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第10話:「知恵を映す剣」

ルネの協力のもと、アルナとクレイナが街に着いてから月の満ち欠けが一巡した頃、この大都市エルデリオンにもアルナの名が少しずつ広まりつつあった。それはルネが計画した武術教室が成功したからだ。戦場で名を馳せた「アドストラテゴス」の称を噂されるとして、彼女の指導を受けたいという者が次々と集まり、教室は連日賑わいを見せていた。

しかし、それがアルナ自身の望んだ形だったかと言えば、そうではなかった。アルナはこの状況に複雑な思いを抱きながらも、ルネの熱意と、街の人々との繋がりを大切にしたいという気持ちから協力を続けていた。


ある日ルネが木剣を手に立ち上がった。彼女の表情にはいつになく真剣な決意が宿っている。

「アルナ、今日は私と模擬戦闘をしていただけませんか?」

「ルネ…?」

アルナは少し戸惑いながらも、ルネに渡された木剣を手に取った。

「いいけど、本当にやるの?」

「この目で確かめたいの。あなたが“アドストラテゴス”と呼ばれるだけの理由を」

ルネが真っ直ぐにアルナを見つめる様子に、アルナも覚悟を決めたようだった。

「じゃあ、いくよ」

木剣の音が道場に響く。ルネは全力でアルナに突きかかるが、その動きはあっさりといなされる。何度攻めてもアルナの剣が先に動き、木剣は空を切るばかりだ。次の瞬間、ルネは足を払われ、仰向けに倒れ込んだ。

「…やっぱり強いわね」

ルネは息を切らしながらも、アルナを見上げて微笑んだ。

「指揮官として優れているだけじゃなくて、あなた自身の力もこんなに強いなんて…正直、驚いたわ」

アルナは木剣を置きながら軽く肩をすくめる。

「でもルネ、動きは悪くなかったよ。次はもっと冷静に、自分の力を信じてみて」


ルネが武術教室を開こうと提案したのはそれから間もなくであった。それは想像以上の反響を呼んでいた。

その評判は街中にも広がり、教室の門下生は日に日に増えていった。街を歩けば、「アルナ先生!」と声をかけられることも増え、彼女の姿に尊敬のまなざしを向ける人々も少なくなかった。

しかし、そんな中でもアルナの心はどこか揺れていた。

「アルナは理想を求めすぎているのかもしれない。でも、民衆が最初に目にするのは彼女の知恵ではなく、その力や成果なのよ」

アルナの稽古の姿を見ながら、ルネはその考えを再確認した。

「武術教室を通じて、まずアルナの力を人々に見せる。それが、彼女の知恵を広める第一歩になるんだわ」

その考え方は政治家の親をもつルネらしい考え方で、彼女の言うように実際アルナに興味を持ってくれる人間はどんどん増えていった。


**


時間ができると、アルナはクレイナと街を散策するのが日課となっていた。市場の喧騒の中、果物や布地が並ぶ屋台を抜け、小さな工房が集まる通りへ足を向ける。革や金属の匂いが立ち込める中、アルナの目に留まったのは一軒の靴職人の店だった。

年季の入った店内では、歳を重ねた職人が作業台に向かい、革の端を器用に縫い合わせていた。アルナは引き寄せられるようにその様子を見つめ、少し緊張した面持ちで口を開く。

「こんにちは。この靴、とても丁寧に作られてますね。どうやったらこんなに精密に作れるんですか?」

職人は顔を上げ、皺の深い顔に柔らかな笑みを浮かべた。「長い年月だよ、若いの。何百足、何千足と作ってきた。そうして腕が磨かれていくんだ」

アルナは興味深そうに頷くふりをしつつ、その言葉を内心で吟味した。

「そうすると、経験がなければ良い靴は作れないんですね。では、経験が浅い若者は、靴作りの腕前も低いままでしょうか?」

職人は少しだけ考えるように眉をひそめたが、すぐに自信ありげに答えた。「それは当然だろうな。腕が未熟な者が、良い靴を作れるわけがない。経験が全てだ」

アルナは一瞬その言葉を反芻し、心の中で小さな疑問が芽生えた。この職人は「経験が全て」と言うが、それは本当に真理なのだろうか?彼はそのように信じて疑わないが、それが限られた職人的な視点に基づいている可能性もある。

「靴を作るのも、人生を歩むのも同じことだよ」と、職人は続ける。「失敗しながら少しずつ学んで、次第にうまくいくようになる。違うかい?」

その言葉にアルナは表情を崩さないまま頷いたが、心の中では異なる考えが湧き起こっていた。「この人が言うことは、靴職人としての経験から生まれたものだ。だから、すべてのことに当てはまるとは限らないかもしれない」

彼女は微笑みながら礼を言い、店を後にした。その後、クレイナが少し歩きながら問いかける。「あの職人さん、何か面白いこと言ってた?」

「ううん、面白かったよ。でも……」アルナは立ち止まり、少し首をかしげた。「すべてのことが靴作りと同じなら、経験がある人はみんな賢者になっちゃうよね。そうとは限らないと思うんだ」

クレイナは肩をすくめて笑った。「でも、悩むのが好きだよね、アルナ。何の話を聞いてもまたああやって考え込むんだろうね」

アルナは照れくさそうに笑い返した。「だって、こういう小さなことからでも、学べることがあるから。真理はどこに隠れているかわからないからね」

クレイナは呆れたように首を振りつつも、そんなアルナを頼もしく思いながら、二人は次の通りへと足を進めた。街の喧騒の中、アルナの問いかけはまた新たな一歩を踏み出そうとしていた。


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