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終わらせる者 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 君のまわりに機械オンチな人はいるだろうか?

 僕の知り合いにも何人かいるけれど、少し不思議なことに実生活の他の部分では、優れた動きや判断のできる人が多い。それが機械を前にするとうまく扱えなかったりするんだよね。

 フィクションにあるような、触った瞬間にボン! とかはさすがにないけれど、ほどなく「動かなくなった〜」と声があがる。

 見た感じ、自分から動いた結果というのが多い。いきなり主電源きったり、やるべきじゃない操作をやっちゃったり。なまじ優秀だから誰かとかマニュアルとかに頼らない。


 だが身体能力やアドリブでどうにかなることもあるアナログな相手に対して、機械は融通がききづらい。

 できないことはできないと、はっきりノーを突き付けるし、データが傷つけば根性でカバーしてくれることなく、消去などにうつってしまうこともある。

 肉体言語で動くこともあるが、ありゃあ言葉は通じてないな。揺れで回路が通じただけだ。

 

 この手の格別、不器用な性格は疎ましがられるものだが、突き抜けるならもはや個性。

 そのオンチ極まったのかという人の話、聞いてみないか?

 


 とある武家に生まれた三男坊の話だ。

 幼い時より、徒手空拳での稽古では無類の強さを持っていたらしい。投げといい拳といい、巧みなさばきで相手をねじ伏せる。

 齢四歳のときより、形式の決まった勝負なら後れをとることもあったが、なんでもありとなれば、大人であってもそうやすやすと下せないほどだったとか。

「これは楽しみな子だぞ」と父も兄たちもうなったものの、すぐ別の問題が浮上した。


 彼は武器を扱うことに関して、これっぽっちも才能がなかった。しかもそれは、ブツを壊すたぐいのもの。

 弓の練習をさせようとしても、引いた弦は矢を放つより先に切れていく。力を抜けと、いくら教えても同じ。

 刃物を使えば、目釘などの刀身のおさえがひとりでに緩み、最悪の場合は中身がすっ飛んでいく。

 銃を使えば、直前まで万全の手入れが成されていても鉛玉は出ず。ひどいと火薬が悪さをしたのか、爆発音とともに銃身が真っ二つに折れることもあったらしい。

 その子のために、特別にあつらえた丈夫なものでも、その寿命は彼の一撃を超えることはできなかった。代わりに放つ一撃は巨岩をも砕き、貫くという恐るべき威力を誇っていたとか。

 そして彼は成長とともに、似たようなことを己が拳でもやってのけたのだとか。



 徒手空拳で武装した相手をねじ伏せる。

 実際にでき、目にしたならばさぞ痛快な光景だろう。だが、そのような無茶でむざむざ大事な命を落とさせるわけにはいかない。

 父親たちは悩んだ末、彼を寺へ預けることにしたそうだ。

 そこでも彼はかの特異な性質を発揮してみせた。

 もろもろの仏具や清掃道具に至るまで、彼の破壊のえじきとなってしまう。ついには筆にもおよび、彼の手習いはもっぱら指に墨をつけ、行われたらしい。

 しかし負の面ばかりじゃなかった。荷運びはもとより、薪割りなど本来は道具に頼らねばならない仕事も、彼なら素手でこなせることもしばしばだったという。


 しかし、一年半ほどを寺で過ごしたのち、寺の僧たちが気味悪く思い出すこともあった。

 かの子に用意された寝室のみ、他の場所に比べて傷みが早いというんだ。すでにこれまでの期間で、部屋の調度品のほとんどが一度は取り換えられていた。

 いずれもひと息に砕けるなどではなく。サビ、カビといったじわじわとなぶるかのごとき現象でもって。彼の部屋の周りだけ、つぎつぎに老いさらばえて、また生まれ変わるのを強要される。

 あいつにふれあうと、自分たちさえカビていくぞ。

 口さがない者は、そうウワサを流すこともあり、まだ成熟しきらない彼の心は日に日に傷ついていったという。



 そのおり、この寺と関係のあるよその和尚が、子供を引き取りたいと申し出てきた。

 かの和尚の寺は、いわくのあるものを預かって処分するという、人形供養を手広くしたような仕事を請け負っていたらしい。

 家にも話を通し、寺をうつった子供はそこで大きな蔵のひとつに案内される。

 そこは血を吸った武具たちの供養を行う場所だった。時代柄、人が斬られることは珍しくないが、中にはざんきに堪えない者もいる。

 それらの武具を預かることを請け負っていたが、ときに処分されるのをよしとせず、手にした者を何かしらの拍子で傷つける、妖刀めいたものも横たわっていたのだとか。

 子供の特異な性質を聞き知った和尚は、彼らに静かな終わりをもたらすため、引き取りを申し出たんだ。

 子供も、これまでの暮らしで経を見聞きし、学んでいる。彼は昼夜を問わず蔵へこもり、読経を続けていたという。

 寺が刃物を預かる本数は時期によりまちまちだった。たとえそれほど使っていないように思える品でも、彼と共にいるうちにおのずと身体が衰えていき、ついには蔵の周りの土と大差ない色のサビの塊と化していったのだとか。



 その彼のつとめは十余年続いたが、和尚の死とともに彼は寺を出た。

 ここでも彼の存在を気味悪がり、快く思わない者も多かったからだ。

 そして彼の実家も、折あしくお家騒動の渦中にあり、負け側に従ったことで断絶の危機に陥っていた。

 家に恨みを持つ輩は、寺にいる自分の身さえも将来の禍根として、断ちに来る恐れもある。

 そう判断した彼は剃髪した修行僧の身なりとなり、全国行脚の旅へ出たのだ。

 つとめのかたわら、彼はその力を鈍らせないよう鍛錬をしている。みすぼらしい姿の彼をなお追いはがんとする者、辱めようとする者が現れると、彼はその我流の体術をもって相手を叩き伏せたのだとか。

 もし、そのまま長く世にいたならば、武田物外が称された「拳骨和尚」に似た名で通ったかもしれない。しかし残念ながら彼の消息はある時から、忽然と途絶えてしまう。



 その彼が再び表に出てきたのは、実に150年後の江戸時代を待たねばいけなかった。

 本土の近海に浮かぶ離島のひとつ。そこに大規模な工事の手が加わった際、取り除けられた岩盤の向こうから出てきた十二畳ほどの空間。そこにうずくまる人骨があった。

 ほとんどボロと化した衣服から出てきた巻物には、その仏の半生が記されており、それがあの特異な彼の半生と一致したんだ。

 指に着けたと思しき太めの文字。それでつづられる彼の最期は次のようなものだった。



 150年前、自分がこの島にほど近い本土の海沿いにある村に泊めてもらったとき、「一晩で島が消える」という話で持ち切りだった。

 実際、その晩に自分も目で見た。村民全員が、いっせいに目を覚ますほどの大きな揺れ。一緒に自分も起きて、外へ出てみると皆が海を見やっている。

 それにならうと、そばにいた一人が沖合に見える島の影のひとつを指さしてきた。


 かなり遠方にあると思しき、小さな影。その頭からこうこうと輝く、赤い光の柱が立っていた。島の何倍もあろうかという高さの光にみとれていると、また地面が揺れた。

 瞬間、村より手近であったこの島の端から、強い光がまたたく。ほどなくして、かの遠方にはもう一本の火柱が立ち、それによって完全に島の影は隠れてしまった。そして夜が明け、光のおさまるとき、その姿は形も残っていなかったのだ。


 この異変に、自分は島へ向かおうとしたが、はじめは村民たちに止められた。

 あの光があらわれてより、村の者や村に立ち寄った落ち武者らしき者も、がっちり武装した誰もが帰ってこなかったらしい。

 自分は武術のたしなみもあると説き、無理をおして彼は島へ上陸した。

 昨夜の記憶を頼りに、光源へ向かうも、気がつくと首に提げた香炉や錫杖の先の遊環がさびついている。更に歩を進めると、それらのさびもまた広がり続け、朽ちた鉄のごとき格好になってしまったとか。


 自分と同じか、それ以上の強さを誇る性質。

 ますます興味をひかれた自分は、やがてぽっかり空いた洞穴からここへたどり着いた。

 そこには人と同じ大きさでありながら、イカかタコのように何本も足をそなえて直立する、いくつかの影があったのだ。

 彼らは自分に気がつくと、理解できない音をいくらか発したのち、薄暗い岩屋の中でもはっきり分かる光を放った。

 自分の足元で大きく石がはじけ、土がえぐれる。そしてあとに残る焦げ臭さ。

 どうもきゃつらは片手で持てるほど小さく、音も立たない火縄を用いているようだった。

 だが撃ち慣れていないと見えて、後に数発続くも、自分の身体をとらえるにはいたらない。


 影の明らかに狼狽するさまを見て、一気に間合いを詰めた自分は、思い切り拳を打ち込む。

 魚を思わせる柔らかさとともに、吹き飛んで壁に叩きつけられた影は、たちまちしなびてしまった。それを見て、他の影は自分の入ってきた道より散り散りに去っていく。

 すぐ追わなかったのは、先から彼らの背後に立っている白銀の光を放つ大きな筒を見やっていたためだ。


 話に聞く、大筒とやらか。

 これまで目にしたいかなる銀よりまぶしく、不可解な青白ささえ浮かべる砲身は斜めへ上向いている。その先からは外の光がわずかに差し、穴が空いているのが悟れた。

 と、ほどなく地面の揺れと共に、頭上から大小の落石。

 かろうじて身をかわすも、いざ抜け出ようと入ってきた箇所へ向かうと、そこはすっかり塞がれてしまっていたのだ。

 あの逃げた輩の策略であろう。この未曽有のからくりとともに、自分をここへ封ずる気と見えた。

 だが、それでもよい。

 このからくり、自分が近づくときらめきがじょじょに鈍っていく。おそらく効いているのだ。自分の力が。

 島さえひと息に消す災いのもと。わしはこれを残された命をもって、完全に封じよう。

 いつかこの文字を目にする者よ。

 そのときもし、このからくりの姿が残っているならば、厚かましくて済まぬ。どうか完全に無へ帰してほしい。

 

 その空間には、もはや岩以外にわずかなサビの破片しか見つからなかったらしいのさ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 人工物を急速に劣化させるとは、さながら「∀ガンダム」の月光蝶を思わせる能力ですね。 妖刀を始めとする呪われた武具を朽ちさせる役目は、主人公だからこそできる仕事ですね。 和尚の庇護下でこの役…
[一言] 松本零士の作品にこういう菌が出てくる話があった気がします。 蟲師にでも出てきてたかな。 こういう話怖いけれども好きです。
2022/09/09 17:56 退会済み
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[一言] やっぱり宇宙人ですかねぇ? 自分の星に知らせようと頑張っていた? それともイカ娘?
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