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殺戮者には真実を、英雄には嘘を9

「ジェーン!」


 俺はジェーンの鎌を弾いた。ジェーンは冷静さを失って、闇雲に鎌を振り回す。俺は自分の剣を投げ出して、ジェーンへと向かった。ジェーンの鎌が肩に突き刺さり、俺は声にならない悲鳴を上げた。それでも、俺は進んだ。ジェーンのもとへ。強烈な痛みにうめきながら、自分が動くことでさらに鎌が深く肩をえぐっても、俺は歩みを止めなかった。

 ジェーンの間近に来た。そっと冷たい仮面に触れた。その顎に、涙が伝っていた。やっぱり、泣いているんじゃないか。

 心から、詫びた。


「ごめん、ジェーン。お前が辛かったこと、分かってあげられなくて。ごめん、ジェーン。俺の暴走で、この運命を引かせてしまってごめん」


 鎌に加えられていた力が、抜けた。冷静さを取り戻したのか、申し訳なさそうに震える手で、ジェーンが俺の頬に触れた。


「ば、バルナ……。ごめんなさいです。わたし……、バルナになんてことを……」


 ジェーンの崩れた声でのごめんなさいが、とても優しくて、柔らかくて、だからこそ、俺は息が詰まった。


「お前が、謝ることなんてないんだ。全部、俺が悪い」


 あのとき、剣連洞で、ここで逃げるやつは奴隷がお似合いだ、なんてことを言わなければ。きっと、弱虫で優しいジェーンは、置いていかれまいと必死で。


「何言ってるです。わたしは、バルナと出会ってから、楽しいことばかりです。バルナはお馬鹿さんで、変態さんで、けれど、いつも太陽みたいに明るくて、温かくて。きっと、みんな、そんなバルナが大好きで、バルナの元へと集まってきていたですよ」


 俺がそんな高評価だったのは初耳だった。けれど、今はその言葉にうぬぼれるよりも、たった三日前までの俺たちと、今の俺たちとの違いに、何度も感じていた俺たちはもう戻れないという確信を今までで一番絶望的に感じて、慄くだけだった。


「それに、バルナのおかげでわたしは自分の運命を取り戻したです! これで、わたしも弱虫のままじゃあないです」


 えっへんと胸を反らすジェーン。俺は自分の目から涙がこぼれることを、我慢できなかった。


「事は、そう単純じゃねぇぞ。バルナ」


 今まで黙っていたシャルロットが、低い声で呟いた。


「ジェーンは罪のない娼婦を殺した。たとえ、自分の剣の運命にしたがっていたとしてもな」


 その言葉は、剣のように鋭利で、場の空気を切り裂いた。


「そして、何よりまずいのが。犯人が、貴族ではなく、ノーブレードだったってことだ」


 それを聞いて、さっきまでとは全く違う感情が湧き上がってくる。

 俺が朝日の下に引きずり出そうとした真実は、自分と仲間の過ちそのものだった。

 そして、何より……。

 シャルロットは続ける。


「ノーブレードが剣を取り戻したら、凶悪な殺人鬼になる可能性がある。これが知れ渡ったら、もう誰も革命を起こそうなんて気にならなくなるんじゃね?」


 そうだ。元々、俺たちが起こそうとした革命の動機、その拠り所は俺たちが不当に剣を奪われたということに尽きる。しかし、その拠り所が前提から覆ってしまっては、革命は、完全に幕を閉じてしまう。ここが分岐点だと言いながら、この先に革命の開幕があることを信じていると言いながら、俺はノーブレードの明日を未来永劫閉じてしまうかもしれない事実を突き止めてしまった。


「事はそう単純でないならば……」


 今まで夜空を見ながら話を聞いていたレオンが、割って入る。


「単純にしてしまえばいい」


 その口調は他人事のようだが、しかし、その目はいつものように呆けてはいなかった。鋭い眼光で俺を見つめる。


「状況を整理しよう。まず、内訳はさておき、僕らノーブレードは剣を貴族たちから取り上げられ隠されている。それは、事実に相違ないよね?」

「あ、ああ……」


 妙な圧迫感を覚えながらも、俺は頷く。それは、間違いない。


「そして、今回のジェーンの件で、色々と混乱を招いているけれど、数字で物事を追っていこう。まず、現段階でノーブレードでありながら、剣を取り戻したのは、バルナ、マリア、ユミカ、シャルロット、ジェーン、僕の六名。そのうち、貴族たちが都合が悪いという理由で隠したと推定される剣は、五本」


 五本? ということは、レオン、お前も。


「僕の剣も、どちらかといえば、貴族たちにとって都合が悪い」


 レオンは苦笑する。


「そして、社会に脅威をもたらすという理由で隠された剣は、ジェーンの殺戮者一本のみ。つまり、取り戻した六本の剣のうち、不当な理由で取り上げられたのは五本、正当な理由で取り上げられたのは一本。この母数で全体を話すのは難しいけれど、今の手持ちの情報から言えば、ノーブレードはやはり、高い確率で不当な理由でその剣を奪われていると推定される」

「けれど、全ての剣を開放したときに、ジェーンのような殺戮者が現れる確率もゼロではないでしょう?」


 ユミカが、苦しげに首を横に振る。


「わずかなリスクでもあれば、新しい世界を迎え入れることに臆病になってしまったノーブレードは、動くことができないよ」


 そうだ。昨日の礼拝堂のみんなの怯えた顔、そして今日俺をぶった娼婦の怒りの顔、そもそも自分の剣を取り戻すという考えさえないんだ。長い間、毎日、罵られ、虐げられ、働かされ、反逆する意志を根こそぎ奪われているのだから、仕方がないことなのだろうけれど。だから、確率が低いとはいえ、剣を取り戻すことにリスクまでぶら下がったら、誰も立ち上がることはないだろう。


「だから、言ったんだよ。話を単純にすればいいと」


 レオンがあくびをしながら言う。


「ジェーンは、ノーブレードではなく、貴族だと嘘をつけばいい」


 何かを言おうとしていたユミカは、目を見開いてレオンを見た。


「筋書きはこうだ。僕らは、とある筋から、ノーブレードは実は剣聖母様から剣を授かっており、貴族たちが不当に剣を取り上げて隠しているという情報を入手した。僕らは実際にその場所へと向かい、自分たちの剣を取り戻した。取り戻した剣は、五本で、その全ての剣名が、貴族たちにとって都合が悪いものだった。他のノーブレードの剣も全て、不当に取り上げられているに違いないってね」


 レオンは、両腕を広げて言う。


「高らかに、ノーブレード全員に宣言するんだ。立ち上がって、剣を取れ。今回の娼婦街での連続猟奇殺人のように、貴族に命をもてあそばれてたまるか、ってね。実際に、本当のザ・サイレンスは貴族だったわけだし、それにノーブレードの多くが不当な理由で奴隷になっている可能性は高そうなんだから、ジェーンのような低い確率のイレギュラーで、その事実と革命のチャンスを隠し、逃すことは間違っていると思うんだよね」

「悪くはねぇな」


 つまらなそうにレオンの話を聞いていたシャルロットは、それでもふんと鼻を鳴らして頷いた。しかし、


「ジェーンは、どうなっちまうんだよ」


 その顔には、暗い表情が張り付いていた。


「罰を与えるしかない、僕らの手で。でなければ、この筋書きは成立しない」


 レオンはそこで、俺へと向き直った。

 俺は、自分が何をするべきか、レオンの話を聞いていたときに、予期していた。そして、レオンのその目を見て、それが今、確信に変わった。

 俺の剣は、剣破壊の剣。

 俺は、ジェーンの肩に手を置く。


「ジェーン。お前の剣を、俺の剣で壊す」


 その瞬間に、ジェーンは全身を震わせて大きく首を横に振る。


「嫌です、嫌です、嫌です! わたしは、やっと強くなれたです! みんなに迷惑かけずに、ちゃんとしていけるようになったです! この剣が、この運命があれば、わたしはもう弱虫なんかじゃなくなるです。もし、剣がなくなってしまったらわたしは……、また、弱虫に……」


 最後はもう、声が震えてまともに喋ることさえできていなかった。

 俺がジェーンに対してやってしまったことは、希望とそっくりの絶望を与えたこと。ジェーンがそれにすがればすがるほど、ジェーンは自分が望むものとはかけ離れた未来を手に入れていく。そして、ジェーンは一生、それに気がつくことはない。

 せめて。


「ジェーン」


 俺はジェーンを抱きしめた。えっと小さく声を漏らしてびくっとなったジェーン。その耳に、そっと話しかける。


「俺が、お前の剣になる」


 ゆっくりとジェーンの体の力が抜けていく。


「俺が、お前の運命になるよ。ずっと一緒だ。どこにも行かない」


 腕にありったけの力を込めて、小さな体を抱きしめる。もう、震えなくていいように。

 ジェーンから放たれる濃密な血の臭いに目眩を覚えながら、それでも俺ははっきりと、覚悟を込めて、その言葉を口にした。


「俺の隣で、俺がこれから何を成すのか、見届けてくれ」


 ジェーンの呼吸が止まった。

 長い、それでいて一瞬のような、沈黙の後。


「うん」


 ジェーンは、それだけ、何とかその一言だけ言ってから、大きな声で泣き始めた。

 誰も、何も言わなかった。

 俺は、立ち込める血の臭いの中で、その声を、自分への戒めのように、ずっとずっと、ジェーンが泣きやむまでずっと、聞いていた。

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