第2話
次の日、教室に行くとアタシの席に一人の金髪の男子が座っていた。
いや、正確に言うと眠っていた。
「あの~」
仕方なくそう言いながらその人の体を揺すった。
「あぁ?」
不機嫌そうな声を出しながらその人はアタシを睨んできた。
それでも、怯む事なくその人に話しかけた。周りが少し青い顔をしていたり、今にも逃げ出そうとしているのにアタシは気が付かなかった。
「そこ、私の席なんですけど」
少し機嫌の悪そうな声を出すと私の中で私に話しかけてくる声が聞こえた。
『ヤバいぞ、そいつ。確か同い年だけど不良で有名な奴のはずだぞ』
そんな事言われても、もう時すでに遅し。だから精一杯睨んだ。
すると突然笑い声が聞こえた。私の席に座ってる人がお腹を抱えて笑っていた。
「お前何? 俺の事恐くないわけ? つーかそれで睨んでるつもりかよ。全然怖くないし」
「何で怖がらなくちゃいけないのよ。そんな事よりどいてよ」
アタシがそう言うと何人かが教室から飛び出した。
だが、向こうはそれもお構いなしだった。
「俺の事知ってる?武井周良っていうんだけど。お前、名前なんて言うの?」
「あんたの事なんか知らないし、アタシの名前なんかどうでもいいでしょ?
兎に角どいてよ、アタシの席なんだから」
机を叩きながらそう言うと、向こうはにやにやしていた。
アタシの中ではアタシに対して『馬鹿』と言ってきていたが、それはもちろん無視した。
「面白いな、お前」
そう言われてから行き成り手を掴まれた。
「えっ、何?」
まだ鞄を持ったままのアタシは訳も分からずに手を引かれるまま、教室から出た。
「ちょっと、何処に連れて行く気?」
私が騒ぐのもお構いなしに手を引っ張られ続けた。途中、先生とも目が合ったが、先生も目線を逸らし、見なかった振りをした。
そして着いたのは屋上だった。そこは本来、立ち入り禁止の場所だが、何故か多くの人が居た。それもぱっと見、不良ばっかり。
「武井、誰その子? 物凄く平凡な感じじゃん」
髪の毛を赤く染めた人が聞いてきたが、武井君は無視してアタシに質問してきた。
「で、名前なんて言うわけ?」
「何で答えないといけないのよ。それより、手を離してよ。
教室に戻らないと授業に間に合わないじゃない」
答える気がさらさらないアタシがそう言うと周りの不良が寄ってきた。
「えらく強気じゃん。武井に刃向う奴なんか初めてじゃね? こんな真面目そうなのがさ」
「なに、武井この子が気に入ったわけ?」
「だって、面白くね? 普通、俺の事恐がるじゃん。しかも、ここに連れてきても平気そうだし」
武井君が周りにそう言うと、確かにと周りは言ってにやにや笑ってた。
すると、この中では珍しい黒髪の男子が近付いてきた。
「一組の山口じゃん」
何となく見覚えがあるような……と考えていた私を余所に他の不良はその人に聞いてた。
「何、北山、お前知ってるのかよ?」
「だって、一年の時同じクラスだったし、ある意味有名だし」
名前を聞いて、そう言えばそんな人がいたようなと考えると中から声が響いた。
『お前忘れたのかよ? ひっでーな。あいつ、一年の夏あたりに隣の席だったじゃん』
そう言えばそうだったと思いだしながらも、アタシって有名なんかじゃないよね? と考えていると北山君が口を開いた。
「下の名前は覚えてないけど、有名じゃね?」
また言った。アタシは分からず首を傾げた。
「どういう風に有名なんだ? つーか下の名前何?」
武井君がアタシにそう聞いてきた。
「アタシって有名なの?」
「知らねーよ、聞かれても」
そりゃそうだわなとアタシもアタシの中でもシンクロした。
「山口、マジで知らねんだ。まあ、そうだろうな」
北山君は一人で頷いていた。それにムカついたのか武井君は北山君を小突く。
「内容言えよ。つーかお前はマジで下の名前言えよ。じゃねぇと、手ぇ放さないからな」
脅すように言ってくる武井君に少し腹が立ちながらしぶしぶ答えた。
「……ミドリ」
「どういう字?」
「普通に色の緑」
「フーン」
聞いておきながらフーンはないと思うんだけど。
「答えたんだから手、放してよ」
「じゃあ、緑って呼ぶから。俺の方は周良でいいから」
人の話聞けよ。一向に手を放さない武井君にそう思いながらも、どうにか放してもらう方法を考えた。
「んで、有名な理由ってなんだよ」
武井君は私の事はほぼ無視状態で北山君に聞いた。
「ああ、何というか変わってるっていうので有名なんだよ」
「あー、そういう事」
アタシもアタシの中も納得した。それが周りにとっては意外だったようだけど。
「自覚あるんだ?」
「まあ、自覚せざる得ないような事もあったし、否定できるような程度じゃないもの。
認めるしかないような状態だし」
アタシは認めてるんだもの。周りが変だの変わってるだの言うのもひっくるめてアタシなんだから……。
「確かに変わってるよな。俺ら前にしても平気な顔してるし」
「そう? 別にどうでもいいけど、いい加減手を放してよ。授業に遅れちゃうんだけど」
「いいじゃん授業くらい」
「無理よ、受験生だし」
流石に受験生だし、そうじゃなくても勉強しないといけないし。
「安心しろ、俺らも受験生だけど授業出る気ないし」
「ダメじゃん。勉強しろよ受験生」
思わず突っ込んでしまったが、テンポが良かったせいか漫才のようになってしまい、周りが爆笑した。
「まあ、そんなんはどうでもいいけど、手小さいな」
アタシの手をまだ握りがらそう言われた。それが何か嫌で思いっきり振り払った。
「女なんだから男と比べたら小さいのは当たり前でしょ? アタシ、いい加減教室に戻るから」
それだけを言うと、私は走って教室に向かった。
でも、何故か武井君は私の後を付いて来た。
「付いて来ないでよ!」
私が大声でそう言っても結局教室まで付いて来た。
席に着いてもずっと話しかけられ続け、先生が来ても授業が始まらなくていい加減イライラした。
すると私の中で声が響いた。
『一旦、変わるぞ』
アタシが心の中で叫ぼうとした瞬間にはもう入れ替わっていた。
「いい加減にしろよ、ゴラァ。邪魔んなってんのが分かんねぇのかよ。さっさと出て行け!」
アタシではなくもう一人のアタシがそう叫んだ。もう分かってるかもしれないけど、もう一人のアタシは男だ。
その所為か、口が結構悪い。
流石の武井君も驚いたのか、渋々教室を出ていった。
その時にはアタシはもうアタシに戻っていた。
「お騒がせしてすみませんでした。授業を始めてください」
アタシがそう言うと、先生は少し戸惑いながらも授業を始めた。
授業が終わって休み時間になると直ぐに武井君が入ってきた。
周りは怖がって足早に教室を去っていき、教室に残っているのは取り残された数人と武井君を含めた不良数人だった。
「なあ、緑ってマジで俺の事恐くないわけ?」
「何で怖がる必要があるの? 同じ人間じゃない。それに対して怯えるとかくだらない」
アタシがそう言うと、武井君は少し驚いた顔をしてからにやにやして笑い出した。
「マジで変わりもんじゃん」
周りの不良がそう言うと武井君は何故かそう言った人を殴った。
「痛って―! なんで行き成り殴るんだよ?」
「お前がそういう風に言うのが悪い。謝れよ」
どうやら、武井君は私が変わってるって言われた事に腹を立てたようだ。
「別に私は気にしてないからいいわよ。実際、人とは違い過ぎるから変わってるって言われて当り前だし」
「そういう風に言うなよ。個性じゃん」
「個性ですむんなら私だってこういう風に言わないし」
アタシがバッサリ言うと武井君も黙った。他の人もかなり気まずい顔をしていた。
でも、私には関係なかった。いつもこうやって人が近付かないようにしてるんだもん。
これでまた、周りも静かになるだろうと思った。だが、それは甘かった。
「別にいいじゃん。人と違うからって変でもないし、人と全く同じほうが変じゃん」
その返しは久々に聞いたわ。一瞬だけ、はっとした顔で武井君を見ちゃったし……。
この言葉を自分の中以外で聞くなんて思ってもみなかった。
「……そんなの言われなくても分かってるし」
呟くように言うと他の不良がアタシに掴みかかってきた。
「ああ? お前何様のつもりだよ?」
「あんたこそ何様よ。人に行き成り掴みかかって。暴力で訴えるつもり? そんなの馬鹿のする事じゃない」
表情を変えずにそう言うと、流石に向こうも完全にキレたらしく拳を振り上げられた。
殴られると思ったが、その前に武井君が相手の腕を掴んで阻止した。
「緑ってホントに凄いな~。普通の奴なら完全にビビってるぜ」
「凄くないだろ! ただ単なる身の程知らずの馬鹿だろ」
アタシを殴ろうとしてた奴が武井君に怒鳴っていたが、武井君が一睨みすると直ぐに黙った。
「なぁ、緑。さっき殴られそうになった時、殴り返す態勢に入ってなかった?」
「だって、殴られっぱなしって嫌じゃない」
「男前だな~」
武井君はケラケラ笑いながらそう言って茶化した。
それよりも、武井君って多分かなり強いよね。いとも簡単に殴ろうとしてる人間の腕を掴めるくらいだし。
「別にいいけど、何でアタシに構うわけ?」
「面白そうだったから」
そう言われて、アタシは「意味分かんない」と言ったが、チャイムに掻き消された。
「あっ、もう休み時間終わりか。じゃあ、次は放課後に来るから~」
そう言ってから武井君は他の不良たちと一緒に教室を出ていった。
「何あれ……」
アタシのその呟きは号令に掻き消された。




