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こうして僕らは運命の名を知った2

「でもさぁ」


 ざくりとくわを地面に突き立てて、俺は言う。


「あいつの気持ち、分かるよ」


 汗が額から滴り落ちる。じりじりと背中を太陽に焦がされていく。


「こうして頑張って開拓して得た農作物、全部王族と貴族と神官に取られちゃうんだもんなぁ」


 自分たちで収穫したものは口にすることはできず、いつも支給されるのはひもじいわずかな乾いた穀物と水だけだった。


「剣がない俺たちは、そんなに低俗な人間なのかな?」


 俺はそう言いながら、晴れ渡った青空を見上げる。

 どうなんだよ、剣聖母様。


「先生が言ってたじゃない」


 ユミカがくわを振り上げながら言う。


「剣聖母様はこの世界が平穏に回るように、人間一人一人の最適な役割を考えて、剣をくださるんだって。剣はそれだけ神聖なものってことよ。だから……」

「だから、あたしたちノーブレードはこんなくそみたいな生活をしなきゃならないってか?」


 そう言って息を乱しながら、シャルロットは唾を吐く。


「剣なんて知ったこっちゃねぇ。ろくに働きもせず、剣ばかり振りかざす王族も貴族も神官も、みんなくそったれさ」

「過激な発言はやめなさい」


 マリアの凛とした、冷静な声がシャルロットの激しい言葉を押しとどめる。


「王族も貴族も神官も、剣名にちゃんとしたがってそれぞれの役割を果たしているのよ。それは決して、悪いことではないわ。ただ、だからといって、私たちノーブレードが、こんな重圧に耐えなきゃいけないっていうのは納得がいかないけど」

「でも、先生はいつもわたしたちに言ってるです……」


 ジェーンがぼそぼそと呟く。


「人は、剣の前でのみ、平等であると」

「結局は、剣、かよ」


 俺はうんざりと息を吐き出した。

 じゃあ、剣を剣聖母様から授けられなかった俺たちノーブレードは結局、神官どもが言うように不平等な扱いを受けても当然だってことか。

 そんな世界なんですかここは。

 じゃあ、どうして俺たちは……。

 馬車が近づいてくる音がした。聞き慣れた不快な音に、俺は顔をしかめながら口を閉じてくわを振り上げる。

 羊飼いの見回りだ。

 農場を任された貴族の一般的な呼び名。羊とはもちろん、俺たちノーブレードのことだ。

 仕事をさぼっているところさえ見られなければ、この見回りはやり過ごせる。過去の経験から、俺はそう思って黙々とくわを振っていた。しかし。

 馬車が止まった。俺たちのそばで。

 俺は嫌な汗をかきながら、ゆっくりと振り返る。馬車の中から、スーツに身を包んだ中年の男性が出てきた。右手に剣を持ちながら値踏みするような目で、俺たちを、いや、彼女たちを見ている。

 つまり、ユミカ、マリア、シャルロット、ジェーンを。


「高く売れそうな羊だな」


 後から遅れてついてきた従者と思われる俺たちと同じように汚い服を着た男に、貴族の男は小さくそう言った。ぞわっと悪寒が走った。ユミカ、マリア、シャルロット、ジェーンを見ると、皆、顔が青ざめている。

 まさか……。


「国王から娼婦補充の要請があったからな。この四人でいいだろう」


 貴族の男は、冷えた機械的な声で、そう呟いた。従者が四人へと近づき始める。

 娼婦補充の要請。

 俺は貴族の男のさっきの言葉を脳内で再生する。

 待てよ、待て、待て。

 俺は呆然となった。

 黒髪の温和なユミカも、白銀の髪のクールなマリアも、赤髪の過激なシャルロットも、青髪の大人しいジェーンも。

 四人とも、娼婦として売られてしまう。

 俺たちは離れ離れになって、しかも彼女たちには娼婦としての過酷な仕事が待っていることになる。

 頭が真っ白になった。いや、年に数回、年頃の女の子が貴族に娼婦街へと連れられて帰ってこなくなることは知っていたけれど、けれど。

 まるで、栽培した野菜を無造作に収穫するかのように、こんな淡々と。

 それがどんなことが分かっていながらも、俺は自分の足を止めることができなかった。許せなかった。貴族の男がやろうとしていることも。それを看過するような自分自身も。

 だから、俺は。

 従者の前に立ちはだかり、両腕を広げた。

 従者の男は、複雑そうな表情で足を止めて俺を見る。貴族の顔面が、ぴくぴくと痙攣をはじめたのを見ながら俺は恐る恐る言った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、旦那。いくらなんでもいきなりじゃあありま……」

「おい」


 貴族が冷たく言い放った瞬間に、従者の拳が俺の顔面に飛んできた。

 鈍い衝撃があり、俺は右頬を殴り飛ばされた。後ろにいたマリアにぶつかる。痛みで眩みながらも仰ぎ見たマリアの顔は、顔面蒼白で、震えていた。

 俺はもう一度立ち上がった。痛みよりも恐怖で体が震えた。ノーブレードが貴族に逆らった末路なんて、いくらでも知っている。農民街から逃亡しようとしたり、貴族の倉庫に侵入して食料を盗もうとして見つかり、首を剣ではねられてそのまま見せしめに死体をさらされていた。

 自分の頭部が荒地の真ん中に放置される映像が浮かんで、俺の背筋が凍りつく。


「バルナ……」


 痛む頬にマリアの指がそっと触れた。


「ありがとう。もう、いいのよ。」


 マリアは笑った。白銀の瞳から大きな涙がこぼれた。


「あなたまで、傷つくことはないわ」

「お前……」


 何で笑えてるんだよ。お前、これから娼婦になっちまうんだぞ? 望んでもいないのに、知らない男たちの相手をさせられるんだぞ? お前、そんなこと……。

 言葉が出かかって、しかし、すぐに飲み込んだ。

 何で笑うって、そりゃ決まってるだろ。

 俺を、巻き込まないためだよ。

 マリアたちが弱い俺を頼って、頼られた俺が弱いくせに戦って処刑されないようにするためだよ。

 なさけねぇ……。

 なんだよ、これ。急にこんなことってありかよ。くそ、いくらなんでも突然すぎやしないか。いや、こんな不条理がいつかやってくるなんて、日々どこかで予感してたじゃんか。俺たちはノーブレードでさ。しかし、しかしだなぁ。いざとなると、この不条理ってやつは、とっても。


「っつく」

「……なんだ?」


 貴族の男はその右手を剣の柄にかけ、こめかみにしわを寄せながら言った。


「むっかつくって言ってんだよ、ちくしょうが!」


 俺は後ろの四人を守ろうと再び両腕を広げる。

殴られた。もう一度吹き飛ぶ。痛みで頭が朦朧とする中、従者が俺に覆いかぶさって俺に聞こえるように呟く。


「おい……、貴族に反抗するなんて馬鹿な真似はよせ。殺されるぞ……!」

「……あんたも、俺の仲間を、あんたの同胞を売りさばくなんて、馬鹿な真似はよせよ」

「貴族の命令だ」

「……っ! たったそれだけで」


 拳を握りしめて、俺は従者を振りほどこうとする。


「俺たちはノーブレードだぞ!!」


 その言葉で一瞬呼吸が止まる。


「剣聖母様から剣を与えられなかった俺たちは、どう扱われても良い下等な人間なんだよ……!」


 従者は俺にしがみつくようにして言った。俺は体から徐々に力が抜けていくのが分かった。

 剣がない。

 俺たちには、神から、剣聖母様から与えられた神聖な運命が、剣がない。

 だからこそ、剣聖母様から運命を、剣を授かったやつらに、いいようにされる。

 力が抜けていき、けれど、それでも足はなお動いた。頭で分かっていても、承諾できるはずがない。

 従者を払いのけ、俺は立ち上がろうとした。貴族が剣を抜いてゆっくりとこちらに向かってくるのが見えた。

 ユミカ、マリア、シャルロット、ジェーンが四人とも俺のほうに駆け寄ってきた。みんな、目に涙を浮かべながら、それでも俺の前に立って、俺を守ろうとしてくれた。

 すげぇ嬉しくて、そして悔しくて涙が出た。

 なんで、こんなに想い合えるのに、こんなに温かな絆を持てるのに。


 俺たちには、剣がないんだ。


 突然、横から冷たい何かが大量に降りかかった。一瞬、何が起こったかわからなかったが、鼻をつく凄まじい臭いに気づいてむせた。自分の手を見ると、大量の黒い泥がべっとりとついている。体にも、顔にも。それは、ユミカ、マリア、シャルロット、ジェーンも同じだった。

 その泥から、否、その泥をかぶった俺たちから発せられる強烈な悪臭に貴族も従者も鼻を押さえて下がる。途端に、気の抜けた笑い声が聞こえた。


「あはははははは。ごめん、ごめん。畑の肥やしを持ってきたのだけれど、足が滑ってみんなにかけちゃった」


 横を見ると、白髪の無邪気な笑みを浮かべた細目の少年が立っていた。その手には、俺たちにかけられた泥が残った桶がある。っていうか、今肥やしって言ったか。


「うわっ、くさっ。うへぇ、こんな汚くて臭いみじめな人間見たことないやぁ。こんな女の子たち、僕なら願い下げだねぇ」


 けらけらと笑いやがる。しかし、肥やしまみれの少女たちを見た貴族は、吐き気を覚えたのか口を押さえて馬車に戻った。慌てて従者も戻り、馬車は行ってしまった。

 助かった、のか。

 俺は半ば呆然とやつを見て、その名を呼んだ。


「レオン」

「んん? 遠慮せずに礼を言ってくれてもいいんだよ? グッジョブだったでしょ?」


 満面の笑みを浮かべるこのおとぼけ野郎の元へと歩いていき、俺はその手から桶をふんだくり、そのまま肥やしをレオンにぶっかける。


「ぎゃあああああああああ、な、なぁにすんのさ!! っつうか、くさっ」

「てんめぇ、肥やしっていったらあれが入ってるんだぞあれがよぉ!? 人様の体にぶっかけやがって」

「レオン!!」


 俺の声に呼応したかのように、後ろから猛獣のような勢いでユミカ、マリア、シャルロット、ジェーンの少女四人が走ってきた。


「「「「殺す」」」」


 おお、またしても四人の意見が一致した。

 そうしてみんなで肥やしまみれでもみくちゃになって、わけもわからず追いかけ合って、転げ回って。

 それから。


「「「「「ありがとう」」」」」


 俺も少女四人に加わって、五人揃って心からレオンに言った。


「どういたしまして」


 レオンは肥やしにまみれた顔で、笑った。

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