第三話 「アシェラとアーシェ」
本来は、第二話の続きの予定でしたが、仕事の都合により期間が空いてしまっての投稿のため第三話としたいと思います。
そのため、第二話のその1を削除し、あとがきに次回予告を加えました。
ついでに前書きも統一しました。
精霊と共存する事を選んだ国と精霊を使役する事を選んだ国が引き起こした戦争により、世界は二つに割れた。
そこで少年達は選択する。
こちらは”精霊と魔法そして人間が当たり前に共存する世界”の物語です。
お楽しみ下さい。
丘の上にある太陽の光を照り返す白き堅牢な城壁。
その中に聳え立つ二本の塔はレギンレイブ城の象徴といえる巨塔。
片方は騎士や兵士が多く出入りする「騎士の塔」。
それとは違い、城の最奥にありながらも威厳を放っている「王家の塔」は王族を含め一部の限られた人間しか近づく事さえ許されない。
そこが、私が生きる小さな世界だった。
決まった時間に起こされて、用意された衣服に身を包み、与えられる食事で胃を満たす。
教育係、先生と呼ばれる人達から作法を学び本を与えられて知識を得る。
毎日同じ事を繰り返しては窓を眺める。
そこから見える景色だけが、いうなれば自分で見つけた唯一つのものだから。
次の日も、その次の日も。
その繰り返し。
その時は自分の境遇について何も考えていなかったし、何で大人達が子どもの自分に対してだけ態度が違うのかもよく分からなかった。
城の中にある書庫には色んな本も沢山あったし、色んな知識も教えて貰った。
しかし、それが結局箱庭の中の世界で得た仮初めのモノだという事を私は知ってしまう。
塔にある書庫は小さな頃の私のお気に入りの場所。
大人でも梯子を使わなければ取る事が出来ない高い棚が立ち並び、所狭しとあらゆる知識が詰まっている。理解出来ない言語で書かれた本や巻物も合わせれば一生かかっても読みきる事は出来ない程の世界がそこにはあったからだ。
一冊の本を見た時だった。
青い染料で描かれた『川』というものの絵。
レギンレイブ王国には幾つも川があるらしく、それはそのうちの一つの川について書かれた本。
それだけならなんてことの無い絵だったのに、急な不安に駆られた私は書庫を駆け巡った。
記憶と書庫を漁り、本を持てるだけ引っ張り出す。
ひんやりする石床に何冊も広げては本を見比べる。
片方は青いうねりが描かれていて、もう一冊は激しく荒々しい。
更には穏やかな絵もあれば、子ども達が遊んでいる絵もある。
文章を読んでみても書いてる言葉も違うし、絵も違うのに、どれも同じ川について書かれた本だった。
別な事を書いているのに、それが同じ川を書いているというのが何故か私には理解出来なかった。
私はいつも本を持って来てくれる先生を呼んで貰い、疑問を投げつけた。
先生は言った。
それは同じ川について書かれたものだけど、本を書いた人の見たもの感じたものがそれぞれ違かったんだよ。
先生の言葉の意味がよく分からなかった。
だけど、時間をかけて説明された私は理解した。
そして同時に衝撃を受けた。
私が読んできた本や絵というものは、本物が外の世界に存在していて他人がそれを見て感じて書き記した物で、それを通じて知った知識は疑似的な物でしかないという事。
そして、結局は自分で見て聞いて感じない限り真実、本物は得られないという事。
それはいとも簡単に容易く私という存在を打ち砕いた。
だって、お城の中しか知らない私の世界では、本や誰かを通じないと外の世界を知る事が出来ないのだから仕方ないのでは無いだろうか。
どうすれば良いのだろう。
私自身、私の存在を否定されたような気分だった。
その日は、床に臥せているお父様にずっと泣き付いた。
お父様もただ涙を流し続ける私に困惑してた。
きっと私の涙の意味は理解出来なかっただろう。
私も何でこんな寂しくて怖いのか説明できないんだから。
いつも、頭を撫でて貰えば泣き止んでいた私も、その日はずっと泣き止まなかった記憶がある。
それ以来、私は本を読まなくなった。
そして気付いた。
城の大人達は私自身を見ていないという事。
小さな世界の中にしかいられない私にとって、私の世界(城の中)は時間が止まった牢獄だ。
私は書庫に自ら行くことは無くなった。
それでも私の教育は続いた。
一人、新しく私の教育係が増えた。
『アッシュ ソル ツヴァイレヴァンテ』
白髪の髪を後ろで束ねた男性。
物心付いた時からの私とお父様の護衛をしてくれている優しいオジサマ。
お父様も城の大人達も一目置いているし、私の事をお父様と同じく『アーシェ』と呼んでくれる人。
オジサマは他の教育係と違って私に何かさせるという事はあまり無かった。
私がすることといえば、部屋にある椅子に腰かけるかバルコニーに足を運ぶくらい。
オジサマがする事はただお話を聞かせてくれるだけ。
でも、それが私にとって楽しみに変わるのに時間はかからなかった。
オジサマが聞かせてくれるのは全て私の知らない外の世界のお話。
お城の外には連れて行ってくれなかったけど、バルコニーに連れて行っては色んな所を指差して話してくれた。
「3番街では今お祭りをやっているんだよ」
「7番街から馬車が出て来ただろう?あの馬車にアーシェの服が積まれているんだよ」
「あそこに見える11番街に我が家があって、今は息子がまだ寝てるかもしれない」
オジサマのお話は面白かった。
どんな話しでも耳に聞こえる外の世界は私にとって生きた世界で、毎日オジサマのお話しに胸を踊らせた。
バルコニーの向こうに広がる景色は生きた絵本で、オジサマから聞かされるお話は絵本の物語だ。
小さな世界の中にいる事が当たり前の私。
それからは毎日オジサマから聞かされるお話しを楽しみにしていた。
一際興味が惹かれるのは一人の男の子のお話し。
オジサマの息子で私と同い年という事がより一層私の心を引き寄せる。
オジサマにとっては手のかかる息子らしくて、勝手に木に登って落ちて怪我したした事、叱ると男の子が大好きなお婆さんの所に逃げ込んでしまう事、仲の良い女の子とよく遊んでいる事、どんな些細な事でも男の子の事を話すオジサマは嬉しそうで、私も聞いていて楽しくて仕方なかった。
話を聞いてはバルコニーから景色を眺める日々が続く。
いつしか話の中で男の子が成長していくのが私の楽しみになっていた。
見たこと、会った事の無い男の子が確かに存在していて、成長している事で私の時間が動いているように感じた。
小さな世界に閉じ込められていた私にとって、世界は生きた物語。
オジサマから聞かされて景色を眺める私にとって、その男の子は物語の中の主人公。
私は今日もまたこの窓から夢を見る。
窓から先に広がる景色を覗くたびに、一枚、また一枚と絵本のページがめくられていく。
しかし、そこに物語の主人公はいないから・・・
だから、心の中でまだ見ぬ男の子を描いていく。
男の子は笑っていて、隣には私が並んでいる。
どこかそっぽを向きながら私に向かって手を差し伸べる男の子。
私は顔を見たいけど、男の子が照れているのが分かるから、それが嬉しくて手を握って彼に笑いかける。なんて・・・
それはとてもとても楽しくて幸せな一時。
いつかこの小さな世界を飛び出すことが出来るなら、私も物語の中に入りたい。
そこで『アイン』という名の男の子と出会うその日をただ信じて。
そして、彼は唐突に何の前触れも無く訪れた。
私は運命と呼べるその日を忘れない。
私の物語はその日から『アイン』という名の男の子の登場により本物になった。
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「そこを通して下さい」
言葉を発する姿は威厳があって気高く。
「私は行かなくてはなりません」
紫色の瞳は淀み無く美しく、意思と志を真っ直ぐ貫く為にある。
その視線通り、この少女は何事にも貫く姿勢を崩さない。
それは、純粋に我が道には間違いは無いと信じて疑わない心の在り方の表れ。
しかし、立ち塞がる者はより強固な意志で心を固めている。
「行かせる訳にはいきません」
現状で私が抱えてる最大にして乗り越えなければならない障害。
玄関の前で仁王立ちする門番。
私の視線から逃げる事無く正面から受け止め続ける茶色の髪の女性。
『ソフィア ブリギット ウェングス』
長い間一人でこの家と三人の子どもの母親にして、一人の少年をも守り育ててきた。
その心は下手な王宮の兵士よりも逞しく強いだろう。
彼が立ち去った後、まるで私がそうするのが分かっていたかのように、オバサマは家に私を引き込み玄関から退こうとしなかった。
本来、パン屋も営んでいるこの家には外に出入りする入口が三つ存在する。
しかし、それが初めてこの家に来たどころか、城以外の一般の民家に入ったのも今日が初めてだったアーシェには分かるはずも無い。
それに、どんな時でも別の道、別の選択を探すという事を知らなかった。
私には他の選択肢が思い付かない。
「お願いです、私には行かなくてはならない理由があるんです」
彼の後を追わなくてはならない。
しかし、私の懇願も目の前の人物は眉さえ動かさない。
「それが何であろうとあなたを通すわけには行きません」
彼の幼なじみである昼間城で会った彼女、その母親であるオバサマとの押し問答はキリが無かった。
「何故、私をそこまで止めるのですか?」
何故、彼女は初めて会った私をそこまで通さまいと頑なになるのだろうか。
疑問が頭を横切っていく。
私は貴族の者という事になっているのでは・・・。
鉄面皮だった顔が一瞬悩むように苦悶の表情に変わり、ふう、と溜息をつく。
オバサマはスグに、その疑問を解消してくれた。
「あなたを・・・いえ、あなた様をお守りするのは国民の義務です」
言い直したオバサマは、今日初めて会った気がしなかった。
今日初めて見た顔なのに、見慣れた表情。
「・・・アインが話さなくても、そのお召し物を拝見した時に気づいていました。私は以前城で給仕を務めていましたから」
「そう、ですか」
それは落胆する私を気遣う言葉。
私はアインが話したという事は気にしていない。
オバサマが向ける視線、気遣う言葉、私に接しようとしないその表情に息苦しくなる。
彼女達の瞳に見られるだけで私は殻に閉じ込められる。
「この国の王女であるあなた様を危険な所に行かせる訳にはいかないのです」
今、目の前にいるオバサマは城の者達と同じだ。
ずっと向けられてきた視線は私を見ているのでは無く、傾けている耳は私の言葉を聞いているので無い。
彼女達は私という個人に触れはせず、私(アシェラ王女)という存在を守っている。
17年間私を閉じ込め続けた存在が、城(牢獄)を出た今でも縛り続ける。
それが少し悲しくて、でも、だからこそこんな所で止まっている訳にはいかない。
胸に手を当てて、一歩踏み出す。
「尚更私を止める必要はありません」
瞳を閉じてまた、一歩踏み出す。
「今ここにいる私はアシェラバーネットレギンレイブではありません」
私は城から飛び出した。
ずっと城の中にいる時から決めていた事。
「ここにいるのはただの一人の女です」
彼と会った時に運命を感じた事。
「彼は・・・アインは、そんな私の騎士になる人です」
誰にも譲れないし、引くことも出来ない。
「自分の騎士が戦おうとしているのに、私が見届けない訳にはいかないんです」
私は歩みを止める訳には行かない。
踏み込む先に彼がいるのだから。
「・・・・・・っ、ふふ・・・あはははははははは」
耳を突く笑い声。
さっきまでのオバサマの声とは、雰囲気もトーンもまるで違う。
何がそんなに可笑しいのか。
たしかに城を出たのは今日が初めてだし、オバサマに比べたら多少は世間は知らないのかもしれない。
しかし、何もそんな大声で笑わなくても良いのではないでしょうか?
精細に頭に浮かぶオバサマの顔。
少し、ほんの少しだけ腹が立ってしまい眼を開けて睨む。
「えっ?」
飛び込んで来たのは、オバサマの顔じゃなかった。
足元にあるのは板張りでは無く石畳の路面。
自分は既に外にいた。
「そうですかそうですか」
背後から聞こえる声に振り返る。
そこには、相変わらず笑っているオバサマがいた。
その脇には開かれた木造のドアと、さっきまで自分がいた部屋がある。
自分はドアには一切触れていない。
ただ、想いを口にして進んだだけ。
「ふふふ、またいらっしゃいアーシェ。次はあなたの為にご馳走を用意しとくから」
「オバサマ・・・」
腰に手を当ててにこやかに笑うオバサマ姿に、顔が自然と綻んでくる。
私に接する優しい表情とその言葉は、この家に来て一番嬉しかった瞬間かもしれない。
「感謝しますオバサマっ、それにご馳走様でした。おば様のお料理とても美味しかったです」
「気を付けて行くんだよ。あなたは女の子なんだから」
「はいっ!行ってきますっ!」
一指し指を立ててウインクするオバサマが、嬉しくて、可笑しくて、スカートを摘んで軽く挨拶して私は走り出した。
礼をする事も、振り返ってオバサマに手をブンブン振る事も気にしなくて良い。
王女である事を知っていても、私として接してくれる人もいる。
それが嬉しくて、涙が出てくる。
目元を一旦拭うと、紅く彩られた空の下へ向かって急いだ。
「母さん、姫様を行かせて良かったの?」
不吉な物音が鳴り響く中、妹をやっと寝かしつけたルーは居間には出ないようにして母親達の会話を漏らさず聞いていた。
子どもながらに彼女の人並み外れな容姿はルーも妹も分かっていたことだ。
さっきまで一緒にいた彼女が街で噂をしていたシェーラ姫本人だった事は今でもにわかに信じられない。
そして、今、彼女が向かった先。
姉ならまだしも彼女のようなお姫様が行くような場所では無い事も分かっている。
だからこそ、何故あれだけ頑なに家から出そうとしていなかったはずの母親の行動が分からなかった。
「姫様だったら止めてたんだけどね・・・」
「どういうこと?」
僅かに自分より大きい母親を見上げる。
眩しそうに眼を細める母親のかろうじて聞き取れた呟き。
「さあ、あなたもお家に入りなさいな」
「ねえどういうこと母さんっ」
ルーはぐいぐいと家の中へ背中を押されながら首を傾げるしかなかった。
次回予告
ティアと子どもを逃がして精霊と激突するアイン。
赤く燃え上がり凶刃を振るう精霊。
正に命を燃やしている姿には既に自我と呼べるものが存在していなかった。
魔物と化してしまった精霊を救うためにアインは真価を発揮する。
第四話
「紅い夜」
それは辛く哀しくて優しい選択。
同時進行で進めていきます、
『ヒトというナの』
”精霊と魔法が混在する隠された真実世界”の物語。
良ければ併せてお楽しみ下さい!