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第15話:「誇りを超える夜明け」

アルナたちがルネの家に戻ると、エリシェの顔には微かに罪悪感が滲んでいた。アルナは扉を閉めると同時に、深いため息をついて問い詰めた。

「エリシェ、本当になんで…どうしてあんなことを?」

エリシェはしばらく沈黙したあと、椅子を勧めながら冷静に切り出した。

「まずは座って、ちゃんと説明するから」

アルナやクレイナが席につくと、エリシェは深く息を吸い込み、話し始めた。


「イザベルがフランマード家を追放されたのは、神託での失態と父親との争いが原因よ。神託のことがあってから、彼女の父親はますます苛立っていた。彼は落胆するイザベルを立ち直らせるため、そして…世界一賢い者と呼ばれるあなたを排除するために刺客を送り込んだの」

アルナの表情が険しくなり、クレイナは驚いたように口を押さえる。

「森で襲ってきたあの人たち…?」

エリシェは頷くと、続けた。

「でもその刺客が逆に倒されたことを、イザベルは偶然耳にしてしまったの。彼女は父親の行動に激しく怒り、家名を守るためにそんな手段を取った父を拒絶したわ。そして、自ら家を出る決断をしたの」

クレイナが口を挟む。

「そんな…追放だなんて…」

「ええ、イザベルは自分の付き人一人だけを連れて、家を去ることになった。でも、彼女はただ家を出ただけじゃないわ」

エリシェは椅子の背もたれに寄りかかり、静かに語り続ける。

「彼女はあなたと決着をつけるために一人で向かおうとしていたの。それを、私が引き留めたのよ」

「引き留めた…?どうして?」

アルナが首をかしげると、エリシェはあっさりと答えた。

「私もアルナに会いたかったの。それに…村を出るためには理由が必要だったから、誘拐されたことにしたの」


「誘拐!?」とアルナは声を張り上げた。

「ええ、だってこうでもしないと村を出られなかったのよ。それにアルナもクレイナも、いつまで経っても村に戻ってこないじゃない。もう二月も経ってるのに!こっちは一週間もしたら『真実の知恵あったー』って帰ってくると思うじゃない!」

「いやいや、一週間でそんなの見つかるわけないでしょ!」

「アルナならできると思ってたの!」

ふたりの言い争いはまるで痴話喧嘩のようだった。それを横で見ていたクレイナが、頭を抱えながら呟く。

「…そういえばエリシェ様ってこういう人だった…」


その時、セレナがクレイナの袖を引っ張りながらぽつりと聞いた。

「ちょっと待ってください…クレイナがあの人の奴隷って、どういうこと?」

クレイナは一瞬凍りつき、視線をそらしながら答えた。

「私の本当の主はエリシェ様なの。でも、アルナには一時的に貸している形で…」

セレナはその言葉を聞くと、目を見開いて大きな声で叫んだ。

「クレイナはアルナのことが好きなのに、一緒にいられないってこと!?」

その声はアルナとエリシェにも届き、クレイナは青ざめた顔でエリシェの方を振り返る。

「この子、最近ここに来たばかりで…勘違いしてるみたいですね…」

必死に否定しようとするクレイナだが、セレナは負けじと声を荒げる。

「おい、なんだお前は急に来て!」

「この子誰?」とエリシェがアルナに言うが、割って入るようにセレナは「私はアルナの奴隷だ!」

その言葉を聞いてエリシェは一瞬言葉を失って、とても優しい声で「どういうこと?アルナ?へー…奴隷を…買ったの?」

「違う!買ったわけじゃないけど、色々事情があって」

「クレイナが居ながら何してるの!じゃあクレイナ返しなさいよ!」

その場はさらに混乱し、夜は騒然としたまま更けていった。


**


その夜、静まり返った部屋でアルナは一人、眠れずにバルコニーで空を見つめていた。

そんな彼女のもとへ、足音も立てずにエリシェが現れた。

彼女は月明かりの下、静かに問いかける。

「アルナ、さっきは言いすぎたわね。でも、イザベルのことだけは伝えておきたかったの」

アルナは振り返り、無言で頷いた。

エリシェは手すりに寄りかかりながら、淡々と話し出す。

アルナは静かに振り返り、エリシェの言葉に耳を傾けた。

「イザベルはあなたに勝って誇りを取り戻す覚悟だった。そして、もし負けるなら命を捧げる覚悟もしてた。でも、あなたが彼女を殺さなかったことで、彼女からすべてを捨て去ることができたの」

アルナは眉を寄せ、首をかしげる。

「全てを…捨てる?」

「そう。彼女の誇りは、フランマード家の名声や戦士としての威厳に縛られていた。でも、あなたに敗れ、命を取られなかったことで地位も名誉も誇りも…使命も全部失った…」

アルナはその言葉にしばらく考え込む。

「それは、本当にいいことなの?」

エリシェは少し笑った。

「いいかどうかなんて、誰にもわからないわ。

でもね、失って初めて見えるものがあるの。誇りも、自由も、真実も。」

彼女は手すりにもたれ、夜空を見上げた。

月明かりが頬を照らし、その横顔は静かに凛としていた。


アルナはしばらく黙って彼女を見つめ、それからぽつりと問う。

「エリシェは、どうしてそんなに強くあれるの?」

エリシェは月を仰いだまま、すぐには答えなかった。

やがて、短く息を吐く。

「強くなんてないわ。ただ――あなたが真実を求めるように、私はその“道”を守っていたいだけ。」

アルナは眉を寄せた。

その“道”の先に何があるのか、自分ですらまだ知らない。

それを守るというエリシェの言葉が、少し遠く感じられた。

「…エリシェは、私より賢く見える。

まるで真なる知恵を知っているんじゃないかって思ってしまうよ。」

「――そんなわけないじゃない。」

その声は冷たく、けれど確かだった。

アルナは思わず苦笑した。

「だよね。」


エリシェは視線を月から外し、アルナをまっすぐに見た。

「私は、あなたがいつも正しくあろうとする心を知っているだけよ。

だから、あなたがどんな答えを選んでも、きっと間違いじゃない。」

夜風が吹き抜け、アルナの銀髪を揺らす。

どうしてそう言えるのか。彼女の目を見た瞬間、問いは言葉にならなかった。

二人のあいだに言葉にならない静かな確信があった。

エリシェは小さく息をつき、背を向ける。

「もう遅いわ。風邪をひく前に休みなさい。」

アルナはその背中を見送りながら、静かに微笑んだ。

彼女の言葉の意味をまだ理解できないまま、

それでも、胸の奥で何か温かいものが灯るのを感じていた。

25/10/22 アルナとエリシェのバルコニーでの会話をより良く修正しました

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