こうして僕らは運命の名を知った4
みんなで森を抜けながら俺は興奮冷めやまずに喋り出す。
「聞いたか、みんな? ノーブレードは世界そのものらしいぜ? 俺たちが世界を動かしているんだぜ?」
「あぁ、うっせぇよバルナ」
赤髪シャルロットはハエを追い払うような手つきで俺の熱い言葉を一蹴する。
「なんだよ、シャルロット。こんな衝撃の事実、興奮しないわけにはいかねぇだろ」
「……まぁ、気持ちは分かるわ」
珍しく、マリアが俺に同調した。月光に照らし出された白銀の髪をかきあげながら、夜空を見上げてマリアは言う。
「私たちノーブレードが重労働をこなしているから、上流階級は豊富な食料を得られている。じゃあ、私たちが仕事を放棄したらどうなるかしら?」
「おお!」
俺はそのナイスアイデアに声を上げる。なるほど、なるほど。だったら、やつら、飢え死にしてしまう。
「悪かねぇな」
シャルロットも荒々しくも愉快そうな声を出す。
「あいつら、あたしらノーブレードに泣きついてくるかもよ」
「……あまりそういうのは賛成できないなぁ」
ユミカが眉をひそめて言う。
「なんでだよ、ユミカ?」
俺の問いに、ユミカは答える。
「そんなふうに脅して物事を進めたら、私たちノーブレードも、あの貴族たちと同じだよ? 剣をもって脅すか、食料危機で脅すかの違いがあるだけだよ」
さすが俺たちの温和な聖母様、ユミカ。優しいだけでなく、本質もちゃんとついている。
でも、それでもだな、これまでの差別を考えると、俺はさ。
「けど、それくらいしないと、俺たちノーブレードは救われないんじゃないのか?」
「けんかは、よくないです」
泣きそうな声で、ジェーン。
「みんな、仲良くです」
うるうると瞳を潤ませるこの大人しくも可憐なジェーンに、俺はついつい言葉を返した。
「ですよねぇ」
思わずジェーンに同調してしまった俺に、鋭い突っ込みが飛んできた。
「おいこら、てきとーバルナ。お前、どっちなんだよ?」
シャルロットはまた赤鬼よろしく顔を真っ赤にして怒る。
「い、いやぁ、つい。でも、やっぱり俺は貴族と仲良くはできないかな。なぁ、レオンはどう思う?」
そうやって後ろで歩いているレオンを見ると、やつは奇跡の業をなしている最中だった。
「歩きながら寝るな!」
そうして六人話しながら歩いていると俺たちが暮らしている宿舎が近づいてきた。
そこで、ユミカ、マリア、シャルロット、ジェーンが足を止めた。
俺はそのまま歩いていこうとするレオンの首をつかみながら、何事かと足を止めて四人を見る。四人とも顔を見合わせてから、一人一人話し始めた。
まずは、ユミカから。いつもの温和な表情が真剣なものに変わっている。
「今日の羊飼いとのこと、改めてお礼を言わせて。二人とも私たち四人を助けてくれて本当にありがとう。バルナ、私たちのために立ち向かってくれてありがとう。いつも危なっかしいバルナだけど、こういうとき誰よりも前に立ってくれるんだって思って、私、すごく嬉しかった。かっこよかったよ。そして、レオン。くさかったけど、ナイスアイデアだったよ。正面衝突じゃあ、私たちに勝ち目なかったから」
一言一言、噛み締めるように丁寧に、ユミカは言葉にしてくれた。俺たちへの感謝を。
正直、ただ立ち向かっただけの俺よりレオンのほうがよくやったと思うが、まぁ、俺が立ち向かったからレオンが動けたのかもしれないと思い直し、レオンと一緒に照れくさくてぽりぽりと頭をかきながら、言葉の丁寧さがユミカらしいな、と思った。
「次は私ね」
マリアが胸に手を当てて言った。
「感謝してるわ。バルナ、いつもいやらしい目で私の胸を見てるけど……」
「おい、感謝してるのか、ほんとに」
俺が思わず突っ込みを入れると、マリアはその涼やかな表情を崩してくすくす笑い、それから真剣な光を目に宿した。
「バルナ、私たちの前に立ってくれたあなたの背中、すごく嬉しかった。あんなかっこいい背中、私生まれて初めて見たわ。ありがとう、本当に。そして、レオン。まぁ、臭いつけてくれたのはともかく、機転利かせてくれてありがとう。あれが、羊飼いに対してのとどめになったのだから」
いつも白銀の髪をなびかせてクールなこいつからこんな言葉を聞けるとは思わなかった。俺はややぽかんとして、レオンと顔を見合わせる。
そして、だ。
いつもは気性の激しい赤髪シャルロットまでもが照れくさそうに、少しもじもじしながら言葉を紡ぎ出した。
「ま、まぁ、なんだ。今日は、あれだ、な。あたしとしたことが不甲斐なくもバルナとレオンに遅れを取っちまって。それで、借り作っちまった……。お、おほん、いや、バルナ、ありがとよ。すごく……かっこよかったぞ。そして、レオンも、頭の回るすごいやつだと思ったよ……。ありがとよ」
髪の色より顔を赤くさせているシャルロットに、俺の半開きの口はとうとう全開になった。レオンも同様の顔をしている。
そして、最後にジェーンだ。
おどおどしながら小さな声で、ジェーンは一生懸命に話し始める。
「きょっ、今日は二人とも、本当にありがとうです! バルナはいつもいつもお馬鹿さんだけど、今日みたいなときはいつも、勇敢で、わたしにはとてもできないことで、かっこよくてびっくりでしたです。レオンもいつもいつもおさぼりさんだけど、みんなのこと助けるためにすごい力を発揮して、肥やしはくさかったけど、レオンにもすごくびっくりで尊敬でした。本当に、二人ともありがとうです」
少し息を乱しながら、ジェーンが言い終える。
いつも気弱なジェーンの精一杯の感謝に、全開だった口は緩み、俺は思わずほっこりしてしまった。
それは、四人の少女たちからの心からのお礼。
俺とレオンはあまりに照れくさくって、少しの間黙ってから、俺はようやく言葉を口にした。
「つまり……」
俺は続ける。
「俺たちを神として崇めたい、と」
「こら、バルナ」
ユミカが苦笑しながら突っ込む。
「全く、あなたときたら」
マリアが呆れて首を横に振る。
「ちょーしのんなよな」
シャルロットが鋭い目で言う。
「ですです」
ジェーンが、慌てたように頷く。
「冗談だよ、なぁ、レオン」
「え、冗談だったの? てっきりそれくらいグッジョブだったと……」
「お前なぁ」
俺がレオンの頭を軽くはたくと、ユミカ、マリア、シャルロット、ジェーンが笑った。
ユミカが黒い髪をかき上げながら穏やかな微笑みを浮かべて言った。
「ねぇ、バルナ、レオン」
マリアも白銀の髪を夜風になびかせながら笑って言った。
「私たち」
シャルロットがその赤髪と同様にまた顔を赤くさせながら言った。
「お前らに会えて良かった」
ジェーンが青い前髪の奥で今度は満面の微笑み浮かべながら頷いて言った。
「ですです」
俺もレオンも笑みを浮かべた。
「こちらこそ、さ。何があっても、俺たち六人は一つだ」
俺が言う。その言葉に異議を唱えるやつは誰一人いなくて。
そんな俺たちを夜風がなでていった。