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黒体(ブラックボディ):月を征するもの

作者: 田貫春秋

道ばたで500円を見つけたら、それは幸運。もしも拾ったものが最強兵器の核となるものだったら、しかもそれを別の人間に見られていたとしたらどうなるか。そんな話です。

令和79年7月20日、月の裏側。

「ウナギが食べたい」

エクスカベーター106号を動かす19歳の女性オペレーター、静賀希(しずか まれ)が隣に座る整備士、道鋏直人(みちばさみ なおと)に聞こえるようにつぶやく。

エクスカベーターは核融合炉を動力とする、全長15m、全幅10m、全高7mの巨大なマシンで、月面のレゴリスと呼ばれる砂からヘリウムを取り出す。

「ウナギなら基地にあるじゃないか」と道鋏。

「あれは合成。魚肉ソーセージと同じ。本物のウナギが食べたいの」

「鰻屋の娘は合成ウナギなんざ食えないか」

「合成なんか食べたらオヤジに怒られる」

希は父親が家に居るように装っているが、実は長いこと消息不明だ。親のことで仕事が不採用になったら困ると思って隠していた。

そんな父から幼いときに一度だけ小包が届いたことがある。月に来てからその小包のことをよく考える。だが何が入っていたのかずっと思い出せない。

「地球から月の裏まで輸送費にいくらかかると思ってるんだ」と道鋏。「任期を終えて地元に帰ったときの楽しみに取っておけよ」

希がため息をつく。

「何が『地球を救う月面開発!月面開発はみんなの未来、みんなの希望!』だよ」

「それを言うと係長がへこむぞ」

道鋏が笑う。

「なんで?」

「その標語は係長が考えたんだ。お前にウチの仕事の意義を理解してもらおうと」

「高卒だからって馬鹿にしてる?ヘリウムを燃料とする核融合炉が実用化されて、石油が使われなくなり、大気中の二酸化炭素濃度が下がって、温暖化の問題が解決したんでしょ」

「さすがです。希先生」

「でも希望の裏には陰がある。地球を救うために月の裏で私たちはこき使われ、大企業がしこたま儲けてる」

「それを言ったらやばいです。希先生。クビにされてしまいます」

希が苦笑いする。

地球から384,400 kmも離れ、ラジオやネットがつながらない月面でひとりエクスカベーターに乗っていると孤独のあまり発狂することがある。だから同僚が同乗して話をする。

「その先はディガーの採掘地域だから気をつけて」

係長の安道輝喜(あんどう てるき)から無線が入る。

ディガーは希たちの親会社であるピットマンと競合する企業連合だ。月は国際条約によってどの国の領土でもないと定められていることから、各企業がそれぞれの採掘地域を管理している。勝手に採掘地域に入ったら企業お抱えの警備隊が出てくる。

希たちの会社はピットマンの下請けなので自前の警備隊を雇う余裕などない。企業同士の衝突をエスカレートさせないための国連保安機構があるにはあるが、あまり当てにはならない。

「了解」と希が応答した直後、ドスンという音がして106号が止まった。

「おいどうした?ディガーの設備に突っ込んだんじゃないだろうな?」

無線から係長の不安な声がする。

「何寝ぼけてんだよ。ディガーとの境界線は5kmも先だ。外に出て確認する」

希がそう言うと、操縦席を離れて重作業用エクソスケルトン、通称「ヘルパー」を着用する。

宇宙服でも外に出られるが、もしも重作業が必要になってヘルパーを着るためにまたコックピットに戻ってくるのは面倒だ。道鋏も席を降りてヘルパーを着用する。

2人は車外へ出ると、106号のライトを頼りに正面のレゴリス吸入口まで行く。大きく開いた吸入口にはレゴリスが吸い込まれずに溜まっている。希はそれを手でかき分けて吸入口の中へ入っていく。

「なんだこれ?」

砂の中に硬い物の感触があった。希はそっと引き出す。その時、ヌルヌルした肌触りがして、実家のウナギの焼ける匂いを思い出した。

「ウナギ?」

希が手に握ったものをライトで照らす。それは長くて黒い物体だった。

「宇宙ウナギか、土産として売れそうだな」

道鋏が笑う。釣られて希も笑うが、少し恐くなった。ヘルパーの指に触覚センサーはついていないのに、なぜかヌルヌルとした肌触りがあった。


2人の様子はディガーのドローンに上空から監視され、ドローンが捉えた映像は月の裏側に位置するディガーのFarS-1研究所に送られていた。

「映像を確認した。新たなエイリアン・アーティファクトだ」

ディガー所属の研究員のヨハン・アルトマンが警備隊長のエスナル・ガオリに伝えた。彼は何年も月面で傭兵団を率いている40代の男だ。月に着たのは戦争犯罪から逃れるためという話もある。

「了解。確保に向かう」

彼が率いる戦車隊5両はディガー=ピットマン境界線付近に待機していた。

ここでいう戦車とは軍用エクソスケルトンKmpf-AS2(通称マッシュルーム)を着たまま高速で長距離移動できるように開発された戦闘車両だ。武装は大出力陽子砲。実体弾や爆弾類は装備していない。そうした兵器は月の条約で禁止されている。

「ディクテイターが必要じゃないか?」

アルトマンがガオリに尋ねる。ディクテイターとはディガーが発見したエイリアン・アーティファクトの秘匿名で、太い刃のような形をしていることから剣とも呼ばれる。

「必要ない。ピットマンの奴らも見つけたばかりでアレは使えないだろう。それに剣を表に出さずにすむならそれに越したことはない」

「そうだな。穏便に頼む」

「銃で脅して掘り出したものをいただくだけだ。それに無線を妨害するから、国連に助けを求めることもできない」

ガオリが戦車隊を前進させ、ディガーとピットマンの境界線を超える。

ディガーの侵入をピットマンが敷設した対物センサーが探知した。だがディガーによる妨害電波のせいで、希たちの上司である係長が駐在する前線基地にその情報は伝わらなかった。

 ガオリの戦車隊は無灯火で走る。進むべき方向はピットマンのエクスカベーターが照らすライトでわかる。

 

 「うわっ!ウナギが!」

希が思わず叫んだ。突然、手に握っていた黒い物体がヘルパーの右腕に巻き付いた。道鋏が引き剥がそうとするが、まったく取れない。希のヘルパーの右腕が道鋏を持ち上げる。希のヘルメットのディスプレイに上空に見慣れない赤い十字線が現れる。

「何!何!なんなの!」

次の瞬間、ヘルパーの右腕から上空に向けて光線が発射された。光線が消えて数秒して発光があった。

「ヤバい!ヤバいって!」

希も道鋏と一緒に右腕の黒い物体を引き離そうとするが取れない。


「何か光った」

ガオリが呟く。次の瞬間、ドローンからの映像が途絶える。

ガオリがアルトマンに状況報告を求める。アルトマンがドローンからの最後の映像を確認する。

「目標から光線が発射されてドローンは破壊されたようだ。光線が出るものも存在するとは…これは危険だ。撤退したほうがいい」

「だめだ」ガオリは語気を強めて拒否する。「使い方がばれた以上、次はピットマンがアレを使って攻めてくるかもしれない。今のうちに奪っておくんだ」

「しかし…わからないことが多すぎる」

「どんな武器を持っていようが、扱うのはただの作業員。恐れることはない」

前進を続ける戦車隊にガオリが連絡する。

「聞いての通りだ。ピットマンの作業員を視認でき次第、攻撃する。陽電子砲を準備しておけ。国連軍に感づかれないように低出力でな」

エクスカベーターから2.5kmのところまで接近したところで2人の作業員を、Kmpf-AS2の望遠スコープで視認できた。

「射撃開始」

ガオリが戦車隊に下令する。


 右腕にひっついた黒い銃みたいな「ウナギ」を希と道鋏が引き離そうとしているところにビームが飛んで来た。右腕が勝手に動いて、そこにビームが直撃する。

「大丈夫か!」と道鋏が希の右腕を見る。傷一つついていない。

何が起こったのかゆっくり考える間もなく、新たなビームが飛んでくる。

道鋏が係長に緊急連絡を入れようとするが、無線が通じない。

「交信ができない!おそらく電波妨害されている!」

道鋏が希に言う。

「助けを呼べないの!」

「そういうことだ。とりあえず、106号の影に隠れよう」

「わかった」

希がヘルパーを動かそうとするとエネルギー残量低下を知らせるゲージが表示される。

「こんな時に!充電したばかりなのにどうして」

「肩に掴まれ。俺が運ぶ」

希が道鋏のペルパーの肩に掴まり、106号の後部に回る。

「どうしよう」と希。

「お前だけでも逃げろ」

道鋏が106号の後部に1つ残っていた予備のバッテリーを希に差し出すが、希は受け取らない。

「まだできることはある」

「何だ?」

「こうすればさっきみたいに106号に取り付くかも」

希は右手のウナギを106号に密着させた。すると黒い物体は希のヘルパーを離れ、106号の後面上面に伸びていった。そこは動力源の小型融合炉が積んでいるところだ。希は106号から手を放し、右腕の自由を取り戻した。


「低出力とは言えビームは当たったはずだ…」

ガオリは唖然とするが、この機会を逃すわけにはいかない。前進しながら攻撃を継続するように命じる。

上空の監視ドローンがエイリアン・アーティファクトに破壊された。それなりの威力がある。次の一撃を食らうわけにはいかない。そうしてガオリが注視する目の前のディスプレイの中でエクスカベーターの形が変わり始めた。

「アレをエクスカベーターに埋め込んだのか!」

ガオリが叫ぶ。

「奴らを止めろ!陽電子砲の出力最大!」

ガオリの戦車隊の陽電子砲が火を噴く。エクスカベーターに直撃するがすべて吸収される。

「エクスカベーターは無理だ!作業員を狙え!エクスカベーターの背後に隠れている!側面から回り込め!」


「大砲になった」

希が驚きの声を上げる。

 長い筒状のものが106号の前へと伸びている。

「でもどうやって撃つんだ?」

道鋏がいろいろと探すがボタンの類いはない。

希もボタンを探そうと106号に手をつける。するとヘルメットのディスプレイに赤い十字線が現れた。

「なにこれ?」

 1台の戦車が近づいてきた。搭載される陽電子砲は希たちのほうを向いている。

希がその戦車を見ると、砲身が動き、赤い十字線が戦車と重なった。次の瞬間、砲身から光線が発射され、戦車が爆発した。

「見ただけなのに…」


 「ダヴィドがやられました!なんですかあの攻撃は!」

無線で戦車隊の1人がガオリに叫ぶ。

「わかっている!おちつけ!」

ガオリは浮き足立つ隊員を制する。アルトマンから連絡が入る。

「今の装備では勝ち目はない。ここはいったん退け」

「いやまだやれる。たかが生身の人間2人、戦車の攻撃力で押し切れるはずだ」

「やめろ。過信は禁物だ」

ガオリはアルトマンとの回線を切り、戦車隊に突撃を命じた。

「でもダヴィドはやられました」

戦車隊の1人がガオリの命令に反対する。

「敵の手の内はわかった。全方位から攻撃すれば敵も狙いを絞れない。やるぞ」

ガオリ率いる戦車隊はシャチの群れが獲物を追い込むように、陽電子砲を撃ちながらエクスカベーターを囲み、周りを詰める。エクスカベーターにあらゆる方向から陽電子ビーム攻撃が加えられる。


ビームの雨に襲われ、希が頭を抱えてしゃがみ込む。

「これじゃ狙いがつけられない!」

「大丈夫、少し頭を上げるだけなら攻撃は当たらない!」と道鋏。

「いや無理、恐いって!」

「ウナギを好きなだけおごってやるから!立て!」

希の脳裏を父親の顔がよぎった。ここでは死ねない。希の体に戦う勇気が湧いてきた。

希が立ち上がる。

「嘘だったら殺すからな」

希が106号後部の縁から左側面を覗く。そして戦車隊を見る。するとヘルメットのディスプレイに映る5両の戦車に十字線が現れ、砲身が水平に割れるように光った。


 「砲身が光った!よけろ!」

ガオリが叫ぶ。砲身の先が向く方向から光線が発射されると戦車隊の誰もが思った。

砲身に向けて進んでいたガオリは右側によける。

だが光線は砲身の左側面から放たれた。それはまるで光の剣のように、エクスカベーターの左側に展開していた戦車隊をなぎ払った。

「そんな馬鹿な!」

ガオリが怒りをぶちまける。だがすぐに我に返る。ここで部隊を全滅させるわけにはいかない。

「撤退だ!砂煙を上げて煙幕にしろ」

戦車隊がタイヤを高速回転させて砂煙を立たせてエクスカベーターから離れていく。


攻撃が止んで希が106号から体を乗り出して前方を見る。砂煙を上げて戦車が逃げていくのがわかった。ヘルメットのディスプレイに十字線が現れる。砂煙で姿が見えない戦車に十字線が合っている。エクスカベーターの砲身が光り始める。

「国連保安機構だ!両手を上げて、エクスカベーターから離れろ!」

ヘルパー内のスピーカーに警察のような怒鳴り声が聞こえる。希はとっさに106号から手を離す。すると光り始めていた106号の砲身が再び沈黙した。

 上空から白い軍用エクソスケルトンが3機降下してきた。自衛隊が運用している90式だ。左肩に機構の識別マークがついている。

 「無事だったか」係長の声がする。「無線が通じなくなったから、遭難救助を国連に要請したんだ。仲裁に入ってもらわないとディガーと戦闘になっちゃうかもしれないと思って」

「戦闘になっちゃいましたよ。そしてやっつけちゃいましたよ」と希。

「えええ!」

係長の声が希のヘルメット一杯に響く。

「どうなっちゃうんだ…」

係長が泣きそうな声を出す。

「こっちが聞きたいよ」と希。

それよりも、なぜ父親の顔が頭に浮かんだのかそちらのほうが希には気になっていた。


希と道鋏は国連保安機構の輸送機に乗せられてピットマンの前方基地まで戻ってきた。だがそのまま機構の監視下に置かれた。本来ならピットマンが企業としてディガーに襲われた2人を守る責任があるが、ピットマンの本社がある国は超大国ではない。超大国がバックについたディガーを敵に回せば、月のヘリウム採掘権を奪われる国連決議が出るとピットマンの上層部は考え、謎の物体と2人を国連に差し出した。

希は基地にある自室に入るとベッドに倒れ込んだ。そして国連の人間に起こされるまで1日寝ていた。起こされたのは、ウナギを取り込んだ106号が牽引されて基地まで戻ってきたからだ。係長から会社都合による解雇通告を言い渡され、申し訳ないと謝られた。

希は基地で一番大きな倉庫に連れてこられた。そこには大きな砲身が伸びる黒い106号ともう1台のエクスカベーター、そして見慣れないエクソスケルトンがあった。エクソスケルトンというより甲冑みたいな形をしていた。それが希には気になった。

「君が静賀希か。私は研究員の保科だ」

背の高い女が希に話しかけてきた。希が胸の名札を見る。「保科(ほしな)ユキ」と書いてある。

 「エクスカベーターを調べてみたが何もわからん。表面も中身も真っ暗。まさに黒体(ブラックボディ)だ」

「黒体?」

「X線スキャナーに何も映らないし、核融合炉があるはずなのに赤外線とか放射線をまったく発していない。すべてが中に吸い込まれている。さすが地球外文明のテクノロジーだ」

「地球外文明って、オカルトじゃないですか」

「それがオカルトじゃないんだな…」と保科。「ところでこれを動かしてもらえるか」

「別に動かしたわけじゃないんですよ」

希が違うというそぶりをする。

「ウナギをくっつけたらエクスカベーターが黒くなって…」

「ウナギ?」

「あっ、このエクスカベーターに取り付いた黒体のことです。それが最初私のヘルパーの右腕にくっついて、次にこのエクスカベーターに取り付いて、そこに手をつけたらヘルメットに赤い十字線が現れて、勝手に光線が出て…」

「お前が操作したんじゃないんだな」

「違います。だから解放してください」

「じゃあ、今話したとおりにやってみて。それでハッキリするから」

保科が微笑みながら希の肩を叩く。保科の背後には機構の兵士がいる。

「やりなよ。このままだと機構に捕まったままだよ」

道鋏が希に言う。希はしぶしぶ承諾する。

「じゃあ全員、宇宙服かエクソスケルトンを着用。何が起こるかわからないから」

保科が号令をかける。機構の兵士は90式、希はヘルパーを着用し、残りの人間は全員が宇宙服を着用した。希が心配で見に来ている係長もいた。90式はレーザー銃を装備しているが、それじゃ106号が暴走しても止められないと希は思った。

「それじゃやってみます」

希がヘルパーの右腕で106号の後面を触る。ヘルメットのディスプレイに赤い十字線がまた現れる。

保科の持つタブレットにも希が見ているものが映っている。

「これがその十字線か。頭を振ってみて」

保科が希に言う。希が言われたとおりにする。見ている方向が動いても、赤い十字は動かない。

「今度は頭を前後させてみて」

希は頭を思い切り前後させる。偉そうに命令する保科を映像酔いさせようとした。

「やりすぎ」と保科が言う。

だが赤い十字線は同じ場所を示している。保科は妙だなと考えを巡らせる。

「戦車を見たら、十字線が勝手に狙いを定めて光線が発射されたんだっけ?」

保科が希に尋ねる。希がそうと答える。保科にはわかった。この黒いエクスカベーターは今、敵を狙っているのだ。


機構の隊長がやってきて保科にヘルメットを合わせて接触通信を行う。

保科が眉をひそめる。

「ここから撤退するってどういうことだ?ディガーから私たちを守るのがあんたらの役目じゃないのか?」

「国連安保理にて、ディガーの警備隊を壊滅させた未知の兵器を保有するピットマンを国連保安機構が守るというのは不公平とする動議が決議され、事態の収拾はディガーとピットマンの話し合いに期待することになりました」と機構の隊長が説明する。

「我々としては博士にも撤退を勧告します」

「ピットマンはすでにこいつらを見捨てたんだぞ。ディガーに襲われて死ねって言うのか」

保科が希たちを指さして機構の隊長に食ってかかる。

「そういうわけではありませんが…」

「国連って言ったって私たちは同じ国の人間だろう。あそこの試験中の新型エクソスケルトンを置いていけ。故障したとか言えばいい。それくらいの情けはかけてもいいだろう」

 「カブト零式を、ですか?」

 保科が頷き、秘匿回線で話す。

「カブトには黒体のかけらが埋め込んであるんだろ」

機構の隊長は答えない。保科は話を続ける。

「もう隠していてもしょうがないだろ。パンドラの箱は開いてしまったんだ。目には目を、黒体には黒体を。あの娘ならカブトを扱える」


 ディガーの警備隊がピットマンの採掘地域に入ってきた。名目は「消息不明になった警備隊員の捜索およびディガーの人員にとって脅威となる要因の排除」であった。機構の監視ドローンは戦車隊の他に巨大なエクスカベーターも確認した。


その巨大なエクスカベーターにはガオリが乗り、ディクテイターとディガーが呼ぶ剣が巨大なアームの先端に取り付けられていた。

ディガーとしては「危険な要因」である未知の武器の引き渡しをピットマン側に要請し、黒いエクスカベーターを受け取って帰る計画だ。

「でも、そんなのつまんないよな」

ガオリが剣に話しかける。ピットマンが拒否した場合、武力を使ってでも持って帰れる許可を、国連安保理から得ている。ピットマンの奴らは孤立無援。ウサギを袋小路に追い詰めて狩るような興奮をガオリは覚える。

機構がピットマンの基地から撤退するのをガオリはスクリーン越しに確認した。スクリーンには青い十字線が映っている。それは黒いエクスカベーターの位置を指している。

「お前もアレと戦いたいだろ」

ガオリが剣へのエネルギー回路を開く。すると剣が起動し、みるみる大きくなっていく。

「そっちも本気を見せてみろ」

 

「お前は106号を渡してもいいと?」

保科が希に確認する。希が大きく頷く。

「こんな物騒なもの迷惑です。戦いはゴメンです」

希は自衛隊の試作エクスカベーター、カブト零式に乗り換えていた。零式を装着したときも、なぜか実家を思い出した。さっきよりも鮮明に小包を開けるところが脳裏に甦った。

「ディガーに106号を渡しても、約束を守るとは思えない」と道鋏。

106号から別のエクスカベーターへ黒い触手が伸びる。

「何かした?」

保科が希を見る。希は両手を挙げて首を振る。

「勝手に動いている?また手で触れてみて」

保科が希に言う。希がエクソスケルトンの右手を106号につけると、ディスプレイの十字線が現れた。今度は見慣れない新しいメーターも出ている。

「変なメーターが出てきて上昇してる」と希。

保科はタブレットで零式の映像を確認し、それが何を意味しているか気づいた。

「エネルギーを吸い取っているんだ。今まで攻撃しなかったのはエネルギー切れだったから…」

メーターが満タンになる。

「手を離して!」

保科が希に言う。

だが遅かった。黒いエクスカベーターから強烈な光線が放たれる。基地倉庫の分厚い鋼鉄の扉に大きな穴が開き、光線は月面を疾走する。行く先にはガオリの戦車隊がいた。


「来るぞ!衝撃に備えろ」

ガオリが仲間の戦車隊に叫ぶ。

ガオリが剣をエクスカベーターの前方に出す。飛んできた光線が剣に直撃する。

剣が輝き、光線が左右に割れて後ろへ飛んで行った。月面が数kmにわたって切れ、深い渓谷ができた。

「おい。月が割れるかと思ったぞ」

後方で戦況分析を行うアルトマンがガオリに言う。

「ヤツはエネルギーを使いきったか」

ガオリがアルトマンに聞く。

「これだけの破壊力の光線を放ったら、たぶんエネルギー切れを起こしているだろう」

ガオリがほくそ笑む。

「戦車隊各員。我々は先制攻撃を受けた。目標を確保する。実体弾の使用を許可する。全機攻撃開始」

戦車が腕に持った銃を撃ちながら突撃を開始する。


「何もしてないのに!」

希が困惑する。

「わかってる。お前がやったんじゃない」

保科が希の体を抱いて落ち着かせようとする。

「どうします?」

道鋏が保科に聞く。保科が106号を指さす。

「コイツにもう一発撃たせて奴らを追っ払う。そのために動力を引っ張ってこよう。まだ核融合炉はあるんだろ?」

「ええこの奥に」

「それとコイツを動力ケーブルでつなぐ」

倉庫の壁を貫いて銃弾が飛んできた。それが106号に命中し、黒い破片が飛び散る。倉庫の壁を伝うパイプや機材も落ちてくる。係長が銃弾を浴びて倒れる。

「係長!」

希が助けに向かうがすでに息絶えていた。

「実弾!条約違反じゃないか!」と道鋏。

「今は動力だ!」

保科が身を屈めながら、倉庫の奥にある核融合炉を目指す。道鋏も後に続く。

「私も!」

希も一緒に行こうとするが、保科に止められる。

「お前がやられたら元も子もない」

「痛ッ!」

保科の脚に銃弾が当たった。道鋏が素早く穴をテープで塞ぐ。希はたまらず保科を助けに駆け寄る。

戻れと保科が希に声をかけたとき、巨大な剣が穴の開いた鋼鉄の扉を切り裂き、エクスカベーターが現れた。

「さあ、お家に帰ろうか!」

ガオリが剣のついたアームを操って106号を切り刻んでいく。砲身がソーセージのように輪切りにされ、車体が豆腐でも切るように削られ、希たちが見つけたウナギがむき出しになる。

「射撃止め!これから本体を回収する!」

剣を106号に差した状態で、ガオリがエクソスケルトンを着用して外に出る。

「この嘘つきの人殺しが!」

希は大声を上げると、床に落ちていたパイプを拾って106号を駆け登る。パイプを握る零式の手から黒いものが伸びる。

ガオリがウナギを右手に取る。すると希の時と同じように右腕が黒い銃になる。

「お前には渡さない!」

希が叫び、鉄パイプを振りかぶって突進してくる。ガオリが右腕の銃を撃つ。希が身をかわす。銃が放った光線が106号に刺さった剣に吸収される。ガオリのエクソスケルトンがエネルギー切れになる。

「クソっ!」

「光線を吸収した!これもウナギと同じもの!」

希が鉄パイプで剣とアームを結んでいるジョイントを叩く。ジョイントが壊れ、剣がアームから外れる。希が剣を握った。巨大な剣だが零式のパワーは桁違いでエクスカベーターから抜くことができた。剣から伸びる黒い素材が零式を覆っていく。また手にヌルヌルした肌触りがする。

「俺の剣が!」とガオリ。

 「ようやく、わかった…」

希の脳裏に父からの小包を開けた時のことが甦る。中に入っていたのはウナギのかけらだった。ヌルヌルした肌触りはその時に素手で触ったときの感覚だ。父が見つけたウナギを、希が再び見つけたのだ。

「返してもらう!」

希が巨大な剣を振りかぶる。

ガオリはエクスカベーターの後ろへ逃げて予備のエネルギーパックを装填すると、もう一度右腕の銃を構えるが、光線が発射される前に剣が振り下ろされて右腕が肘から真っ二つになった。ガオリが痛みに絶叫する。希が切れて落ちたガオリの右腕を拾い上げようとしたが、動かない。希の零式もエネルギー切れになった。

「そこにあるのに…」

希が歯ぎしりする。

ガオリが痛みをこらえて落とされた右腕を拾い上げ、切れ口にくっつけてみた。エクソスケルトンの右腕がくっついていく。腕も動くようになった。ガオリが笑う。

「撤退する!援護してくれ!」

希は動けぬまま銃弾の雨を浴びせられるが、零式の装甲がそれをはじき返す。

ガオリが乗ってきたエクスカベーターに乗って退却する。

零式のスクリーンに映るガオリの後ろ姿を希は睨み続け、赤い十字線はガオリの右腕を狙い続ける。



危険なものを見つけたら警察に届けましょう。警察が機能してなければ臨機応変に。

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