出会い
俺にとって、冒険とは夢の追求だった。
眩いほどの金銀財宝や脳裏に刻みつける絶景、かつて聞かされた伝説の探究。絶えず足を進ませ、笑って泣いて明日に挑む──それこそが冒険者のあるべき姿。そのはずだ。
実際、そう思ってがむしゃらに生きてきた。幼い頃に誓いを立てた友とパーティを組み、多くの危機を乗り越えながら旅を続けた。
──けど、それを苦痛に感じ始めたのはいつだったろう。
楽しいはずの探究が苦となり、あまりに過酷な世界に対応しきれなくなって、徐々に体と精神が負に蝕まれていったのは。
いつからだろう。共に乗り越える仲間の背が遠いと理解しなきゃいけなくなったのは。──彼らにとって俺が必要でなくなったのは。
どんなに必死に足掻いても、次第に広がり届かなくなっていくあいつら。それでもやれることを探し、少しでも負担を減らせればそれで良かった。そう思って自分の心を抑え込み毎日を凌いでいた。
──やがて、それすらも必要なくなった。
つい最近加入した仲間。俺より三つほど歳下の少女の才により、半ば雑用同然の居場所すら失われたのだ。
いっそのこと恨ませてくれたなら、どれだけ楽だったのだろうか。醜い嫉妬心をあいつらに押し付けられたらどれほどの快楽が湧き上がるのだろうか。そんなのを想像するだけで、自分の醜悪さを自覚させられる。
──限界だった。
もうこいつらといることが楽しくなかった。彼らにしがみつくことに疲れてしまった。
だから、半ば逃げ出すような形で俺達の誓いの象徴である五つ星──夢への探求から抜けたのだ。
指先に浮く水の球体を口に入れながら、手頃な岩に腰を落とし景色を見回す。
どこまで見ても緑色。一色の絨緞のように敷き詰められ広がっているこの広大な自然を前にしても、生憎と出てくるのは溜息だけだった。
パーティーを抜けてから早一ヶ月、悲しくもやることがない俺は故郷への帰路についていた。
もっと楽に帰れる手段はいくらでも存在した。けどそれらを利用する気にはなれず、こうしてとぼとぼと敗北者のように歩いて帰ることにしたのだ。
仲間と別れた冒険都市より足を進め、今の現在地は緑草原。このまま三日ほど歩けばドウムの街に着き、そこから更に十日ほど歩けば俺の育ったエルムの街に到着する。
つまり、この最後の冒険ももうすぐ終わりを迎えるのだ。まあ知ってる場所だし冒険というには物足りないものではあるのだが、まあ今のへし折れた俺には丁度良い塩梅だろう。
故郷に帰るのは五年振り──仲間と意気揚々と飛び出してきた時以来である。
この世界のすべてを暴く。子供ながらにご大層な夢を掲げ、大人のまねごとをして誓い合ったのは遠い過去の話。結局、むざむざと帰ってきたのは俺一人だ。
実に情けない話だが、生憎と何か気持ちが湧くことはない。既に折り合いは付けてしまった、いや……付けてしまえたのだ。
あれほど求めたものがあったのに、井甘じゃこれっぽちも立ち上がる気力も湧きやしない。現実を知ったと言ってしまえば其れで終わりの話だったのだ。
その証拠に、駆け出しだった頃であればがむしゃらに走り回ったこの野原にさえ何の感慨も抱けない。自分が初めて感動した街の外──最初の未知にすら反応する気にはなれなかった。
これからどうしようか。適当に依頼をこなして生きていくか、それとも完全に足を洗うか。先行きはあまりに真っ暗で考えるのすら嫌になる。
……まあいいや。少なくとも数年は何もしないでも生きていける蓄えはあるし、帰ってからゆっくりと考えれば良いか。
一旦そう結論づけ、岩から腰を上げて軽く体をほぐしながら旅を再開しようとした──。
『──────っ!!!』
何処からか音がした。ほんの少し──いつもならば気のせいだと流す程度の微音。それでもそんな程度の音量でも、今日の聴覚は確かにそれを捉えていた。
魔力を流しその音の主の居場所を探ると、すぐにその正体を見つけられた。
視覚を強化し確認すると、南西約二百メイルあたりに生き物の形が二つ。片方はこの辺ではあまり見られない大きな四足の獣。そしてもう一つ、その獣の前で息を荒くしながらへたり込んでいる少女。魔力は残り少なく異常なほどにぶれている。あの獣への罠でなければ、間違いなく命を散らす寸前だろう。
……さて、あれを本当に助けて良いのだろうか。あれほど露骨だと何かの作戦であると疑いたくなる。もし手を出して文句を言われそうであれば──。
『た、助けて……。誰か……誰かっ──!!』
今度ははっきりと、その今にも途切れそうなか涙声が耳に伝わる。どうやら違うらしい。
さっきまで座っていた岩に置いていた剣を取り、鞘から抜いて一気に駆け出す。二百メイルなんて距離、それこそ涙の一滴でも落ちる前に辿り着ける──!!
『──グギャッ!?』
一閃。獣一匹葬るのにはそれで充分。鉛色の軌跡が獣を真一文字に切り裂き、最後の断末魔を叫びきる前に霧散する。
後に残るのは広大な緑。そしてそこに浮くちっぽけな点二つ──俺と少女のみ。この状況を第三者が見れば、俺が彼女を襲っているように見えるくらいには危ない光景だ。
「……大丈夫か?」
「……えっ?」
とりあえず声を掛けながら少し屈んで手を差し出すが、少女はぽかんと口を開けたまま固まっている。まあ状況が変わったからそうなるのも別におかしくはないが、随分と間抜けな顔だ。
「え、えっと……。あなたは……?」
それでも懸命に口を動かし、目の前にいる俺にぽつぽつと言葉を発する少女。
俺が何者か、ね。まあ……一言で言うのなら──。
「──冒険者だよ。情けない負け犬のな」
読んでくださった方へ。
ブックマークやポイント評価は、続きを書く参考になったりモチベーションを上げるので、していただけると嬉しいです。
面倒だとは思いますが、是非お願い致します。




