卒業
誰もいない教室。卒業証書の入った筒と記念品を持って、自分の席に向かう。
在校生からの最後のプレゼントだろうか、黒板には『卒業おめでとう』の文字と色彩豊かな桜が描かれていた。
「……皮肉だな」
「おーおー湿気た面してんじゃねーよ、こんな門出を祝う日によぉ」
三年間同じクラスで、唯一の話し相手だった親友。
俺と同じ、学年でたった五人しかいなかった『特待生』の男だ。
……そして、全てを知っていながらその肩書きを捨てようとはしなかった。
「これで制服姿も見納めかー、なんか感慨深いなぁ」
「お前の私服は見たことがない。着るのか?」
「いや? 態々着る必要もねーからなー」
着たってどーせ意味ねーし。そう言い残して、彼は教室から消えた。
静かになったのも束の間、他の『特待生』が教室に訪れる。
「やっほー、元気?」
「物好きだな、会いに来るなんて」
「やだなー親友でしょー」
「お前と親友になったつもりはない」
もー、けちー!そう彼女が叫ぶと、後ろからもう一人顔を覗かせる。
その顔は、彼女と瓜二つだった。
「しょうがない。お姉ちゃん、早とちり」
「我が妹ながら強烈!?」
「事実。諦めて。お兄ちゃんに迷惑」
妹が姉を引き摺って帰っていった。
あの姉妹は真逆の性質だからな、仕方がない。そろそろ俺も──
「あ、ちょっと待った。俺お前に頼みごとあったんだわー」
「突然出てくるな。驚く」
「驚いてる素振り全く無いけどな? まーいいや、お前『研究所』行くんだろ? 序でに俺の遺灰も持ってってくれや。秘泉に撒いてくれればそれでいいからなー。じゃ、今までありがとさん」
そう言うと、こちらの返事も聞かずに消えてしまった。
……もう会うこともないだろう。
「……大丈夫か」
「まぁ、な。それより、もう姉妹はここにはいないぞ」
「……知っている」
無言で背後に立っていたのが、五人目の『特待生』だ。
この学園に入学した当初から姉妹の監視役をしていたのが、こいつ。
「……姉はオリジナルサンプルに。妹は被験体に」
「あの姉妹も『研究所』に戻るのか」
「……もう、連れていかれた」
あの二人は姉妹ということになっているが、彼女たちの『原型』は別に存在している。
クローンの中でもっとも有能な二人が、姉妹としてこの学園に入学しただけの話。
「……お前も、戻るんだろう。彼処に」
「あぁ、お前もだろ」
「……分かっている。先に行くぞ」
無言で鍵を俺の机に置き、窓から飛び降りた。
三階から飛び降りて無傷で歩いていく彼女の背中を見送り、ため息を吐く。
「俺も行くか」
一陣の風を起こし、転移魔法陣を起動させる。
寂れた校舎の教室、俺の机。
そっと卒業証書と記念品を置く代わりに、鍵を手に取る。
転移魔法が完成する直前、静かに目を閉じる。
「……卒業、か」