第8話
あの日から三日が過ぎた。周良君とは廊下で顔を合わせても何も言わず、お互いに素通りしていた。
もちろん、周良君から会いに来る事も無くなった。
ただ、前の生活に戻っただけなのにすごく喪失感とか寂しさとかを感じる。
その所為か、夜でもあまり眠れなくなった。
だから、もう一人のアタシともまともに会っていない。お互いに声をかける事も殆どしていないから余計にアタシは安らげる場所が無くなった。
すごく精神的に辛い。足元も何となく覚束無い。
その所為か先生にまで心配されるようになってしまった。
どうやら顔色も悪いらしくて、殆ど話した事のないクラスメートにさえも「大丈夫?」と聞かれるようになってしまった。
その度に、夜に勉強していて睡眠時間が短くなってるだけだからと言って誤魔化した。
先生はあんまり無理し過ぎるなと言い、クラスメートはそっかと言って離れていく。
受験生だから余計にそうなりやすい人もいるようで、周りもそんな風に言えば簡単に誤魔化せた。
でも、誤魔化したところで自分の体調は改善されない。
そんな事は分かっていたし、このままじゃ倒れたりするかもしれないという可能性だってあった。
分かっていなかったわけじゃなかったけど、かなり注意散漫になっていたのは確かだった。
放課後に残っても何もせずに時間が過ぎてしまい、それさえも辛くなり取り敢えず家に帰る事にした。
いつもは帰る時間が遅いが、今日は早い為か人が多かった。
それを鬱陶しく思いながら、信号が変わるのを待っていた。
そんな時に、後ろを通った人がアタシにぶつかってきた。
咄嗟の事で、アタシの体はそのまま車道の方へと傾いた。
車も近付いてきて危ないと分かっていながらも、傾いていく私の体はどうしようも出来なかった。
車が近づいてくるのがゆっくりに感じて、もう駄目だと思った。
その時、行き成り後ろから思いっきり引っ張られた。
そのままアタシは後ろに引っ張られて、アタシを引っ張った人と共に後ろに倒れた。
そうは言っても、アタシは引っ張ってくれた人の腕の中にすっぽりと納まっている状態だった。
「ったく、危ねぇな」
その声は聞き覚えのある声でほんの少しの間聞いてなかっただけなのに、凄く懐かしく感じられた。
「周良君……」
アタシの囁くくらいの小さい声は周りのざわめきに消えていった。
「おい、お前。緑に謝れよ」
周良君はアタシを腕に納めたまま立ち上がり、一人の男子生徒の腕を掴みあげて声を荒げた。
男子生徒の方は震えた状態で声を絞り出すように謝罪を述べた。
「もっとちゃんと謝れ!」
周良君は相手を睨みつけながらそう言ったが、アタシがもういいからと言うと舌打ちをしてから男子生徒を解放した。
「緑、大丈夫か?」
そう言って周良君はすごく優しく声をかけてきた。
それに対して、大丈夫と答えようとしても声が出なくて、代わりに涙が零れてきた。
「どっか痛いのか?」
慌てたような声で聞いて来る周良君に首を横に振って答えるけど、周良君はどうしたらいいのか分からないらしくオロオロしていた。
だが、その所為もあってか周りがジロジロと見てきて恥ずかしかった。
周良君もそれに気付いたようで、周りを思いっきり睨みつけた。
そして、何故か行き成りアタシを横抱きにした。
「ちょっと、場所移そう?」
そう聞いてこられたが、この状態で言われてもアタシは頷くしかなかった。
そして、周良君はアタシを抱きかかえたまま学校の方に足を進めた。
途中では何人かの人がアタシたちの方をチラチラと見てきたが、その度に周良君が睨みを利かせていた。
そんな中を通ってから校舎に着くと、周良君はアタシの教室にまっすぐ向かった。
教室に着くと周良君はアタシをアタシの席に下した。
教室には残っている人は誰もいなかった。
「緑、大丈夫か?」
周良君が心配そうな顔でアタシの顔を覗いてきたけど、アタシは何も言えずにまだ涙を零していた。
「……俺、側に居ない方がいい?」
一向に何も言おうとしないアタシに周良君が悲しげな顔をしながらそう聞いてきた。
それに対して何も言えなかったけど、アタシは無意識に周良君の服の裾を掴んでいた。
「俺、側に居ていいの?」
少し驚いた顔をしてからいまだに不安を顔に宿していた周良君がそう聞いてきて、アタシはこくんと頷いた。
それに対し、そっかっと言って周良君は少し顔を綻ばした。
そんな周良君にアタシは小さな声で言った。
「……ごめんなさい」
「何で謝るわけ?」
周良君は意味が分からないという顔をアタシに向けながら目線を合わせるようにアタシの前にしゃがんだ。
「だって、アタシ前の時……」
正確に言うとアタシではなくもう一人のアタシだけど。
それでも、周良君はアタシが言ったように思っているだろうし、あんな事言ったのにこんなに迷惑掛けてるから謝る事しか思いつかなかった。
「俺が緑に迷惑掛けてたのは確かなんだし、緑が謝る事ないよ」
「違くって……」
何かを言おうとするけど、何を言ったらいいのか分からなくてそこで言葉が止まって、涙がどんどん溢れてきた。
すごく自分が情けなくなってくる。何かを言わないといけないし、ちゃんと言わないといけない事だってあるはずなのに何も言えない自分が凄く嫌だ。
「緑、ゆっくりでいいよ。何か話したいんだったらちゃんと聞くし」
なんでそんなに優しい事言うの? どんどんと涙が溢れてきて止まらなくなる。
そんなアタシの頭をそっと優しく撫でてくれた。余計に涙が出てくるけど、周良君は何も言わずに優しい顔を向けてくれていた。




