表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

scineII 天使と見習い

全身赤、という派手な格好をしながら、誰にも注視されない亡霊(おとこ)

その彼を、しかし遠くから注視していたモノがあった。


「今年も──来たのですね」


ソレは、人のカタチをしていた。

しかし、その身体に雪が積もることはなく。


「よりによってこの街で──いえ、この街だからこそ、ですか」


ソレは、美しい女性の姿をしていた。

しかし、彼女が注目を浴びることはなく。


「そして貴方は覚えていない。私だけが──」


彼女もまた、人とは違うモノだった。

しかし、彼女の正体は亡霊などではなく、サンタなどでもなく。


「皮肉なもの、ですね。ですが」


彼女が何かの気配を感じ取る。

何か──あの亡霊(サンタ)よりも、自分に近いしい存在の到来を。



やがて、彼女の前に一人の少女が現れた。

背は小柄で、顔は童顔。

栗色のロングヘアーにカチューシャがよく似合っていて、手には黒い手袋、服は黄色いセーターの上に赤茶のコートを着込んでいる。


「──今年は、いつもと少し違うことが起きそうですね」


少女は彼女を見留めると、誰からも注目されなかった彼女をしばらく観察する。

黒髪のロングヘア、赤い手袋とマフラー、足元まで隠れる灰色のロングコート。


「あ、あの……お姉さんは、」


少し迷っている様子だった少女は、意を決したように口を開く。

先ほどの視線の流れをもう一度追いかけ、


「──お姉さんは、天使なんですか?」


そして、背中に見える純白の翼を見て。

おそるおそる彼女を見つめる少女の背中にもまた、ほんの小さな──そうと言われなければわからないくらいの──出来損ないのような羽が、ふよふよと浮かんでいた。




――――――――



そのとき、亡霊(サンタ)は確かに何か異質な気配を感じた。

脳裏にはしるそれはもはやノイズといってもいいかもしれない。

それが何かまではわからない。

しかし、下手をすると自分の存在そのものを揺るがしかねないような、それ程の何かを、彼は感じ取っていた。


「ああ──まったく。何だって言うんだ今年は。子供に存在(すがた)感知さ(みら)れたってだけでもイレギュラーだってのに、今度はいったい何なんだ」


独りぼやく。


感じ取ったのは決していい予感ではない。どちらかといえば悪い予感だ。

しかし、どういうわけかそこに懐かしさのようなものも混じっている……ような気がする。


これはどういうことか。一体なぜなのか。

わからない。


そもそも自分はただの亡霊だ。それが、サンタという役目(ガワ)を与えられただけの存在だ。

懐かしさを感じるような記憶なんて、ほとんど残っているはずがない。

──わからない。



第一、こっちは既に、さっきのイレギュラーのせいで方針も定まらず、仕事は遅れているといっていい。

そりゃぁ、自分にとっては何の見返りもない仕事だ。

遅れたからって自分にとってはどうということもない。

しかし遂行できなきゃそれはそれでまずい気がするし、それ以前にちゃんと終わらせないと何かとんでもないことが起こる気がしてならない。


けれどどういうわけか、サンタという亡霊である存在であるところの自分は、今回のイレギュラーがどうしても気になってしまっているわけで────。



「──わからない。

 俺は、いったいどうすれば────」



思考が硬直する。

何のことはない。

自分は『サンタ』という役割を持つ、ただの亡霊だ。

演じるべき役目を得た時点で、生前の『彼』としての存在は希薄であり、

能動的な人格や記憶はほぼ、『役割』に上書きされ、『使命』に占領される。

個性としての性格は残るが、それは役目を阻害しない程度の、あくまでもただの個性として制限される。


────故に。



「……俺は、ただ役割をこなすことを考えればいい」



確かに仕事は遅れているが、まだまだ取り戻す余裕は十分ある。

ならば、せいぜい働くとしよう。

そう、思い直して亡霊(サンタ)は再び街へ向かう。


……その脳裏には、しかしいまだにささやかなノイズが張り付いていた。




――――――――



おねえさんは、てんしなのですか?


ああ、確かに、その少女はそう言った。

問うた少女には小さいながらも羽が見え、

対する自分には、大きな翼がある。

ならば、答えなくてはいけない。

自分も、少女と同じくそうなのだと。



「ええ、そうです。私はセーラ。下級ながらも、この街の守護を任とする天使です」



告げる。

彼女の存在(しょうたい)と、その真名を。

そして、彼女──セーラは、少女に問う。


「あなたは……見習いの天使ですね。対象者が見つからないのですか?」


問われた少女が目を見開く。

それはそうだ。突然こんなことを言われれば誰だって驚くし、普通の人間にはこんなことを言ったって通じないだろう。


「────はい、天使セーラ。私はカリン。仰るとおり、最終試験でこの街に来た、見習い天使です」


しかし、彼女たちは普通でもなければ、そもそも人間でもなかった。

セーラは天使であり、カリンと名乗った少女は天使の見習いであると、そう言った。



「この街で最終試験、ですか。……懐かしいものです」

「セーラさんも、ここで……?」

「ええ。誰しも最初は見習いから始まります。

 天界で教育を受け、習熟度が一定水準に達したら『最終試験』と称して人界へ降りる。

 そして、そこで合格基準を満たせば晴れて天使になることができ、天界へと戻る。

 カリンさんは、後一歩で天使になれるのですね」


遠い目をしてつぶやいた言葉へと投げられた問い。

それに返った答えには、やや悲しみの色が混じっていることにカリンは気付いた。

そのことを怪訝に思いつつも、今は自分が最優先と問いを重ねる。


「はい、ですが……困っています。少し、トラブルというか……」

「ええ──ええ。わかっています。大丈夫です、そこは、私がフォローしますから」


少女へと向ける微笑みにはやはり悲しみの色を混ぜながら。

天使(セーラ)は、これが今の自分の役目と、その仕事を請け負った。


カリンは、安心に胸になでおろす一方で、セーラの微笑みに落ちる影が気になっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ