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こうして僕らは運命の名を知った3

 こうしてレオンと肥やしに救われた俺たちはそのままシャワーを浴びたい一心でノルマを日没の一時間前に終わらせ、競争のように一斉に宿舎へ戻った。共同の浴場でシャワー(もちろん男女別ではあるが)を浴びて、汚れを必死に洗い落とす、が。


「ちょ、くさっ。レオン、せっかく洗って無臭になった俺に近寄るな。臭いが移る!」

「な、なんていう棚上げっぷりなんだ、バルナ。呆れを通りこしてもはや尊敬するよ! 君のほうがよっぽど臭いよ! ほんとに洗ったの!?」

「なにぃ、お前、自分の臭いをごまかすためにそんなこと言ってるんだろう!」


 とお互いに臭いを擦り付け合って、結局は普段の三倍の時間をかけて全身を洗うに至る。


「つ、疲れた……」


 全身を洗うのに、こんなに疲れたのは初めてだ。

 女浴場から出てきた四人も、恐らく同じような無益な争いを繰り広げたのだろう。疲れ果てた顔だった。

 男女顔を合わせて同じタイミングで言う。


「「「「「「もう臭わない?」」」」」」



 夕飯は小さなパンの欠片と水だった。一口食べて、水で流し込めばそれで終わりだ。

 食堂はなく、小さなカウンターで一人一人にそれが支給される。正直、これを食べた直後の空腹感がかなり辛い。慢性的に空腹状態の胃に、中途半端に食料を入れると、胃が刺激されてさらなる栄養を補給しようと食欲が増大するからだ。しかし、もう食料は明日の朝までない。

 他の五人も同じことを感じているようで、もらってすぐにそれを口に入れ、しばらく沈黙が続く。


「食料への飢えよりも、知識への飢えを満たすほうがずっと大事よ」


 沈痛な空気を壊そうと、ユミカが手を叩いて温和な声で言った。その途端に、ユミカのお腹から、盛大な自己主張の声が聞こえた。


「こ、これは……」


 顔を真っ赤にするユミカにみんなが噴き出す。俺はユミカの頭に手を置いてから、言った。


「ユミカの言うとおりだな。行こうぜ、みんな」


 一日のうちで、最も楽しい時間の始まりだ。

 俺はもちろんのこと、いつもは温和なユミカもわくわくした表情を浮かべ、いつもクールなマリアも少し興奮ぎみに頷き、いつも荒々しいシャルロットはむしろ大人しい表情で俺を見て、逆にいつも大人しいジェーンは嬉しそうに俺に笑いかけ、そしてレオンだけはどこ吹く風というように眠たそうにあくびをしていた。

 そして、俺たちは宿舎をこっそりと抜け出して、ある場所へと向かった。




「つまり、剣は一人の女が子供を身ごもった瞬間に、必ず一本できるわけです」


 よく通る声。シェスタ先生は、眼鏡を指で押してかけなおしてから、俺たちを見回して言った。

 ここは、宿舎からしばらく歩いた先にある森の中の小さな小屋だ。半年前からここでこのシェスタ先生(素性は未だに不明)が、学校さえ行けない俺たちに文字の読み書きやこの世界についてなどの授業をしてくれている。

 シェスタ先生は、歳は三十手前くらいのブロンド知的美人で、眼鏡が素晴らしく似合う。結構、好みだったりする。が、この時間が一日のうちで一番楽しみなのは、別にそういう理由からではない。

 この時間、知識を得るたびに、俺は自分が自由になっていくように感じるからだ。


「剣は剣連洞という洞窟の奥底で生成されます。そこは、剣聖母様が自らを石に変えてどこかで眠っていると言われている場所で、剣聖母様の力が最も強く及ぶ場所とされています。洞窟の天井に滴る聖水が徐々に硬化していき、やがて剣へと変わり、出産と同時に天井から落下して地面に突き刺さります」


 先生の一言一言が、新鮮な水の一滴一滴のように頭に、心に染みこんでくる。剣がどうやってできるかなんて、考えたこともなかったけど、こういうふうな過程を経て生成されるのか。っていうか、剣聖母様って、やっぱり本当にいるんだなぁ。


「この、剣を回収する役割を持つ神官がいて……」


 先生の言葉が途切れる。その視線の先を見ると、机の上で突っ伏しているレオンがいた。

 あの野郎、これからが気になるところだっていうのに。

 先生がレオンに近づく前に、レオンの隣のマリアがその横っ腹に蹴りを入れる。びっくりしたウサギのように、レオンはびくんと背筋を伸ばす。


「はい、分かりません!!」

「まだ、何も聞いていません」


 先生は優しい声で、苦笑しながらそう言う。

 マリアとシャルロットは呆れたようにため息をつき、ユミカとジェーンはくすくすと笑う。俺もマリアにならって蹴りを入れてやりたい気分だが、今日、貴族の男と俺たちがもめたときに助けてくれたやつの機転に免じて許してやるとする。


「今日は、ここまでにしますか」


 先生は静かな声で終わりを告げる。


「ええ!?」


 俺は思いっきり不満の声を上げてしまった。だが、周りを見ると、確かにみんな眠たそうな表情だ。レオンはいつものことだからともかく、真面目なジェーンでさえも、少しまぶたが閉じかけている。

 貴族ともめたという今日の出来事があって、みんな疲れてしまっている。思えば、当たり前のことだった。

 みんなの疲れに気遣いができないのは、俺としてもいただけないな。

 俺は先生に頷いて、しかし、最後に一つだけ質問する。


「先生、今日俺たちが貴族ともめたこと、さっき話しましたよね?」

「……ええ。今後も、また同じことが起こる可能性もあるので、気をつけてくださいね」

「先生、俺たちは、どうして剣を持っていないんですか?」


 先生は何も言わずにその切れ長の目で俺を見つめた。黄金の瞳に、見透かされたような気分になりながらも続ける。


「剣聖母様は、どうして俺たちに剣を与えなかったんですか? 一人一人の役割を考えてくれているなら、俺たちノーブレードなんて生まれてこないはずですよね? 俺、なんか納得いかないんですよ。ノーブレードは、一体、どうやって生まれてくるんですか?」


 先生は目を閉じてから、小さく笑った。


「答えを急ぎすぎてはいけません」


 先生はゆっくりと俺のところにきて、ぽんと頭に自分の右手を置く。


「今、答えを知ったところで、君の知識では答えの意味が理解できません」


 意味深な言い方。何かじれったい。


「でも、俺は……!」

「一つだけ、今、言えることがあります」


 先生は犬にするように俺の頭を少し乱暴にわしゃわしゃとなでながら、微笑んだ。


「ノーブレードの人口比率は、世界の七割を占めます」


 衝撃の数字だった。どういうことだ? じゃあ、世界の半分以上は俺たちのようなノーブレード、つまり下等だと見なされた人間で構成されているってこと? っていうより、たった三割の人間のために、半分以上の人間が差別され、重労働を強いられているっていうのか?


「ノーブレードとは何か? それは、世界そのものだと言ってもいいのですよ。ノーブレードがいなければ、王族、貴族、神官は飢え死に、世界は滅びます」


 血が一気に熱を帯びたような気がした。ノーブレードのおかげで、世界は動いている。俺たちは、下等な人間なんかじゃないじゃないか。

 わくわくする。俺たちがいなくなって一番慌てるのは、あの剣を振りかざすいけすかないやつらだ。

 今日のシェスタ先生の授業が終わり、小屋から出て行くとき、振り返って俺は先生に言ったんだ。


「先生」

「はい?」

「俺、先生に会えて、みんなに出会えて、知識を得られて良かったよ」


 半年前。大農園で働く俺たちと同じ年代のやつら全員の宿舎の部屋に同じ置手紙とこの小屋の位置を示す地図が置かれていた。そこには、


「運命を取り戻したいですか?」


 と一言だけ書かれていた。

 運命、という言葉は剣を連想させた。俺は、夜、宿舎をこっそり抜け出して憑りつかれたようにその小屋へと向かった。そこで、俺が小屋に着いたときにはもう。

 黒髪の温和な少女ユミカ、白銀の髪のクールな少女マリア、赤髪の過激な少女シャルロット、青髪の大人しい少女ジェーン、白髪のおちゃらけた少年レオンが立っていた。そんな俺たちを笑顔で迎え入れてくれたのが、先生だ。

 未だに素性を明かしてはくれないが、そんなことは些細なことだ。あの手紙がなければ、今の俺はいなかったし、勝手に一人で宿舎を抜け出して農民街から逃げ出そうとして貴族に捕らえられ、今頃頭部を荒野にさらされていたかもしれない。

 今はそんなことをしない。したくない。

 俺にはみんながいるし、みんなには俺がいる。

 運命という言葉に導かれて出会ったのが俺たち六人だった。


「いつでもおいでなさい。ここは運命を取り戻す場所、ノーブレードチルドレンのための学び舎なのですから」


 先生は満面の笑みでそう言って、俺たちを見送ってくれた。

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