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第8話:「疑問の渦」

アルナとクレイナは、エルデリオンの街に到着したばかりだった。

エルフ族の生きるこの国エルダリア最大の都市エルデリオンはエルフの学問と政治の中心地だった。

森の賢者との話をして

穏やかな風が彼女たちの髪を揺らし、周囲の賑やかな声に包まれている。街の広場には、熱気を帯びた議論の声が響いていた。人々が輪になり、街の名士たちが中心で討論を繰り広げている。

その議題は「真の知恵とは何か」。

アルナとクレイナは街に足を踏み入れたばかりだったが、広場の様子を目にして足を止める。アルナはその活気に惹かれ、思わず近づいていく。

「アルナ様、寄り道してる暇なんてないでしょう。」

クレイナの声が、どこか困ったように響く。彼女はアルナを急かすが、アルナはその注意を軽く受け流し、目を輝かせたまま広場を見渡す。

「でも……あの人たち、知恵のことを話しているみたい。ちょっとだけ、聞いてみようよ。」

彼女の言葉に、クレイナはため息をつきながらも、結局はアルナの後に続くことになった。

人々が輪になって議論を交わす様子が、まるで一つの祭りのように盛り上がっている。中央には、数名の名士が立ち、周囲には様々な人々が興味津々で耳を傾けている。

「見ろ、あのエルフだ!神託のエルフが来た!」

「あれが噂のエルフの娘だ!」

「神託を受けたという者か?」

その声が広場に響き渡ると、一瞬で周囲の目がアルナに集まる。驚きと興奮の中で、アルナはすぐに討論の場へと引き出される。「アルナ様…!」人混みに背を押され、手を引かれクレイナの心配そうな声をあとに壇上へと上げられてしまった。


「さて、皆さん。」

壇上に立つ煌びやかな装飾が施された衣装を身にまとう貴族が、手を広げて広場を見渡す。自信に満ちた態度で、彼は声高に語り始めた。

「知恵とは、この私のように豊富な知識と経験を持つ者だけが持ち得るものだ。歴史、文学、科学、政治――私はこの世界のあらゆる分野に通じている。そして、それが真の知恵だ。この世で最も賢い者と呼ばれるなら、それを証明するために、私の知識に挑んでみせよ!」

彼の言葉に、周囲の人々は頷き、時折賛同の声を上げる。

「では、エルフの少女よ、これを解いてみろ。」

貴族が持ち出したのは、古代の難解な詩の一節だ。

「この詩の本当の意味を、君の知恵で教えてくれ。」

アルナは一瞬、戸惑うような表情を見せるが、すぐに冷静さを取り戻し、静かに答える。

「知識を持つことは素晴らしいことです。けれど、多くの知識を持つことが知恵だとするなら、本をたくさん持っている人が最も賢いことになりますね。でも、本を持っているだけでは、使い方を知らなければ意味がありません。知識は道具であり、使い方を知らなければただの荷物です。」

貴族は鼻で笑い、さらに挑発的に言葉を投げかける。

「ならば、知識を実際に使い、成功を収めた者こそが賢いというのか?」

アルナは落ち着いた声で答えた。「成功とは何ですか?ある人にとっての成功が、別の人にとっては災いとなることもあります。違いますか?」

貴族はその言葉に頭に血を上らせながらも、答えらずにいた。


それを見ていた商人が呆れたようにため息をつきながらその場に立ち上がり、声を張り上げる。

「そう、成功だ…!私は商売で成功し、富を築いてきた。それが知恵だよ!知恵は金を生む力だ!」

彼は笑いながら、アルナに問う。

「君がどれだけ知識を持っていようが、実際に金を稼げるかどうかが知恵の証だろう?」

だがアルナは少し考え込み、答える。

「確かに富は大切です。でも、富そのものが人を幸せにするわけではありません。たとえば、富を追い求めた結果、人々が争うことになったら、それは賢い選択と言えるでしょうか?」

商人は笑い飛ばす。

「無駄だね、嬢ちゃん!富を築くためには、手段を選ばないものだ!」

商人は「富なくして社会は成り立たない」と続け、

アルナは「それでは皆が幸せになれるわけではない」と返した。

「そうだとも!貧乏人に知恵なんて必要ない。知恵とは結果を生む力だ。」

アルナはしばし、商人が笑い声が静まってからゆっくりと答えた。

「ではあなたは盗賊に襲われ、その富を奪われた時、その富を手にした盗賊が賢い者であると、それが真なる知恵だと言っているということでいいですか?」

商人から浅ましい笑顔が消え、顔が引きつり始めた。

今にもアルナに殴りかかってもおかしくないほどの不穏な空気が張り詰めたが「もうよい、君も下がりたまえ」

そう商人へと告げて壇上へと上がった女性は落ち着いた様子でどっしりとした威厳を漂わせている。

商人は彼女を見て「オリヴィア総督…」と声を出し、動けずに立ち尽くした。総督という言葉が聞こえ、アルナは驚きながらも彼女を見上げた。その目は冷徹で、彼女が語る言葉には圧倒的な威厳があった。

「貴族が知識を語り、商人が富を語り、どちらも自らの利益しか見ていない。それは愚かしいことだ。真の知恵とは、この街を治め、秩序を保ち、人々を導く力にあるのだ。」

彼女は少し間を置き、アルナに向けて厳しい視線を向ける。

「お前は知識を持っていても、それを実行に移す力を持っていない。この民が平和に暮らせるのも、私の知恵があるからだ。知恵とはただの理屈ではない。実際に秩序を作り上げる実行力だ。お前が言う知恵とやらは、この街を守る力を持っているのか?」

アルナは一瞬、その威圧感に圧倒されるが、冷静に反論する。

「秩序を守ることは重要ですが、その秩序が正しいとは限らないのではないでしょうか?」

総督は笑い、冷たく答える。

「正しいかどうかを判断するのも私の役目だ。もしそれが間違っているというのなら、お前が示せるのか?混乱を避ける方法を、争いを止める術を!」

アルナは少し考え込みますが、毅然と答えます。

「秩序を作ることは知恵の一部かもしれません。でも、もしその秩序が誰かを苦しめるものであれば、それを見直す勇気も必要なのではありませんか?」

総督は冷ややかな表情を崩さずに答えます。

「見直すだと?そんなことをしていれば混乱が起こるだけだ。民衆は弱い。だからこそ強い指導者が必要なのだ。お前は、その責任を担う覚悟があるというのか?お前の言う知恵で、この街を混乱から救えるとでも言うのか?」

アルナは一瞬口を開こうとしますが、答えが見つからず言葉を詰まらせます。それを見た総督は追い打ちをかけるように尋ねます。

「納得がいっていないようだな?では、お前の考える知恵とは何なのだ?」

「それは……」

それは一瞬の沈黙だったはずだが、周囲はその先の言葉を求めているのが痛いほどにアルナに伝わるほどに静まり返った。

その静寂は皆がアルナを子供だと見下しながらも神託によって世界で一番賢いと告げられた者が何を真なる知恵だというのか、答えを求めていた。

だがアルナは俯きながら静かに答える。

「私にもまだ……わかりません。」

広場にはしばし静寂が続き、総督と呼ばれた女性もまたその返答に眉をしかめていた。

だが、しだいに嘲笑を浮かべ、観衆の一部はアルナの言葉に何かを感じ取ったようにざわめき始めます。


「世界一賢い若者だという触れ込みに期待したが、なんだ、ただの子どもじゃないか。」

「言葉遊びで我々を惑わせるが、肝心の答えはない。」

「神託などただの戯言だ。」

周囲から失望と落胆の声が飛び交った。

総督はは冷たい目でアルナを見下ろし、静かに言葉を続けた。

「若者よ、知恵とは軽々しく語れるものではない。それを真に理解するためには、知識を持ち、それを深め、使いこなし、そして最終的に行動で証明することが必要だ。君がその答えを持たない限り、君の言葉は空虚なままだ。」

総督はそう吐き捨てて壇上を降りてく、その背中がアルナの目に強く焼き付いた。


**


議論は終わりを告げた。総督の言葉には、周囲の静けさを切り裂くような重さがあった。集まっていた人々も、次第に散らばり、場を後にする。誰もが何かしらの感想を胸に秘めていたが、声をかける者はいなかった。

ただ一人その場を後にする大人たちの間をすり抜けるようにして、クレイナが駆け寄ってきた。

「アルナ様!大丈夫!?あんな大勢の前で――」彼女の声には明らかな焦りが混じっていた。

アルナが顔を上げると、そこには真剣な表情のクレイナが立っていた。彼女はすぐにアルナの肩に手を置き、少ししゃがみ込むようにして目線を合わせる。

「もう、何であんなことさせるのよ!いきなり議論だなんて、無茶苦茶じゃない!?」クレイナは怒り半分、心配半分の声でまくし立てる。

「クレイナ、落ち着いて……別に誰かに強制されたわけじゃないよ。」アルナは困ったように微笑んだが、その目はどこか曇っていた。

「でも、すっごく緊張してたじゃない!私、見ててハラハラしっぱなしだったんだから!」クレイナは半ばしゃがみ込むようにしてアルナの顔を覗き込む。「アルナ、ほんとに平気なの?」

その言葉に、アルナは小さく首を横に振る。

「……平気ではないかな、頭が真っ白になっちゃったし……うまく答えられなかった。」アルナの声はかすかに震えていた。

クレイナはしばらく何も言わずにアルナを見つめた後、そっと手を握りしめた。

「そんなの気にしなくていい!アルナのこと、わかってくれる人だっているはずだよ。」クレイナは力強い声で言い切る。

「そうですよ」その瞬間、どこか遠慮がちな声が横から割り込んだ。

アルナは驚き、顔を上げる。クレイナもその声に驚いて振り返った。

「あなたの話を聞いていました。」

女性は少し照れた様子で続けた。

「確かに、あなたは完璧な答えを持っていないかもしれません。でも、あの貴族や商人のように、ただ自分の立場を押し通すことなく、疑問を投げかけたことは素晴らしいことです。」

アルナは戸惑いながらも、少しだけ救われたように感じた。

「ありがとう……でも、私は……」

女性は首を振り、優しく微笑んだ。

「ルネといいます。元々は戦場の兵士をしていました…あなたのこと知っていますよ、アルナ」

こうして、ルネの出会い、物語は新たな一歩を踏み出した。


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