第13話:サイドストーリー:「翼の行方」
ルネは広場の少し離れた場所に腰を下ろし、目の前に広がる光景を満足げに眺めていた。人々がアルナとセレナの討論に耳を傾け、次々と質問を投げかける様子は、まるで燃え上がる炎に次々と薪がくべられていくかのようだった。アルナが問いかけに対して丁寧に、しかし確信を持って答えるたび、周囲から感嘆の声が上がる。その声が自分に向けられたものでないと分かっていても、ルネの胸の中には誇らしさが広がっていた。
「これは…いい流れだわ。」
そう呟きながら、ルネは手元にある帳簿を閉じた。そこには、これまでの広報活動や人脈作りの結果が細かく記録されている。商人や知識人、果ては貴族まで、彼女が丹念に巻き込んできた人々が今ここにいる。
「ルネ、君の噂話を聞いてきたよ」「おもしろいエルフを見つけたんだって?」
そんな言葉を繰り返し耳にするたびに、彼女はこの瞬間のために動いてきたことを思い出していた。アルナという存在が、ただの好奇の対象ではなく、本物の「知恵の探求者」として評価され始めている。
広場を見下ろしながら、ルネは心の中で静かに決意を新たにする。
「もっと頑張らないとね。これくらいで満足していたら、私の目指す理想には程遠いわ…」
そんな考えに浸っていたその時、不意に後ろから低く落ち着いた声がした。
「ご立派な決意ね、ルネ。だが、その情熱がいつまで続くかしら?」
聞き覚えのある声だった。背筋を伸ばして振り返ると、そこには一人の美しい女性が立っていた。端正な顔立ちに冷ややかな瞳、威圧感すら漂わせる堂々たる佇まい。オリヴィア総督――エルダリアでも有名な存在であり、ルネが一目置いている人物の一人だった。
「オリヴィア総督…」
ルネは驚きを隠せないまま口を開いた。「まさかここでお会いするとは。アルナの討論を聞きに?」
オリヴィアは薄く笑い、首を横に振った。「たまたま近くを通りかかっただけよ。それにしても…これが君の手腕の成果か。随分と立派な集まりになったものね。」
その言葉に含まれた軽い嘲笑に気づいたルネだったが、表情を変えずに応じた。「おかげさまで。アルナには可能性がありますから。」
「そうでしょうとも。」オリヴィアは冷静な声で続けた。「しかし、君ほどの人間が、あんな子供に助力しているとはね。少し意外だわ。」
「はい、アルナはまだ子供です。」
ルネはその言葉を肯定した。「だからこそ、私は未来を信じているんです。」
オリヴィアの瞳がわずかに細められる。その鋭さに気圧されることなく、ルネは微笑みを浮かべたまま言葉を続けた。「それに、総督のほうこそ最近は色々と注目されていますよね?『最も賢い者より賢い者』として取り上げられていると伺いましたが。」
「くだらない噂よ。」
オリヴィアは鼻で笑いながら肩をすくめた。「民衆とはそういうものだ。私が望んだ名声ではない。」
その言葉に反して、彼女の口元には満足げな笑みが浮かんでいる。
ルネは冷静に返した。「アルナはあの日、神託を受けてからまだ数日しか経っていません。彼女は、翼を広げようとしている雛鳥のようなものです。」
「ふむ…」
「ですので、総督のような大きな鷲がその翼を広げたら、その余波で雛鳥は転がり落ちてしまうでしょう。」
その言葉に込められた意味を理解したのか、オリヴィアの微笑みがわずかに深まる。
「でも、もしその雛鳥が成長し、羽を整え、自分の翼を広げられるようになったら…その翼が鳩なのか、鷲なのか、それとも天使のように民衆を引きつけて包み込むものなのか、それはまだわかりません。」
ルネの視線は広場の中心にいるアルナに向けられた。
「そのとき、総督…今度は彼女と同じ壇上に立てるといいですね。」
そう告げてルネは踵を返し、広場の喧騒の中へと戻っていった。オリヴィアはその背を静かに見送ると、小さく息をついて呟く。
「面白い。雛鳥ね…果たして、どこまで飛べるか見ものだわ。」
彼女の瞳には、興味深げな光が宿っていた――。




