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第5話 「神託」

クレイナは、朝靄に包まれた小道を必死に駆けていた。

小柄な体が懸命に動き、息が切れそうになりながらも、その足は止まらない。彼女の焦りを滲ませた顔は、いつもの冷静な彼女からは想像もつかないものだった。

やがて見えてきたアルナとエリシェの姿に、クレイナはほっとしながらも、声を張り上げた。

「エリシェ様…!」

少女の名はクレイナ。人間の彼女は、エリシェ家の奴隷として幼いころから仕えてきた。しかし、その立場に囚われず、エリシェやアルナとも共に過ごしていた。

アルナとエリシェはクレイナの声に同時に振り向き、目を見開いた。駆け寄ってきたクレイナを見つめながら、アルナは一瞬困惑の表情を浮かべた。それでも、クレイナの切羽詰まった様子を見て、彼女を落ち着かせようと微笑む。

「クレイナ、どうしたの?」エリシェが静かに問いかける。

クレイナは息を整えながらも言葉を選び、震える声で続けた。

「神殿で…イザベルがね、『アルナより賢い者はいるか』って神に聞いて…」

その言葉に、アルナは息を呑んだ。

エリシェがアルナを一瞥し、代わりに続きを促すように「それで、何て…?」と静かに尋ねた。

クレイナはしばし沈黙した後、ゆっくりと重い口を開いた。


**


イザベルは神殿の中を、堂々とした足取りで進んでいた。その姿は神の声を伝える巫女たちが神々しさを放つ中でもひときわ目立ち、威厳に満ちていた。神

の声を聞くというのは、王家の者であってもめったに得られない機会。多くの者たちの人望と努力が認められたからこその特権であり、イザベルにとってもこの場は人生における重要な転機となるはずだった。

頭の中で何度も問うべきことを考えていた。国の未来、自分の立場…多くのことが頭を過ぎる。だが、どうしてもアルナの存在が消えなかった。その賢さや周囲に与える影響が、彼女の中で大きく膨れ上がっていたからだ。

「この世で一番賢い者は誰か」…そう尋ねればもっと意義深い答えが得られるかもしれない。だが、イザベルの口から出た言葉は違っていた。

「アルナより賢い者はいるか」

その言葉には、彼女自身の複雑な感情が色濃く混じっていた。自分の名が挙げられるのを願う気持ち、もしくは他の誰かでもいいから、アルナを凌ぐ者がいると示されることで彼女の自信を揺るがしたかったのだ。

そのとき、巫女が神託を聞き終えたかのように静かに目を閉じ、短く、しかし明確な答えを口にした。

「そのような者はいない」

神託の一言は、まるで神殿の空気そのものを変えたかのようだった。広間には静寂が広がり、驚きと動揺の色が、巫女や周囲の者たちの顔に浮かんでいた。

「アルナ?あの若いエルフの娘が?」

「まだ20歳にも満たないはずだろう…」

800年を生きる賢者たちでさえ、その若いアルナが「最も賢い者」として神の口から認められたことに、驚きを隠せなかった。

イザベルは信じられない思いで巫女の言葉を聞き、神託が告げた事実に胸が重くなるのを感じた。

神託によって「アルナ」という名前が、神のもとで最も賢い者として認められた事実は、イザベルにとっても衝撃的だった。あくまでアルナを貶めるはずだったが結果的に彼女を神の名のもとに称賛する結果となってしまったのだ。信じられない感情と屈辱の念がない交ぜとなり、神殿の冷たい空気が彼女の心を縛りつけた。

イザベルは震える声で巫女に礼を告げると、ゆっくりと神殿の中を後にした。


**


湖畔で聞いたクレイナの言葉を、アルナは静かに受け止めていた。彼女の頭には、神殿での神託の話が反芻される。

「アルナ、どうするの?」エリシェが不安そうに尋ねる。

「旅に出るよ」アルナの声は、強い決意に満ちていた。

「旅…?どうして急にそんな…!」

突然の言葉に、エリシェが驚いた顔で振り返る。

アルナは自分の胸の内にある重たい疑問を口にした。

「ずっと考えてたんだ。このままでいいのかって。でも、この神託のこともあって…私にはここでのんびりしている余裕ももうないみたいだ」

エリシェは一瞬何かを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。代わりに、そばに控えていたクレイナへ視線を向ける。彼女もまたアルナを心配しているようだった。

「クレイナ…」エリシェの声は少し迷いを含んでいた。「あなたを…アルナに預けようと思うの。」

「エリシェ様…?」クレイナは驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべた。

「アルナの旅が無事であるために、あなたが必要よ。あなたなら彼女を支えられる。」

そう言いながら、エリシェはクレイナの手を取り、優しく語りかけた。「これは命令ではない。もし嫌なら断ってもいい。」

クレイナはしばらく黙っていたが、やがて小さく首を振り、アルナを見つめた。

「私も…アルナ様と一緒に行きたい」

アルナはクレイナの言葉に驚きながらも、彼女の差し出した手をゆっくりと掴んだ。

そしていつの間にかそこにいた黒猫に目をやった。ヴァレナは何も言わず、ただ静かに頷く。

アルナはその仕草に微笑みを浮かべ、旅立ちへの決意を胸に刻んだ。



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