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第6話:「森の賢者」

アルナが森へと向かう決意を固めたのは、ヴァレナの突然の警告があったからだった。

「君は村にいてはいけない。面倒が起きる前に、離れたほうがいい」と、闇にまぎれるように現れた黒猫が低くささやいた。

翌朝、アルナは旅支度を整えながらエリシェとクレイナに事情を説明した。彼女の真剣な表情に、二人もただならぬ事態であることを感じ取った様子だった。

「ヴァレナって誰?」エリシェが眉をひそめる。

「私だけに見える黒い猫なの。私が危機に陥ったときに助けてくれたんだ」とアルナは戦場で助けてくれたことを話した。

「そんな存在がいるの?」とクレイナも半信半疑のまま呟いたが、アルナが真剣な目をしているのを見ると、すぐに理解してくれたようだった。

一方、クレイナは納得したように頷いた。「村を離れるなら北の森に行くのはどうかな。噂によると、その奥に“森の賢者”と呼ばれる者が住んでいるらしい。何千年も生きている長老みたいな存在だって聞いたことがある」

「それってただの作り話じゃないの?」エリシェが疑い深げに言った。

「かもしれません。でも森の賢者は、常人には計り知れない知識を持っていると噂されてる。彼が本当に存在するなら、アルナがこの世で一番賢いと神託を受けた理由を考えるヒントになるかもしれない」とクレイナは真剣な口調で続けた。

アルナはその言葉に思わず頷いた。自分の若さと未熟さを知っているからこそ、「賢さ」についての神託が信じられなかったのだ。その答えを探るために森へ足を運ぶべきだと思い始めていた。


**


エリシェは家族や仕事があり村から離れることができなかった。アルナとクレイナは森の奥へと向かう。薄暗い木々の間を慎重に進んでいると、森の奥から風に乗って柔らかな声が聞こえてきた。

「アルナ…クレイナ…待っていたよ」

驚いて声の方を見やると、長い青白い髪をたなびかせた年老いたエルフが木漏れ日の中に佇んでいた。その姿はまるで森そのものが人の形をとったかのように静かで神秘的だった。賢者の青緑の瞳には森の静けさと深遠な知恵が宿り、彼の存在感だけで場の空気が変わったようだった。

「あなたが…森の賢者?」アルナが震えるような声で尋ねると、賢者は静かに微笑んだ。

「そう呼ばれることもある。私は、森の声を聞き、森の知恵と共に歩む者だ。君たちの到着は、この森のささやきから知っていたよ。そしてアルナ、君が“最も賢い”という神託を受けたこともね」

その言葉に、アルナとクレイナは驚愕の表情を浮かべた。森の賢者は、まるでアルナの心の奥底を見透かすように彼女を見つめている。知識の豊かさとともに、ただならぬ重厚さが全身に漂っていた。

「でも、私はとてもそうは思えなくて…なぜ私が?」アルナは視線を落とし、小さな声で問いかけた。

「君はまだ若い…それでも、神託が告げたように“最も賢い”と呼ばれるのならば、その賢さの意味を理解する必要があるだろう」と賢者は静かに語り始めた。

「知識とは、ただ集めるだけのものではない。私は森の声を聞き、森と共に生きている。

千年、二千年…いやそれ以上の時をかけて続いてきた森たちの声を聞いてきた。私ほどに知識を持つ存在はそういないだろう」

アルナはその言葉に引き込まれ、クレイナも深く頷いた。

「だが神託は君を選んだ。“最も賢い”という言葉は、重く響くものだ。だが、その重さは肩に背負うべきものではない。むしろ、その言葉を受け入れ、自分自身を問い続けるための灯りと考えるべきだ」賢者の言葉がアルナの心に染み込み、彼女は自分の抱えていた迷いが少しずつ解き放たれるのを感じた。

「灯り…ですか?」アルナはその比喩に耳を傾けた。

「そう。知恵の道は暗く、長い。その道を進むには、内なる問いという灯りが必要だ。君はすでにその灯りを持っている。たとえ答えが見えなくても、君が歩む限り、その道は少しずつ照らされていく」

クレイナがここで口を開いた。「つまり、アルナ様がこの旅を続けること自体に意味があると?」

「その通りだ」と賢者は頷いた。「この森もまた、長い年月をかけて成長してきた。一本の木が種から芽吹き、立派な樹木になるまでには千年もの時がかかる。君の知恵も同じだ。焦らず、時をかけて育てるのだ」

アルナはその言葉に深く頷きながらも、心の中で一つの疑問が浮かび上がった。

「でも、私の旅の終わりには何が待っているのでしょう?この“賢さ”を追い求める先に、本当に答えがあるのですか?」


賢者は微笑みながら答えた。「君の問いの答えは、君自身が見つけるしかない」

その言葉はアルナの胸に深く刻まれた。森の静寂が再び戻り、アルナは気づけば息を呑むような静けさの中で立ち尽くしていた。賢者は最後に一言、静かに語った。

「行きなさい、アルナ。迷わず進め。たとえ道が曲がりくねり、答えが見えなくとも、その足跡が君自身の知恵となる」

賢者の姿はふっと消え、風が木々の間を通り抜ける音だけが残された。

森の静寂が再び戻り、アルナとクレイナは互いに顔を見合わせる。彼らの旅は、今まさに新たな一歩を踏み出したのだった。


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