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第五話 「That pipe dream she saw 前編」(改)

精霊と共存する事を選んだ国と精霊を使役する事を選んだ国が引き起こした戦争により、世界は二つに割れた。

そこで少年達は選択する。

こちらは”精霊と魔法そして人間が当たり前に共存する世界”の物語です。

お楽しみ下さい。


10/10/15 一部訂正しました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



空に浮かぶ真円が輝く夜の時間。

その真下では安息と安眠を奪われた者達が活動していた。

多くの建物が焼かれ崩壊した11番街の住民はほとんど眠れない夜を過ごしたと言っていい。


住民は城の兵士と協力して桶に水を汲み手渡しして燃え盛る炎に水をかけ、避難民の誘導と保護にあたった。

騎士達は水属性が扱える者は魔力による炎と炎上が激しい箇所の消火活動を。それ以外は、残された住民がいないか捜索、及び救助、燃え広がる先にある建物は騎士によって飛び火する前にわざと破壊されるか、魔法障壁による保護がかけられた。


月が次の日に跨ごうとしている頃に炎は全て鎮火して事態は縮小していった。


惨事の中心地であり大分見晴らしが良くなってしまった中心広場には事態の収拾にあたった多くの人間が集まっていた。


号令と共に隊列を組む騎士と兵士から少し離れた場所では怪我や火傷を負った者達の治療が行われていた。

軽傷の者は一列に立ち並び、重傷の者は敷かれた毛布に寝かされて治療を受けていた。


その重傷者の中に治療を受けていたアインがいた。


「はい。これで終わりです。骨折も火傷も完全に回復しましたが、あれだけの重症でしたから三日の間は反動で身体の体温は高いままでしょう」


そう言って、横になっていたアインから手を引く司祭服に身を包まれた眼鏡をかけた青年。


「おぉ〜相変わらずルクス司祭の治癒魔法はすげ〜な〜」


地面に直接敷かれた毛布に横になっていた身体を起こして腕を回したり握ったりして自身の状態を確かめる。

折れた肋骨も全身の打撲、火傷、筋繊維に至るまで重症だった身体は嘘のように元通りに回復していた。


「う〜ん俺にも簡単な治療魔法(ヒーリング)が使えればな」


治療魔法(ヒーリング)を扱える│治療魔法使い《ヒーラー/ヒーリショナー》は魔法を使える者の中でも全体から数えてとても少ない。

単純に治療魔法に目覚める者の絶対数が少ないというのが一番の理由だ。多種多様な属性の魔力を持つ他人の体内にも干渉出来る魔法は、治療魔法に限らずそれだけで稀有な存在といえる。


│治療魔法使い《ヒーリショナー》だけでも少ないというのに、その上級魔法を扱える者│上位治療魔法使い《ハイクラスヒーラー》となると更に少なく、その価値は正騎士百人分とも言われている。


普通の治療魔法が肉体が持つ自然治癒の加速版だとすれば、上位の扱う治療魔法は『治癒魔法』。

その名の通り、完治まで自然治癒はもはや不可能といえる程破損した箇所さえも修復してしまう。


治癒魔法は現界した法で傷を修復、治療した箇所を完全に世界に固定し、定着するまで魔力を放出し続ける為に魔力消費が激しい。

治療途中で魔力不足で閉じた傷がまた開いたり、魔力が途切れて使用者が倒れては意味が無い。

そのため豊富な魔力量は勿論の事、正常な肉体を受肉させる為に医学にも精通していなければならない。


優秀な医者としても、大変貴重な上位治療魔法使いは50万人がいるこの王都にもたったの二人しか存在しない。


「人には誰だって得手不得手があるものですよ。だからこそ人間は補い合い助け合うのです」


「司祭みないな上級魔法(ハイクラス)は求めていないよ。簡単なものでも使えれば、自分である程度は対処出来るのに」


「あなたが治療魔法を使えたらいつまでも無理するから駄目です!こうして倒れて動けなくなるくらいが丁度良いんです!いくら私でも失ってしまえば治せないのですよ!」


治癒魔法は例え、槍でズタズタに指し貫かれ致命傷に近くても治す事は出来る。

しかし、その法をもってしても失ってしまったモノを補う事は出来ない。

溢れて垂れ流した血液は戻せない。

当然、欠損した箇所も無くした命も補えはしない。


仮にそんなものを補ってしまう法が存在するとしたら、それは人という名を冠する者が持つには手に余る奇跡の部類といえる。


「大体、いくらあなたが水属性も扱えるからって失神するまで痛みを堪えて消火にあたるなんて何を考えているんですか!って聞いてますかアイン!」


まあ、その貴重な人間の一人が目の前で説教をしている若き司祭様だったりするのだ。

この若さで王都を任される司祭を務めているのも、これが理由の一つかもしれない。


「聞いてるよ。大体治療が終わったならもう行って良いだろ。他にもいるんだからさ」


「あなたがずっと動き回っていなければとっくに治療は終わってました!」


実際、精霊が消え去ってから軽く二時間は立つが俺が治療を受け始めたのはついさっきだった。広場に駆け付けた騎士達にアシェラ王女を預け、俺は魔眼を顕現して誰より先に炎上の激しい地域の消火にあたっていた。

背後で騎士に保護された王女や馬に跨がって駆け付けたティアが叫び声を上げていたらしいが、炎に突貫する俺には聞こえていなかった。


たしかに司祭の言う通り気絶して運ばれてきた俺だが、ここで一つ言い訳したい。


けっして自滅したんではない。


消火をしていたら急にヴァーリが背後から羽交い締めにしてきて、それから目の前に現れたジジイの拳骨で昇天させられ運ばれてきたのだ。


「姫様があなたをどれだけ心配していらしたか」

「だったら、この頭のタンコブも治してよ」


「ダ・メ・で・す!それはあなたへの罰です」


「分かったよ!相変わらず説教くさいところは変わらないね司祭は。それでティアはどこに?」


まだ他の負傷者を治療しなければならないハイスペック司祭様は質問にすんなりと答えてくれた。

去り際に、相変わらず反省の色が見えないのはあなたも一緒です。明日は教会で説教ですからね。と、ぶつぶつ呟いていたのは聞こえなかった事にしよう。

まだジジイから食らった拳骨が頭に響いてるんだからそれも仕方ない。




―――――――――――――――――――――――――――――――――




司祭に教えて貰った場所は比較的軽傷者の治療をしている場所だった。

並んでいる人達、治療を受けている人達の中から幼なじみの姿を探す。


「えっと、ティアはどこにいるかな〜。

 うっ・・・ん、厄介だな」


これだけ所狭しと人が密集している場所でも探し人は実に容易に見つかった。

何もしていなくてもいつも人が集まってくる幼なじみは格好も容姿的にもよく目立つ。

単体でも際立つ存在なのに、存在感がありすぎる人間がさらに二人も左右に立っていた・・・


「この三人のメンツは目立ち過ぎだろっ。行きたくねえ・・・」


遠くからでも一目で分かる鮮やかな赤髪、最年少で正騎士になった少女ティア。

地べたに腰を下ろして座るティアだけなら良かったんだけど。その両サイドに立つ二人が問題だった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



「右腕の具合はどうだ?」


左側に立つ黒衣に全身を包んだ長身の青年が地べたに座っていたティアに訊ねる。


「熱はまだ引いてませんが自分でつけた傷のせいか、他の火傷程度より治りは早そうです」


そう言って右腕を軽く振って笑顔で答える。

治療魔法ヒーリングを受けた右腕の火傷は痕も残らず綺麗に治っていた。

ただ治療魔法を受けると必ず起こる反動、自然治癒で本来かかるはずだった時間を取り戻そうとするように治療した箇所が熱を持つのは仕方ない。


「……そうか」


私の言葉に嘘は無いと判断したのか、ヴァーリはそっけなく呟いた。


21才の若さで騎士隊の隊長を務める私の先生。

叙任式を受けずに正騎士になった二人の例外の一人。


皆からは実力も含めて、任務に対しての冷徹振りから怖がられたりもしている。

でも、私には僅かに安心したように微笑んでくれたのが見えていた。


「そうかそうかっ、やはり右腕の火傷はあの魔法だったかっ!」


こらっ、という叱声とともに頭をゴチンッと小突かれる。


「あぅっ!」


「実戦ではまだまだ早いと言ったろうがバカモンッ!

 大体、同じ火の属性に未完成の魔法をけしかけるなんて何を考えとるっ」


右側にいた二メートル近くある隻眼の偉丈夫。

アインとヴァーリ、それからアッシュオジサマの先生になるダグザ。

90才らしいのだけど、アッシュオジサマと比べると同年代ぐらいにしかとても見えない。


「ぅぅ…ごめんなさぃ」


たまに私もこうしてアインのようにお説教を受けてるのはヴァーリに言わせると、それだけお前たち二人の事を可愛がってるんだ先生は。と言うけど、何回受けても痛いものは痛い。

勿論、私が女という事もあってアインに比べると相当加減されてる(・・・たぶん・・・そうよね?)けど、あのデカイ拳と私の胴くらいある豪腕が織り成す拳骨はホント〜に痛い。

こう脳天から突き抜けて骨にまで響く感じ。


「その魔法は自分の意志が強く現れる。

アッシュが戦争という戦いの中で得た答えがそこにある。

生半可な覚悟の心剣は降り下ろした所で容易く砕け散るぞ」


その時のダグザは怒っている訳ではなくて、自分以外の誰かを見ているような、そんな遠く哀しい表情をしていた。


「では、な。今夜はゆっくり休むんだぞ」


「はい。二人ともありがとう」


二人の騎士は去って行った。


ティアは遠くなる二人から視線を自分の手元に落とす。


「はぁ……アッシュオジサマが得た答え、か…」


自身を焼いてしまった癒えた右手。

今は何も掴めていない掌を握り締めて今の言葉とそこに含められた意味を刻み付けるように心の中で繰り返した。


それは三人の様子を隠れて見ていたもう一人の少年にも疑問を残す。


「アイツの得た答えがティアの魔法にある……か」



―――――――――――――――――――――――――――――――――




ダグザの斜め後ろを歩いていたヴァーリは、尊敬して止まない自身の師匠に異議を唱えた事は滅多にないし、その行動を疑った事も無い。

しかし、先程の発言には疑問が拭えかった。


「先生…今の言葉を二人は理解出来るでしょうか?」


「どうじゃろうな、法が描くものは自信の心そのもの……これは与えられるものじゃなく自分で形にするしかない。

アヤツが得たのは戦い続ける日常が当たり前だった時代だ。剣を選んだ嬢ちゃんといまだ何も無い坊主…」


振り返った先には小さくなった少女と少女に近付く少年。


「同じ目標でも見るものが異なる二人じゃ理解は出来たとしても、その答えを得る事が不幸に繋がらない事を祈るばかりだな」


まだ幼さが残る二人の愛弟子にくるっと背中を向けて、二人は歩を進めた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



「さっきのは痛そうだったな」


「ったく、アンタいつから見てたのよ」


頭を撫でながら頬を膨らせるティアの隣に腰掛ける。


「丁度拳骨食らったとこ辺りからだよ」


あれは食らった者じゃないと共感出来ない痛みだ。

もうジジイを見てるだけで頭の腫れがヒドクなりそうなくらい。


余談だが、ティアがすぐ拳を振り上げるのもあのキレの良さもダグザに鍛えられた訳でも、何か秘伝の伝授があった訳じゃない。

ティアの手が早いのはあくまでも地だ。


「ホントに痛かったんだからね!」


「アハハそりゃ分かるよ。俺なんか気絶させられたばかりだからさ」


「アンタの場合は自業自得でしょっ」

「お前だってそうだろがっ」


二人最初は小声で話していた声は段々ヒートアップしてきた勢いと共に加速度的にでかくなっていく。


「なっ!私はアンタみたいなバカな事はしてないんだからっ!」

「このっ!バカとはなんだ!自滅よりゃマシだバカっ!」


「ア、アンタにバカ呼ばわりされたくないわっ!」

「うるせえ!いつもバカバカ言いやがってっバカ!」

「アンタがバカだから言ってんでしょうがっ!」


お互いに声を張り上げ始めた時に二人はやっと気付く。


「「 ・・・あっ・・・」」


ここが治療の場であり、野戦病院と化した広場には現在進行形で安静に休んでる者達が沢山いる事に。

無言でジト目の冷ややかな視線達に二人揃って謝った。


「ごめん。その、腕大丈夫か?」


「うん…もう大丈夫。それにアンタの方が重症だったじゃない」


「ああ。司祭に治して貰ったからな」


「……そう」


それから会話が途切れてしまった。

アインはティアに伝えたい事があって来ていた。

勿論、具合を見に来たというのもあったがどうしても今日中に伝えておきたい事だった。

たが、さっきの三人の会話が引っ掛かっていてその話題が喉から出てこなかった。


一方、ティアは先程の会話を相談したかったが、アインが父親の話題を嫌がる事が目に見えるがゆえに踏み出せていなかった。


沈黙は長引く程に口元を硬く引き絞る。


「あのさ」


先に口を開いたのはティア。


「そういえば、何であの時シェーラ姫と一緒にいたの?」


結局、踏み出せない話題は方向転換を持って進み出す。

あの時とは、ティアを助けに来た時ではなく精霊が消えた広場に戻って来た時だ。


「ああ、広場に来るまで姫さんとお前んちで一緒に飯食ってたんだよ」


さらっ、と爆弾を投下するアイン。

その難解な爆弾はティアの聡明な思考を持ってしても爆発まで数秒の時間を費やした。


「へぇ…」


―――言葉をゆっくりと咀嚼して


「私の家で、ねえ・・・ん?私の・・・家?」


―――紐解くように吟味しその意味を理解する。


「ええええぇ〜っ!!


 ウチでっっ!?アンタどこのどなた様を私んちなんて招待してんのよっっ!!」


精霊の咆哮なんて目じゃない程の叫び声をあげてアインの襟首を掴み上げるティア。


「ぐぅ、あああぁ…く、ぐる、じぃ」


またかよ、なんて周囲の安静を求める声は幼なじみの大それた行動に吹き飛んでいた。


「そこらのオジサンを食事に招待すんのと訳が違うのよっ!」

「だっ!だって腹減ったって言うから、ら、ららっ、」


腹が減ったって言うから、

そんな理由で一国のお姫様を自分の家に自分の与り知らぬ所で勝手に招待したという超ド級バカバカバカバカの首を締め上げる。


「何だって私の家なのよっ!そんなの適当に12番街のレストランにでも行けば良いのよっ!」

「11番街が良いて言ったんだあああ~」


ガクガクと頭を前後に降られるアイン。


「他があるでしょっ!ほ・か・があっ!」

「さっ、最初にっ俺んち案内したけど、飯なんて無かっ、た…からあああああああ」


段々思考がホワイトアウトしていくアインは聞かれるまま答える事しか出来なかった。


「ああああああんた自分のウチに姫様を、つつつ連れ込んだ、、のっっっ!!」


身長178センチメートル体重60キロはあるアインの身体を胸倉を掴んだその腕っ節のみで宙に持ち上げるティア。


余談だが俺の身長は王都の成年男性の平均よりやや低く、王都の平均は他国よりやや高い。

レギンレイブの特徴でもある多くの騎士達が平均を底上げしているからだ。

ティアは160センチで女性の平均とほぼ同じ。

つまりティアを基準にすれば比べた女性が大きいか小さいか分かる。

あのお姫様はティアより5センチほど小さいから平均以下の身長だったといえる。


ちなみに俺の魔眼の前では女の子のもっぱらの悩みなど実に簡単に看破出来る。

背丈も体型も輪郭は服の上から透けて見える上に、成長具合は魔眼を行使して過去の記録と照らし合わせれば一目瞭然である。

ただ、正直ティアのスタイルは俺から見ても相当良いのだがそれでも本人に伝えると今朝のようになるからあまり公表しない。

オバサンによく言われるが女は秘密を持ちたがるのだ。

それに、この魔眼でも女の子の最大の│秘密《体重》ばかりは分からない(おおよそは分かるけどね)。


そして今の現状に話は戻る。


「おおおおち、落ち着けティアっ!」


「落ち着けですって!?皆姫様が城から消えたから捜索してたのよ!その時に精霊が暴れてたのよっ!アア、アンタはっ!」


軽々と女の子に両手の腕力だけで持ち上げられ振り回されている俺。


「そんな時にっ!姫様を連れてっ!何してたって言うのよっ!!」


「だ、だだだからっその姫様が案内してくれって言ったんだあああ」


「そんな事信じられる訳無いでしょおおおおがあああああああ〜っっ!!!」


もはやこうなってしまったティアはアインには止められない。

街で暴れた精霊に剣を向けられても、暴走した幼なじみに拳は絶対に向けられない。


「だ、だれか、たすけ、て…」


気が遠くなっていく中で、その助けはやって来た。



  ―アインの言っている事は本当です―



そんな彼女の幻聴がまた聞こえた。


「彼に案内を頼んだのは私です」


急に現れたアシェラ王女にアインの襟首を掴んだまま呆然としてしまうティア。


――えっ彼女があのシェーラ姫様

――アシェラ王女・・・なんて綺麗なんだ


多くの兵と騎士を連れた純白のドレス姿の淑女の登場は治療中だった兵も横になっていた住民も釘付けになった。


彼女は声を張り上げる事もなくティアに話し掛ける。


「ティア ブリギット、貴女の家族には世話になりました。

 貴女方の為に用意していたお祝いの席に他人の私を加えてくれた事に感謝します」


スカートの端を摘まみ上げ、あろうことか王女様が騎士とはいえあくまで庶民の職業騎士に頭を下げたのだ。

それはティアの頭を更なるパニックへとかっ飛ばす。


「ええとっ、シェーラ姫じゃなかったっアシェラ王女」


ティアは今の自身の発言の重要性に全く気付いていなかった。

咄嗟に口から出たものは今日まで秘匿とされていた噂の正体の暴露。

アシェラ王女が城から脱走という事をしていなければ、今日の式典の参加者以外は明日の御披露目まではまず知り得ない存在。


王女という国にとって最重要人物が城から姿を消したというのに、失踪後から11番街をさまよっている間も、アインと出会い街を歩いている間も、街を散策する彼女が王女だと知る者がいなかった事が捜索を大幅に遅らせた原因にある。

皆にとって11番街を楽しそうにフラフラと少年と歩く姿はパーティーに呼ばれた世間知らずなどこかの大貴族令嬢だと思っていた。

何の情報も無く街を歩く彼女の姿を王女だと気付いた者はまずいないだろう。


城で働いていたティアの母が特殊であり、実際に先程まで捜索に加わっていた治療中の兵士でさえも今のティアの失言によって知った者が多かった。


この場にいる者達の大多数が突如姿を露にした王女の存在に騒然となったのも無理は無い。


「そんなお、おお礼を言われるなんてっ!

 ウチの食事なんて大したものなんて出せませんでしょうし、お口に合うかというか弟達が粗相をしなかったか」


あたふたと頭を下げたり首と手を左右にブンブンと振るティア。

解放され人知れず尻餅を付いていた俺になんて当然誰も気付きやしない。


クスクスと口元に手を添えて上品に笑うアーシェ。

それは同年代の親しい友人とお喋りを楽しむ年頃の少女のよう。


「あら、ソフィアさんのお料理はとても美味しかったわ」


ティアは思う。

城で見た彼女もこの場に最初に現れた彼女の姿も威厳に満ちた完成された芸術品のようだった。


「マリアとルーもとても仲良くして下さいました」


それがどうだろうか。

今、目の前で微笑む少女は花のように可憐で女であるティアでも魅惚れる程に愛らしかった。


「私にとってとても楽しくて幸せな一時でした」


「・・・そうですか」


彼女の心底幸せそうなはにかんだ微笑は見ているだけで心が和んでくる。

思えば、この瞬間からティアは彼女自身の人間性が好きになっていた。


これが後に背中を任せ見も心も分かち合う友となる二人の少女のファーストコンタクト。



 そして―――――――この二人が戦う運命になるのはまだまだ先のお話――――――



アーシェの独白をアインは地面に座ったまま静かに聞いていた。

しかし、それもスグに憤怒の表情へと切り替わる。


「そろそろ城に帰るぞアーシェ。


 王女が帰らねば、皆帰還する事が出来ない。これ以上ここに留まる事は更に皆に迷惑がかかる」


彼女のスグ後ろに控えていたアッシュの台詞はアーシェにアシェラ王女の貌を戻させる。


「ティア、貴女の家族にはその節の礼を近いうちに。それから・・・」


一歩進みティアの脇に屈んで――――│アーシェ《・・・・》は少年に微笑んだ。


「ありがとうアイン。│の些細な願いを聞き遂げてくれて」


「ああ」


耳元で少年にだけ聞こえた微かな声。


─ありがとうアイン。守ってくれて嬉しかった─


腰を上げて元の位置に立ち背筋を延ばす―――――そこには既に近づく事が許されないオーラを発するアシェラ王女の顔があった。


王女は俺達の本来の距離から場を締めくくる一言を告げる。


「今宵の出来事は全て私に責があります。二人には迷惑をかけました」


「「「っ!?」」」



今の一言はこの場にいる全員に動揺と衝撃が走る一言だった。


そして、王女は城の者をぞろぞろと引き連れて二人の下を去っていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



「ちょっとアインっ何よあの態度は!アシェラ様に失礼でしょう!」


ぷるぷるとまた怒り出したティアの声は耳に入らなかった。


「……っの、バカがっ、勝手に背負いやがってっ」


この怒りは自分の不甲斐なさに対しての怒りだ。


「なにぶつぶつ言ってんのよアンタ?」


私さっきそんな首締めたかしら?なんてティアが首を傾げていると急にアインは立ち上がる。


「ティアっ!」

「わっ!」


アインはがしっ、とティアの両肩を掴む。


「な、なななによっ!」


上目遣いで見上げると、至近距離にある真剣な表情に緊張して声が上ずってしまう。

ずっと見守っていた周囲の皆さんも、その急展開に息を飲む。


「俺行ってくるわっ」


―――へっ・・・・どこに?


緊張してしまった自分がバカみたいな突拍子も無いセリフ。

ティアも観客にも疑問符が浮く。


そんな皆を置き去りにアインは実に晴々とした顔で走り出す。


が、すぐにピタリと足を止める。


「あ〜そういや、さ」


そこは空気が多少読めなくても、言うべき目的はなるべく忘れないのがこの物語の主人公。


「このプレゼントありがとな、ちょっと焦げちゃったけどさ」


照れくさそうに頬を掻きながらそんな事を言うアイン。

幼なじみの予想外の攻撃にティアは一瞬で茹で蛸のように真っ赤に赤面して、


「気付くのが遅いのよ…ばか」


と、顔を逸らして背中を向ける少年に返すのが精一杯の反撃だった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――




ぞろぞろと広場を横断する隊列を組んだ集団。

その中央にアーシェはいた。

兵を引き連れ、四方を騎士に囲まれ、英雄に手綱を引かせる馬上の少女に空間は完全に支配されている。


彼女に集まる視線は様々だ。


広まる新たな噂を信じて天井の存在を崇める者。

公表されていない存在に頭を下げるべきか悩む者。

先程の発言に疑惑を向ける者は兵の中にも存在した。


アーシェは城から迎えに来た馬車には乗らず、アッシュが手綱を引く馬上であえて一身に視線を浴び続ける。

それは明日までアシェラ王女として皆に名乗る事が出来ない自分にとって精一杯の宣言。

この騒動を拡大した原因が自分にあるのだと皆に知らしめる。


馬上で視線も表情にも揺らぎが無い完璧なる姿に見える白銀の少女。

しかし、アシェラ王女の仮面の中でアーシェは怯えていた。


城で初めて大衆の前に姿を出せた時は自分を彼が見てると思ったら他の視線なんて何も気にならなかった。

街に初めて来た時は彼を探すのに必死だった。


まるで感じ方が違う。


今日という日まで確実に味方であるごく少数の人としか接する事が無かったアーシェは他人の視線というものに初めて恐怖を感じた。

出来る事なら今すぐにもあの塔に帰ってまた世間から隠れたかった。


でも、私は自分の世界を広げる楽しみを知ってしまった。


マリアとルーに次に会った時は偽りなく自分が王女だと話そう。

もし、ソフィアさんが私の正体を話したとしても、きっとあの二人はアーシェを歓迎してくれる。


私のワガママを聞いてくれた彼はどうだろうか。

憧れだった少年に会えたから、あまりに嬉しくて楽しくて沢山はしゃいじゃったけど呆れられただろうか。

彼が心配でいてもたってもいられなくて広場に行ってしまった事を本気で怒ってたな。

言うことを聞かなかったから当然だよね。


彼が怪我をした時は不安で仕方なかった。


でも、同時に嬉しかった。

彼の行動が私を守ろうとしたものだと理解出来たから。

だから、オジサマに無理を言って彼が目を覚ますまで城へ帰るのは待って貰った。

謝りたかったから。

お礼を言いたかったから。


目を覚ました彼には話しかけれたけど、無言だった姿が胸に刺となって突き刺さる。

彼の最後の姿を思い浮かべると言葉にならない恐怖が必死に伸ばしている背筋を腰砕けにしてくる。

17才になるまで全てが味方でしか有り得なかった環境で育ったアーシェは、胸を締め付ける初めての感情に自分で理解出来なかった。


それは恋など以前の問題。

ただ嫌われたくない、という普通に生きていれば誰でも芽生えるであろう当たり前の感情。


頭に浮かぶのは少年の姿。

例え、少年がアーシェの後ろにいた人物のせいで無言だったとしても、誰かを嫌うという感情事態を知らないアーシェは、少年がまさか自身の父親であり私が大好きなオジサマを憎んでいるなどとは夢にも思わない。


遅すぎる新たな感情の覚醒に気付かないアーシェはひたすら怯えるしか出来なかった。

彼の姿を思い浮かべるとこうも怖いのに、彼の姿は鮮明に頭に焼き付いて離れない。


あれだけ出たいと思っていた塔に今はただ早く帰りたかった。


それなのに乗っていた馬は足を止めてしまった。

まだ馬に乗ってから100メートルも進んでいない。


「っ、オジサマ?」


「ここにいなさい」


手綱を引いていたオジサマに理由を聞こうとしたら、オジサマは手綱を離して行ってしまった。



いつの間にか下を向いていたのか、アッシュの行く先を目線を上げて追うと列の先頭に人溜まりが出来ていた。

段々と増える人の波。

なんだか色んな人の叫び声も聞こえてくる。

何も分からず不安が駆け巡る。


「あっ…」


広場の入口にこの場から行かせまいと立ちはだかる者達の群れ――――――――に、見えてしまった。


その中にいた彼の姿に辛うじて保っていた仮面は割れ抑えていたアーシェが溢れ出した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――


第五話は長くなってしまった為に読みやすいよう前編と後編に分けました。

勝手でホントすみません。


次回予告――――



――――当然ながら今回の後編です。


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