4
真っ暗な絶望の中に突き落とされたような感覚を覚える。目が熱くなって、涙が零れそうなのをぐっと我慢する。涙をぼろぼろと流すみっともない姿を見られたくないネフィーシアは、かしこまりました、と半ば吐き捨てるように言ってその場を去った。
本来、王家の主催する夜会は、必ず正妻をパートナーとして伴って出席するもの。たとえ多くの妾を囲っている者とて、王家の夜会には必ず正妻を立てる。それが家の面目を立て、貴族としての品位と矜持を保つからだ。
正妻を伴わないのは、例外もあるが、亡くなった妻に操を立てている男寡か、妻との仲がよほど悪い男くらいだ。
もちろんネフィーシアは重い病を患っているわけでも、夜会に参加できないほど体調が悪いわけでもないし、妊娠している訳でもない。故に、もしローレンツが新妻を伴わず、1人で行こうものなら十中八九、下世話な話の好きな、姦しい夫人方の噂の餌食になるだろう。
そして彼女たちはくすくすと笑いながら扇の陰でこう囁き合う。カーティス公爵夫妻は、どうやら仲が芳しくないようね、と。
ネフィーシアは自室のベッドに崩れ落ちるように身を横たえた。仰向けになって天蓋をじっと睨みつける。
涙を溢すまいとする努力も虚しく、一筋の涙が頬を伝ったのを皮切りに、次々と雫がシーツを濡らした。悔しさと悲しさ、そしてほんの少しの屈辱。様々な感情が綯い交ぜになった涙が、ネフィーシアの白く美しい頬を汚す。
正妻を伴うべき舞踏会にも連れられず、家でも女主人としての仕事を与えられない。心から慕う夫には、よそよそしくステファン嬢などと呼ばれる始末。これではとても妻とは言えない。
愛されてはいなくとも、せめて対外的には『カーティス公爵の妻はネフィーシアである』と思われたい。そんな浅ましく図々しい考えが自分の中にあると自覚しているネフィーシアは、己の卑しさに言いようのない恥辱を感じた。
こんこんこんと控えめにドアがノックされる音でネフィーシアは目を覚ます。いつの間にか眠ってしまったらしい。窓の外を見ると、空は既に真っ暗になっていた。
様子を見にきたらしいセレネーに、入室するよう促す。
「奥様、お目覚めですか?」
「ええ。入浴だけ済ませるから、準備をお願い」
「お夕食はいかがなさいますか。何かお口になさった方が」
「結構よ。どうもありがとう」
セレネーが部屋の明かりを灯す。
ネフィーシアがベッドから身を起こすと、目を真っ赤に腫らして陰鬱な雰囲気を漂わせる女が、鏡に映っていた。
そんな主人を見かねたのか、セレネーはネフィーシアに濡れたリネンの手拭いを黙って差し出した。
「旦那様は、何か仰っていた?」
セレネーは目を伏せ、控えめに首を振る。
「お考えは、変わらないようです。夜会にはお一人で参加なさると……」
「そう」
ネフィーシアはふいっと顔を背けて、窓の外を見る。もしかしたらお考えが変わったのではと僅かな期待を抱いた自分に嫌気がさした。
夜空に星は1つとして浮かんでおらず、まるでネフィーシアの心中を表しているかのよう。ネフィーシアの桃色の薄い唇から、小さな溜息が漏れ出た。




