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こうして僕らは運命の名を知った5

 宿舎に戻ってから、ユミカ、マリア、シャルロット、ジェーンと別れて、男共がむさ苦しく眠る大寝室の隅で、俺たちは自分の布団に潜り込む。


「なぁ、レオン」


 周囲からのいびきにかき消されないように、少し大きめの声で隣のレオンに話しかける。


「ん?」

「実際どう思った今日の話?」

「ノーブレードが世界を支えている?」

「ああ」

「よく分からない」


 頭を支えている右手が、ずれそうになった。


「おーい」

「あははは、僕は頭が悪いからね」

「ったく、議論しがいのねぇやつだなぁ」

「ごめんごめん」

「俺はさ、レオン」

「うん」

「世界を支えている人が、直接世界を動かすべきだと思うんだよ」


 ノーブレードと蔑まされるたびに、俺の中で渦巻いていた暗い感情。まとわりついていた違和感、不満。


「剣のあるなし、じゃあないだろう。どれだけ、世界に直接貢献しているかで、世界を動かす権利があるかどうか決まると思うんだよ」

「……バルナは、世界を変えたいと思っているの?」


 レオンは、珍しく真面目な声を出して聞いてきた。


「変えられるなら、ね」


 実際は、剣を持たない俺たちは何の力も持っていない。王には反乱分子を抹殺する『鎮圧者』という剣名を持った直属の精鋭部隊がいるという噂も聞いたことがあるし、そんな武力にとても対抗はできない。


「俺たちに……」

「剣さえ、あれば?」

「ああ」

「もし僕らに剣があれば?」


 がらりと声色が変わり、レオンの声は、とても静かなものになった。本当にその答え次第で、世界の命運が決まるとでもいうような緊迫感に、俺は驚きと少しの息苦しさを覚えながらも、確かな意志で答える。


「戦うよ」


 果たして、その答えにレオンは小さなため息をついた。


「多くの血が流れるね」


 その言葉は、ひどく冷めている気がして、むっとしながら俺は言い返した。


「……もう、すでに多くの血が流れているさ」


 差別の中で、幾つもの理不尽なノーブレードたちの死が当たり前のように俺たちの世界には転がっている。


「娼婦街では、貴族によるノーブレードに対する連続猟奇殺人事件まで起きている。それなのに、憲兵団は犯人が貴族だからって、捕まえるどころか、捜査もろくにしないって聞くぞ?」

「ザ・サイレンスだね」


 レオンが物憂げに呟く。

 喉元を切断して殺害することから声を奪う殺人鬼として、その通り名で知られる。その凶器が剣であること、被害者が全員ノーブレードの娼婦であることから、貴族による連続猟奇殺人事件とされているが、事件が始まった三ヶ月前から捜査は依然として進んでおらず、犯人像も全くつかめていないらしい。犯人が貴族だから、貴族である憲兵団は、捕まえる気が全く無いという噂だ。

 ノーブレードをいくら殺しても、貴族は何の罪にも問われない。そんな貴族に、ノーブレードは歯向かう気力さえない。


「……もう、十分だろう」


 ぎりっと歯をかみしめると、レオンは小さく笑った。


「君は、馬鹿な夢ばかり見る。けど、」


 レオンの声が小さくなる。


「だから、僕らは君のもとへと集まるんだよ」


 よく聞こえなかった。


「ん?」

「何でもないよ、おやすみ」


 レオンはまくし立てるようにそう言って、頭ごと布団の中に潜り込んだ。

 俺はなんだか肩透かしを食らった気分で、軽く息を吐いた後、目を閉じた。


「おやすみ、レオン」



 しばらくは、同じような日々が続いた。

 毎朝、ノーブレードを罵倒する礼拝に強制的に参加させられ、それから日が沈むまで飲まず食わずで働き、夜はわずかな食料と水で飢えと乾きを凌いだ。この一週間で、知っている限り、五人が栄養失調で死んだ。

 いつもの日常だった。


「おーい、こっちに運んでくれー」


 夕暮れ時、今日死んだ老人二人を俺とレオンは、他数人の男たちと一緒にかついで焼却場に運んでいた。死体は、びっくりするくらい軽かった。

 俺たちが死んでも、これくらいの体重しか残っていないのだろう。

 灰色の壁でできた大きな窯の中に、俺たちは死体を投げ入れた。死体はあっという間に炎に包まれて見えなくなった。炎が消えた後にはきっと骨と灰しか残っていないのだろう。


「この二人の家族は?」


 焼却場の担当者が俺らを見渡したが、誰もが首を横に振った。


「……まぁ、家族とか無視してばらばらに配置されること多いからなぁ、俺たちは」


 ため息のようにそう呟いて、男は窯の調整に取り掛かった。



 その日の夜、俺たち六人はまた宿舎をこっそり抜け出してシェスタ先生の待つ小屋へと向かっていた。


「今日、二人死んだけど、誰も遺骨の引き取り手はいなかったよ」


 薄暗い森の中で、月光を頼りに歩きながら俺は言った。


「貴族たちは、家族なんて無視して、数だけで俺たちを割り振るから、こんなことになるんだ」


 言っていて、俺はふと疑問になった。


「今、思ったのだけれど、お前らって家族は?」


「あたしの親父とお袋は死んだよ」


 赤髪のシャルロットは、あっけらかんと言った。


「働きすぎて死んだ」

「僕の両親もそうだねぇ」


 レオンはいつものおちゃらけた口調で続ける。


「元々は、サーカス団をやってたけれど、貴族にいちゃもんつけられてサーカス団クビになって、それからこの大農園に僕とともに飛ばされて、そのまま」


 二人とも、必要以上に平静な態度で喋っている気がした。それはつまり、このことが二人にとってとても辛い思い出であるからなんだろう。

 自分で聞いておきながら、俺は強烈に後悔した。そうだ。ここでは家族の話をしても、悲劇しか返ってこない。


「ごめん……」

「いや、良い機会なんじゃないかしら?」


 と冷静な声が響く。


「私は、みんなのことをもっとちゃんと知りたかった」

「マリア……」

「私は親を知らない」


 白銀の髪のマリアは、無感情の声で言った。


「物心ついたときには、もうここにいた」

 

 親を知らないということは、マリアの親はノーブレードではない、ということだろう。王族、貴族や神官からも、ノーブレードは生まれてきて、その子供だけ奴隷として扱われ物心つく前に親から引き離され、そのときの人手不足の事情により、農民街か、職人街に引き取られ、労働を強いられる。さらに女の子の場合は成長すれば娼婦街で働かせられる場合もある。

 ノーブレードの夫婦から生まれた子供がノーブレードの場合は、基本的にはその夫婦が所属する街で育てられることになるが、人手不足の事情により、少し大きくなれば家族から引き離されて違う街で労働を強いられることになる可能性が大いにある。最後に、もしも、ノーブレードから生まれた子供が剣を授かった場合は、その子供は親から引き離され、上流階級として生きていくことになっている。


「私もよ。親を知らないわ」


 ユミカも続く。


「だから、家族っていうのがどんなものか分からない。分からないけれど」


 ユミカは黒い髪を手で押さえながら、笑った。


「今、こうしてみんなと共にいることが楽しい。そう思えることで、充分なんじゃないかって思うの」


 ユミカは黒い瞳でまっすぐに俺を見つめてくる。俺は、照れくさくなって頭をかきながら言った。


「そうだな。うん、俺も親を知らない。物心ついたときにはここにいたけれど、ずっとこんな理不尽なところから逃げ出すことしか考えていなかった」


 幼い頃から、剣を持たないことを非難され、辛い労働に耐えてきた。周りの大人たちが黙って貴族に従っているのが、正気の沙汰とは思えなかった。けれど、確かに俺の手には剣はなかった。歯向かえないのなら、せめて逃げ出そうと思っていた。

 こいつらと出会えていなかったら、今頃は脱走に失敗して、俺は首を切断されている。


「今、この場所に留まって何とかしようとしている。それは、ここにお前たちがいるからだ」


 言ってから、俺は自分の言葉に酔った。

 この前の羊飼いを追い返した日の夜のときもそうだったけど、それ以上にここ最近で、一番きまったんじゃない、今のセリフ。


「くっさ」


シャルロットは、げんなりした顔で舌を出す。


「うぉい!?」


 俺は思いっきりうろたえる。しかし、正真正銘の本音だったから、今さら否定できねぇ。


「この赤鬼やろ……」

「ジェーン、あなたはどうなの?」


 俺とシャルロットの口げんかをよそに、マリアがジェーンの方へと顔を向ける。ジェーンは、ひどく怯えたような顔をしながら俯いている。

 何だろう、いつも泣き虫で気弱なジェーンだけど、こんな怯え方は初めてみる。


「ジェーン、どうし……?」


 俺がそう言いかけたそのときだった。


「貴様ら、こんなところで何をやっている」


 大きな声に驚いて振り返ると、眩しい光に目がくらんだ。

 光に目が慣れてきた頃には、もう彼らは目の前まで来ていた。


「憲兵団……」


 俺は思わず言葉を漏らした。治安維持を任務とする貴族である憲兵団は主に、犯罪が多い地域や、ノーブレードが脱走しやすいルート、または貴族の館周辺などを見回っているはず。

 こんな人気もなく脱走もできない場所でどうして……。

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