが、指してるものは作品の劇中に起こった事件のことさね。詳しくはエ〇レカセブンで検索してくれ」
「わかった、帰ったら早速調べてみるよ」
多分本当に帰ったら調べて視聴するんだろうな。実際おすすめした作品はアニメだろうがドラマだろうが、菊莉はその日のうちに見ては語ってくれるのが常になっている。1回しか通しで見てないにもかかわらず、人物の造形に深いからオススメしがいがある。見きれなかったら進捗を話してくれるし、熱量のある感想を生で聞ける分心地が良い。気分はさながら腕を組む王騎将軍である。分からない点については教えを乞うか、自分で調べる姿勢もポイントが高い。存外、彼女はオタクの素質があるのだろう。
「……ありがとう柏ちゃん、その言葉大事にするね。あとその、エウレカセ〇ンっていうのも見てみるよ」
おぉ、マジか。新たに視聴者層を獲得してしまった。しかしあれを見るのか。だいぶ今の学生の立場には心につき刺さる内容があるけど、大丈夫だろうか?
「そりゃ嬉しい限りだが、それなりに重い話だから胃もたれしないようにな」
なんか最終的に作品の布教に落ち着いたけど、藤が明るくなったしなんでもいいか。これで一通りみんなの話は落ち着いたので、あとは時間まで好き勝手。雑談しながら飲み食いして、食う量の勝負は菊莉と自分の抗争で自分が勝ち、残飯処理まで請け負って店を後にした。 そのままお開きかと思ったが、二次会でカラオケまで行くことに。1人だけ世代が古くて浮いてし まったのはまた別のお話。皆がJ-popやら洋楽やら歌う中、1人アニソンやボカロというのはなかなか酷なものだった。最終的に、新しく黒歴史の1ページに刻まれることとなる。今度最近の曲とやらを勉強しておくか。
「あ〜歌った歌った」
カラオケ館を後にし、椎名は満足気に息を吐く。 意外性で言うなれば、椎名の歌声は力強かったな。力押しで歌うんじゃなく、広義的に言えば腹から声が出てると言うか、どこで身に付けたんだろうって感じ。それでいて声枯れがないのだか ら、凄まじいものだ。
「椎名ちゃん凄い歌上手だったね。あんなに力強く歌えるの、かっこよかったよ」
「ありがと、そう言われるなら練習した甲斐があったよ。流石に藤のんの優しい声とか菊りんみたいなプロとかには負けちゃうけどね」
「ふふっ、当然さ。仮にも歌手を兼業している身だから、私が負けることはありえないよ」
勝負として1人ずつ君が代歌ったもんな。負けた人は非国民、みたいなノリで。ああ、自分は2番手だったよ?下から。
「他は上手くても国民性がダメだったか」
「あはー☆喧嘩売ってる?」
屈託のない笑顔のはずなのに、ビキビキと青筋を浮かべている椎名。余程国歌ドベが心に来たらしい。
「いい値で売ろう。幾らで買う?」
「……いややっぱいい。とゆーか、他の歌だったら私の方が点数上だもん!実質私の勝ちじゃん!」
「あ、うん。それはどうぞご自由に。上手いのはちゃんと認めてるからな」
そもそも点数の勝ち負けで争ってないんだわ。国歌は例外として、他は歌いたい曲を歌っただけのこと。
「ぬがーー!急に真面目に返すなぁ!ムカつくなぁもう!ありがとう!!」
怒ったり喜んだり忙しいやつだな。落ち着きたまえよ。
「柏ちゃんの歌も上手だったと思うよ?初めて知る曲ばっかりで新鮮だったし、楽しかったな」
「そりゃ何より。結構中毒性あったろ?」
「うん、耳に残る曲ばかりだったね。歌詞も幾つか気に入っちゃったかも」
新しい発見を産んだ意味でも、悪いことじゃなかったのは幸いかね。でもなんでとっ〇こハ〇太郎のコールは通じるんだ?全世界共通認識だったろうか。気にしたら負けかね。
「それにしたって今更だけどさ、カラオケとはいえ菊りんの歌聴いて良かったん?プロの生歌だったじゃん」
椎名の話で思い至った。友達とはいえタダでいいんすか?事後なんだけど。
「構わないが、念のため内密に頼むよ。マネージャーにも一応伝えているけれど、広まると騒ぎになりかねないからね」
「ほーん、意外と融通利くんだな」
管理こそされているものだが、NGが出されていないことに驚いた。
「外出や友人の付き合いまで制限されたら、さすがの私もかなわないよ。他にも仕事上、経験不足で演技に支障が出るかもしれないからね。ある程度は自由なんだ」
色々経験しておいた方が役を演じる際の解像度は高くなる。想像で補うにしても、経験が何よりも物を言うってね。その辺はロールプレイに通じるものがある。
「そっか、じゃあこれからも遊びに誘えそうだね」
菊莉の返答を聞いた藤は、安堵のため息をつく。
「ああ、外出先なら遠慮なく誘って欲しい」
「うん、そうさせてもらうね」
菊莉の事情に関しては落ち着いたかな。 今日の飯屋を菊梨のネームパワーで貸し切ったことは例外中の例外として、プライベートの制限は基本無さそうだ。むしろ気を遣うのは野暮だろう。
「じゃ、家に誘うのもいける?」
「勿論だとも。むしろ君たちの家にお邪魔したい程だ。ああ、あと記者は専属だから下手に取り立てられる心配はいらないよ」
椎名の問いに食い気味で答える菊莉。あ、スキャンダルの心配とか要らないんすね。まあ、男友達じゃないし大丈夫か。最近成立した同性婚もまだ導入されたばかりだし、余程の事がなければ騒ぎ立てるまでもないのだろう。
「というわけで早速なのだが、まずは君の家に行きたい。このあとすぐどうかな?」
「おおいきなり来たな」
何がというわけだ、というのはさて置いてこれからか。別に予定もないから断る理由もない。プラモは明日組むつもりだし。
「菊莉の時間が問題なけりゃうちは歓迎する。そこんとこうちはフリーだから」
「私も特に門限はないからね、このままついて行かせてもらうよ」
勢い任せで帰ってからの予定が決まってしまった。まぁいいか。菊莉にいつ仕事が入るか分からないし、友達としての時間を作ってやろう。
「じゃあ、このまま解散だね。今日は集まってくれてありがとう、楽しかったよ」
「藤のんこそ、場所とか諸々考えてくれてありがとね。私もいろいろ話せてスッキリしたよ」
「私もここまで打ち明けたのは初めてだ。非常に心地いい時間だったよ」
「……ああ、自分も色々聞けてよかった」
結局自分はほとんど聞き手だったが、自分から話せることなどないに等しかった。口調を変えたきっかけを話しただけで済んだのは幸運だろう。
駅まで雑談しながら歩いた後で藤と別れ、自分、椎名、菊莉は同じ路線の電車に乗る。
「柏の家か、楽しみだな」
初めて立ち入る友人の家に胸を踊らせている菊莉。言葉だけ取れば年相応だが、そわそわ落ち着かない様子は中坊の童貞臭い。失礼、初心と言い直そう。
「期待してくれてるとこ悪いが、ただのオタク部屋だぜ?」
「君のことだ、驚くことはあるまいよ。むしろ俄然興味が湧いた」
などと宣いながら菊莉は笑顔を綻ばせる。此奴、なんでも楽しみになっているのではあるまいね?
「そうかい。あー、あと一応姉貴が家にいるのは伝えとくな」
「ほう、君の姉君か。早い内に挨拶しておこう。きっと君に似て人がいいのだろうね」
自分に似てというのはさて置こう。今のは礼儀の話だよな?外堀埋める意味じゃないよな?
「……ま、仲良くやってくれるなら何でもいいさ」
「かっしーのお姉ちゃん、いい人だから大丈夫だよ。絶対優しくしてくれるのは、私が保証する」
「それは是非とも1度お目にかかりたいところだね」
姉貴の株が勝手に上がっていく音がする。ま、自分が持ち上げられるよりは全然いいや。腐りきった自分に高評価は身に余る。
「ああ、自分が言うのもなんだが自慢の姉貴だよ」
ついでに情けなくもあるけどな、というのは伏せておこう。姉貴の即席の仮面など、瞬く間に剥がれるものだよ。仮面が剥がれたとて、人徳の高さと器量は計り知れないがね。
菊莉も内面に惚れるんじゃなかろうか。
「益々着くのが楽しみになったよ」
キラキラとオーラを輝かせ、眩しい笑顔を向けてくる。
彼女の期待値最高潮、対して自分の気分はフラットのまま。カタン、コトンと列車に揺られて帰路を辿るのだった。
キャラプロフィール2
雨月柏
性格:男勝り。捻くれている割には素直な面があったり、薄情だと思ったら親身だったり、根本的には人がいい。また義を重んじる傾向が強く、約束事は(余程のことがなければ)必ず果たす義理堅さを持っている。
趣味:ゲーム、アニメ鑑賞、料理、運動(イベント参加のための体力づくり)、イベント参加
特技その1:ある特定の飲み物が売っている自販機や店を通った範囲内すべて記憶できる。
特技その2:人の視線関係なく任意で気配を消せる。




