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こうして僕らは運命の名を知った1

初めましての方のほうが多いと思います。探空と申します。新作投稿始めました。革命ものです、よろしくお願いいたします! この三連休から、今書き終えているところまで連投していきます。

「我らは剣をもってして生まれ、剣とともに生き、剣とともに死ぬ」


 厳かな声が響き、群集は跪く。広い礼拝堂にはステンドガラスから眩い光が差し、そびえ立つ剣聖母像を背後に、神官が目の前に参列する人々を見下ろす。


「剣とは何か? それは高貴な運命である。我らが母、剣聖母様より賜りし、我らの存在意義そのもの。剣を持たぬ者、ノーブレードとは何か? それは運命を持たぬ者、低俗な存在」


 引っこ抜きたくなるようなほどに長いあごひげをたくわえた神官が、歪な笑みを浮かべた。


「それが、お前たちである」


 周囲の人々は、何も言わない。ただ、黙って俯いて、この時間が過ぎることを待っている。

 歯がゆくて、俺は拳を握りしめる。


「ダメ」


 そっと温かな感触が俺の左手を包んだ。

 ユミカが隣で俺の左手の上に自分の右手を重ねて、じっと俺を見ていた。なだめるようなその声を聞くと、包み込むようなその手の温もりを感じると、いつもどうも気がそがれる。俺は神官に聞かれないように、ユミカに小声で言った。


「お前、本当に俺をなだめるのが上手いよな。いつも、いつも、俺がこの馬鹿げた時間に暴れ出さないようにしてくれている。まるで、俺のお母さんだな」


 そう言うと、ユミカはむっとした表情を浮かべて、大きな黒い瞳に俺を映す。


「バルナ、失礼が過ぎるよ。私は、あなたと同じ十五歳で、そして」


 ユミカは長い黒髪の先を床に触れさせながら跪いており、その大きな二重の目を少し悲しそうに細めて、俺をしばらく見つめた後、その目をつむって言った。


「あなたと同じ、ノーブレードよ」

「分かってるよ」


 ノーブレード。

 ユミカの言葉に痛み出した自分の胸を右手で押さえて、俺は呟く。

 そんな俺の言葉を聞いたユミカはもう何も言わずに、俺の左手から自分の右手を離した。

 俺は唇を噛む。俺たちにできることなんて、そうやって痛みを痛みで上塗りしてこらえることくらいしかない。

 それしかできない。 

 神官は大きく咳払いをしてから、自分の剣を見せびらかすように振りかざす。


「しかし、剣聖母様の愛は偉大である。剣を持たないお前たちを、それでも生かしてくださっている。お前たちノーブレードは、その愛に命を捧げて応えるべきである」


 ノーブレード。

 さっき、ユミカの口から出たその言葉。

 今、神官の口から出たその言葉。

 その言葉を聞く度に、胸の中に痛くて暗くて熱い何かが渦巻く。

 どれだけ努力しても手に入らないものがある。

 俺に、俺たちに剣さえあれば。


「剣聖母様が選びし我らが国王のため、お前たちノーブレードは身を粉にして働く義務がある。国王から与えられし労働をこなすのは、お前たちの誉れである」


 神官は満足したのか、大きく息を吸い込んでから終わりを告げる。


「今日も剣聖母様、そして国王のために仕事に励め」


 礼拝が終わり、人々は礼拝堂から出て行く。ユミカに手を引かれて外に出るとき、顔だけ振り返ると胸元に剣を抱き寄せる剣聖母像が光に照らされ、この陰鬱な毎朝の儀式の濁った空気の中で、この世のものではないくらいきれいに見えた。



 土にくわを食い込ませると、ざくりと乾いた音を立てながら砂埃が舞う。

 太陽の光が肌を刺し、容赦なく体から水分と体力を奪っていく。

 やべぇ。今日のあんな小鳥が食べるようなささやかすぎる朝ごはんでは、夜までもたない。

 俺は汗をぬぐって周囲を見渡す。広大な大地、ほとんどは未開拓の荒地に、俺と同じようにくわをもった人々が黙々と手を動かし続けている。この大農園開拓は、俺たちノーブレードにあてがわれた一種の拷問のような仕事だった。老若男女問わない。体力の底の底まで搾り取られ、そして報酬なんて無いに等しい。


「大丈夫か、ユミカ?」


 俺は隣にいるユミカに聞いてみると、黒くて長い髪を束ねたユミカが、荒い息を吐きながらこちらを見た。


「バルナこそ……、汗すごいよ?」


 ユミカは力なく笑う。俺は彼女のくわを取り上げて、二本のくわをそれぞれ片手で持って大地を耕し始める。


「りゃああ、必殺二刀流!」

「ちょ、ちょっと、バルナ。そんなことして、大丈夫なの? そんなもやしみたいな体で」


 とっても心配そうなユミカ。最後の一言に若干傷つきながらも、俺は言う。


「こう見えてもくわを使いこなすのだけは自信があるんだよね。こういうのは、ただの腕力ではなくて、へその下に力を入れて、腰を……」

「喋ってる元気があるなら、もっと手を動かしなさい」


 冷たい声が割って入る。振り返ると、白銀の長い髪をなびかせた涼やかな顔の少女が立っていた。


「マリア……、お前」

「何かしら?」


 白銀の切れ長の目で、クールに俺を見つめるマリアに、俺は言う。できれば、そのクールさを損なわせずにおいてあげたいが、見えそうなものは仕方がない。


「胸見えそうだぞ?」


 どこかで引っかけちゃったんだろうか。麻でできた粗末な白い上着の胸あたりがざっくりやぶれて、そこから下着、そして下着からこぼれる柔い肉が……。いやはや、溢れんばかりである。ユミカと違い、相変わらずの成長っぷり。


「こ、この変態!!」


 マリアは涼しげな顔を一転させて、顔を真っ赤にし、胸を隠す。

 クール気取りのマリア様が動揺するのが面白くて、俺はくわを放り投げて手を合わせる。


「いやぁ、乳聖母様。ありがたやありがたやあああああ!?」


 後頭部に強烈な打撃を受け、世界がひっくり返る。仰向けに倒れた俺を、鬼のような真っ赤な瞳でにらんでくる少女がいた。


「てめぇは……、変態力以外何も秀でていない史上最強の下等生物め」


 烈火のごとく怒っている赤鬼少女の名を呼ぶ。


「シャルロット……?」

「あんだよ」

「パンツ見えてる」


 晴れ渡った青空に、白い生地が良く映えるね。

 はっとなって、スカートの裾を押さえるシャルロット。背も胸もマリアはもちろんのことユミカよりもないお子様体型。大きいといえば、小さな顔についている奥二重の目くらいのものか。そんなシャルロットのパンツを見て、興奮などするわけもなく。一応は同じ十五歳なんだよなぁ。こんな神の恵みをスルーしてしまった幼児体型、なかなか拝めない。


「鬼さん、髪と瞳は赤くても、パンツはしろーい」

「意味分からん歌を歌うな、変態」


 すげぇな今日は。仲間たちから立て続けに変態呼ばわりされるぞ俺。顔を踏み潰される寸前で跳ね起きて、間一髪でシャルロットの攻撃をかわす。つぅか、シャルロットさん。かかとから下ろすのはやめようよ。下手したら、死ぬよ?


「いつまでもお前にいじめられる俺ではないのさ」


 かつての黒歴史を払拭するように胸を張る俺に、シャルロットの顔がそのセミロングの髪の色のようにさらに真っ赤になる。


「このぉ……、バルナのくせにぃ」

「ちょっと、やめるですよぉ」


 か細い声が聞こえて振り返ると、おどおどしているショートヘアの青髪の女の子がいた。


「ジェーン」


 俺はその名を呼ぶ。そうか、いたよ、この同い年の集団の中でシャルロット並の幼児体型。ジェーンは、小さな背ながらもぎゅっと唇をかみしめて、涙で潤んだ青い瞳で俺を見上げる。そう、ジェーンもシャルロットと同様、小さな顔についている二重の目だけは大きいんだよなぁ。


「みんな見てるですし、羊飼いが来たらわたしたち……」


 なんという可憐な少女っぷり。隣の少年みたいななんちゃって少女シャルロットに比べるとよっぽど。


「お前、殺すぞ」


 シャルロットから放たれる凄まじい赤の眼光。こいつ、俺が考えていること分かるのか。


「確かにそうよ、みんな。私たちノルマもあるんだし。ゆっくりしてたら日没まで間に合わないよ」


 ユミカが喋りだすと場が和む。今朝、俺は礼拝堂でも思ったが、ユミカはお母さん、さらに言えば本当に聖母のようなやつである。こっちのクールな乳聖母マリアとは大きな違いだ。


「あなた、殺すわよ」


 マリアからの白銀の眼光に俺は射抜かれる、俺って、そんなに思っていること顔に出やすいのだろうか。

 ユミカが地面に転がっていた自分のくわを拾い上げて、小さな声で、


「ありがとう、私の分まで仕事しようとしてくれて」


 少しだけ頬が赤くなっていた。

 そんなに照れることもないのにと思いながら、俺は上着を脱いでマリアに放る。


「ほれ、恥ずかしいだろ。これ着て胸隠せ」

「……こういうときは、妙に優しいのね、変態」


 上着を受け取ってから、マリアは鼻を鳴らしてそっぽを向く。普段の素行が悪いと(いや、決して意図的ではないが、神の見えざる手がことごとく仲間たちの胸やらパンツやらを俺の前に公表するのだ)、純粋な好意も素直に受け取ってもらえなくなるらしい。

 俺は潔白なる自分の不条理な境遇に嘆きながら、今日の俺たちのノルマである領域を耕すために自分のくわを拾ってから振り上げる。人が百人は入れるほどに広い。ほんとに、これ、今日終わんのかな?


「あのさぁ」


 手を動かしながら、周りにいるみんなに聞く。


「何?」


 温和な声で返してくるユミカ。


「何かしら?」


 涼しげな声で返してくるマリア。


「あん?」


 荒々しい声で返してくるシャルロット。


「な、何です?」


 おどおどした声で返してくるジェーン。

 四人それぞれの声音で返ってくる。こいつら面白いなと思いながら、さっきから疑問になっていたことを言う。


「レオンはどうした?」


 俺たちの班の、最後のメンバーなのだが。


「「「「さぼり」」」」


 おお、四人の意見が一致した。

 ここで誰もやつの心配をしないのは、レオンのこれまでの怠惰と不真面目の実績の恩恵によるものだ。


「あいつめ……、俺が開発した拷問刑に処してやろう」


 やつの弱点である脇を笑い死に寸前までこしょばるというそれはそれは恐ろしい拷問だよ。

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