狂気の狭間
そいつから向けられるのは、明らかな殺気……死と隣り合わせだった冒険をしてきた俺には、よくわかる。
だが、信じがたいことだ。そいつ……ザーラ・マ・ファルマーが、娘のリリーに、殺気を向けているなど。
「お、とう……さま?」
それに、気に入らないのは……
リリーも俺と同じく、生死の冒険をくぐり抜けてきた。つまり、リリーも殺気を気取る力はある。しかも、自分に向けられるものならなおさら。
だから、リリーは自分の父親から、殺気を向けられているとわかってしまっている。
それを、リリーに感じさせること……それが、気に入らない。
「あんた、なんのつもりだ」
俺は、問いかける。あのおっさんが、俺を殺そうとしていたのは、知っている。現に俺は一度、あのおっさんの指令を受けたゲルドに、殺されている。
だから、これが俺に向けられた殺気だというのなら、わかる。
だが……それは、違った。
なんの理由があってかは知らないが、こいつは、リリーに……!
「答えろ!」
「……」
しかし、奴は答えない。ただ、不気味に笑うばかり。
正気か、それとも正気を失っているのか……
娘に対する気持ちは本物の、はずだ。だから、今のザーラは正気を失っている、と考えた方が自然ではあるが……
「考えてる暇は、なさそうだ……」
今にも襲い掛かって来そうな男を前に、悠長にもしていられない。
正直、俺を殺そうとしたこの男に仕返しできる場面があるなら、俺は喜んだだろう。今の生活を気に入っていることと、俺を一度は殺したこととは、別の話だ。
ただ……その機会が訪れても、娘の、リリーの前でというのは、少々気が引ける。
「お、お父様……!」
「あぁ……邪魔、邪魔、邪魔、だ! お前も、お前も! 私の前に立ちふさがるなぁ!」
「!」
明らかに正常とは言えない……発狂したように叫び、国王はその手に剣を握り、俺たちの方へと突っ込んでくる。
あれは、この王の間に、まるで権力の象徴のように飾ってあった剣か……
って、そんなことはどうでもいい!
「リリー、後ろへ!」
「ひ……」
どんな意図があってか知らないが、自分の手で、俺を殺すつもりのようだ。もしかしたら、リリーのことも。
相手は武器を持っているが、俺は素手だ。とはいえ、素人の剣くらい素手でも……
「ふっ……」
「え……」
正面から無謀にも突っ込んでくる国王、その姿が不意に消える。
見失った? 油断……いや、相手が誰でも、この極限の状態で油断なんて、するものか。
となれば、国王は……
「っ……!」
意図的に、俺の死角に入り込んだ。俺の視線を正面に固定させておいて、実体は……
「上か!」
消えたと錯覚するほどの素早さで、国王は飛んでいた。あんな老体で、こうも動けるのか。
しまった、回避が……
「死ねぇエエエ!」
「く……」
ガギンッ……!
刃は、俺に振り落とされた……が、それが俺に届くことはなかった。
鈍い音を立てて、剣を弾いた……いや、弾かれたからだ。透明な、なにかに。
俺と国王の間を、まるで見えない壁のようなものがある。その、壁の正体は……
「リリー……」
「はっ、は……」
両手を前にかざし、その『スキル』【絶対防御】を展開している、リリーの姿だった。
その名の通り、リリーの【絶対防御】という『スキル』は、どんな攻撃も通さない。あの危険な旅の中で、誰一人欠けることなく生きてこれたのは、リリーがいたおかげだ。
そんな、頼もしい存在を……娘を、国王は虫を見るような目で、見ていた。
「お父様、ロアお兄ちゃんから……ロアさんから、離れてください」
「リリーよ、我が愛しい娘よ。この壁をどけなさい。いい子だから」
「離れてください!」
それは、おそらくリリーが初めて、国王に、父に向けるであろう激情。
それを受けても、しかし国王はたいした反応もなくて……
「そうか、私の邪魔をするというのだな……なら……」
先ほどとは違って、今度はどこか寂し気に言う……直後に、右手をリリーへと向ける。
嫌な予感がする。今すぐ国王を止めないと……
「! リリー、壁を解除して……」
先ほど、俺を国王の剣から守ってくれた、【絶対防御】の壁。しかし、今度はそれが、俺が国王の所へ行くための通路を塞いでしまう。
すぐに、リリーに『スキル』の解除を呼びかける……が……
それよりも、国王の口が動く方が早くて。
「消えよ、リリー」
「ぇ……」
それは呪いのような、言葉。これまでに向けられたことのないであろう悪意が、リリーを傷つける。
だが、リリーを襲ったのは、言葉の刃だけではない……次の瞬間、目を疑うような光景が、広がっていたのだから。
「……リリー?」
それを嘘だと、幻だと笑い飛ばせれば、どんなによかっただろう。
だけど、とてもそんな気にはなれなくて。
だって、さっきまでそこにいたはずの、リリーが……
「……消えた?」
……最初から、そこになどいなかったかのように、消えてしまったからだ。
国王の「消えよ」という言葉を受け……直後、そこからリリーが消えてしまった。
その場から、パッと。同時に、リリーの【絶対防御】も、消えていった……
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
もし面白い、続きが見たいと感じてもらえたなら、下の評価やブックマークを貰えるとテンション上がります!




