こうして僕らは運命の名を知った8
門の後ろに広がっていた景色に、俺たちは絶句した。レオンが俺の背中から離れて、ゆっくりと立ち上がる。その目は、眼前の光景に釘付けだった。
「嘘だろ……」
俺は呆然とそう呟いた。俺の体全身から、一気に熱が抜けた。それはあまりにおぞましい光景だったからだ。
巨大な、遥か高みにある洞窟の天井まで届きそうな石像が、そこにはあった。見たことがある。そう、いつも礼拝が行われている礼拝堂の奥にたたずんでいる剣聖母像。俺たちが絶句したのは、その有様だった。
無数の剣が、剣聖母像に突き立てられていた。全身のいたるところに、剣が突き刺さっている。石像の周りに大勢の神官がいて、彼らはこの哀れな剣聖母像に、さらに剣を突き刺そうとしている。
頭が混乱する。これは、この無数の剣は一体……。
「ここにある剣の数は、ノーブレードの人数と一致します」
先生の声が、耳に強烈な衝撃を与えた。
全身から抜けた熱が、温度を増してまた戻ってくる。逆流する。
「もう、分かったでしょう。ノーブレードなんて、本当は初めから存在していないんですよ」
先生は血が滴る自分の剣に視線を落とす。
「君たちノーブレードチルドレンは、剣を奪われた子供たちです」
先生は、鎮痛な表情で唇をかみしめた。
「そして、私たちの目の前で石像となって剣を無数に突き刺されているのが、本物の剣聖母様です」
そう先生が言った瞬間に、俺の足は勝手に動き出していた。
俺たちには、運命である剣がなかった。
剣聖母様から授けられなかった。
だから、ノーブレードと呼ばれ、ずっと下等な存在として上流階級から扱われてきた。
だが、剣はあったんだ。
俺たちの剣は。
俺たちは剣を授けられなかったんじゃない。
剣聖母様は、ちゃんと俺たちの分の剣も用意してくれていた。
その大事な剣を、俺たちの運命を、上流階級のやつらが奪っていたんだ。
そして、本物の剣聖母様に、俺たちから奪った剣を突き刺して。
何て、やつらだ。
絶対に、許せねぇ!
「何しやがる、てめぇらああああああ!」
俺の声に驚いて、神官たちが一斉にこちらを見る。
「なっ、なんでこんなところにノーブレードが……」
「どうやって、たどり着いた……」
戸惑いを浮かべるやつらに、俺は突進する。
「そういうことか、そういうことか、そういうことかよ、ちくしょおおお」
俺は近くにいた神官へと飛びかかり、地面へと押し倒した。そのまま拳をそいつへと振り下ろす。鈍い痛みが拳に走るが、それでも俺の中のどす黒い炎はおさまりはしなかった。
これまでの死んでいったノーブレードたちの顔が、これまでの俺たちの苦渋の日々が混ざり合って俺の頭の中で巡る、頭がその記憶に侵食される。
この黒い熱は、こいつら全員をぶちのめすまで消えやしねぇ。
頭部に強烈な衝撃が走り、俺の体は吹き飛ばされる。蹴り飛ばされたと分かったときには、体が仰向けに倒れ、周囲を神官とその剣に囲まれていた。
「汚らわしい……」
「おぞましい……」
「やはり、剣名は本当だった……」
口々とわけの分からないことを呟いている神官たちに、俺は吼える。
「剣とは神聖な運命なんだろ? てめぇら、どうしてそれを俺たちから奪ったんだよ!? しかも、剣聖母様にあんなひどいことを……。ぜってぇ、許さねぇ!」
あらん限りの絶叫に、神官たちは何も言わず、その目に暗い光を湛えたままゆっくりとその剣を振り上げる。
血が舞う。
シェスタ先生が、神官たちを背後から切り伏せる。悲鳴と、怒りの声が交じり合い、騒然となる。
「行きなさい!」
シェスタ先生は、神官たちと剣を交えながら、叫ぶ。何をするべきか、俺には瞬時に分かった。
後方で、呆然と立ち尽くしている仲間たちに声を飛ばす。
「何してんだよ!」
「で、でも……」
いつも温和なユミカが震える声で首を横に振る。気弱なジェーンはこの惨状を直視できないのか、俯いている。
クールなマリアと過激なシャルロットだけは、その強い眼差しをこちらに向けて、俺の言葉に耳を傾けている。レオンは……、嘘だろ、この状況でなお立ちながら寝てる……だと?
またもや、レオンの神の御業に衝撃を覚えながら、俺は声を振り絞る。
「俺たちは、運命を取り戻すんだろう!? ここまで先生にお膳立てされて、最後の最後で動けないなんて嘘だぜ」
俺は全員の顔を一つ一つ見ていった。
「ここで、足が止まっちまうやつなんて、一生奴隷がお似合いだ。でも、俺たちは、違う」
奪われた運命は目の前にある。そして、それを取り戻すことを恐れたりはしない。
俺たちは知っている。いや、知ったんだ。ここで、今。俺たちが、決して汚らわしい存在なんかではないことを。
俺たちは、俺たち自身を取り戻す。
「行くぞ!!」
マリアとシャルロットは、足を踏み出した。ユミカとジェーンも、少し遅れて、レオンは……、ようやく目を覚ましてそれから同じように走り出す。
神官たちは先生がひきつけてくれている。けれど、百人以上を相手に、防戦一方といった感じだった。多分、そんなに長くはもたない。
急がなければ。
そう。
目指すは、無数の剣を突き刺された石像と化した本物の剣聖母様。その無数の剣の中から自分の剣を見つけ出して、取り戻し、防戦一方の先生に加勢してこの場を切り抜ける。
そう思って、俺は、俺たちは剣を突き刺された剣聖母様へと駆けていき、その足元まで来たとき、横から風を感じた。
反射的に急ブレーキを踏んで止まる。
俺の頬が、刃に切り裂かれ、血が吹き出た。
息を荒らしたまま、横を見る。そこには、神官が一人、剣を持って俺たちを見ていた。
剣聖母様の近くに残って待機していたのだろう。この状況下で、冷静な判断だ。
俺たちは一歩下がって、そいつと対峙する。
「どけよ」
俺は吹き出る血を手で押さえながら、言った。
「お前たちは……」
その神官は、これまでの神官のように汚らわしいものを見るような目ではなく、憂いを含んだ目で俺たちを見ていた。
「お前たちは……、なぜ、運命を取り戻そうとする」
「はぁ?」
後ろからシャルロットが、キレぎみな声で言う。
「決まってんだろ? あたしたちはノーブレードじゃないんだ。だから、これ以上奴隷のような生活をしたくないし、それに……」
「私たちは、私たちの運命を知りたい」
マリアが凛とした声で答える。
「たとえ、血が流れたとしても」
「……とても、恐ろしいことね」
ユミカが声を出す。その声はもう、震えていない。
「けれど、その衝動を、抑えることは難しそう」
「です」
ジェーンも同意した。
「僕は、とりあえず、お腹いっぱいご飯食べてゆっくりしたいだけだけどねー」
気の抜けた声でレオン。それでも、その目には強い光が宿っている。
これが、シェスタ先生のもとで学んだ俺たちノーブレードチルドレンの覚悟だ。
俺たちの意志が揺るがないことを確認した神官は、残念そうに首を横に振った。
「その運命が、なぜ、奪われなければならなかったのかも、知らない子供たちよ」
その声は、暗い響きを持っていた。まるで、自分自身も同じような境遇であるかのように。
「私の子供も、これくらいの歳になっているだろうな……」
低く、小さな声は聞こえなかった。
「多くの血を流さぬために、死んでもらう」
神官が剣を振り上げた瞬間、頭の中に声が響いた。それは、よく聞き慣れた、けれど、なぜか誰だかよく思い出せない、不思議な声だった。
『ここだ』
全ての動きがスローモーションになる。神官の剣がゆっくりと俺へと振り下ろされようとしている。その神官の背後、剣聖母に突き刺さる無数の剣の一つが、青白く輝いて見える。
『ここだ、見つけてくれ』
その声は、再び頭の中でこだまする。懐かしい。とても、懐かしい声。たまらなくなって、俺は剣をかいくぐり、神官の横を通り過ぎ、青白く輝く剣へと駆け寄る。
剣聖母の足元に突き刺さったその剣は、他の剣よりも大きく、柄には大きな太陽の装飾が施されている。
夢中でその柄を手に取る。そして、声の主が誰だか俺は思い出した。
『久しぶりだな、俺』
他ならぬ、俺自身の声。
剣を引き抜いた瞬間に、剣から熱が体に流れ込んできた。まるで、燃えたぎる炎を直接、体内に注入されたかのようだった。
『おせぇよ』
俺の声で剣が言った。
「悪い」
俺は謝った。
『これで分かっただろう?』
剣は、安堵したかのように言う。
『お前は誰なのかって』
俺も安堵の息を吐いて、剣の柄を握り締める。
「分かったよ」
さっきの神官が必死の形相で俺へと走り寄ってくる。
『お前の運命は、どの剣よりも硬く、誰にも汚されない。ゆえに、お前の運命は、他のどのような運命をも砕くことができる。剣破壊の剣。世界の引き金を引く者。お前の名は……』
神官の剣が俺へと振り下ろされようとするとき、俺はその名を口にした。
「革命の開幕者」
俺はその神官の剣めがけて、己の剣を振りきった。
硬い金属が砕ける感触、そして……。
肉が、引き裂かれる感触。
「かは……」
俺に剣ごと、体を切られた神官は、目を大きく見開いて、血を吐いた。
今日はここまでとさせていただきます。読んでくださった方々、ありがとうございました!