魔物との戦い
「こいつが魔物か……魔物と戦るのは、初めてだな」
拘束された魔物を前に、ゲルドが一歩前へと出る。
俺たちは、この先魔物……魔族と戦うことになる。だから、予め魔物と戦える機会があるなら、それを使わない手はない。
まだ、魔物の出現はごく少数だという。だから、貴重な体験でもある。
「ゲルド、気をつけろよ」
「わかってるよ」
いつの間にか、ゲルドは二本の短剣を持っていた。手の中でくるくると回し、しっかりと掴む。
模擬戦のような、木刀ではない……正真正銘の、真剣だ。
「では、始めるぞ。拘束を解く」
老兵士によって、魔物の拘束が解かれていく。その光景を見ながら、ゲルドはただ黙って魔物を見つめていた。
おそらく……俺と、同じことを考えているのだろう。
「狼みてぇな生き物……だが、足は六本。体毛は石を砕くほど硬い、か」
「グルルル……グァアア!」
魔物を観察するゲルド、その前で魔物の拘束は解かれた。今まで閉じられていた口が開き、獰猛な叫び声が上がる。
まるで、胸の奥にまで響くような、重々しい声……これが、魔物の威圧感だ。
「ぅ……」
「大丈夫よ、大丈夫」
リリーは隣のシャリーディアに抱きついている。ドーマスさんも、ミランシェも、初めて見る目の前の魔物に緊張を隠せないようだ。
そんな中で……シャリーディアは、なんだか落ち着いているようにも見えた。神官という立場から、こんなことでは動じないのか……
それとも……いや、気のせいかもしれないが。ドーマスさんたちに比べて動揺が少なく見えるのは、もしかしてこれより以前に、魔物を見たことがあるのでは……
「グルルルァアアアア!」
考え事は、魔物の声にかき消された。魔物が、ゲルドに向かって突進し始めたのだ。
狙うのは、目の前に立っている獲物……そう言っているかのように、その赤い目はゲルドだけを見つめている。
「圧力がやべぇな……!」
離れたところにいる俺たちですら、結構な圧力を感じる。対峙しているゲルドは、比ではないだろう。
魔物の口が大きく開き、鋭い牙が光る。それで、ゲルドを噛み切るつもりなのか。
「よっ、と」
しかし、ゲルドはそれをさらりとかわす。それだけでなく、自分の横を通り過ぎた魔物の体を斬りつけるおまけ付きだ。
だが、真剣であっても魔物の体には、傷一つつかない。硬いもので弾かれた音がするだけだった。
「やっぱかてぇか。だが……動きは、単純、だな」
突進をかわされた魔物は、狙いをゲルドに残したまま、再び突進し、牙を、爪を振るう。しかし、そのことごとくをゲルドはかわす。
ゲルドの言うように、魔物の動きは単純だ。とはいえ、ほとんどの人間なら魔物と対峙した瞬間、恐怖から動けなくなり、魔物の餌食になる。
そうならないあたり、ゲルドはやはり強い。それに、いくら単純な攻撃だからといって、あんなにひょいひょいかわせるものではない。
「目がいい、のか。あいつ」
【鑑定眼】の『スキル』は、敵の急所を見るだけで目が良くなる効果はない。はすだ。聞いたことないからわからんけど、そんな効果があれば本人が言うだろう。
だから、おそらくあれはゲルド本人の力。これまでの経験で目が養われ、魔物の動きをちゃんと見てから避けることができている。
魔物の動きは、モンスターのそれとは段違いだ。それでも、ちゃんと対応できている……それも初見で。
「動きも、凶暴性もモンスターより遥かに高い。おまけに剣でも傷一つつかねえ、か……なるほど、確かに厄介だな」
魔物の攻撃をかわしながら、それでもゲルドは、確かに笑っていた。いくら、命の危険があれば止めに入ってくれる状況とはいえ……
この状況で、笑っていた。
「厄介だ。……ま、だいたいこんなもんか」
しばらくの攻防戦……というには、魔物の一方的な攻撃をゲルドがかわしていく展開。たまに反撃するゲルドの剣は、通らない。
このままでは、ジリ貧だ……そう思われた時、ゲルドが足を止める。魔物と距離を取り、短剣を構えた。
「魔物の程度は知れた。次は、俺のターンだ」
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