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scineVI-II めぐりあい(2)

「そっか……なるほどな」


天使たちのやり取りを聞いていた男が、口を開く。

その顔は、安心したような、それでいてどこか寂しそうな表情をしている。


「……その男の子が求めているのは『人とのつながり』で、その姉が求めているのは『弟の幸せ』だ。

 弟の幸せを叶えられれば、ある意味当初の対象者もクリアしたようなもんだし……それに、この二人の願いはある意味オレと同じなのかもしれない。

 オレがこういうのもなんだけど……オレからも、よろしく頼む」

「……はい。彼らが私の対象者である限り、かならず幸せにしてみせます」


カリンは確信をもっていう。

彼女の本来の目的は試験合格だが、その声には、それだけじゃない温かいものもこめられているように感じた。

その、頼もしい返答を受け取って亡霊は『ああ、安心した』とつぶやくと、今度は男の子の前に移動する。


「さんたのおにいちゃん……?」

「ごめんな」

「え……?」

「約束、守れないかもしれない」


それだけで男の子は察したのか、一気に表情を崩し泣きそうな顔になる。

本当は余計なことを言うべきではないのかもしれない。

しかし、自分はサンタで、子供と約束をしていた。

なら──自分にできることがもうないのなら、ここでけじめをつけるのが自分ができるせめてものことではないかと、(サンタ)は考えたのだ。


「けど……、ちょっと早いけど、プレゼントはあるんだ」


男の子の顔が、(わず)かに明るくなる。

プレゼントっていう表現は適切ではないのかもしれないけど、と後ろに目配せをして、


「これからは、俺の代わりにこのお姉ちゃんが相手してくれる。……それで、許してくれないかな」

「おねえちゃんは……、おねえちゃんも、さんたさん、なの……?」

「いいえ。私は、天使です」

「てんしさん……?」

「はい。天使は皆を幸せにするもので……今回は、キミを幸せにするために来たんですよ」


こんな振り方で大丈夫だったか、と男は少し心配していたが、カリンは笑顔で引き継いでくれた。

男の子のほうはいまいち事態をつかみきれてはいないようだが、カリンの雰囲気に包まれて表情が柔らかくなっている。


「はは……さすが天使、ってとこかな」

「────」


と、一瞬。

つぶやく男に、カリンが振り返った。


──こちらはお任せを。


こっちはこっちのことを、きちんとするようにと。

カリンの顔が、そう物語っているような気がして。


「うん、そりゃそうだ」


もうひとつ呟きを置いて、この場にいるもう一人の天使に向き直った。




「──セーラ」

「あ────」

「────────」

「────────」


向き直ったまま、固まってしまう。

男はとにかく会おうと必死になっていたが、会ってからどうするかは考えていなかったのだ。


セーラもそれは同じだった。まして天使と亡霊という立場。

それは、見習い天使と対象者の関係とは、似ているようで全く違うものだ。

しばらく固まった後、男は今更のように気まずくなって、視線をそらす。

そらしたついでに、カリンたちを探してみたが、公園には自分とセーラ以外に誰もいなかった。

気を利かせたのか……あるいは、ここくらいは自分でキメろということなのかもしれない。


「…………む」


思わず、軽くうなってみる。

すると、今まで俯き加減で固まっていたセーラが、微笑をもらした。

死の間際に欲した、あの時一瞬だけ見えた気がした、その笑顔────。


「お久しぶり、です」

「あ──ああ、久しぶり」

「その姿は……今年も、お仕事なんですね」

「……ああ、知ってたのか」

「ええ」

「キミは、天使になれた……みたいだね、その羽は」

「はい……今はこの街を、見守っています」


その笑顔のまま、彼女は話す。

耐え切れなくなりそうになりながら、男も応じる。

いや──耐え切れなくなりそうなのは、セーラも同じだった。


天使になれたとはいえ、彼女の中での彼の存在は、途方もなく大きいものだ。

だからこそ、彼女は亡霊(サンタ)のことを知りつつも、あえて接触はしなかった。

────それは、お互いの存在を危うくしかねないから。


「ふふ──ダメですね、やっぱり、うまくいきません」

「え…………?」

「今の私は、天使です。街の人々を見守り、幸福を叶え、……度が過ぎた存在(モノ)があれば、修正を加えるのが、私の役目です。

 今のあなたは、サンタという亡霊です。人々の欲に属し、それを叶える存在(もの)……けれどあなたは、その機能(やくめ)の外で、動いている」

「……そうだな。

 特定個人に肩入れするのも、仕事サボって子供と遊ぶのも、不要な記憶を引き出すのも……一人の天使に固執するのも。

 基本的な使命(しごと)からはどれも逸脱してるし、今年の亡霊(サンタ)はまともに機能しているとはいえないだろうな」


男は平然と、口にする。

自分が度が過ぎている存在に該当するのかとか、彼女と自分の立場が今後どうなっていくのかとか、そういったことは今口にするべきでも考えるべきでもない。

それは自分ではなく彼女か、あるいはもっと上の次元の何かが判断するのだろうし、亡霊たる自分にはそこは流れに任せるしかない。


「ええ。ですが……それは私も同じなのです。

 たとえ、あなたが『度を越えたモノ』として判断されるとしても……たとえ、世界が私にそれを命じたとしても、私はそれを修正する気にはなれない」

「セーラ……」

「ふふ……私たちの存在といっても、脆いものですね。

 私はただ、一人に焦がれるだけで存在が危うくなるし、あなたは今も昔も……危ういままです」


寂しげな微笑で、セーラはいう。

その中に含まれていた、ひとつの告白。

同じ想いに、男は胸を一杯にして。

セーラは、それを感じながら、ひとつの提案をする。


「最後の夜……クリスマスの夜に、もう一度、ここで会いませんか」

「クリスマス……」



クリスマス。聖夜。最後の夜。

生前の亡霊が彼女に会った最後の日であり、見習い天使の試験最終日であり、サンタの仕事が終わる……即ち、亡霊(かれ)がこの世にカタチをもって繋がっていられる、最後の日。


「私たちには、やらなければならないことがあります。

 私は天使として、カリンさんの試験のことや、今後のことを確かめなければなりませんし……あなたにもサンタとしての仕事がある。

 ですから……全てを片付けて、最後にまた、会いましょう」


セーラは提案する。

自分たちは外れてしまったけれど、それでもまだ、次へ繋がるようにと。


「────ああ、そうだな。俺たちにはまだ、仕事がある。なら──自分たちに時間を使うのは、その後だ」


男もすぐに、それを察する。

やるべきこと、そして今後のためにできることは、まだまだあるはずだ。

なら──他でもないセーラのために、できる限りをやらなければならない。


「それまでに、できる限り、徹底的に俺なりの『サンタクロース』をやってやるさ。

 だから、かならずここで会おう。今年のクリスマスも────」


男は、そこで言葉を飲み込んだ。

この続きをいうには、まだ早い。

その約束(ちかい)は、最後の夜にこそするべきだ。


「はい。それではまた、クリスマスに」

「ああ、かならず」


それだけを言って、二人は暫し別れる。

セーラは、天界に。

男は、サンタとしての仕事をするため、街に。


誰もいなくなった公園には、積もった雪にただ小さな一人分の足跡だけが残っていた。


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