こうして僕らは運命の名を知った7
冷たい空気が肌をなでる。あちこちから水滴が水面に落ちる音が聞こえる。
巨大な棺おけの中にいるような、不気味で、けれど抗えない静かさで、そこは満ちていた。
ここが……。
「剣連洞って、こんなところだったんだねぇ」
ほげぇっと口を開きながら、俺に背負われているレオンが呟く。
これほど奇想天外な展開になっても場違いさを失わないレオンに、俺はさっきまでの反動でいらっとして後頭部で頭突きした。
「いててて。何するんだよ、バルナ」
「うるせぇよ」
心配かけやがってちきしょう。あの後、シェスタ先生にレオンを診てもらったが、レオンは切られる前に体重を後ろにかけて致命傷を避けていたそうで、出血が多かった割には大きな怪我ではないそうだ。ってか、斬撃をすんででかわす芸当を、「つまずいた」と舌を出してすますこいつのとらえどころのなさにはつくづく呆れる。
こいつ、実はただの馬鹿じゃなくてすげぇやつじゃないのか、とはつい最近芽生えた俺のレオンへの評価である。
レオンにならって、前を見る。そこには、俺たちがこれまで見たことのない景色が広がっていた。
足元は、青白いどろりとした液体がそのまま凝固したかのような様相の地面で、歩くたびにこつこつと乾いた音を立てる。周囲は洞窟であるにも関わらず、青白い光が点在しており、それは天井から落ちてくる青白い液体が溜まって水溜りになっている部分だと分かる。そう、どうも天井から落ちてくるその液体がどんどん固まっていって、俺たちが踏みしめているこの地面になったのではないかと思う。
この青白く光る液体が、この洞窟の全ての根源となっている。青と白と静寂の世界こそが、ここ剣連洞。全ての剣が生まれる場所なのだ。
「きれい……」
マリアは、釘付けになってその景色を眺めている。白銀の髪が、青白い光を反射して、マリアの美しさをより引き立たせていた。
「お前もきれいだよ」
とりあえず、言ってみる、というより、思わず言ってしまった。
うわちゃ……、こんなベタでくさいセリフ。また変態とか何とか言われそうだな。
「え……?」
このベタなセリフに頬を赤らめるマリア。おいおい、こっちまで恥ずかしくなるだろうが。
「この女たらしが!」
「ふぐ!?」
俺は脳天に打撃をくらって、レオンを背負っている体が大きくぐらつく。
「おい、あぶねぇだろうが、この幼女ノーブレード代表が」
「誰が幼女だ、けっ」
なぜか不機嫌なシャルロットも、その赤い髪が青白い光を浴びて、いつもとは違う幻想的な色へと生まれ変わっている。
だが、こんな暴力幼女には、何も言ってやんないもんねーだ。
「そんなこと言っている場合じゃないでしょ。バルナの馬鹿」
なぜか不機嫌なユミカに、ジェーンも同意する。
「ですよ、ですよ。バルナはお馬鹿さんです」
変態とか馬鹿とか、全くもって俺の評価の下落っぷりは底知らずだな。
まぁ、いいけど。確かに、そんなこと言っている場合ではないし。
俺たちの視線は、俺たちの前で歩いているシェスタ先生に集まる。
「運命を取り戻したいですか?」
俺たちを憲兵団から助けてくれてから、先生はほとんど黙ったままだ。先生は一度、先生の小屋に行ってレオンを手当てしてから、俺たちについてくるように言い、この剣連洞へと俺たちを連れてきた。
っていうか、剣連洞は先生の小屋から結構近かった。まるで、元々ノーブレードチルドレンの学び舎の生徒を、いつかここに招待するつもりだったのかって思うくらいに。
森の奥の、草木に埋もれた中、そこで真っ暗な口を開けた洞窟へと俺たちは先生に導かれて入ったのだ。
もう、怖くはなかった。というより、俺たちにはもう、後がなかった。
直接ではないが、結果的には貴族を殺してしまった。宿舎のある農民街に戻れば、俺たちは間違いなく死罪だろう。
引き返せない。その切迫した思いが、俺たち全員の中にあって、それが恐怖で足が止まることを許さなかった。燃える自分の街を背に荒野を歩き続ける亡者のように、俺たちの足は知らぬ世界を疲れを感じず延々と歩き続ける。そして、そんな俺たちが死ぬも生きるも、全てはシェスタ先生にかかっていた。
「先生……」
俺は、とうとう先生に聞いた。先生は何も返事をせずに、歩き続ける。
「先生は、貴族、なんですか?」
先生の腰にある剣を見る。長くて細い鞘に収まり、その柄は血を吸ったかのように赤黒かった。
「先生は、俺たちを、どうするつもりなんですか?」
全く読めないけれど、少なくともすぐに殺しはしないだろう。俺たちを助けたのも、そもそもノーブレードチルドレンの学び舎を開いたのも、何か理由があるはずだ。
それを、それこそが。
先生は、小さく息を吐いてから、静かな声でいった。
「いつからか……」
どこかで、青白い水滴が水面に落ちる音が聞こえる。
「いつからか、私は自分の目的を忘れ、君たちの先生をすることが楽しくて仕方がなくなっていました。いっそ、このままでも良いのではないか。そんなことまで考えてしまいました。だから、答えを教えなかった。引き延ばし続けた。けれど……」
先生は足を止めて、振り返った。
いつもの優しい笑顔だった。
「私も、私の運命を思い知らされました」
先生が再び前を見る。向こうに小さな灯りが見える。松明を持った神官と思われるローブを着ている男が二人、閉じられた大きな門の前に立っている。洞窟の中に人がいることに驚くが、それよりもこんな場所に人口の建造物があるのが一番の驚きだった。
ここは、剣が生まれる場所。
そうか、神官たちはここで、剣を管理しているのだ。
「君たちにもう一度聞きます」
先生は歩き出した。松明を持つ神官たちのもとへと。剣の柄に手をかけながら。
「運命を取り戻したいですか?」
俺たちは顔を見合わせ、同時に頷いた。
俺は言った。
「まだ俺たちには、先生の目的がはっきりと分からない、けれど」
ユミカが続く。
「このまま終わるのだけは嫌だから」
マリアが言葉をつないだ。
「運命を取り戻す、というその先生の言葉に」
シャルロットが言い放つ。
「あたしたちの全てを賭けてみたいんだ」
ジェーンがそれに同意した。
「ですです」
俺に背負われているレオンだけは、何も言わずに、ふわぁっとあくびをした。
「分かりました」
先生はすぅっと息を吸い込む。
「では、私も私の運命を取り戻すとしましょう」
瞬間、先生は風のように前へと駆けていった。
先生が抜いた剣が、松明の光を浴びて煌く。
神官たちは、すぐに先生の接近に気づいたが、そのときにはもう先生は尋常じゃないスピードで彼らの体をその剣で貫いていた。
悲鳴はなかった。悲鳴を上げる前に、大きな門の前にいた神官たちは事切れていった。松明が転がり、先生の血に染まった顔を照らし出した。
俺は、何となく、予感した。
多分、俺たちの運命は、きっと、血の臭いがするんだ。
そうして、俺たちは神官たちの死体を後に、巨大な門を開けてくぐった。鍵はもちろん、神官たちの死体から拝借した。