第1話「晴れ、そののち女優」
勢いで書いた学園ガールズラブコメ系の駄文です。気が向いたら続けます。
自分は柏、雨月柏。入学式の翌日、なりたて花の女子高生だ。
制服よし、持ち物よし、弁当よし。髪型は……まぁ、てっぺんがひょろっと跳ねてるけど気にしない。というわけで準備は万端。おっといけない、あと大事なものを忘れるところだった。
「おーい姉貴、一緒に行くんじゃなかったのか?」
隣の部屋に入り、一緒に学校へ行くと言い出した者の様子を確かめる。
「う、うん、行く!行くけど、もう少し待ってくれないかしら!」
慌ただしく学生鞄を漁って荷物を逐一確認しているのは2つ上の姉、雨月桃花。
自分と同じ白い髪、整った顔立ちと泣き黒子が特徴的で、外見と外での立ち振る舞いは高嶺の花の気高さを感じるものがある。
なお現在は環境の変化のためか、普段の気高さの欠片もなく取り乱している。
自分の前じゃ普段から情けないことはさておいて、取り繕っていた体裁が崩れるのも無理のない話ではある。可哀想なことに、最後の1年だけ通い慣れない高校で過ごす羽目になってしまったのだから。
ざっくりと経歴を話そう。
自分と姉貴が小学生の頃まではこの地域、母さんの実家が近い場所で暮らしていたことがある。自分が小学4年生、姉貴が6年生の頃に父親の転勤が決定して家族一緒に引っ越す羽目に。そこからさらに数年が経ち、父親の転勤から戻る形でついでに引っ越してきたのがつい最近、春休み中の出来事というわけだ。
過度な環境の変化からストレスがかかったせいで、家での姉貴は気弱で頼りない性格に堕ちてしまうのだった。
おいたわしや姉上。
とはいえせっかくの新生活スタートしたてなんだ。気張ってもらわないと自分も困る。
ここは景気よく一発お見舞いしておこう。
「私の前なのに、情けないお姉ちゃんでいいんだ?」
「ん゛ん゛っ!もうすでに準備できてるわ。ほら、行きましょ」
昔の口調で煽ればなんとやら。チョロいもので、凛々しく格好いい(姉貴が思う)理想の姉に大変身。
プライドを刺激したらすぐに持ち直すのは楽だが、逆に姉という立場を思い出さないとすぐにヘタレるのが玉に瑕だ。
ようやくお互い準備万端になったところで、二人玄関で靴を履く。
「忘れ物はない?」
「ああ、大丈夫だ。姉貴の方も見といたし」
後ろから声をかけてくる母親に応える。
娘たちの新たな門出だ、しっかりと見送りたいんだろう。
「次からはちゃんとするって!」
期待してませんよ、と心の中で毒づきながら靴を履く。
この玄関を開けた先から始まるんだなと、心がざわつく。
「どうだか。と、じゃあ行ってくる」
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。しっかりね~!」
母親の言葉を背に、自分たちはドアをくぐって一歩を踏み出した。
空は快晴。登校にはうってつけの天気だ。
空は自分に優しいな。
「自分はいざ新生活!って感じだけど、姉貴の方は苦労しそうだな」
どんな高校生活になるのか胸を躍らせる自分とは対照的に、隣の姉貴はどんよりとしている。気丈に振舞おうとしているが、ネガティブな雰囲気が隠しきれていない。
「本当よ。クラスの雰囲気は出来上がってるし、でもって受験生でしょぉ~~~?もう嫌になるわぁ。人生設計崩れるし……くぅっ!」
「つったってさ、学力の方は何とかなるだろ?自分と違って姉貴は満遍なく点取れるわけだし、大学なら困らないってポジティブに考えようぜ」
「私は学力よりも人付き合いの心配してんのよ。前が上手くやれていた分尚更不安だわ。一応話せる人はできたけど、いつまで持つかわからないし……」
はぁ、と姉貴が大きくため息を吐く。
これでも「引っ越したくない!」と駄々をこねて引きこもった頃に比べてマシな方ではあるのだ。あの時は苦労したな、マジで。
「そんなに不安ならおまじないでもかけてやろうか?」
「おまじないって何よ。言っときますけど、言葉一つで元気づけられると思ったら大間違い……」
ジトッとにらみつけてくる姉貴にお構いなく、自分は耳元で囁く。
「自信をもってお姉ちゃん、きっと大丈夫だよ。私の自慢のお姉ちゃんだもん。お友達なんて簡単にできるって、信じてるから」
と、例の如く姉の威厳を取り戻す呪文を唱えた。
口調はだいぶ改変されてはいるが、伝えたいことは本心そのもの。
情緒が不安定で気弱な姉貴だが、結局なんだかんだで上手くやる。落ち込んでてもどうにか立ち直るし、友人だっていつの間にかできている。
人に恵まれているのか、本人の人柄の故なのかはわからんが、こけても大抵何とかなるのが姉貴の特徴なのだ。
要所要所で輝くところがあるから自分もつい面倒を見てしまうわけで、なんだかんだ甘やかすことに落ち着くのが常である。
で、そんな姉貴の現状はというと……
「そうよ、私はお姉ちゃんだもの。何とかしてみせるわ!」
と、鼻を鳴らして絶好調。顔がにやついてることを除けば概ね立ち直ったといえる。チョロいんだけど、一筋縄ではいかないのがこの姉。自分の妹モードじゃなければ効果が発揮されないのだ。本人曰く、「柏じゃないと本能が刺激されない」とか。何だこいつ。
「全く手の掛かる姉だ」
「自覚してるわよ。でも、いつもありがとうね」
なんて、満面の笑顔を向けてのお礼を言ってくる。
「いいんだ、好きでやってるんだから」
「ふふっ、よくできた妹でお姉ちゃん嬉しいわ」
「はいはい」
姉妹仲睦まじい会話を交わしながら、初めての通学路を進んでいくのだった。
「お~い、かっし~!」
校門に差し掛かったあたりで、昨日ぶりの明るい声音を耳にする。
「おっ、椎名じゃん。おはよう!」
「お、は、よっ!」
と、流れるようにハイタッチしてくるのは、薄紅色のショートヘアと小柄な容姿、明るい雰囲気が特徴のクラスメイトにして幼馴染、宮之阪椎名だ。
小学生の頃に引っ越して以来という随分ご無沙汰な間柄だが、お互い顔と名前を憶えていたお陰で昨日の入学式に無事再会した友人だ。姉貴と一応面識はあったはずだが、二人とも憶えているだろうか?
「あれ、隣の人は……あ、もしかして桃花さんですか!?」
「え、ええ、そうだけど。……あ、もしかしてあの椎ちゃん?」
どうやら記憶に残っていたらしい。
なんだかんだ一緒に遊んでた関係だ。再会の形に落ち着いて、自分としても何よりに思う。
「はい、昔一緒に遊んでもらった椎名です!お久しぶりです!」
「見ない間に可愛くなったわね。また会えて嬉しいわ」
と、姉貴は年上のお姉さんスマイル。
こういう時の姉貴はしっかりしてるんだよなぁ。普段からこうだと助かるんだけど。
「桃花さんも見違えるほど綺麗になってて、びっくりしましたよ!」
「ふふっ、ありがとう。また妹をよろしくね」
「はいっ!生涯よろしくします!」
興奮気味に椎名が食いついて返事をする。
一生の友人でいるという宣言なのか単なる誇張表現なのか、まるで分らんな。
「心強い返事ね。じゃ、私は先に行くわ」
そう言う姉貴は手を振り、別れて先に校舎へ向かっていった。
「おーう、頑張ってな~」
と、小さくなる背中を見送る。
「はぁ~幸せだなぁ!またこうして雨月姉妹2人と話せる日が来るなんてさぁ!もうキャパ越えて爆発しそう!というかする!」
小柄な体をじたばたと動かし、興奮する椎名。流石にオーバーリアクションが過ぎるのではなかろうか?
「ったく、久しぶりに会えたくらいで大袈裟だって。これから一緒だってのに」
「信じらんないなぁ。突然お父さんの転勤です!とかあるかもしれないじゃん?もしかしたらこの再会も一瞬の出来事だったり、実は夢だったかもー!なんて展開があるかもしれないし」
不満そうに口をとがらせ、椎名は言葉を返す。
きっと昔の出来事を根に持っているんだろう。
お互い大切な親友で、一番楽しかった時期に離れてしまったんだ。お互いにとって何もかもが一番に輝いていた青春といっても過言じゃない、遠い昔の思い出。
そんな時期に別れたのだから、癒えない傷になったことは想像に難くない。
とはいえ今は今だ。状況も生活環境も、あの頃とは変わっている。じゃなかったら戻ってきてないと親父も言ってたしな。そこはまぁ、家族として信用するほかないけども。
「少なくとも、引っ越しや転校の有無に関しては信用していいよ。仮に親父が転勤になったとしても、単身赴任で負担はかけないようにするって約束してくれたし。何より自分だって、もう土地を行ったり来たりするなんてごめんだしな。ともかく離れるつもりはないから安心してくれ」
不安そうに瞳を揺らす椎名の頭を撫でて、自分は誓いを込めた答えを返す。
「だったら、もう一度約束してくれる?またずっと友達でいるって」
上目遣いで、甘える子供ように椎名は訊ねてくる。
「もう一度も何も、椎名を忘れたことはなかったんだけどな」
「いいから」
撫でている頭から感じた震える椎名の感触。大概に鈍いな自分は。椎名は確証が欲しかったんだろうに。せっかく会えた友達がまた居なくならないことの、その証言が。
「言われずとも約束するっての。そんでまた、ゆっくり時間をかけて、お互いのことを知ってこう」
「……うん、うん!」
返ってきた答えを噛み締めるように頷き、椎名は精一杯の笑顔で応えてくれた。
「って、いつまで頭を撫でてるのさ!」
ぷんすか怒りながらも手をどかさない辺り素直じゃないなと思う。逆に素直なのか?何にせよ愛い奴め、このこの。
いつまでもいちゃつき合っててもあれだな。そろそろ教室に向かわないと。
「撫でやすい位置に頭があったからつい」
手を離せば一瞬名残惜しそうにしながらも、及第点と了承して姿勢を正す。
「まぁ、悪い心地はしなかったかな、うん。ほら、教室行くよ!」
強がってはいるものの、顔を赤らめてにやけ顔になっているあたり説得力がまるでない。再会した友人が今日も可愛いことに感謝しておこう。
強引に手を引かれ、自分は教室へと向かう。
着く辺りには流石に手を放してくれた。
「……入れんな」
「ね、すんごい人」
先程の甘い雰囲気とは打って変わって、教室前の人混みを見てはすっかり冷めてしまった。
マジで何なんだこの人だかりは何事か、という疑問は浮かんでこない。原因は嫌でもわかる。
「世間人気、馬鹿にならんな」
「あーうん。そりゃあさ、有名な女優がクラスにいる時点で察してはいたよ?どーせ私たちみたいな日陰者は割食うだけで泣きを見るのがオチって。分かってたけどさ、こう直面するとめんどいなぁ」
性格はともかく椎名の見た目で日陰者というのは無理があるだろうよ。外見は一端のギャルだぜ?
浮かんできた脳内の感想は捨て置いて、じとーっと入り口を塞ぐ人ごみを見やる。人間一人の人気にここまで群がることがあるのかって、一周回って感心するレベル。喧噪や歓声の大きさからみるに、自分たちの頼みの声はかき消えてしまうことは自明の理。
「いやほんと、どうしようね」
「待つしかないでしょ」
暫くお互い困り果てて一言。
「「だっる」」
息ピッタリである。
眼前の光景に落胆し、仲良く肩を落としている自分たちは天使の呼び声を耳にする。
「椎名ちゃん柏ちゃん、おはよぉ~。すっごい人だかりだねぇ」
ふわっと甘く、耳に入るだけで幸福度が上がるくらいに癒される声音。ウェーブのかかった青藤色の長髪をなびかせ、大人びていながらも柔らかい顔立ちの笑顔を向けて歩いてくる少女。名前は墨染藤。
椎名と同じくクラスメイトで、昨日の入学式では席が隣同士ということで挨拶したことが交流の始まりだ。一応世間話や挨拶が気軽にできる関係性ではある、のかな?
「よう、藤」
「おはよ~藤のん。来たらもうこの調子でさ、入れなくって困っちゃうよ」
「びっくりしちゃうね。やっぱり凄いなぁ、女優さんは」
自分たちとは違って困った様子がなく、感心する器の広さ。やはり藤は天使枠として扱うが吉と見た。きっと中学生時代は人に愛されてきたのだろう。それだけの説得力がある振る舞いを彼女はしている。一生守ろう。
「人気なのは本人の努力として尊敬するけどさ、有名人に躍起な周りに嫌になるな。プライベートなんだから節度を持つべきだと思う」
「右に同じく。役者の私生活にファンは踏み込むべからず、が私らの界隈じゃ鉄の掟なんだよ。騒ぐのはライブとか応援上映とか、適した場所で盛り上がるのがそも人として最低限のマナーじゃんね」
激しく同意する、といわんばかりに椎名が便乗する。流石同志、心得ているじゃないか。
「確かに時と場合は大事なんだけど、二人ともすごい冷静だね。私はあの菊梨ちゃんと同じなんだなあって舞い上がっちゃったのに」
クラスメイトになった女優の名は七條菊梨。亜麻色のストレートロングヘアで高身長、年相応でありながらも美しさを兼ね備えた顔立ちで誰もかもを虜にするビジュアルを持った人物。子役から本格的に女優を勤めながら、モデルや歌手をこなすことから余人には超人と崇められている。性格も他人への思いやりがあるうえに丁寧で、王子様気質のカリスマを持っている。学生生活では成績もトップで優秀。そんな完璧な人間が七條菊梨というわけだ。
というのもあくまでも世間評。主観の評価は今のところ持ち合わせていない。
「大丈夫だ藤、自分たちがおかしいだけでお前さんは正しい感情を持ち合わせている。命をもって保証するよ」
「お、重いなぁ……でも確かに困っちゃうよね。教室に入れないと席に着けないし」
うーん、と藤は人差し指を頬に当てて考え込んでしまう。
藤を困らせるとは、目の前の人だかりもいい度胸だ。全員を敵に回すつもりで片っ端から喧嘩吹っ掛けるか?
邪念が過って隣を見れば、腕まくりをして拳を鳴らす相棒と目が合った。ばちこーん☆と意味不明なウインクをしてくる。意図は察せる分、考えることは同じか。持つべきものは友だな。
大義は得た。ならばやることは一つだろう。
やはり暴力、世の中道を切り開くには力だ。天使の道を開けるためならば数なんて怖くない!うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!
一歩踏み出そうと力を込めた瞬間、入り口前の人だかりが急に退いた。
なにごとか?
目の前の珍事にぽかんとしていると、件の人物が奥から近づいてくるのが見える。
「見に来るのは構わないけどね、通行の邪魔になってしまうなら感心しないよ。私のクラスメイトが困っているじゃないか」
まるで鶴の一声。
つい今の今まで賑わっていた入り口付近の人だかりが散り散りになっていく。
「君たちに迷惑をかけるつもりはなかったんだ、すまない。まさかここまで話題になると思っていなくてね、私の見通しの甘さが招いた事故のようなものだ」
彼女は近づいて来るや否や、早速謝罪を述べてきた。
成程、確かに誠実な人間だな。態度も丁寧。きっとこの所作は芸能界で揉まれてきたが故に身に着いたスキルなのだろう。
とはいえ彼女が悪事を働いたわけでもなし、謝罪を受け入れるのも筋が違う。
きっと彼女は善意で助けてくれたんだ。実際助かったし、ここは礼で返しておこう。
「気にしないでくれ。寧ろ助かったよ、ありがとう」
せめてもの笑顔で伝え、席に着くために教室へ入る。
「どもです~。やっと座れるなぁ♪」
「ありがとう、菊梨ちゃん」
あとの2人も続いて礼を告げ、菊梨とすれ違う。
少し距離が空いた折に、彼女が声をかけてきた。
「雨月柏、だったね」
「うん、どした?」
わざわざご指名とは何事だろうか。
「もしよかったら、昼休みに時間を貰いたい。もちろん都合がよければだけど、どうかな?」
「ん?うん、わかった」
気に障ることでもしたかな?芸能人の感性はわからん。
断る理由もないし、行くことを即決した。
「ありがとう」
彼女は短く返し、廊下の方へと去って行った。
「何なんだ今のは」
席に着き、教科書を整理する。
「凄いね柏ちゃん、菊梨ちゃんに声をかけられるなんて」
羨ましいな、と小声で付け加えるあざとい藤に、自分は返す。
「ただの気まぐれだろうさ。クラスメイトなんだし、藤だってどっかのタイミングで話すくらいのことはあるんじゃないかね」
偶然のタイミングだっただけで特別なことじゃないと、自分は考える。
「そうじゃなくて、名前で呼ばれたことがすごいことだなって思ったの。有名人に個人として認識されるのって誰もが憧れることだから」
「藤も同じく?」
「う、うん。人並みにはあるよ、承認欲求みたいなの。柏ちゃんは……なさそうだね」
苦笑いで結論を出されてしまった。
一応あるにはあるんだよ、承認欲求自体は。ただまあ、嫌でも満足するのが現状という話だ。
「あるといえばあるんだろうけど、十分に満たされてる状態だから欲が無いように見えるんだと思う。あとはまぁ、オタクとしてのマインドが長いせいで、私生活でもそれがデフォルトになってるからってのも強いかな」
たとえ今同じクラスメイトにいるのが、仮に自分の好きな声優だろうがイラストレーターだろうが変わらない自信がある。極論言ってしまえば他人なわけで、わざわざプライベートに干渉するほどの興味が湧かないというのが理由として強い。
逆に当人たちが友達として関わりたいというのであれば(100%ありえないと思っているが!)、自分は拒むつもりもない。なったらなったで取り繕わず、素の自分そのままで接するつもりだ。気を遣わないからそっちも遠慮なくどうぞ、というスタンスで生きてるのが雨月柏という人間である。
とはいえ淡白すぎると自覚はしているので、藤には申し訳ないが伏せさせてもらおう。
「そうなんだ。やっぱり柏ちゃんはすごいなぁ」
尊敬と感心の念が混じったような視線を向けながら、藤は感嘆の言葉を漏らした。
「自分が特殊なだけだと思う。身近にいてくれる分満足してるから」
思い浮かべるのは当然自分の姉。いつも好き好きと好意を伝えてくれるから、嫌でも満たされるというものだ。
「誰か聞いてみてもいい?」
「恥ずかしいから今は内緒。気が乗ったら話すよ」
流石にシスコンをひけらかすのは恥ずかしい。だがまぁ、どっかのタイミングで話せたらとも思う。姉貴の良さを知る人はいくらいてもいいからな。
「分かった、楽しみにしてるね」
曇りない笑顔で返事して、追求してこない藤の器がありがたい。友人ガチャ大当たりを引いた気分だ。今後ともこの付き合いは大切にしていきたいね。
授業はひとまず午前分終了。終業チャイムと同時に、教室はすっかり昼休みモードで騒がしくなる。
自分はカバンを漁って弁当とお茶を取り出し、いつでも菊梨の用事に付き合えるよう準備しておく。
しっかし、久々の授業はなかなかに疲れるね。けどまあ、不安材料の一つが解消されてよかったかな。自分の学力でも普通についていけることが分かって一安心といったところ。特に文系科目においては首位独占できるくらいの難易度に思う。
「お疲れさま、柏ちゃん」
「そっちもお疲れ、藤」
柔らかな笑顔を向けられただけなのに癒されるなぁ。
「かっしー藤のんお疲れ!」
小動物を思わせる挙動でとてとて小走りしながら椎名も合流。
「おーお疲れ。ずいぶんと元気じゃないか」
「そう見えるなら錯覚。はぁ……すっごい疲れたぁぁぁぁ!」
ギューッと椎名がいきなり抱き着いてきては、胸元にぐりぐりと頭を擦りつけてくる。
自分のそれなりに実ったたわわが押しつぶされ、くすぐったさと圧迫感による苦しさが押し寄せてくる。
「おまっ、このっ、何して!ぬええええい、離せったら!」
「椎名ちゃん、流石に人目が……あわわわ」
「い~や~で~す~!疲れが癒えるまで離したくありませ~ん!かっしーは私に構う義務があります!」
ええい、強情な奴め!だが残念だったな相棒、この程度の力では勝てないことを思い知らせてやろう!こっちは腹減って堪らねぇんだわ!
引きはがす者VS張り付く者の2人ですったもんだしているところに、今朝方ぶりの声がかかる。
「君たちは、ずいぶんと仲睦まじいね」
この一声でピタッと止まるだけ、椎名にも理性があったらしい。最初からやるなよ。
「ま、ダチ故な。つーわけで椎名、離れてくれんか。昼休み時間やるってそこのと約束してんだ」
菊梨は今の光景を見ても困惑の一つも浮かんでこない。
学校での仮面は完璧、といったところだろうか。
「……また私の前からいなくなるの?一緒って約束したのに……ぐすん」
「ぅぐっ!?」
うるうると涙目を浮かべ、寂しげに行かないでと訴えてくる椎名。き、貴様それはレギュレーション違反だろう!?過去の傷を掘り返すのは卑怯だ!誉は浜で死んだんか!?あ、笑った。笑いやがったな今!確信犯だこいつ!動揺しかけた折に見せた一瞬の笑いを見逃さなかったことで、何とか平静を保つことができた。
「か、柏ちゃん……今の話って?」
馬鹿野郎かこの野郎。どっちみち今の一言で藤からの目が怪しくなったろうが!いや、まさかこれが狙いか!?やってくれる!
「やめれやめれ、どうせすぐ戻ってくるったら。その間に藤にはちゃんと説明しとけよ?」
「はぁ、まぁやっときまーす」
渋々とはいえ椎名は何とか離れてくれた。
し、信用できねぇ。腰パン選手並みに信用できねぇ。とはいえ流石に自分たちの経緯についてはまともな説明を信じたい。訂正、信じるほかないのだ。
信用を裏切ったらまぁ、理解らせてやろう。
ありのまま伝えてくれてたらご褒美でもやるか。
「悪いなドタバタして。場所は?」
「そうだね、ついてきてもらおうかな」
菊梨は弁当を手に下げ、自分についてくるよう促す。
案の定というべきか、食いながら話すつもりなのだろう。
「わかった。んじゃあ行ってくる」
椎名と藤に告げ、弁当と飲み物を持って菊梨の後ろについていく。
道中はこれといった会話がなく、自分と菊梨の間には沈黙が流れるだけだった。
そして歩くこと暫く、たどり着いたのは学校の屋上……の手前の扉。
創作物みたく、屋上が解放されている訳ではないらしい。まあ、この現状を人目に見つからないなら何でもいいが。
「ここなら二人で話せるだろう」
と、菊梨は扉の手前に腰掛ける。つられるように自分も座り、早速弁当に手を付け始める。
「「いただきます」」
ほぼ同じタイミングで同じことを言葉にする。微妙に気まずいな。
黙々と暫く食べ進め、一度お茶を飲んだところで話を切り出す。
「菊梨は何の用で自分に?」
「先に断っておくと、用というほどのものではないんだ。君個人に興味を惹かれたものでね。何せ初めてのことだからゆっくりと話してみたくなったんだ」
「ふむ」
彼女の前髪に隠れて、その表情は読めない。質問の意図も呼び出した要件もまるっきりわからない。ただ何故か、恍惚とした表情をしているような気がする。
「雨月柏、君は私のことをどう思っているのかな?」
急にもじもじしだした。えっ、怖っ。しかも顔は複雑な表情してるし、本当に何なんだ?
「どう、といわれても困るな。正直答えられない」
「ほう。その心は?」
「単純に個人として関わったことがないからな。そもそも初対面なら尚更だろうに」
名指しで呼んできた変な奴くらいには更新されてるが、変な奴なのは自分も同類なので口に出さない。
「確かに、それは当然の感性だね。だからこそ、君の反応は新鮮に感じる。私に対して素っ気ない態度をとる者はいたが、自然体で興味を全く示さない目を見たのは君が初めてだ。”そこの”だなんて、私がぞんざいに扱われたのも同じくね」
「なるほど」
全くわからん。そのくせ厄介ごとのにおいが漂ってくるのは気のせいだろうか?
「……本当にどうでもよさそうな返しをするね」
実際関心がないのは事実ではある。一方で彼女は興味津々といった様子。
「気に障ったならすまん。でも、昔からそういう性分なんだ。個人のプライベートに肩入れしないのが自分の主義でね。一般人でも有名人でも、他人であれば自分から興味を抱くことはないんだ」
流石に言い過ぎか?でも事実だし、嘘はつきたくない。もし傷つけたなら謝ろう。なんて思考は杞憂に終わる。
「そうか、それを聞いて安心した!やはり私の目に狂いはなかったんだ!」
途端に明るい声で身を乗り出してくる菊梨。何かが彼女の琴線に触れたらしい。やっぱ芸能人って変わり者ばっかりなんだろうか。
「つまり君は、私を対等の人間として見てくれてるわけだ」
ぐいっと顔を近付け、弁当を貪る自分の目を見て問うてくる。
ふわっとフローラルな香りが鼻をくすぐってきて、なんだかむず痒い。
「まぁ、ある意味ではそうなると思う」
多分、きっと、おそらく、メイビー。
あぁ、なんとなく意図が分かってきたな。きっと彼女は平凡でありふれた欲望を持っている。経験則として、昔よくあったシチュエーションと今の状況が噛み合い過ぎている。過去の椎名の時みたく積極的に自分から行くことはなくなったが、直感は今でも知らせてくれるのだ。
「……友達が欲しいのか?」
訊ねると、隣の彼女はパァっと満面の笑みを綻ばせる。
そこには女優の仮面はなく、年相応のごく普通な女の子としての顔があった。
そして自分の問いに、ぶんぶんと勢い良く頷いている。
彼女は平凡で月並みな、取るに足らない一つの願いを彼女は望んでいた。
ならば興味がないなんて言ってられない。
ついでに予感も的中。これは確かに厄介ごとだ。これからの学校生活で有名女優の友人という肩書を貼られていくことになるのだから。プレッシャーも注目も浴びまくるだろう。椎名と藤にも負担を強いることにもなってくる。
だがまあ、そんな刺激も悪くない。
それに何より、姉貴だったらきっと悩まず頭を縦に振る。
姉妹の血か性か。今まで深く関わってきた人間との出会いは、いつも手を差し伸べている気がする。きっと、今回もそれと一緒だろう。
「じゃ、なろうか友達に」
無意識に手を差し伸べ、滑るように口が動いた。
「……ああ、喜んで」
そして二つ返事で、彼女は自分の手を取った。
「ふふっ、私をただ一人の人間として見てくれるのは嬉しいね」
おかしなことを言う。
「何を当たり前のことを言ってるんだ?肩書があろうが所詮一人の人間だろうに」
「君の歯に衣着せぬ物言いは正直で好きだな。本当に、お願いしてよかった。感謝するよ」
菊梨は深々と頭を下げ、礼を述べる。本当に丁寧な所作だな。
「いいって礼なんか。それよか教室戻るぞ」
食べている途中だったが関係ない。自分はてきぱきと弁当をしまい込む。
「どうしてかな?まだ君と話していたいのだが」
名残惜しそうにしながらも、弁当を片付けているあたり聞き分けはいいらしい。
「どうしてって、当たり前のことを聞くな。飯食う友達は多いほうがいいだろ」
「ああ、そうだ。確かに当たり前だな。エスコートは君に任せよう」
返事を聞いて、自分は彼女の手をとり引いて歩く。
きっとこの選択が高校生活の分岐点。
後悔しないように、させないように、それなりに頑張ってみよう。
そうして友人となった自分と菊梨は、2人の待つ教室へと軽やかに足を進めるのであった。
第一話 終




