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 サイラスの心に影が差してから――ユーリは何度も自分に問うた。「本当に彼を好きなのか」と。


 答えははっきりしていた。


 宿の壁の時計を睨みつける夜、思い浮かぶのはサイラスの横顔ばかり。噂なんて気にしない。自分が信じる彼だけを見つめていたい。


 世界中が敵でも、この想いは絶対に曲げない――そう決意した朝。


 ユーリは、厨房でエプロンの紐をきつく結び直した。


「よし。今日こそ、サイラス様にちゃんと気持ちを伝える!」



 サイラスは、いつものように食堂の隅。 フードの深さはいつにも増していた。ユーリは、他のお客さんの目も、周りの従業員の目も気にせず、彼のテーブルへまっすぐ向かった。


「サイラス様! おはようございます!」

 

 張りのある声。いつもより大きめ。


「……お、おはよう」


 やたら目立つので、サイラスはあたりを気にしてひそめ声。


「今日の朝食、パンケーキにしたんですっ。サイラス様って甘いの好きでしょ?」


 にっこり笑顔。パンケーキにはベリーとミントが添えてある。


「そんな……無理しなくていい」

「無理なんかしてません。私、サイラス様が“美味い”って言ってくれるだけで幸せですもん」

「ゆ、ユーリ……」


 サイラスは露骨に耳まで赤くなり、目線をあちこちさまよわせる。


「それに……」


 ユーリは、テーブルの下で彼の指先にそっと自分の指先を重ねた。


「私は、サイラス様の隣にいると、毎日が楽しい。一緒に今日のお祭りも見たいし、新しい街の話も聞きたいです」


 溢れる気持ちが止まらず、どんどん言葉が強くなる。


「ほ、本気……なのか? そんなこと、言われたことないから……正直、どうしたら……」


 サイラスはたじろぐ。食堂の端っこでひと騒動起こしてるのに、ユーリは全く気にする様子がない。


「もちろん本気です! サイラス様の全部が私の宝物。……大げさじゃなくて!」


 背筋を伸ばし、一気に畳みかける。


「え、えっと……でも……」

「大体っ!」


 急に語気を強めて、彼の腕をつかむ。


「私を金目当てとか噂する人達、ぜんっぜん信用してませんから!  私、この宿で生きてるだけで十分幸せだし、サイラス様でなきゃイヤなんです!」


「……いや、それは、その……」


 サイラスは顔を真っ赤に染め、反論の仕方すら見失っている。


「今日はお昼まで働いたら、そのあとはお休み頂いたので……誘います」



 昼下がり。


「サイラス様! 街角のお祭り行きませんか!? 夜店がいっぱい出てるんですって!」

「え、俺が行っても目立つだけだろう……」

「そんなの気にしません。むしろ私が“自慢”したいくらいです!」


 食い気味に、彼の袖を引っ張るユーリ。 サイラスはおろおろと腕を握られ、居心地悪そうにぐるぐる目を泳がせる。


「だ、だが……」

「私の国じゃ、サイラス様みたいな人、行列できるほど人気なんです! みんなきっと驚きますよ!」

「それは、お前の国の話で……」

「私には世界一です!」


 きっぱり言い切る。


 何も言い返せなくなったサイラスは、しぶしぶ立ち上がる。でも本当は少しうれしそうに見えるのを、ユーリは見逃さなかった。



 異世界の街角を、七色にきらめくランタンが照らし出す。通りには動く木馬や、空中に浮かぶ小さな光の球を追いかける遊び、香草と果実で彩られた串焼きや不思議な形のパン菓子、透明な氷花のジュースを売る屋台が軒を連ねていた。

 空にふわふわ舞いながら光る小動物のバルーンに、子どもたちの歓声が響く。


 もちろんサイラスは、人混みの中で始終そわそわと居心地が悪そうにしていたけれど、ユーリの楽しそうな声と笑顔に、徐々に表情が和らいでいく。


 「見てください! このお菓子、食べると口の中で小さな花火が弾けるらしいですよ!」


 ユーリが紫色の結晶糖の菓子をふたつ買うと、サイラスにひとつ差し出す。

 戸惑いながらも口に入れた彼は、ほんの一瞬、目を丸くし、そのあと不思議な笑みを浮かべた。


 「本当に……ぱちぱちするな」

 「面白いですね! サイラス様、射的みたいな的当てもありますよ。賞品に一角ウサギの細工が……」



 夜。祭りの帰り道。提灯の明かりに照らされながら、ユーリは満足げに隣を歩く。


「楽しかったですねー、サイラス様!」

「……人混みは、正直苦手だが……意外と悪くなかった」

 フード越しでも分かる、やわらかな微笑。


「そういえば、さっき水笛買ってくれましたよね? 音が出て周りから視線を集めるの苦手じゃないですか?」


 優しく問いかける。サイラスは、ぽつりと本音をこぼす。


「……いや。お前がうれしそうだったから、つい買ってしまった」

「ふふふ、優しいですね」

「……優しいんじゃない、お前に頼まれると、断れないだけだ。……嫌われたくない。できたら俺に好意を……持って欲しいと」


 背中合わせのような遠回しな告白。ユーリはそっと彼の腕に寄り添う。


「私だって、サイラス様のお願いならどんなことだってちゃんと聞きますから……サイラス様も私に頼ってください。……嬉しい時も、苦しい時も」

 その声は驚くほどまっすぐだった。


 サイラスはふと立ち止まる。夜風がやさしく二人を包む。


「なあ……本当に、俺でいいのか」


 切なげな声。


「サイラス様がいいんです! ……ほかの誰かじゃダメなんです」


 中途半端なことは言わない。この想いは譲らない。そう、はっきり目で訴えかける。


「最初は確かに見た目に惹かれました。でも今は、サイラス様の優しさとか気遣いとか、そういう全てが好きなんです」


 サイラスは、言葉を失う。でも、もう一度はっきり絞りだすように――


「……それなら、もう逃げずに、お前のそばにいてもいいか?」


 ユーリはぱっと花が咲いたみたいに微笑む。


「もちろん! 毎日毎日、好きって言っても足りないくらいですから!」


 彼女は照れもせず、サイラスの手をぎゅっと握る。サイラスはタジタジだ。


「そ……そんなにも、か……?」

「もっと言いましょうか? 好き、大好き、愛してる! ……あと、あと――」

「や、やめろ……誰かに聞かれたら、恥ずかしすぎる……!」

「えへへ、サイラス様が赤くなってるとこも好きです!」


 とうとうサイラスは観念して、フードの下で小さく微笑んだ。


「……なんて、手強い女だよ、お前は」

「はい! このまま手をつなぎたいです」


「……しょうがないな。もう、離してやらないからな」


 月明かりの下で、二人の影が一つに重なった。どれだけ世界中の噂や偏見があろうとも、このときの想いは、誰にも揺らすことができなかった。



 翌朝、陽だまりの庭先で、アニスがこっそりユーリに近づいた。


「ねぇ、ユーリ。サイラス様と、昨日一緒にいた? ……やっぱり付き合ってるの?」


 アニスは胸の内の好奇心を隠しきれず、そっと小声で問いかける。彼女の大きな瞳が、期待と驚きで揺れていた。


 ユーリは一瞬だけ照れたように微笑み、それからとびきり明るい声で答えた。


「はいっ、そうなんです! 昨日、好きって十何回も言いましたから!」


 そのあまりにも真っ直ぐで、はちきれそうな返事に、アニスは目を丸くし、頬を染めて言葉を詰まらせた。


「な……なんてストレート……」


 遠くの廊下の陰では、サイラスが二人のやり取りを偶然耳にしてしまい、不意に立ち止まる。

 真っ赤に染まった頬を手で隠しながら、どうにも隠しきれないほど嬉しそうな、照れくさい笑みを零していた。

 まるでユーリの名前に反応するかのように、心がどこか浮ついて落ち着かない。ふと視線を上げると、庭先のユーリはこちらに気づき、いたずらっぽく手を振っている。サイラスは思わずぎこちない手つきで、小さく手を振り返した。


 近づきたい――けれど、今すぐ駆け寄ったら、きっと顔どころか耳まで真っ赤になってしまいそうで。恥ずかしさに身を引かれながらも、心の中ではユーリへの想いがあふれて止まらない。


 そして今、自分がこんなにも誰かを大切に思い、愛しさに胸を揺らしていることに、驚きを感じずにはいられなかった。


 周囲のひそひそ話や視線も、今のふたりにはもはや届かない。まっすぐで、あたたかくて、少し不器用な、二人だけの時間が、これからまた始まろうとしていた――。


 唯一無二の『好き』が溢れる、幸せな日々の幕開けだった。



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