目覚めたその先は……
…………
……
「……ぁ?」
一度は暗く落ちて、落ちて、沈んでいったはずの意識……それが浮上していく感覚を覚え、意識はゆっくりと、しかし確かに覚醒する。
次いで、覚醒した意識は自然と、閉じられていたまぶたを開く。……目が、開いた。視界が、開けたのだ。そして、視界にはしっかりと、色が付いていた。
……どういう、ことだ? それに、ここは?
「……?」
目が覚めたら、目の先には見知らぬ天井があった。ここはどこ……いや、それよりも俺はさっき死んだはずだ。目が覚めること自体、おかしいはずなのだ。そう、おかしい。
おかしいと言えば……じっと眺めていて気づいた。目の先にあるのは、見知らぬ天井などではなかった。見覚えのある……いや、とても懐かしさの感じる天井。
これ、は……
「あら、起きたのね」
そんな俺の困惑の様子に気づいたのか、俺の顔を覗き込んでくる女性の顔。どうやら近くに、人がいたらしい。人の気配すらも感じ取れないほど、今の俺は困惑していたのか。
今俺は天井を見つめている。背中はふかふかだ……ベッドかなにかだろうか。そんな俺を覗き込んでくる……ということは、その人物はベッドに座っているのか。歩いてきた風でもないし、まるで寝ている俺の顔を眺めていたよう。
「……!」
だが、そんな観察はすぐに頭から吹っ飛んだ。どうでもよくなった。……その顔に、俺は言いようのない懐かしさを感じたからだ。
その顔を、俺は知っている。少し記憶よりも若いが、間違いなく知っている。だが、そんなはずがないのだ……ここに、彼女がいるはずがない。それがわかっているから、俺は困惑を深めている。
そう思いながら、思わず、その顔に手を伸ばす。しかし、目に映る自分の手は……ひどく小く、短かった。
「ぁ……」
「おぉ、寝起きから元気みたいだな」
さらに、部屋……の外から、誰かが歩いてくる足音がした。声は、男。その姿を見ようと首を動かそうとするが……なぜか、うまく動かない。動かそうとしているのに、だ。
そうこうしているうちに、先ほどの女性と同じく、俺の顔を覗き込んでくる今度は男性の顔。その顔を見て、俺は唖然とした。懐かしい……どころではない。女性含め、俺はその顔を知っている。
知っている。おかしい、はずなのに……間違いないと、俺の中のなにかが訴えてくる。彼女の、そして彼の名前は……
「見てカール、この子ったら必死に手を伸ばしてかわいいわ」
「そうだな、きっとマーシャ……いやお母さんが美人だって、赤ん坊ながらわかってるんだろう」
「やだもう、口が上手いんだから」
……やはり、俺の思った通り……男性の名は、カール。女性の名はマーシャ。その名前は、聞き間違いのない……俺の……
……母さん……それに、父さん……?
「ぁ、あぅ……?」
バカな……あり得ない! 二人は、遠い故郷の村で暮らしているはず。意識を失う直前まで、あの王の間にいた俺の目の前にいるはずがない。
でも、そっくりさん……ではない。本人かどうかの区別くらいつく。だが、俺が最後に見た記憶よりも、若い。
両親の存在、そして、懐かしい天井……あり得ない、はずだが……まさかここは、俺の実家……だとでも、いうのか?
というか、さっきから、まともな言葉が出ない……
「よーしよしロア、高い高いをしてやろう」
そう言って、笑顔を浮かべるカールは俺を抱き上げる。……そう、抱き上げたのだ。十九歳であるはずの、俺の体を。軽々と。
俺の手は、小さい。これは成人男性の手ではない……まるで、赤ん坊のそれだ。なにかの間違いではないかとも、思う。
だが、今呼ばれた名は……ロアというのは、確かに俺の名前だ。俺の両親と同じ名前、同じだが若くなっている両親の顔、実家らしきこの場所、俺自身の名前……
そこまで考えて、俺は一つの可能性に至った。
「あぅ」
言葉が、出ない。喋っても、口から出るのは幼子のような声。
まさか……とは思う。そんなはずがない。でも、同時に間違いないと、謎の確信があった。
そして、その確信を後押しするかのように……俺の疑惑を確信へと変えるものが、そこにはあった。姿見……その正面にあるものが、反射して見えるようになるアイテムだ。つまり、自分の姿を自分で見ることも可能なのだ。
「……!」
……そこには、若き父親と思しき人物。そして彼に抱かれた赤子の姿があった。赤子の自分の姿など、覚えているはずもない……だが、試しに手を振る。姿見に映し出された赤子も、手を振る。
あらゆる状況が……これは、俺だと、言っていた。
「あ、あぅあ……」
赤子になった俺、俺の記憶よりも若い両親……これは夢だろうか。しかし、夢にしては、俺を抱くその腕は温かい。
夢ではない……そうならば、もう一つの可能性が湧いてくる。それは信じられないものだ……けれど、信じる他にない、のだ。
俺は、過去に……生まれた頃に、戻ったのか?
「あぅぅ……!」
生まれた頃の記憶なんて、あるはずもない。それでも、この温もりが、優しい顔が、見慣れた風景が、なぜだかとても懐かしくて。
時間は未来へ進むことはあっても、過去に戻ることはない。それは、当たり前の話だ。
その、当たり前が……当たり前では、なくなってしまっている。現にこうして、俺が過去へと、戻ってしまったのだから……
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