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公爵夫人の初恋  作者: 鞠木なつ
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2.舞踏会

3年前、ネフィーシアが17歳の初夏。

それはネフィーシアが親しくしていたある侯爵家の舞踏会でのことだった。そのときのネフィーシアは両親を亡くしたばかりで、屋敷にこもりがちになっていた。彼女を見かねた侯爵家の娘が、気晴らしにと招待状を送ってくれたのだ。しかし、両親が亡くなり、珍しいことに血の繋がった身寄りもいなかったため、ネフィーシアは”ワケあり令嬢”として注目を浴びていた。


(気晴らしになるかと思って参加してみたけれど…疲れるだけだわ)


普段は殆ど変化しないネフィーシアの顔色に、疲れがにじみ始めていた。


(風に当たりたいわね)


バルコニーへ足を向けたその時、ネフィーシアは己の銀髪を留めていた髪飾りの重さが、頭から消え去っているのに気づいた。そっと美しく結い上げられていた髪に触れてみても、そこにあるはずの髪飾りはない。


(お母様の形見の髪飾りを、なくしてしまった…)


さあ、と血の気が引いていくが、もちろん表情には出てこない。

ネフィーシアはバルコニーへの道を引き返し、会場をぐるりと見て回った。けれども、一向に髪飾りは見つからない。周りの人間も、ネフィーシアが何かを探していると気づきはしても、声をかけてこようとはしなかった。


(ああ、どうしましょう。見つからなければ、わたくし…)


ぐっと唇を噛み締めた、その時。


「お探しのものは、これだろうか。」


はっと顔を上げると、そこには幼子も震え上がって泣き叫ぶと社交界でもっぱらの噂の人が、そこにいた。

きらめく夜空を閉じ込めたかのような限りなく黒に近い紺色。チョコレートのような濃い茶色の髪。貴族令嬢にしては背が高めのネフィーシアでさえ見上げなければならないほどの長身。服越しにでも分かる、がっしりと筋肉のついた腕と胸。ローレンツの全てが、ネフィーシアの瞳を惹きつけた。一目惚れだった。困っているネフィーシアを誰一人として助けなかったその中で、彼だけがネフィーシアを助けてくれた。ネフィーシアが恋に落ちるには充分だった。

ネフィーシアは優雅な礼をして頭を垂れた。


「カーティス公爵閣下。初めてお目にかかります、ステフォン伯爵家のネフィーシアでございます。」

「うむ」

「その髪飾りを探しておりました、感謝申し上げます。」

 

ネフィーシアの胸はどきどきと高鳴っていた。何の感情も現れない顔は、心做しかほんのり桃色に染まっている。そっと自分の手の中に落とされたエメラルドの髪飾りをじっと見つめる。再びお礼も伝えられないまま、ローレンツはあっという間にネフィーシアの前から去ってしまったのだ。その日から約3年。王命で、ローレンツからしてみれば押し付けられた妻であったとしても、ネフィーシアは想い人であったローレンツと結婚できることが嬉しかった。


(また、お会いできたらと思ってはいたけれど)


「…奥様?…奥様、奥様。」


セレネーの声によってあっという間に現実に引き戻される。ネフィーシアは頭を振って雑念を振り払った。


「どうしたの、セレネー。」

「いえ、何やらお元気がなさそうなご様子でしたので…大丈夫ですか奥様、お茶でもご用意致しましょうか?」

「いいえ、大丈夫よ、どうもありがとう。」


セレネーはなおも心配そうにネフィーシアの顔色を伺いながら仕事に戻っていった。セレネーはカーティス公爵家にネフィーシアが嫁いだときからの彼女専属の侍女だ。他に3名、ネフィーシア専属の侍女はいるが、セレネーが一番、ネフィーシアのそばにいる時間が長い。セレネーはネフィーシアの筆頭侍女なのだ。セレネーはネフィーシアよりも遥かに表情が豊かだ。主人の感情の機微にもさとい。心配りもできる、心優しい少女だった。


(だめね、セレネーに心配させてしまったわ)


そっとまぶたを閉じる。瞼の裏にこびりついて離れないのは、今朝のローレンツの言葉と眉根の寄った厳しい顔だった。


(今朝も旦那様は不機嫌でいらっしゃった。やっぱりわたくしにできることはご機嫌を損ねないように静かに過ごすことだけね。…これ以上、嫌われたくはないわ)


余計なことをしてこれ以上嫌われたくはない。愛する人に不愉快そうな顔を向けられるだけでも、心は深く沈んでいくのだ。ネフィーシアにできることは、なるべくローレンツと顔を合わせることのないよう、大人しく部屋の中で過ごすことだけだった。


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