第八話 「来訪者アリア 後編」
謹賀新年明けましておめでとうございます。
新年最初の物語は非常に長いものとなっております。
どうか飽きずに2011年も『精霊騎士物語』、『ヒトというナの』共々2つの物語に宜しくお付き合い下さい。
精霊と共存する事を選んだ国と精霊を使役する事を選んだ国が引き起こした戦争により、世界は二つに割れた。
そこで少年達は選択する。
こちらは”精霊と魔法そして人間が当たり前に共存する世界”の物語です。
お楽しみ下さい。
※皆さん新年からすみません。予約投稿後、先程確認したら後半が投稿されていなかったので少し付け加えてさせて貰いました。
この二時間の間に読んで下さった皆さんすみませんでした。
2011/1/24 0210
久方振りに騎士が生まれた叙任式、あの一騒動だった日から今日で4日立つ。
晴れて正式な正騎士には慣れたもののアインは正騎士になってからまだ何もしていなかった。
いや、正確には出来なかったと言っていい。
――三日前
アシェラ王女の御披露目パレードにアインは途中から参加するはず、だった。
母親の墓参りが終わった後、パレードのルートである11番街のメインストリートに辿り着いた時にアインの身体は急な高熱に襲われた。
原因は4日前の治癒魔法の反動だ。
魔法によって治った身体というのは本来かかるはずだった自然治癒の時間を取り戻そうとする。それが熱として治した部位に出るのだが、アインの『対魔力抵抗力が低いという特殊な身体を持つ』重症を全快にしてしまった分の全身にかかる反動と熱量は相当なものだった。
それがドカンと急に来たものだから、おかげで全く動けなくなって道端に倒れてしまい、パレードに見学に来ていた街の皆に家まで運んで貰うハメになったのだ。
アインが倒れた事は近くにいたルーが11番街に行進してきた騎士隊にいたティアに伝えてくれたおかげで、こうなる事を予想していたルクス司祭の口添えもあって不参加を咎められる事も無く三日間の休暇を与えられた。
寝込んでいる間アインはアシェラの事を心配していた。
無事にパレードを終わらせたのか、国中から集まる国民に視線を受けて大丈夫なのか、この王都の住人は彼女を受け入れるのか。
世間知らずで少しズレたお姫様を心配しながらも大人しくせざるを得なかったアインだったが、そこはアインなんかが心配しなくてもアシェラは立派に王女としてやり遂げていた。
騎士として初の務めをアインとは違って立派に終わらせて看病にやって来たティアが、看病という名の説教を要所に織り交ぜてパレードでのアシェラの威厳ある振る舞いと住人の反応を熱く語ってくれた。
ティアの話によると式典とその後のパレードだけでアシェラは小さく可憐な姫として王都中の住民の心を掴んだらしい。
アインは自分が参加できなかった事に一抹の寂しさを感じながらも、彼女の成功の報に安心して休息に専念する事が出来た。
ちなみに、
アインが倒れたその日の内にアインの見舞いにやって来たシン。
彼は正騎士になった初日に寝込んでいたアインをひたすら馬鹿にしていた。
アインは言い返せる状態じゃなかったから反撃出来なかったが、『叙任式のパーティーで酔い潰れ、眼を覚ました時には王女捜索で無人の会場だった為王女失踪騒動を知らずに一人凹んでいた』奴を哀れんだ眼で見ていた事は誰も知らない。
ともあれ、アインはここ三日間が本当に辛かった。
高熱で汗が吹き出し頭がグラグラして、全身の血管をドロドロの鉛が巡っているようにダルく動けない、なのに身体は食事をひたすら求めるという状況。
それだけでも苦痛なのに、特に苦痛なのは失神も出来ない程度の鈍痛が続くため全く寝付けないという事だ。
寝ることが出来ない三日間がどれだけ辛いか分かるだろうか?
身体もまともに動かせず、暇潰しに本を読む事も出来ず、72時間もベッドの上で眠れず過ごす時間。
普通の状態なら暴れてもおかしくないくらいのストレスだったが、そのストレスをどうする事も出来ず、アインはただひたすら熱が引く時を待った。
――そして現在。
――――――――――――
一人で住むには少し広過ぎる11番街の西の丘にある屋敷。
その二階の南に位置した部屋がこの屋敷の現家主、アインのいる部屋。
けっして広くない室内。
窓から射し込む光が板張りの床を程好く暖め室内を明るく照らす。空いている部屋は無数にあれど、アインはこの部屋から別の広い部屋に移ろうと考えた事は一度も無い。
窓を開ければ11番街を見渡せる陽当たりの良いこの部屋の眺めはちょっとしたアインの自慢だったりする。
壁際の棚には人形や小物が所狭しと並んでいて、日に日に増幅していく部屋の主に似合わない可愛らしいそれらは主に断りも無しに勝手に飾っていく少女の行為によるもので、もはや注意も諦めたといえる幼馴染みの趣味だ。
いつの間にか集められた雑貨も月日が積み重ねられればそれなりに愛着も湧いている。
窓際にある安物の小さなテーブル。
その上に置かれた鞘と半ばから刀身が砕けた柄だけの剣。激しい戦いの後を告げる剣の残骸が日の光を反射していた。
穏やかな朝の陽射しは部屋の中央のベッドで眠る者も照らし出す。
光を浴びても漆黒の髪は墨のように黒く、寝ている時はやけに幼くも見える少年の顔立ち。
まだ大人へと仲間入りし始めたばかりの少年がこの家の現主と言って良い。
今では唯一人の住居人。
やっと昨夜に反動の熱も引いた現家主アインは三日振りの極楽快眠を貪っていた――はずだが、朝の陽気とは裏腹に苦し気に唸っていた。
「う〜、う、苦…しい」
今の自分の状態はどこかおかしい。
昨夜に苦痛からの解放を実感しながら心地良いまどろみの中に落ちていったのは覚えている。
熱がス〜ッと引いていき、身体が羽のように軽くなる感覚がして自然と意識が夢の中に落ちて行く瞬間は幸せだった。
それが…何故にこんな息苦しい?
というか、何故にこんな身体が重い?
昨夜までの三日間は自分で自分の身体がよく分からなかったが今は分かる。
熱はもう無い。
治癒の反動は完全にもう収まったはずだ。
何回も経験があるから分かるが、一度熱が引けば治癒を受けた箇所が完全に馴染み再び熱を持つことは無いのだ。
それは間違いない。
なら、寝過ぎたか?
いや、それも無いな。
身体がまだ睡眠を求めているし、現に眠くて瞼を開ける気にもなれないんだから。
「んん〜なんだこれ?」
瞼を閉じたままもぞもぞと毛布の中を弄っていく。
すると細く柔らかい絹糸の束の様な物が指先に当たった。
いつまでも触っていたくなるような上品な触り心地は球型から伸びているようで随分と長く仄かに温かい。
頭に疑問符が浮かびながら、半覚醒のままこの物体が何か情報を更に得ようと掌を這わしていく。
すると次はモッチリとした感触だった。
例えるなら焼きたてのパンの中の生地を触ってるような感じ。
突っついても、摘まんでも温かくてむにむにして気持ち良い。
それをちょっと強く摘まんでみようと思った時だった。
「ゥウ〜」と、まるで小動物の威嚇のような唸り声が聞こえた。
幻聴かとも思ったが、再度ソレを触ると今度は、
「ンム…」
なんて声が聞こえた。
間違いなく生き物の声。
「なっ、なんだ?」
目を開けると視界の前の毛布が不自然にこんもりと盛り上がっている。
アインは中を確認する為に勢い良く毛布を捲り上げる──
「…えっ?」
―――そこには少女がいた。
毛布が捲り上がった瞬間に視界に飛び込んだのは眩いばかりの白銀。
そして、驚くべきことに自分の腹の上には銀色の髪をした女の子がうつ伏せで覆い被さるように眠っていた。
純銀を散りばめたような光沢のある細い白銀の髪。
長いまつ毛をした端整で可愛らしさと綺麗さを共有した顔。真っ白な薄手のワンピースは室内用の普段着としてのネグリジェだろうか。
「・・・・・」
間違いなくこの国の王女様、アシェラバーネットレギンレイブだった。
王女が自分にしなだれてスピスピ眠っている。
その夢にも出ないであろう光景に口をあんぐりと開けたまま停止すること数秒間――――やがて時は動き出す。
「な、なんで俺の部屋にっ!?いやいやまずなんでベッドに!?しかも気持ち良さそうに寝てる!?」
せめて野良猫やらだったら可愛いいものの、まあ横向きの寝顔は小動物等とは比べ物にならないくらい可愛らしいが、って違うな。
息苦しさの件の元凶は頭の上でアインが一人動揺していても全く起きる事無く気持ち良さそうに眠っている。
「お、おい・・・起きろよ」
俺のお腹と自分の腕を枕にして斜めに覆いかぶさる形で寝ているアシェラの肩を揺らす。
お腹の上から彼女をどかせば良いのだが、しっかりとシャツを握り締められていてずらすことも出来ない。
動揺していたアインは幸せそうに眠っていて目を覚ます気配が無いアシェラを眺めているうちに徐々に落ち着きを取り戻していく。
ただ、冷静さは取り戻しても胸の動悸は収まりはしなかったのだが。
――いくら自分が爆睡していたとはいえ彼女が毛布の中に潜り込まれても気付かないなんて騎士としては失格だな
なんて頭の片隅で思っていると、ほんの少しだけ悪戯心が湧いてきて彼女に触れる手が肩から頬へと伸びていく。
俺は彼女の柔らかな頬をぐいっと痛く無い程度に摘み上げた。
「さっき触ったのは頬だったのか」
なんて一人で納得しながら頬を摘み上げると、うう〜とさっきと同じ唸り声を上げるアーシェ。
眉間には嫌そうに皺が寄っている。
しかし、彼女はそれでも起きる気配は無かった。
「起こすべきか、起こさないべきか…それにしても軽いよな」
お腹に乗ったアシェラは腹部を圧迫する重荷には違いない。
しかし、人が乗っているとして意識してみると彼女の身体はとても軽く感じた。
起こすかどうかどうしようか、とアインは唸り声を上げるだけで起きないお姫様の頬を抓ったまま悩んでいた。
ダダダダダッ
「な、なんだ・・・?」
唐突に何かが二階に駆け上がってくる音がした。
それはこの部屋に近付くと
バンッ!
「・・・へっ・・・誰?」
ドアを蹴り破って少女現れた。
それも全く見たことの無い少女だった。
まずおかしいのはその外見。
白と黒のツートンカラーのエプロンドレスは給仕にも見えるが、給仕よりは直観的に侍女に感じた。
侍女服を着たボブカットの13か14といった幼い少女は酷く焦りに満ちた表情で部屋を見渡す。
「姫様っ!・・・っ!?」
ベッドの上で唸り声を上げる姫様を見つけて一瞬ほっと安堵の表情になった後、その頬を現在進行形で抓ったまま固まっていたアインを睨み付けた。
見知らぬ少女のアインを睨む視線は親の仇を見るような目だった。
「こ、この下郎がっ!姫様の神聖な柔肌に触れるなんてっ!」
その言葉で気が付いた。
この状況…。
毛布を床に投げ捨て、ベッドの上に横たわる自分。
その身の上に寝ている王女の頬を触れている姿はどう見えるのか。
意識してみれば胴に暖かく柔らかいものが当たってる感触がする、甘く柔らかい女の子特有の匂いがしたがこれ以上意識すると色々とマズイのでアインはそれらを努めて意識外に追いやった。
「ちょっ!ちょっと待て!俺は彼女を起こそうと・・・」
エプロンドレスにポケットに両手を突っ込み殺気を撒き散らす少女。
その行動は早かった。
ポケットから抜かれた両手、その全ての指の間にはのナイフとフォークが握られていた。
「そこを動くなっ!!」
叫び声を上げて少女は身を翻すと片手に四本ずつ、計八本をアインに向けて投擲した。
「うおっ!」
迫るナイフを避けようと身体を起こす、が──
「んんっ」と、唸り声を上げ寝惚けるアシェラが、まるでこの抱き枕は私のだ!と主張するように身体を強く抱き締められ動かなかった。
シュッ!ダダダ!
少女が投げたナイフとフォークはアインに一本も当たらなかった。
身を起こそうとベッドに置いた右手、その広げた掌の指の間に驚異的なコントロールで八本が突き立っていた。
驚愕するアインの背後に一瞬で回る少女。
「動くなと言った。身動き一つ許さない」
「は、はい」
少女の気迫に思わず頷くしかなかった。
メイド姿の少女は半身だけ起こした俺の首に背後から手を回して首にナイフを当て、眼球の前でもう片方で持った切り盛り用フォークをちらつかせている。
「姫様は3日間一睡もなされていない。だからこの粗末なベッドを譲り渡せ」
眼前にキラリと光る大きな二又フォークの先端。
耳元で囁かれる声と首筋に感じる食卓用ナイフのギザギザの感触。
メイドによる完全な脅迫だった。
「お前らなんなんだよ一体。俺の至福な一時はどこに…」
アインは涙こそ流さないものの心の中で些細な幸せを横取りされた不幸とその理不尽さに滝のように泣いた。
そして、本来の朝を告げる人物が混ざり不幸は更に加速する。
――コンコン
と、階段を上る音がした。
その歩調は我が家のように落ち着いている。
段々近付く足音に汗が吹き出て意識が一気に覚醒した。
「げっ!?ヤバい!こんな所見られたらっ!おいっ!頼むから二人共ベッドからどいてくれ!」
「こら!姫様に触るな無礼者め!突き刺すぞ!」
「うるせえ!こんなとこ見られたらお前もアイツに殺されちまうぞ!ほらっ!起きろよ!」
「Zzz〜」
慌てふためくアインが二人をベッドからどかそうと奮闘するも名前も知らないメイドは聞く耳を持たず、アシェラに至っては少しも起きる気配さえない。
胴体にはアシェラが、背中にはメイドがしがみついた状態では身動きも取れず逃げる事も出来ない。
そこへアインにとっての目指し時計――
「アイン入るわよ〜。調子はど・・お・・・・」
幼馴染みのティアが部屋に入って来た。
ティアはベッドでもみくちゃになっているアインらを視界に納めるなり固まってしまった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
アイン、ティア、ファイナの視線が交わる。
視線が絡み合い沈黙する三人。
「んんっ…Zz〜」
と、夢の中から帰らない一人。
「……よ、よお」
沈黙に耐え切れずアインが口にする。
入り口でぽか〜んと口を開けたまま固まっているティアにアインが声をかけるがティアは全く動かない。
アインは冷や汗を滴ながら痒くも無いのに頬を掻いて自嘲気味の笑みを浮かべた。
ベッドでアインがまだ寝てると思って入って来たティアは現状、いや惨状に中々思考が追い付かなかった。
ベッドの上では上半身だけ起こしたアインを女の子二人が抱き締めている。
背中から首に手を回すメイド少女とその上半身には白い薄手のドレスを着たお姫様がすがり付いていた。
どう見ても二人の少女がアインを抱き締めているようにしか見えない。
「こ、ここはアインの部屋…よね」
目頭を揉む様にしてティアは何度も辺りを見渡していた。
ティアにとってこの部屋は正にカオスだった。
「ハハハ、ナニヲアタリマエノコトヲイッテイルノカナ」
片言で話すアインを無視して現状を理解する為にティアの思考は答えを探す。
何度部屋を見渡してもティアの眼には女の子に前後から抱き締められたまま動かない(実際は動けない)アインが映る。
「ふふっ、そっかあ…」
何かを閃いたのか、それとも何かがキマってしまったのか一人納得をして不気味に笑うティア。
どんっ
「ひっ!」
たった一歩ティアが歩を進めた。
それだけでアインはだらだらと流れる汗が止まらなかった。
口から漏れる悲鳴に、ガクガクぶるぶると震え出す身体は長年この身体に染み込ませた・・・叩き込まれ続けた、この先の出来事に対する恐怖によるものだ。
怯えるアインを見詰めるティアが辿り着いた答えは――
「アンタわあっ!!!」
「ぶるああああっ!」
風より速く踏み込んだティアの拳がアインの顔面に突き刺さった。
横っ面にめり込んだ拳が振り切られる。
ベッドからきりもみ状に吹っ飛んだアインは部屋の壁に叩き付けられた。
「朝っぱらからなんてことしてんのよアンタはっ!!」
湯気が出そうな程顔を真っ赤にしてティアが叫んだ。
ベッドの上に男女がいる時点でする事は決まっている。
例えそれが未遂であっても、女からの仕業だとしても、ティアはアインを責めただろう。
床で眼を回すアインに鬼の形相で向かっていくティアの横では、アインという枕を無くしたアシェラが目を覚まし始めていた。
「ん…。ふぁあ、おはようファイナ」
「おはようございます姫様。」
主の呑気な目覚めにベッドの上からいつの間にかベッド脇に移動していたメイドが丁寧に頭を下げる。
二人の朝のやり取りは一連の騒ぎが嘘のように爽やかに行われていた。
アシェラはゆっくりと背伸びをしてベッドの上に女の子座りをする。
眠そうに目を擦り辺りを見渡すと、いつもの目覚めと違う面子に眼を丸くした。
「ん〜?あなたはティアブリギット?あれ〜なんでアインが床で寝てるの???」
床で伸びているアインを見て可愛らしく小首を傾げていた。
正騎士になって四日目。
快適になるはずだったアインの朝はこうして始まった。
―――――――――――
木造の簡素な四人掛けテーブルが置かれた室内。
一階にある客間にティアの一撃で気絶させられたアイン共々、ティアとアシェラとメイド少女はいた。
俺がベッドから吹き飛ばされた後にお姫様は一回目覚めたらしく、自らの足で客間に来たらしい。
気絶から眼が覚めたアインは腫れた頬を抑えながらティアが淹れた紅茶を頬に染みて痛そうに啜る。
「で、どういう事なの?」
一応そういう行為は無かった事を確認したティアが一連の朝の出来事を濃紺の侍女服を着たメイドに問いかける。
一人を除いた三人が座っているのは四人掛けのテーブル席。
ティアが俺の隣、お姫様は俺の向かい側でその隣は空席だ。
メイドは俺の向かい側でうつらうつらと半分寝ながら座っているお姫様の後ろに立っていた。
メイド少女の名前はファイナというそうで、給仕ではなくやはり侍女らしい。
つまりはアシェラの世話係だ。
ちなみにファイナは意地悪で立たせているのではなく、自分からそうすると言ったからだ。
なんでも、侍女が主と同じテーブルに着くわけにはいかない、らしい。
「私がここに来た理由は昨夜まで御多忙だった姫様を起こそうか悩みましたが、来客もあるため今朝方私が姫様を起こしに寝室に伺ったところ」
「あ〜、また城を抜け出した訳か」
ファイナの言葉に叙任式の日のアシェラの行動を思い起こし相槌する。
たしかあの日も彼女が城を抜け出したせいで大騒ぎになったと聞いている。
またか〜と思っていたらファイナがジロッと睨んできた。
「あなたは黙ってて下さい!あなたに話した訳じゃありません!」
「な、なんだと!」
「あなたとは口を聞きたくありません!…屑野郎」
ギャンギャン吠えた後にファイナはつ〜ん、とアインからそっぽを向く。
しかし、ぼそっと呟いた後半の単語はしっかりと聞こえる声量だった。
ファイナの変わりように驚いて眼を点にするティア。
「まあ。ちょっとアンタは黙ってなさい」
じゃないと話が進まないわ、とティアはアインに眼で語る。
「そうです!あなたは黙ってて下さい!」
「ぐっ…」
色々と言い返したかったが多勢に無勢。
ティアのお母さん、ソフィアおばさんからの教訓で基本的に女は強く、男は内輪では弱いのだ。
それにさっき思ったが、このファイナという少女は何故かティアに対しての対応は素直だった。
なら、ここはティアに任せよう、そう判断して俺はは口を噤んだ。
しかし、分からない。
俺とファイナは間違いなく初対面だ。
何故にこんな敵視されなきゃならないんだ。
「それで、シェーラ様とファイナは何でここに来たわけ?」
「あ、はい。先日姫様が11番街に来てからこちらのお屋敷に来たことを聞いていましたので王宮以外で一人で来るのはここではないかと思いまして、そしたら…そこの野蛮人の寝床に姫様が」
「なるほどね。結局はアンタに原因がある訳ね」
ジト目で睨んでくるティア。
そんな眼で見られても完全に濡れ衣だ。
俺が目覚めた時には既にアーシェがベッドにいたんだから。
「さっきも話したけど俺が聞きたいくらいだ。俺だって驚いてるんだから」
「はあっ、結局アシェラ様に聞かなきゃ分からないか」
お手上げのジェスチャーするアインを見て溜め息を吐いてテーブルに肘を着いて頬杖を着くティア。
アシェラはいつの間にかテーブルに突っ伏すようにして眠っていた。
「幸せそうに眠ってるわね」
「ああ。何の夢を見てるんだかな」
ティアは両手の上に顎を乗せてアシェラの寝顔を眺める。
「ふふ、可愛い寝顔。正直、こうしてアシェラ様の寝顔を見れるなんてね〜。なんかどうでも良くなってきちゃったわ。姫様が良ければいんじゃないかな?」
「そうしてくれ」
一番大騒ぎしていたティアが良いと言うなら話は終わり。
相変わらず熱し易く冷め易いティアに若干呆れながらもアインも同意する。
「少なくとも姫様は三日振りの睡眠なので、正直、こんなテーブルではなく王宮の寝室で睡眠を取って貰いたいのですが…先程のベッドといい、今といい、こんなに幸せそうに寝ていられては私はとても起こすに起こせません」
「ん?それじゃさっきは俺が姫様を起こそうとしたから、姫様を寝かしてあげたかったからあんな事したのか?」
あんな事とは、ナイフを投げつけたり突き付けたりの事。
怪訝な顔で疑問を投げ付けるアインにファイナはぶすっと膨れっ面になっていた答える。
「そうです。というより起こそうとした事も触れる事も、です」
当然の事です。と付け加えて言うファイナに愕然とした。
だってそうだろう?
いきら相手が姫様とはいえ起こすどころか触れるだけで殺されかけたんだぜ?
「勘弁してくれ。俺は被害者だっつ〜の」
溜め息を出してガックリと項垂れているアインの隣で、座っていたティアが立ち上がる。
「さて、と。まあ、アンタも回復した事だし、朝ごはん食べるでしょ?」
アインはいつもティアの家、ウェングス家で家族に混じって一緒に朝食を食べている。
長年それが当たり前になっていて、ティアがアインを起こしにやってくるのは、起こさないといつまでも寝ている為に家族がいつまでもご飯を食べられないからだ。
こうしている間も、オバサンやルー、特にマリアは食事に手を付けずアインが来るのを待っているだろう。
そう考えると、三日振りの睡眠にしては多少寝足りない気もするが行かない訳には行かない。
「ああ。さすがに二度寝する気も無くなっちまった。頼むわ」
魔法の反動で三日間寝込んでいる間、血肉を作ろうと身体が欲したせいで食欲だけは普通以上にあった為、食事は沢山取っている。
だが、体調不良でベッドの中で大量に詰め込むだけの食事なんてものは美味くは感じなかった。
体調も戻った事だし、今日はどんなものでも美味く感じるだろう。
それが楽しい食事なら尚更だ。
期待に胸が膨らみアインがティアに続き席を立つ。
いつもの調子が戻って来た二人はもうさっきまでの出来事はどうでも良くなっていた。
アインもティアに負けず劣らず気持ちの切り替えは早いのだった。
「それじゃウチに行きましょ。何だか朝から大声出しちゃったから「お腹が空きました」うん。私もお腹減ったわ」
「ああ。俺もやっと普通に食べれる…よ」
「「・・・・・・ん?」」
アインとティアの日常会話に疑問が浮かぶ。
今誰かが割り込んだな、と思って二人が振り返る。
「お腹が空きました」
両手をお腹に当てて眼を覚ましたアシェラがいた。
瞳がやけにキラキラと輝いているのは朝日のせいだろうか。
ご飯の会話の最中に眼を覚ます辺り、彼女の食に対する異様な執着が窺える。
アインは嫌な予感がした。
予感というより悪寒。
「スグに食事を用意するか私に厨房を明け渡しなさい!!」
王女の要求に答える為にファイナがナイフを抜いていた。
「またかっ!どんだけナイフを持ち歩いてんだよ!?」
ナイフを振りかざしアインに飛び掛かるファイナ。
予想通りの展開に頭を抱えたかったアインだが、頭よりも今はナイフを押さえる事で手がいっぱいだった。
「ぅう〜、お腹が・・・ご飯〜」
「姫様が食事を所望なさっている!早急に用意しろ屑野郎!」
「それが頼む態度か!こんな状態でどうしろってんだバカメイド!」
お腹を撫でるアシェラに、取っ組み合いながら罵声を上げる二人。
「う〜ん、この人数になると私の家じゃ狭いだろうし・・・どうしよ」
順応性が高いティアは止める事も騒ぐこともせずゆっくり椅子に座りなおして三人を眺めながら悠長に朝食をどうするか考えていた。
―――――――――――
ティアは二人にご馳走するにも自宅に姫様達を連れて行っても席が足りない、というか誰かに床で食事させたくは無い。という理由で朝食をどこで食べるか悩んでいた。
「ウェングス家から場所を変えるなら、せっかくなので外で食べましょう」
悩むティアにアシェラが提案した。
姫様が外で食べる事にファイナが許さないだろうと思ったが、以外に彼女は何も言わなかった。
「なら広場で朝食にしましょう。準備して持っていくわ」
そう言って、姫様との朝食を当然の如く受け入れていたティアがやり取りを締め、四人の朝食は反対意見も無く11番街の中央広場でする事になった。
今日も威勢の良い喧騒が響く11番街の中央通り。
早朝の大通りはお祭り騒ぎの様に騒がしい。
通り沿いの店は勿論の事、通りに所狭しとテントや敷物を引いた出店が並ぶ朝市があるから尚更ごった返している。
朝市は住民の食卓を担う台所だ。
野菜、肉、魚、果物、その日早朝採れた様々の新鮮な食材を求め、住民のその日の食事を彩る材料となる。
朝市は食べ物だけなんて決まりは無いし、いつも同じ品が並ぶとは限らない。
雑貨や家畜、武器に布地、食器や家具も売っている。
建物としての店があるのに出店を出す者、店舗を持たずに朝市の出店だけの商人、他国から定期的に出店を開きに来る行商、たまたま今日だけ開く者等11番街の朝市は毎日が変化する。
だから掘り出し物や珍しい品々が売られてたりもするので、通りにはそれらを求めて内周部の街からの商人や見に来るだけの貴族等もいた。
広場に向かって中央通りの人混みを縫うようにアイン、アシェラ、ファイナの三人が歩いていた。
街の住人としてアインは朝の活況の中を歩くだけで何だか元気が湧いてくる。
ティアは四人分の食事を取りに一旦家に帰った為に今は別行動中。
さっきまでファイナが準備に帰るティアを手伝おうと付いて行ったはずなのだが、ティアに『スグにやっつけちゃって(食事を)行くからファイナは二人を見張ってて』と言われて広場に向かおうとしていた俺達と合流した。
「あんまり離れるなよ〜」
「は〜い」
この光景に慣れているアインがすいすいと歩き後ろを確認する。
人混みに戸惑いながらもアシェラは楽しそうだった。
「ボソッ…むしろあなたは姫様から離れて下さい」
「ちゃんと聞こえてっからな!ぎりぎり聞こえる声量で言うなやクソチビメイド!」
「ボソッ…姫様に聞こえず馬鹿にだけは聞き取れる範囲で言ってるのです。そんな事も分からないなんて無駄に大きな図体のせいで脳に栄養が足りないんですね」
「分かった!!俺に喧嘩売ってるんだな!?そうなんだな!?」
「ボソッ…今更ですか。見た目通りな知能ですね」
「このっクソガキっ!・・・あれ?姫様がいねえ・・・」
「アイ〜ン!ファイナ〜!これ今日だけしか売りに出ない特別品なんだって〜」
「姫様!そんな所に!それは商売の常套句です!今日どころか明日も明後日も売っています!」
ヒートアップするアインの声も、通りの賑やかな喧騒と人混みでは容易く飲み込まれてしまい気にする人は誰もいなかった。
ふらふらと次の行動が全く読めないアシェラを後ろに控えたファイナが窘める様は世間知らずなお嬢様と侍女にしか見えなかった。
今、アシェラは最初に俺と11番街で会った時に来ていた白い外套を頭までスッポリと被っている。
そのままアシェラを街に連れ出そうしていた俺に合流したファイナが激怒して外套をアシェラに着せたのだ。
とても納まるとは思えないがエプロンドレスのポケットから外套を取り出した時には驚いたが、ファイナが俺に激怒した理由にも驚いた。
王女の姿がバレる事に怒っているのだと思ったが、意味合いが少し違った。
「そうだよお嬢ちゃん!そこの君のご主人にこの切れ味の良いナイフとフォークはピッタリだ!さあさあ!」
「なら代わりに私のこの銀のナイフであなたの足を少しずつ切り落として上げましょう。貴方みたいなウドの大木も私と同じ目線になれば私を小さいなんて言わない」
「……。」「…。」
客引きを一蹴し、その営業スマイルを一瞬で凍りつかせた妖艶に微笑するファイナ。
――小さいのを気にしてるんだ…。
今の台詞も俺が寝ている所に乱入して来たのも淑女としてどうなんだ?と突っ込みたかったが、それよりもファイナの背丈に関しては触れないようにしようとやり取りを見ていたアインは声に出さず誓った。
きっとこんな人混みでもナイフが飛んでくる。
彼女はきっと遠慮しない性格だ。
きっと誰かに当たっても「当たる人が悪いのよ屑野郎!」ぐらいは言ってのけるだろう。
怯える住人に同情しながらもアインは歩を進めていく。
少なくとも一緒に歩いてる人物がアシェラだというのはまだ誰にもバレていない。
街の住人も、また(・・)姫様が護衛を連れずに城を抜け出してこんな朝方に街を歩いているとは思わないだろう。
フードをとらずに顔を隠していればまずバレないだろう。とアインが考えていた時だった。
「おお!アインにシェーラ様じゃねえか!」
「いっ!?」
メインストリートを歩いているアイン、アシェラ、ファイナ一行に一際大きな声が掛けられた。
三人が見ると屋台のオッチャンが鉄板の上でソーセージを転がしながら手を振っていた。
「よお〜アイン!体調は良くなったようだな!」
「ちょっ!オッチャン!まずいって!」
そういえばオッチャンはこのフードを被って街を歩いてる時の姿を目撃していた。
陽気に手を振るオッチャンに急いで近付いて、アシェラがいる事を黙るように耳打ちして説明する。オッチャンはスグに察してくれた。
下世話な話が好きなオッチャンだが、オッチャンはアシェラ自身の人格を気に入っている。
今後もアシェラがこうして御忍びで街に訪れる可能性も考えて気付いても彼女が自由にいられるように協力してくれる事を快く承諾してくれた。
他の街は知らないが、ティアやルー、ソフィアオバサンに寝込んでいる間に聞いたが、この街の皆はアシェラ王女が心優しく親しみある王女として認知している。
噂としてだけ知っていたシェーラ姫の存在はこの街では彼女個人が今では英雄に並ぶ程の人気があるのだ。
それは叙任式の日の御忍び騒動が噂として広まり、彼女がどれだけ外の世界に出たかったかへの同情であり、街を焼く業火の中心地へ駆けていく彼女の姿を目撃した者達からの尊敬であり、追悼式で彼女が見せた愛情に対する崇拝だ。
城だけに長く住んで世間を知らない彼女に同情している。
街を焼いた精霊に向かった彼女の勇気を知っている。
亡くなった者達へかける彼女の愛情を知っている。
11番街にとってアシェラ王女は只の国のシンボルでは無い。
愛すべき王女なのだ。
「具合は良くなったのかい?」
「ああ、もう大丈夫だ。運んでくれてサンキューなオッチャン」
「いやいや急に倒れた時は驚いたが元気そうで良かったよ」
アインと会話しながらもオッチャンは手を止めず動かしている。
鉄板の上で肉詰めが転がる度に溢れた肉汁が熱に焼かれてじゅう〜と香ばしい音と匂いが通りに拡がっていた。
「おはよう!今日もとても美味しそうです!」
「いやっはっはっは!そんじゃ良かったら食べていくかい?」
「良いんですかっ!ぜひっ!」
朝の挨拶を交わしながらトテテテと匂いに誘われて鉄板に近付いていくアシェラ。
フードの中では視線が既にオッチャンではなく鉄板の上にロックオンだった。慣れた手付きでソーセージを串に刺していくオッチャン。
その様をじ〜っと見詰めるアシェラには王女としての威厳は全く無く、行儀良くエサを待つ犬のようだった。
「ほいよっおまっとさんっ」
「わあっありがとうっ」
鉄板越しに差し出されたソーセージに眼が輝くアシェラ。
眼のキラキラ度が半端無い。
アシェラが受け取ろうと串に手を伸ばす。
だが、その指が串を掴む事はなかった。
「姫様お待ち下さい!」
「あっ…」
アシェラの指が串を掴む前に素早く伸びてきた手によって串は横から奪われてしまう。
オッチャンが持っていた串を先に掴んだのはファイナだった。
「姫様にどこの誰か分からない方が作った物を食べさせる訳にはいきません。毒が混入されてる可能性があるかもしれませんから」
「何て事を言うんですかファイナ!それを返して下さい!」
訝しげにオッチャンと奪い取った串に刺さったソーセージを見比べるファイナ。
無視されたアシェラは泣きそうになっていた。
「おいおいおりゃ毒なんて…」
ファイナの疑う視線に戸惑うオッチャン。
良かれと思った善意の行動に対して見知らぬ少女に悪意の疑いをかけられてるんだ。
戸惑いを感じるのも無理はない。
普通なら激怒するだろう。
ファイナの外見が少女のせいもあるが、怒らないのは優しいオッチャンの美点だ。
だが、寛容なオッチャンが怒らなくても、家族といえる11番街の住人に向ける疑いをアインはとても寛容出来はしない。
「なら、毒が入ってるかどうかお前が食ってみりゃ良いじゃねえか」
「あなたに言われなくてもそうします!!」
アインの挑発とも言える台詞に反発するように声を荒げてファイナはソーセージにかぶりつく。
隣では口に吸い込まれていくソーセージを取り返そうと手を伸ばしかけていたアシェラが寂しそうに声を漏らしていた。
それに気付かずファイナがソーセージを一噛み、二噛み噛み締める度にファイナの表情は驚愕のものへと変わっていく。
ソーセージを咀嚼していたファイナの目が驚いたように大きく見開かれた。
「んぐんぐ…主人!」
真剣な表情でオッチャンに向き直るファイナ。
ちゃんと飲み込んでから喋る時点に育ちの良さを感じる。
「ここにある立て札が価格ですか?」
「そ、そうだが・・・」
「やはりそうですか。あなたの作る品は確かな味と品質でした。特に塩と香辛料の加減が絶妙です…」
その言葉に居住まいを直していたオッチャンが胸を撫で下ろした。
アインもファイナの賛辞にほっとしたのだが、当のファイナは立て札を指差して眉間に皺を作っていた。
「しかし!この材料でこの価格なんて!あなたは商売をする気があるのですか!?」
突然『納得がいきません』と地団駄を踏んでファイナが立て札を指指す。
立て札には『ソーセージは一本、30ベニー』と書かれていた。
一人憤慨するファイナにアインは今度は価格で文句かよ…と溜め息を吐いた。
王都の通貨、レギンレイブ通貨では、
銅貨が一枚10ベニー
銀貨が一枚1千ベニー
金貨が一枚1万ベニー
白金貨が一枚100万ベニーとなっている。
一般階級の月給が10万〜15万とされる。
アイン、ティア、シン達正騎士の初任給が20万ベニー。
オッチャンの作るソーセージは低価格で庶民にとってとてもありがた〜い価格なのだ。
オッチャンはしばし呆然と頬を膨らまし不機嫌なファイナを眺めていた。
「お嬢ちゃん…たった一口で材料まで分かったのかい?」
「えぇ…この味は…はむっ、んむんむ」
再びソーセージを食べるファイナ。
勿論それを見ていたアシェラが更に泣きそうになったのは言うまでもない。
ファイナは味を吟味するようにゆっくりと噛み締めて自身の推測に納得するように頷く。
「やはり間違い無いですね。これはルーザンブルグ産の特級鮮肉の豚肉に全て水の国の香辛料を使用されています。
それに油は聖地で採れたオリーブによる物ですね」
口に含んだ物を飲み込みファイナは断言した。
オッチャンはファイナの優れた味覚に感心していたが、対照的にファイナは不満そうだった。
「こんな材料を使っているのに価格が30ベニーって…陸路にしても海路にしてもたった銅貨三枚ではあなたの取り分なんてほんの僅かも無いのでは?」
「そうだな。確かに材料は嬢ちゃんの言う通りだ。でも、水の国の友人が香辛料を運ぶついでに魔術で肉も香辛料も鮮度を保ったまま安く仕入れてくれるんだ。油は妻の巡礼のついでさ」
「安く仕入れているなら、尚更価格を上げるべきです。もっと価格を上げても客足は絶えないと思われます。内周部の街なら三倍の価格でもこの味ならば十分通用するでしょう」
オッチャンに説き伏せるように話すファイナの助言ともとれる話を聞いてアインはファイナの憤りの理由を理解した。
ファイナは一級品の材料を使い味も一級のソーセージなのに破格過ぎる価格で提供するオッチャンが理解出来ないのだ。
オッチャンの商売は、得をするのは赤の他人だけで本人は苦労しか残らない。
「良いんだよ。おりゃ〜この11番街で生活出来るだけの金は貰ってるし、この場所が好きなのさ」
儲けを度外視したオッチャンのおよそ商売人とも思えぬ台詞にファイナは観念したように溜息を吐く。
「呆れました。とても商売人とは思えませんね」
小さな頭を下に向けて軽く振った後に再び頭を上げたファイナには憤りも無く人当たりの良い笑顔で語りだした。
「しかし、この味は姫様もお気に召すでしょう。お人好しついでに周一で王宮へ品を仕入れて頂けませんか?」
「お嬢ちゃん。おりゃ〜は…」
説得を諦めたファイナはオッチャンに違う案を出す。
この街から移動して商売を移動する気が無いオッチャンはどう断ろうか少し戸惑っていた。
「ですが…。価格はこの価格で御願いします」
ハッキリ断れないオッチャンがお人好しな事を理解していてファイナは畳み掛けるように二の次を喋らせず言葉を繋いでいく。
「私達がこの街に足を運ぶ変わりに御願いしたいのです。その代わりに王宮までの路銀として一本辺り90ベニー支払いましょう」
淡々と無表情になって言葉を続けるファイナ。
オッチャンは観念したように苦笑いで頷いた。
「分かったよ。お嬢ちゃんと・・・何よりシェーラ様のためだからな」
「ありがとうございます」
ニッと歯を見せて笑うオッチャンにファイナは一仕事を終えたように微笑み返して一礼をした。
結局ファイナは店主が心配だったのだ。
あくまで商売としての取引を演じるかなり遠回り的なファイナの不器用な優しさにアインは苦笑した。
「お前も十分お人好しだよ」
「勘違いしないで下さい気持ち悪い!」
隣から笑いかけるアインを下から睨みつけるファイナ。
顔を赤くするファイナを小さい少女なファイナから見れば殆どの人間に見下ろされると思うが、特に彼女は見下ろされるのが我慢ならないのだろうとアインは思った。
しかし、真相は違っていた。
ファイナはアインにオッチャンへの配慮が気付かれた事が悔しく恥ずかしかったのだ。
それにアインは気付く事は無い。
「私は姫様の為を思って・・・っ!」
言い訳するように顔を赤くしていたファイナが何かに気付いたように狼狽え始めた。
「どうした?」
カタカタと震えるファイナにアインは声をかける。
オッチャンとのやり取りに夢中になって侍女たるファイナも抜けていたようだ――――王女という自身の主の存在を。
「・・・私の分・・・結局全部食べちゃんだ・・・」
すっかり三人に存在を忘れられていたアシェラは何も残っていない串を使って屈んで地面を突っついていた。
姫の毒見という役目とはいえ、貰えたソーセージをファイナに横取りされて全部平らげられ、あげくに存在を忘れられていたアシェラは一人いじけていた。
「申し訳ありません姫様!」
「いいもん・・・ファイナなんて・・・」
「そ、そんなっ…」
その後、いじけたアシェラが機嫌を取り戻すのにオッチャンがもう一本ソーセージを上げたのは言うまでもない。
これまでの謝罪も兼ねて深く頭を下げたファイナが今日だけでオッチャンに相当な借りが出来たのは間違いなかった。
―――――――――――
余談だが、
王都レギンレイブでは氏名は基本的に3つの名から構成される。
「アシェラ バーネット レギンレイブ」
ならば、
「アシェラ」が個人名
「バーネット」一家
「レギンレイブ」が血族を指す。
つまり、意味は後ろから始まる訳で
「レギンレイブ」王族である「バーネット」王家の子「アシェラ」となる。
ただ基本的に家名として名乗るのは末尾の名だ。
ぜひ、覚えておいてくれ。
閑話休題
―――――――――――
大量に積み上げられている材木とレンガ。そこから男達がせっせと肩に材木を担ぎ上げ、レンガを台車に乗せては運んでいた。
代わりにその隣に運び込まれ積み上げられるのは黒く焼け焦げた資材。
11番街商業区中央広場。
拓けた広場には叙任式の日の惨状の面影は無くなりつつあった。
修復が不可能な程崩壊、全焼した建物は全て崩されて既に土台作りが始まっている。
半壊、半焼した建物の無くなった壁には職人達が新しい壁を作っていた。
いくら街の結束が強い11番街とはいえここまで復旧が早く進んでいるのは国による全面的な協力のおかげ。
この広場にいる職人達はアシェラ王女の公約により王都中から集められたのだ。
アイン達が朝食にしようと決めた場所が、着々と復旧が進む商業区の広場だった。
広場に着いたアインら三人はというと…
まだティアは広場に来ておらず、そのため朝食もまだ食べていなかった。
「姫様…あの男は姫様の騎士という自覚はあるのでしょうか?」
重なった資材の脇に立つファイナが溜め息を交えながら口にする。
その表情は心底呆れたといった表情だ。
「勿論。アインは私の騎士よ」
ファイナの呟きに断言するアシェラは重なった木材を椅子がわりに座っていた。
木材には服が汚れないようにとファイナのハンカチを敷かれている。
「自覚があって姫様から離れていくとは騎士として失格ですね」
「アインは私だけの騎士じゃないわ。私より先にこの街の騎士だったんだから、彼が守るべきは私だけじゃないのよ」
「そうだとしても、ティア様と合流してからならまだしも今は離れるべきじゃないと思います」
あの男の行動は軽率です。と憤慨するファイナ。
資材に座っているアシェラは斜め後ろに控えていたファイナを仰ぎ見るように見上げる。
「大丈夫よファイナ。何をしていてもアインがきっと守ってくれるから」
アシェラは何がそんなに楽しく嬉しいのかニコニコと楽しそうに笑顔だった。
「・・・何故、姫様はあの男をそんなに信頼するのでしょうか?いくらアッシュ様のご子息とはいえ、新米騎士で実績も無ければ会ってまだ二日目では無いですか…」
ファイナに向けられた紫の瞳。
その瞳からアシェラの絶大な自信と安心をファイナは感じた。
「きっとファイナにもスグに分かるわ」
再び前を向くアシェラ。
その時に見せた幸せそうな笑み。
少なからずファイナは現在進行形で少し離れた位置で完全に二人の存在を忘れてしまっている男に嫉妬を感じた。
「私には…まだあの男が信用出来ません」
アシェラに聞こえない程の小さな呟きを吐いて、ファイナはアシェラがするように復旧作業を続ける一団へと再び眼を向ける。
嵌め込みが甘い所を職人達が確認して声を上げた。
アシェラとファイナの二人が眺めている広場の復旧作業。
その復旧作業の中に驚異的なスピードで建物を建てていく一団がいた。
「行くぞ〜」
骨組みだけの建物に向かって上に手を振るアイン。
その先には屋根に登っている11番街の大工職人達が手を振っていた。
「飛べっ!」
職人の合図を確認したアインが左目を手で覆い、足下にあった材木に右手を掲げる。すると資材の山のうち細長い数本の材木が緑色の魔方陣に囲まれていき宙に浮くと職人達が登っている屋根へと飛んでいった。アインが飛ばした材木は単純に上に飛ばしただけではない。それぞれの材木が適切な位置への配置、骨組みへ直接運び嵌め込んでいた。
「ちゃんと行ったか〜?」
「オーケーだ!」
アインは建設途中の骨組みと脳内に保存された建物の見取り図を照らし合わせて正確に運び嵌めていく。
ただアインが保存しているものは当時の状態の建物、その行為はあくまでそこにあった建築物の再現だ。
記録には破損や老朽化した箇所もあれば、建築物として技術力が低いものもある。
だからアインが運ぶ資材を屋根に登る職人達が確認し、それを新しい知識と技を持って仕上げていく。
それを視てアインは学習し更に効率性を上げていく。
地上から屋根へと資材を運ぶという普段ならば数人がかりでロープで吊り上げなければならない時間のかかる作業がアインの魔法によってどんどん進んでいく。
異様なペースで建物を建てていく11番街の一団を王都が派遣した他の職人達が茫然と眺めていた。
一同は一様に「なんで騎士がこんな事をしてるんだ?」と首を傾げていた。
その心中は皆貴重な魔力を振るうアインを街の復興の為に大層大盤振る舞いをしている騎士だなんて好意的に捉えたりはしていない。
騎士で魔法をこんな使い方しているアインがおかしいのだ。
魔法とは当然魔力を消費し、魔力が無いと魔法は使えない。
それは誰でも避けられない理であり、魔法が使えない者達でも子どもでも誰もが知っているこの世界の常識。
だから、魔法を使わなくとも出来る事には楽をしたいからといって無駄に魔力は使わない。
それが各国を守る為に派遣されるレギンレイブの精鋭、王都の誇りである『騎士』なら尚更だ。
魔力はどれだけあっても困らないが、肝心な場面で使いたい時に足りないなんて事があってはならない。
だからこそ、騎士は特に魔力には気を使い無闇矢鱈に魔力を消費しない。というのが国民の騎士に対する常識だった。
騎士の証である外套を積み上げられた材木の上に放り捨て、精密に見えない所から材木を運んでいるアインを派遣された職人達は異質な者を見るような瞳で見つめていた。
その視線に気付きながらもアインは作業を進めていく。
自分の力が街の為になるのが嬉しかったから。
それに、屋根に登る愛する職人達はアインが何をしようが気にしない。
いつも「さすが精霊騎士様だ」なんて恥ずかしくなる台詞を言うだけ。
魔眼を見せる事は抵抗があるからしないが、この程度の魔力を使う分には問題無い。
「どんどん行くぞ〜!」
「「おお〜!!」」
最初は広場の復旧作業は多少自分にも責任はあるし、ティアが来るまでの軽い手伝いのつもりだった。
しかし、街に自分の力が役立つのは嬉しく皆との作業は楽しかった。
「ティアが来るまでに完成しちゃうかもなっ♪」
既にお腹の減り具合は頭から消えている。
どうせなら完成まで手伝いたい、なんて考え始めたアインは意気揚々と次の資材に魔法をかけようと手を伸ばしかけた時だった。
「そこの少年」
そんな声が耳に聞こえた。
聞き慣れない声にアインは伸ばしかけた手を止めて声の主に体を向ける。
聞き慣れなれないのも当然だった。
声の主―――背後で立っている蒼の外套を纏った女性は記憶が確かなら見たことが無いのだから。
後ろ髪を結わい付けている金髪の髪に翠色の瞳にクッキリとした目鼻立ち。
黒のパンツと白のシャツに赤いリボンというシンプルで清潔感を感じさせる女性は背筋の伸びた姿が凛としていて貴族のようにも見える。
だが、大半の貴族が持つような高圧的さはなく、嫌みの無い清々しさを感じさせる高貴さだ。
外見は俺より少し歳上に見える。
女にしては長身でティアより若干大きく、眼がおかしく無ければ十人中十人が美人というであろう麗人。
「君がアインか」
「そうだが、あんた誰だ?」
大人っぽい外見に似合うハスキーボイスというか中性的な声だった。
その女性騎士の問いに肯定すると、なるほど、と頷き値踏みするように俺を下から上へと眺め始めた。
女性は嬉しそうに微笑むと手を差し出して――
「私はアリア。君と手合わせがしたい」
――なんて言ってきた。
実に爽やかだった。
「ちょっと!姉さん!いきなり手合わせって何を言ってるんですか!?」
その声で俺もアリアと名乗った女性の発言の危険さに気が付いた。
手合わせがしたい=俺と戦いたい。
爽やかな笑顔とは対照的な危険極まりない発言だった。
向かい合って目線を交えてから数秒も立っていない。
それなのに、この女性は握手を求めながら『戦いたい』だなんて軽い挨拶のようなノリでそんな事を言ってきたのだから。
そのさらっとした言い様に俺はアリアの手を握り返そうと出しかけていたがすぐに引っ込めた。
爽やか笑顔に騙されところだった。
この手を握り返して戦いを了承した事になるのだから。
そこらの悪徳商人もビックリな鮮やかで爽やかな不意打ちだった。
「初対面でいきなり手合わせなんてアインにも迷惑だよ!」
俺は心の中で会話に割り込んでくれた外野の加勢に感謝した。
下町育ちの俺は悪徳商法には免疫があると思っていたが、そんな俺を引っ掛けるとは女はやはり恐るべし。
綺麗な花には棘があるとは言うが、綺麗な顔をしたアリアは武器を向けあおうと言ってきたのだからそれ以上だ。
握手を避けらたアリアは空振りになった手を一旦見詰めて眉を寄せていたが――
「む、まだ迷惑かは分からないじゃないか」
そう言って再度握手を求めてきた。
「迷惑に決まってんだろが!!」
まだこの女は諦めていなかった。
対戦の誘いを俺が一蹴すると『そうか』と残念そうにアリアはガックリと手を降ろして頭を垂れた。
諦めが悪いというか頑固というより、ただのわがままだった。
まあ、年上の美人さんが垣間見せた幼さがやけに可愛く感じてしまった事は誰にも言うまい。
レギンレイブ王家の刺繍が入った騎士のマントを着ている時点でアリアは間違いなく正規の騎士なのだろう。
誰かと似ているような気もするが、いくらアリアが正騎士だとしても初対面の女性と戦いたいとは思わない。
。
「悪いねアイン。姉さんが無理を言って」
「あれ?シンじゃないか?」
アリアとの望まぬ手合わせを回避してくれたのはシンだった。
ぽんっと俺の肩を触れて笑うシン。
その笑顔にいつもの爽やかさは無く、どこか疲れたような苦笑いだった。
「ん?アリア・・・姉さん?シンは兄弟いなかったよな?」
「そうだよ。アリア姉さんと僕は従姉弟なんだ。」
「そうか。誰かに似てると思ったらシンだったんだな」
シンの髪の毛の色は金色で瞳の色は翠色をしている。
似てるかな?とアリアと同じ金髪を揺らして笑うシンは少しだけ嬉しそうだった。
よく忘れそうになるがシンは名家の嫡男だ。
出会った当時は内周部の屋敷に住んでいたはずだが、特別視される事を嫌い隊舎に住み、今はこの街に住んでいる。
本来ならば庶民が多く住む11番街に住むような家柄ではない。
なのに見習いの頃の安い給金で、わざわざボロい部屋を借りた時はおかしいんじゃないか?と思いもしたが、本人はこの街の暮らしを心底楽しんでいるようで、俺と仲良くなったのもその頃からだった。
「む?君は剣を持ってはいないではないかっ。それにマントはどうしたんだ?」
シンと従姉弟という事はこのアリアも同じ一族という事になる。
名前を聞いた時にはピンと来なかったが、シンと同じ血族となるとその名前は有名過ぎた。
「むむっ、マントをあんなところに放り捨てておくなんてっ。」
「マントを着る時は正装が必要な時だけなんだから、普段どこに置いておこうがあんたには関係無いだろ」
「ならあの剣はなんだ!」
「良いんだよ、あれは。鞘の中身は使い物にならない。刀身は半分も無いからな」
アリアが指を指す方向には重ねられる木材の上に外套が投げ掛けられている。
そこに立て掛けている剣は四日前の夜に砕けた剣だ。
あくまで外套と一緒に持ち歩いてるだけで使える代物じゃない。
「剣は騎士の誇りだっ!。君も騎士なら…」
「皆の生活の為の騎士だ。『剣』じゃ皆の生活は守れない。今ここに必要なのは俺達の誇りより尽力だ」
アリアは初見で俺がなんとなく苦手そうなタイプに感じた。
だからあまり接していたくもなかった。
だが、それは彼女自身の性格の話で彼女があの『アリア』なら話は別だ。
「・・・それは、私を知ってて言っているのか?」
「ああ。女だからさっきは断ったが、アンタがあの男の弟子なら話は別だ。
百剣使い、アリア=アレイシアFソレイユ。ガキの頃からアンタとはずっと手合わせしたいと思ってたよ」
剣に異様に執着を持ち、自身は剣どころか鞘も持っていない姿。
あの男が唯一人だけ育て上げた騎士が目の前にいる。
「普段なら女扱いを喜ぶんだがな…」
俺の挑発にアリアは頭に手を当てて顔を伏せていた。
「私は女だからと侮る輩は昔からその場で叩きのめす事にしている。言っておくが手加減しないぞ」
「ここは丁度広場になったからな、俺は大歓迎だ」
再び顔を上げたアリアはさっきまでとは別人のような威圧感を発していた。
見た目には分からない肌で感じる強者が持つ独特の風格。
それを兼ね備えたアリアは間違いなく強いとアインは感じた。
「ちょっと待ってよ二人とも!姉さんも!アインも止めようよ!」
さっきは制止する事が出来たシンだが、今度はシンでは二人とも止める事が出来ない。
立場は変わったが、アインが挑発しアリアは了承した状態なのだから。
アインは左手で左目を覆い、アリアは虚空に手を伸ばす。
二人はシンの制止も聞こえず、ただ己の相手しか見えていなかった。
そして、この時アイン達は気付いていなかった―――
「アイン!後ろです!」
―――彼らの背後で木材を吊り上げていたロープが今まさに千切れ木材が落下しかけている事に。
「下には人がっ!!」
それはずっとこの場にいた少女の声。
アインとアリアの臨戦態勢に入った意識に割り込む必死な叫びだった。
「「っ!!」」
二人は声に振り返る、そして見た。
今三人が近くにいた11番街の職人達が手掛けている建物の隣。
三階建ての建物の屋根へと上げていた三本の木材は吊り上げ作業を操作していた真下の作業員へと向かって既に落下を始めていた。
「ちいっ!」
急ぎ魔力を解放するアイン。
だが、いくら魔法の顕現速度が早いといっても気付くのが遅かった。
それは卓越した騎士であるアリアも同じだった。
だが――木材が作業員へと落ちる事は無かった。
「常に周りを見ておくんだな」
その声が聞こえた時には魔眼の視界に緑光が走っていた。
それは僅か一瞬の出来事。
落下していた木材は緑色の魔力によって、空中で殴り付けられるように真横に吹き飛ばされる。
木材は地面に二転、三転して誰にも当たる事無く地を転がった。
「騎士の本分は国民の命を護る事にある。やれやれ、俺がいなければ民間人が一人死んでいたところだ」
三人の側にはアシェラよりも早く落下に気付き、緑色の魔力の残滓を纏ったヴァーリが立っていた。
「た、助かって良かった…」
「ふんっ。お前の手柄じゃないだろう」
面倒そうに溜め息を吐いているヴァーリに三人は三者三様の反応をする。
シンは安心したように胸を撫で下ろし、アリアはムスッと何故か不機嫌で、アインはというと現れたヴァーリを訝しげに凝視していた。
「聞きたいんだが、その子はなんだ?」
アインはヴァーリを指差して口にする。
赤い光を失った視線が向かっているのはヴァーリの腰元、正確にいうと──その後ろ。
「お前は分かるだろうが、この子は精霊だ」
ヴァーリの後ろには黒衣の背に隠れながらアインを窺う緑髪の小さな女の子がいた。
段々登場人物が増えてきました。
ファイナはけしてアシェラとは対等になろうとしない存在です。
気が付けばこんな文章が長く膨大になっていました。
日常描写がしつこいと思われた方もいると思います。
次の次の話?からは一気に物語が加速するのではと思っていてくれると嬉しいです。
~次回予告~
予想外の来訪者と出会った正騎士四日目。
広場での朝食を食べ終えたアインはアリア、ファイナと共に『職人街』と呼ばれる3番街にいた。
新たな剣を用意するためにアリアの薦めで訪れた工房「ディアン・ケヒト」。
そこでアインは正騎士になって最初の任務を言い渡される。
第九話
「実力」
―それはアリアによる確認と容認の選択―
同時進行で進めていきます。
『ヒトというナの』
”精霊と魔法が混在する隠された真実世界”の物語。
良ければ併せてお楽しみ下さい!