小さな村
クレイシアの誘導により、おおよそ歩き続けて一時間ほど経ったか。俺達は緑草原を抜け、近くの森を進んでいた。
「──火の水を噴く山!? ひゃー!!」
クレイシアは鈴のように甲高い声を上げながら俺の話に驚きを見せる。
目的地までの間、若干手持ちぶたさであったこともあり、五つ星にいた頃の冒険の話をしていた。
好奇心か一端の現実逃避なのかは知らない。けれど、一つ話せば抑えきれないと言わんばかりに食い付き、結果として歩き始めてから話が止まることはなく、もう三つほど話題を切り替えていた。
今しているのは一年前の冒険で、涙火山の輝く奇跡──雫紅晶を探しに求めた際の話。あの頃出来る防暑対策をすべてしても、なお蝕んできたあの魔性の熱を思い出しながら、話して良い部分だけわかりやすく伝えていく。
「いやー!! ジルバさんの話は詩人さんの詩みたいですね!! まるでお伽噺のようですよ!!」
紆余曲折。いろいろあったけど、最後にはなんとか宝は見つけられたと話を締めくくったところで、クレイシアはそんな風なことを俺に言ってきた。
……お伽噺、か。それは何とも感慨深い風に言ってくれるものだ。
まだ何も知らない頃──街中を走り回り冒険を夢想するだけであったの頃の俺もこの少女の様に笑みと興奮を浮かべていたのだろうか。
きっとそうなのだろう。かつての情景にある少年達は、こんな眉唾な話に胸を焦がしながらも、陳腐な手書きの地図を囲んで未来を誓い合ったのだ。──それがどういう結末を迎えるのかも知らないで。
「いいなー。私も外に出てアルストリアを旅したいなー」
「……すりゃあいいじゃねえか?」
「……そうわけにもねー。──あ、そろそろですよ!!」
木々も少しまばらになってきた頃、露骨に話を逸らしたクレイシアが示す指先──前方に見えてきたのはおおよそ五メイルほどの門とそのそばに立つ二人の男。どうやら目的地に到着したようだ。
「ヨームさーん!!」
「──クレイシアっ!!!」
こちらに気づいた男のうち一人がクレイシアを呼びながら勢いよくこちらに向かって走り、到着してすぐにクレイシアの肩を揺らす。様子から察するに知り合いなのだろう。
「無事だったか!! 心配したんだぞ、勝手に村を出るなんてっ!!」
「……ごめんなさい」
焦燥を露にし、抑え切れていない声量でクレイシアをしかる男。
よほど心配だったのだろう。その証拠にそこまで遠くないにも限らず、男の息は激しい戦闘後のように乱れ、こちらに目もくれずにクレイシアの無事を喜んでいる。……どうやら大事にされていたというのは本当らしいな。
「まったく……本当に心配したんだからな。それで、そちらの方は?」
「俺はジルバ。旅をしている間に嬢ちゃんに出会ってな? あんまりにも危なっかしいんで村までついてきたってわけだ」
簡単に自己紹介をしておく。
こいつが襲われていたことに関しては一旦伏せておくことにした。ここまで好かれているのを見るに、もしクレイシアが命の危機に陥っていたとあれば、それはもう面倒なくらい取り乱しそうな気がするからだ。
とりあえず、こいつへの説教は後回し。もしおじいちゃんとやらが息災であれば、その人にお説教してもらえば良いだろうしな。
「それは誠に感謝申し上げます。私はヨーム。こんな何もない村で恐縮ですが、是非ゆっくりしていってください」
ヨームと名乗る男がこちらに頭を下げた後、彼が門前にいる男に合図を送るとゆっくりと門が開かれていく。
門を越え、ヨームの後に続いて村の中を歩く。
確認出来る木造の家はおおよそ十五程度と小規模。それぞれの家の造りや畑の手入れ具合、そして村人の表情などを見るに、それほど貧しくはないゆとりのありそうな村だと推測した。
……成程。嬢ちゃんの真っ直ぐさは環境故ってことか。そりゃ良いことで。
「そうだクレイシア。ティンゼルさんなんだがな?」
「おじいちゃんがどうしたの!? まさか何かあったんじゃ──」
「おい落ち着け落ち着け! 別に悪化したとかじゃないから!!」
驚きのあまり、今にも駆け出しそうになったクレイシアを焦り気味に諫めるヨーム。
驚くと言ってもそれはそれは慣れた様子の対応。……どうやら、こいつの猪っぷりは村でも慣れ親しまれたものらしい。
「それでおじいちゃんがどうしたんです?」
「ああ、ついさっき目が覚めたんだ。熱は引いたしひとまず峠は越えたって感じさ。むしろ今は、おまえが村を飛び出したことにお冠だったぞ」
ヨームの言葉に嬉しさを隠しきれず、大きく息を吐き安心したような表情になるクレイシア。
……面倒臭い事態にならなくて済んだらしい。俺の冒険者生活の終わりが後味の悪いものにならなくてほっとした。
胸の内で地味に安堵していた俺とは対照的に、今度は渋い顔をしながら歩が緩ませるクレイシア。
どうせ怒られる想像でもしてたんだろう。まあ飛び出したのはこいつだし、うんと怒られてくれれば今度無茶も減るだろうから良い薬だ。
……ま、俺には関係ないことだ。とっとと送ってお役御免、後は村から出りゃそれで終わりの関係でしかねーわけだしな。
途中クレイシアが声をかけ続けられたこともあってちょっとペースは落ちたものの、村はそこまで広くないらしくすぐに目的地に到着した。
立ち止まったのは他より少しだけ大きいかなと思えなくもない家。村長の癖して自らの権力を誇示するとかそういったことのない外観だ。
……珍しいな。村の技術的に外から来た奴が上に立っていると思ったんだけど、どうやら見当違いだったか。
「少しお待ちを。ティンゼルさん──村長と話して参りますので」
こっちに待つように言って家の中に入っていくジルバ。
これでまたふたりきり。……いや、若干周囲の目がこちらに向いているので完全に二人というわけでもないか。
こういう視線は人気者の奴が引き受けていたから苦手なんだよな。
まあ引き受けていたというより、そっちしか見られていなかっただけとも言うが、そこは別にどうでも良いだろう。
嫌になる。後ろ向きで黒いもんなんてのは止まればいつも湧き出てきて仕方がない。
湧いたら湧いたで蝕み残る厄介な害虫。夢中になれることへの燃料にでもしなきゃ消すことの出来ねえ、俺みたいな弱虫が取り憑かれる嫌なもん。
──嗚呼疼く。
いい加減抑えねえと、いよいよ腕の中で燻る真っ黒なこいつが目覚めちまいそうだなア。
「ジルバさーん?」
「ん、ああ。んだ嬢ちゃん」
「大丈夫ですか? 何かすっごく難しい顔してましたけど?」
クレイシアが瞳を揺らしながら覗き込んできたのを認識して、顔に出していたとようやく自覚した。
……なにやってんだか。何年冒険者やったって、苦手なもんは苦手なまま変わりないってわけか。
「別にィ? 後で怒られる嬢ちゃんが気の毒でなぁ?」
「……ぜ、全然怖くないですよ! これは自業自得ですし? お叱りなんてもう怖くないし年ですし? もうよゆーってやつですよ!」
その割には足震えてるけどな。
まるで子鹿のように震えるクレイシアのびびり様に呆れていると、先ほど男が入っていた扉が再び開いていく。
中から出てきたのは少し困り顔をしているヨーム、そして杖を突きながらも弱々しさを感じさせない怒気に満ちた老人だった。
「──おじいちゃん!! 良かった元気になってぐへっ!!」
「良かったじゃないわ!! この馬鹿者めがっ!!!!」
先ほどまでの震えを忘れたように老人の元に駆け寄ったクレイシアに落ちる鉄拳と怒号。
見かけだけならつい先ほどまで死にかけていたとは思えない迫力で説教を始めた老人に、流石はこの元気娘の爺さんだなとちょっと感心した。
「……すまない。ちょっと待ってもらえないだろうか」
「気にすんな。不肖の愛孫が帰還するってならこんな歓迎が一番だろうしな」
公開説教の横で俺に頭を下げてきたヨームに気にしていないと返しておく。
あれがただ叱っているわけじゃないのは爺さんの顔を見てりゃわかる。怒っているのも当然あるんだろうが、それ以上に感じるのは帰っていた事への安堵だ。
自分の不調が原因で大事な家族が死ぬなんて想像出来ちまえば、もう爺さん自身気が気でなかったんだろう。
実際、俺だってそれに似たようなことを見たことも体験したこともある。冒険者やってりゃ対して珍しくもねえ悲劇の一つだが、それでも見ていて気持ちよいものでもないからな。
「……幸せもんだなぁ」
だから嬢ちゃん、しっかりと怒られとけよ。
真剣に思われながら怒ってもらえる機会なんて、そうあるもんじゃあねえんだからよ。
彼女と老人を見ていると自然に零れた笑み。
それは俺にとって久しぶりだと分かるくらいには、本当に感じた暖かさだった。




