ちよこれいと
あまいあまいお菓子。
口に入れると、幸せな気持ちが溢れて来る。
美味しい。
だから私は幸せ。
幸せなの。
私は。
例えこんな状況でも。
「何よ!!あんたの稼ぎが悪いせいで私がどれだけ!!」
「お前の稼ぎなんか俺よりも下だろうが!!」
「大体貴方が!!!」
「もっとお前が!!!!」
小さい箱の中で、お人形さん2つが騒いでる。
周りには鼻にツンとくるの、外とおなじ色の、かたいきらきらしたのがいっぱい。
たまに何かお空に飛んでる。
黒くて早く動くのもいるし、うるさい小さいのがお空を飛んでる。
それが私の暮らしていた環境。
そんな日常が崩れたのはいつだったか、よく覚えていない。
急に知らない人達が小さい箱に来て、私をお外に連れて行った。
小さい箱にいた、お人形さんは来なかった。
お外に出て、知らない人に何だかよく分からないまま色々された。
そこは前より少し大きい箱で、沢山のお人形さんが居た。
きらきらしてて、鼻にツンと来なくて、嫌な音もしない。
何よりお人形さんの声がうるさくない。
ここにいるお人形さんは皆笑って、私に何も飛んで来なかった。
私は新しい日常にワクワクして、いつも私を支えてくれていたチョコレートを食べるのを忘れていた。
少し大きい箱にいるお人形さんから、文字を教えてもらい知識を教えてもらった。
どうやら私には学ぶ才能があったらしい。
図書室に入り浸るようになり本を読むようになった。
全ての本を読破しようと息巻いて図鑑を見ていると、あの家にいた虫はとても不衛生なものばかりということが分かってしまい虫の図鑑が苦手になった。
私が女の子で幼く大人しいこともあり、すぐ里親が見つかった。
2つの人形さんは、初めて会った時とてもニコニコして本を読んでいた私に目線を合わせて話しかけてくれた。
「急に話しかけてごめんね。今何のご本を読んでいるのかな?」
「…これ、食べたいなって思って見てるの。」
その時私が読んでいた本が、ホットケーキを作るものだった。
以前の生活では、賞味期限切れを疑うような菓子パンばかりで絵本の中身の食事にどうしようもなく憧れていた。
優しいお母さんがいて、一緒にご飯を作って笑顔で一緒に食卓を囲む。
それが普通でどれだけ難しいか、幼い私は既に分かっていた。
それから何度か人形さん達は、私に会いに来て
「これから一緒に私達の家に来てくれないかしら?」
と手を差し出してくれた。
私は
「一緒にホットケーキ作ってくれる?」
とだけ聞くと、「勿論!何度でも作りましょう。」と抱き締めてくれた。
家に着くと「お父さん」「お母さん」という役割のお人形さん達は私に名前を付けてくれた。
代々家が栄えるようにという意味と、若葉のように新しい芽吹きが出来る様にということで「柚葉」
私は小さい箱の時、「おい」「こいつ」「てめぇ」としか呼ばれていたので何だかくすぐったかった。
「お母さん」の人形は、「娘が出来たらこんな服着せたかったの~。」「こういうのが好きなら、こういうのも興味あるんじゃないかしら?どう?」とよく構ってくれた。
「お父さん」の人形は、「一緒に公園に行って遊ぶぞ!!」「かけっこで競争だ!」と私に身体を動かす楽しさを教えてくれた。
そんな環境になり、私は勉強に更にのめり込んで行った。
その結果エスカレーター式のお嬢様学校へ入学出来た。
お父さんとお母さんは私よりも喜んでくれ、お祝いにチョコレートシロップが沢山かかったホットケーキを焼いてくれた。
私は学べる楽しさと、初めて通う機関への期待に胸を躍らせていた。
先生の授業もとても楽しかった。
学校の図書館は区の図書館よりも大きく、初めて見た時鼻息を荒くしてお母さんに「卒業までに全て読破する」と公言した。
ただ友人は出来ず、図書館に入り浸るようになった。
「あの、柚葉さん。
今は何の勉学をされてるのですか?」
この様に話しかけられはするものの、
「色々…です。」
私が知らない人と話すのは未だ怖くて、ずっと本と向き合ってた。
「っそうなのですね。
で、では贔屓されているお菓子等ございます?」
お菓子が好きなのは変わらなかった。
お母さんはホットケーキの他に、ロールケーキ・ザッハトルテ等沢山のお菓子を教えてくれた。
でも一番好きなのは、
「……黒い、チョコレート。
真っ黒な。」
そう答えると、皆私にチョコレートを図書館に持ってきてくれるようになった。
しかも毎日。
前にいた家の時、唯一の心の支えがチョコレートだった。
どこのチョコレート不明で、皆が持って来てくれたチョコレートどれとも違った。
いつも凄い量だったけど、私が勉強しながら摘まんでいるとすぐに空になった。
そんな生活を過ごしていた矢先何処から私のこと聞き付けたのか、お人形さんの1つが校門の前に立っていた。
とてもみすぼらしい格好をして子供の顔をきょろきょろと見渡していたので、悪目立ちしていた。
名門お嬢様学校なのだから、仕方ないのだが。
校門前に常駐している警備員さんが、眉間に皺を作って訝しげにしているので強制連行されるのも時間の問題だろう。
お人形さんは私が綺麗になりすぎてか、真横を通り過ぎても気付かず私を必死に探していた。
私は笑いが止められなかった。
そして何故か涙が止まらなかった。
あの子供の中で、私のことに気付くことが出来なかったという事実。
私の顔を忘れるほどしか見ていないことを痛感させられた。
お迎えの車に乗り、泣き止まない私を見て運転手さんが遠回りをして帰宅してくれた。
降りる時、「私は柚葉さんの笑顔が大好きですよ。」と言って飴をくれた。
優しさが身に染みて、思わず抱き着いてしまった。
少し驚きつつ、しっかり抱き締めてくれて私はまた泣いてしまった。
お父さんとお母さんは明らかに泣いたことが分かっていたのに、いつも通り接してくれ何も聞かず私が話すのを待ってくれた。
私はお母さんとお風呂に入っている時、浴槽底を眺めながらぽつりぽつりと独り言のように話し始めた。
お母さんは髪を洗うのを止めてくれ、私を見て話を聞いてくれた。
聞き終わった後、私を抱きかかえ一緒に浴槽に浸かった。
そして後ろから痛いくらいにハグしてくれた。
「私は柚葉の顔を忘れたりなんか絶対しないわ。
絶対よ。どんな時も貴方のことを忘れることはない。
私の大事な娘だもの。
約束をするわ、指切りげんまんしましょう?」
泣きながら大きな声でハッキリと、お母さんと指切りをした。
お風呂を上がると、沢山泣いたからか私はすぐに寝てしまった。
この出来事をきっかけに、私は心理学に興味を持つようになった。
人が起こす行動には理由がある、その事実がとても興味をそそられた。
あの小さい箱の時、お人形さん達は何故私にそんな行動を取ったのか知りたいその一心だった。
何故私のことを産んだのか。
何故出生届を出さなかったのか。
何故私の顔を見てくれなかったのか。
疑問は尽きないばかりだった。
心理学の本を読み漁るようになっても、私はチョコレートを摘まみながら読んでいた。
その頃にはカカオ成分が高めの物を好むようになっていた。
この苦さが私の脳を刺激し、知識を習得させていた。
でもカカオ成分高めなものを食べるようになってからか、急に鼻血が出るようになった。
そのせいで所々本には血がついている。
お父さんは心理学に興味があると伝えると、週に一度お勧めの心理学本を買って来てくれるようになった。
「興味があることはいいことだ。もっと極めなさい。」
と口癖のように言って買って来てくれた本を一緒に読んでくれた。
私は集中力が長く続くタイプのようで、本を読んでいたら5時間経っていたりすることが多々あった。
お父さんはへとへとになりながらも私の読書に付き合ってくれ、この時間がとても好きだった。
この時、私は人生の最高潮だったと自分でもよく思う。
幸せは、長くは続かない。
「東雲さん!!!今すぐ病院へ!」
授業中、いつも穏やかな担任が声を荒げて教室のドアを開けた。
状況を察し私は荷物を手早く纏めて、お迎えに来てくれた運転手さんの車に飛び乗った。
「ちょっとどうするのよ…」
「可哀想に…」
「まだ未成年でしょう?」
病院に着いた時、既に事は終わっていた。
心音だけが響き渡り、頭が真っ白になって何も言葉が発せなかった。
お父さんとお母さんが交通事故で亡くなった。
対向車が物凄いスピードでぶつかってきたと聞いている。
そして犯人は未だ逃亡中。
両親は恨みを買うような人間性ではなかった為、第三者からの私怨の可能性が高いということだ。
「お嬢様…」
運転手さんは心配そうに私を覗き込んでいる。
私はそんなことも気付けずに息が深く出来なくなってしまい、私は倒れた。
これが夢ならば。
本当に夢であってくれ。
何でこんなことに。
色んな感情が私の身体に流れ込み、涙が止まらなかった。
そこから暫くご飯を受け付けれず、食べても直ぐ戻してしまっていた。
そんな中、食べれていたのがチョコレート。
チョコレートは自然と口に運んで食べれた。
お金が無くなった、という訳ではなかったのでそのまま学校にも通えたし普段と何ら変わらない生活が送れていた。
ただ両親がいなくなったというだけだ。
この事実が受け入れられず私は尚のこと勉強とチョコレートに依存するようになった。
成績は元々学年で一桁だったが、事故以降常に校内トップになり奨学金制度を利用するようになった。
運転手さんはいつも「凄いですね。」と自分のことのように喜んでくれ、頭を撫でてくれた。
私は両親が残してくれた遺産を少しでも残したいがために、無我夢中だった。
頭が良ければ、国の制度を利用して教育を受けることが出来る。
出来ることがあるならするだけだ。
両親が亡くなって数ヶ月経った頃、私は少量ではあるがご飯を食べれるようになっていた。
いつものように帰ろうとお迎えの車に向かうと、汚い大人が車に乗り込もうとしており運転手さんと揉めていた。
「私があの子を産んだのよ!!だったら私もこの車に乗る権利あるだろうが!」
私が目を見開いてその光景を見ていると、女が私の存在に気付き私に寄って来た。
「こんなに立派になって…!久し振りねぇ!元気だったのかい?」
ハグをしようとしたので、私は慌てて女の横を通り過ぎ運転手さんの後ろに隠れた。
女はそれが気に食わなかったようで、小さく震え真っ赤な顔で私を睨みつけてきた。
まるでなまはげのようだった。
次の瞬間、女は聞き捨てならない内容を話した。
「折角、引き取り先の金持ち夫婦を殺してお前に金が行くようにしてやったのに産み親の私になんて言う仕打ちだ!!!
金をよこせ!!!!!!
私に金を持って来い!!!!!!
お前は一生私の金ヅルになるんだよ!!
フハ、フハハハハハハハハ!!!!!!」
けたたましくその場に響き渡る女の笑い声。
私は衝撃のあまり、動けずにいた。
産みの親が私の両親を殺した。
その内容だけが永遠と頭の中でループしていた。
運転手さんはその女が暴れている間ずっと私を抱き締め耳を抑えて、「大丈夫、大丈夫。」と言い聞かせてくれていた。
私がそんな状態の時女は異常者だと認識され、警備員さんに取り押さえられそのままスムーズに警察に連行されて行った。
事情聴取を軽くされ、夕飯前には帰路に着けた。
私の育ての親は産みの女に殺された。
その変えがたい事実が私を襲い、再びご飯を受け付けれなくなった。
取り敢えずチョコレートを摘まみ、父が残してくれた本を読み漁りながら眠りにつく生活になっていた。
身体には良くないということは重々承知していたが、どうしてもチョコレート以外受け付けれなかった。
運転手さんは「せめてこれは…」と言って野菜ジュースを差し出してくれるので、チョコレートと野菜ジュースで私の身体は構成されるようになった。
見るからに窶れていき、周囲から心配ばかりされ病院に行って点滴を打ってもらうのが日課になった。
運転手さんに軽くあの女について聞いた所、「刑務所へ行ったとのことです。」と教えてくれた。
いつ出てくるかは分からないが、恐らく私が成人する頃には出てくるだろう。
私はこんなにも傷ついているのに、あの女はいけしゃあしゃあと生きているのか…。
なんで
世の中は不平等だ。
泣いて泣いて吐いて勉強して勉強して。
そんな偏食生活を送りながらも、無常に時は流れていき私は大学生になった。
私のことを支えてくれていた運転手さんは高校卒業の時定年退職をし、2代目の運転手さんへ引き継がれた。
2代目の運転手さんは同年代で、元気溌剌というイメージだった。
あまり話さないが、私の好きな香りを車内に焚いてくれたりレモン白湯を常備しておいてくれたりと、いつもきめ細やかな対応をしてくれる優しい人だ。
私は難関国立大学に首席合格し、サークルなど見向きもしないで私はずっと勉強していた。
周りからは「勉強に取り憑かれている」とか「勉強が友達」なんて陰口を叩いていたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
私はもっと人間の心理について知りたいことが多過ぎる。
そんな気の狂った私の光景を見てか、教授はよく話しかけてくれお勧めの本を貸し出してくれたりした。
教授は
「知ろうとするその活力に元気をもらっている。
私はただ、その手伝いをしているだけだ。」
と朗らかに話してくれた。
この雰囲気が父と重なってしまい、私は涙を流してしまった。
彼は動揺しながらも、ティッシュと紅茶を差し出してくれた。
その優しさに私はまた涙が止まらなくなった。
わたわたとしながらも、彼は何も言わず傍にいてくれた。
この日を契機に私は彼と頻繫に会うようになった。
一緒に図書館に行って調べ物を手伝ったり、ご飯を食べたり一緒にいることが私の中で一番の幸せだった。
彼と同じ時を過ごせるのが楽しくて、楽し過ぎて周りが見えなくなっていた。
「お嬢様、そのようなことをされるのはいかがなものかと思います。」
いつも無口な運転手さんが運転をしながら、私に話しかけて来た。
少し驚愕しながら、私は悟られないように「何が?」と問いかけ直した。
「大学とは、様々なことを学べる場所です。
勿論その中にも恋愛はあるでしょう。
失礼を承知で言わせていただきますが、お嬢様が現在されていることは許されざることです。
教授と不倫なんて…お父様とお母様に顔向けできませんよ?」
懸念そうにバックミラーで私のことを確認しながらも、はっきりと言う。
何故運転手さんにバレたのか不明だったが、後頭部に殴られた様な衝撃が襲って来た。
目を見開いて、ただただ呆然としている私をよそに、言葉を続けていた。
「たかが一人のおじさんに入れ込むのではなく、もっと広い視野を持って行動を…「五月蠅い!!!」っ…出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございませんでしたお嬢様。」
私は言葉の続きを聞きたくなくて、大声をあげてしまった。
その声は車内に響き渡り、私はこの空間に耐え切れなくなり信号待ちで停止している車を出ていった。
図星を着かれて、怒鳴ってしまうなんて…
本当に私子供だ。
自分に対して腹の虫が収まらない。
私は導かれるようにコンビニに行き、チョコレートを思うが儘購入した。
会計を済ませ、一心不乱に頬張る。
食べながら、涙が止まらなかった。
コンビニ前でチョコレートを食べながら涙を流す、という異様な存在になっていた。
周囲なんてどうでもよくて、その場でしゃがんでしまっていた。
「どうしたんだ、東雲さん。体調が悪いのかい?」
どうしてこういう時に限って、貴方に会うの…
少しの驚きと大きな安堵感を抱いて、私は彼の腕に飛び込んでいた。
「ここではあれだから。」と彼は私の肩を抱きながら、公園へ連れて行かれた。
雑草の生命力が感じられるベンチに腰を掛けると彼はいつの間にか水を購入しており、私に渡してくれた。
座っている間、彼は何も聞かずずっと私の背中をさすってくれた。
そんな対応がとても私を安心させてくれた。
どれだけ時間が経っただろうか。辺りはもう茜色に変化していた。
「ごめんなさい、もう大丈夫です。」
沢山泣いたからか私の眼は熱を持っていた。
私は早くこの状況を壊そうと、急いで立ち上がり帰路へ向かった。
「何かあったら気軽に言うんだよ!!」
彼は子供達が遊んでいるのをよそに、背中越しで私を見送ってくれた。
久し振りに電車に乗り、私は自宅へ戻った。
いつもは運転手さんが送り迎えしてくれるから、あまり乗る機会がない乗り物。
少しの高揚感を感じながら、携帯を確認すると運転手さんから連絡が来ていた。
「お帰りになる際は、ご一報下さいませ。
直ぐにお迎えに上がります。」
私はあわててもう電車に乗ったことと、あと10分足らずで最寄り駅に着くことを伝えた。
送信でき、安心して窓の外を見ようと顔を上げた所同じゼミの人が私の目の前にいた。
私から話したことがないが、確かテスト前に一度話しかけられた気がする。
印象がないからあまり覚えていないけど…
外を見ようと顔を背けると、「私、貴方が不倫してるって知ってるんだけど。あれまじ?」と囁かれた。
眠気を覚えていたのに、一瞬で吹き飛んだ。
どくどくと心音が激しくなる。
親しくもない人間に何も言うつもりはない、その場を急いで立ち去った。
最寄り駅よりも大分前の駅で降りてしまったが、しょうがない。
バレていたんだ私と彼の関係…
いつ?
今日の公園?
それともコンビニ前?
いいや、もっと前かもしれない。
以前彼の車に乗せてもらった時?
彼の行きつけの居酒屋さんにご飯を食べに行った時?
分からない
分からない
分からない
頭の中は彼と行った場所がぐるぐると駆け巡る。
無心で歩いていたからか、いつの間にか家に着いた。
到着するなり、運転手さんは丁寧に謝ってくれた。
私も不快な気持ちにさせてしまったことを心の底から謝罪させてもらった。
ただただ心配なのだろう。
申し訳ないと思いながらも、私は彼との関係を切るつもりはなかった。
今の私に必要な人なのだ。
その日は眠れずチョコレートを摘んで本を読んで寝落ちした為、案の定目がパンパンに腫れた。
泣き過ぎたらか、少し頭が痛い気がする。
気だるい身体を無理やり起こして、大学へ向かった。
学部棟に行くと、何故か周囲の人が私を見るなり目引き袖引き嘲笑っているように感じた。
違和感を抱きながらゼミ室に入ると、黒板に大きく「不倫女、東雲 柚葉!!」と書いてありそれを証明するかのように写真が貼られていた。
目の当たりにした瞬間、私の時が止まった。
息が出来ない。
私は無意識に喉を掴み、呼吸困難になり倒れた。
目が覚めた時、白い天井が広がった。
家ではない…というか私なんで…
兎角するうちに、倒れる前のことを少しずつ思い出した。
顔面蒼白になっていると運転手さんが帰り支度を済ませていて、流れるように私は車に乗り込んだ。
乗り込んで、ロックがかかった瞬間
凄い勢いで車のドアを開けようとする女がいた。
マジックミラーになっている窓からは、顔がはっきりと見える。
私の生みの親
お人形さん
慌てて女を車から離れさせようと、運転手さんが降りた。
私は笑いが止まらなかった。
こんな私に対して執着してくれているのは、金に困窮している生みの親だけ。
この短い時間で彼は私の連絡を着拒した。
育ての両親は、この女に殺された。
何で私だけこんなことになっているんだ。
私はもうどうでもいいと、人生に見切りをつけた。
外が騒がしい状況下で、私は横になり家に帰るまでただひたすらに待った。
運転手さんが気を利かせてくれてチョコレートが大量に積まれていた。
私は無我夢中で口に運んだ。
苦い苦い苦い
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
早くこんな感情無くして
早く
早く
いつの間にか食べ終わってしまい、することが無くなった私は横になって時の流れを待った。
寝ていたらしく運転手さんが部屋へ運んでくれた。
あの女はどうなったのか聞こうと思ったが、もうどうでもいい気持ちが勝ち何も聞かなかった。
あんなことがあって、大学にも行きづらかったが中退する訳にはいかず通った。
何やってるんだろ…私。
チョコレートを摘むのがすっかり習慣化してしまい、私の家には至る所に配置されるようになった。
私の部屋とお父さんの書斎は特別量が多い。
考え事をする時は大抵どっちかにいるからだ。
こんな風に育ったって知ったらお父さんとお母さん、「やっぱり私達の血が入ってないからこんな野蛮に…」なんて言うかな。
そんなことあの2人なら言わないって分かってるのに。
声が聞きたい。
またあの安心する時間が戻ってきて欲しい。
渇望するばかりでどうすることも出来ない。
思えば思う程、どうしようも無くなって私はチョコレートを摘みながらひっそりと泣いていた。
私が苦しい時、悲しい時ずっと乗り越えてくれたのはチョコレートの甘さだけ。
人なんて、すぐ死ぬし
全然約束なんて守ってくれない
甘い甘いチョコレート
甘過ぎて脳が溶けそう。
いっその事私ごと溶けてしまえばいいのに。
あーーまじさいっあく…
くそっ!!!当てが外れた。
アイツ揺すって金貰おうと思ったのに!!!
私がアイツ産んでやったって言うのに!!!
んで、せっかくアイツら殺してやったのに!!!
その感謝は無い訳??
マジ意味分かんねぇ!!!
はーーーマジむしゃくしゃする煙草止まんな。
「ねぇ」
近くで呼び止める声がしたけど、虫の居所が悪いから無視してやった。
「お金、困ってるんじゃないの?」
なんだ、闇金の誘い?
それともソープ?
どっちにせようぜぇー。無視無視。
こういうのは無視が1番。
「私のお人形さん?
もしかしてその耳はお飾りなのかしら。」
何言ってんだこいつ、ラリってんのかよ?
声の方を振り返ると、ここには余りにも場違いな高級な服を着てる顔の整ってる女が立ってた。
誰だこいつ…お人形さんなんてどういうことだよ。
足先から上へじっくりと見つめる。
!!!!
「お前!!私の産んでやったアイツだな!!!」
確証は無いが、一か八か賭けに出た。
ぶっちゃけアイツの面影とかキレイさっぱりなぁんも記憶無いし。
女は少し伏し目がちになり、か細く「そうだよ。」と返事した。
金の当てが手に入った!!!!!
私は喜びのあまり女に抱き着こうとした
が、
華麗に避けられ地面と対面していた。
グキャア
「イッデェ!!!!!
てめぇ!!!避けるとはどういうことだ!!!!!
私が!!お前を産んでやったんだぞ!!!」
女は惨めに地べたに這い蹲る私を見下しながら、薄く笑った。
「馬鹿ね。
貴方と馴れ合いたい訳じゃないのよ。
手切れ金、渡しに来たの。
もう2度と私の目の前に現れないで下さる?
私には色々守るものがあるので。」
女の手には分厚い束が重なっていた。
あ、あれだけあれば!!!
まず借金返せるだろ?
ブランド物のあのバッグに、服にあれも買える!!!
それにそれにかったるい仕事も辞めて暮らせる!!!!!
生唾を飲む音が重々しく鳴り響く。
「くれぇ!!!!!!」
私が再び女に向かった瞬間、紙はそこら中にばら撒かれた。
必死に掻き集める私を横目に女はどこかへ行った。
そんなことより金だ金!!!!!
「これ全部あたしんだからな!!!!!
勝手に拾ってんじゃねぇぞ!!!クソが!!!」
周りで拾おうとしてるクズ共に牽制をし、バッグにパンパンになる程金を詰め込んだ。
よっしゃ〜これで、借金チャラだ!!
その前にパチンコにでも行くか??
それとも景気付けに1杯…「おい。」
っだよ?億万長者のこの私の幸せハッピーライフプランを邪魔するなんてよぉ??
「鞄の中身、見せろ。」
「は????
みみみみ、見せる訳ねぇだろ!!!
これはあたしんだ!!!」
急にバッグの中身見せろだぁ??
もしかしてこいつらさっきの金掻き集めてた所見てたのか???
だとしても渡すわけにはいかねぇ…
バッグを両腕にしっかり抱え、走り出した。
男達はすかさず追いかけて来た。
くそくそくそくそくそ!!!!!
くそっ!!!!
何で今日ブーツを履いていたのか、今朝の自分を死ぬ程恨む。
ガシャンッッ
何が起こったか、分からない。
頭が痛い。
この生暖かいのはなんだ…?
チカチカして…なんも…分かんね……
感覚がない手を無理矢理動かし、バッグの所在を確認しようとしたが硬いコンクリートしか分からない。
「この女もう売っちまったのか?」
「この金はそういうことだろ…まぁ金さえあれば何とかなるか?」
バッグ…私の……お金…………
あーらら。
やっぱりあの人達そうだったんだ。
人は見かけによらない、なんて嘘ね。
「さっき鞄パンパンにしてた人いて…もしかしたら格好的に闇取引の人かもしれません!
あまり大きな声では言えないんですけど…その、目の焦点があってなくて。
それにこの地域ってそういう噂、流れてるじゃないですか。
なので早く現場にお願いします!」
私はただ、独り言言ってただけなんだけどね。
おー怖い怖い。早く家に帰ろ。
トゥルルルル
「今から帰ります。
お迎えお願いします。場所はー」
お人形さん、壊れちゃったみたい。
少し勿体ないことしちゃっかな。
でもいいよね。
お人形さん はまた探せばいいの。
ね、お父さんお母さん。
これから何があっても何とか生きていけそうよ。
チョコレート食べながら、お人形さんと沢山遊ぶから。
私のだあいすきなチョコレート。
嫌な思い出しかないチョコレート。
私の大切な栄養素なの。